第25話 〜ゴブリン討伐 その1〜
馬車で一刻半、徒歩で三刻の道のりを俺とエルシャは魔力強化による身体能力を向上させ、一刻ちょいで走破してしまった。
依頼にあった農村は長閑な場所で、木で造られた壁に囲まれた所だった。村の周りの草原には野生の小動物が居るのか、小さな気配が幾つか感じられる。
「にしても、長閑で静かだな」
「そうですね。それに、落ち着いてて過ごしやすそう」
時折吹く風も強すぎず弱すぎずと絶妙で、ぽかぽか陽気な日射しが余計にそこら辺で横になったら直ぐにでも寝てしまいそうだ。
「まずは依頼者の村長の所に行くか」
村の中に入ると、この村に住む人達が色んな所で仕事や雑談、子供達も遊んでいるか親の手伝いをしている姿が見られた。
「村の中も、なかなかに穏やかな所だな」
「ですね」
その時、前方から男の子が走ってくる。そのまま俺の前で止まる。
「ん? どうした」
「お兄ちゃん達、だあれ? この村の人じゃないよね」
「俺達か? 俺達はこの村から出された依頼を受けたアルベンの街の冒険者だ」
「冒険者!? 街から来た人達なの!?」
男の子は俺とエルシャを凝視してくる。すると、男の子の後方から男性がやって来る。
「こら、レレス。何をやってるんだ」
「あ、お父さん」
後からやって来たのは男の子―――レレスくんの父親のようだ。
なかなかにがっしりとした身体付きで、農業や狩人かと思えるものだが、それ以外これと言って特徴がある訳でもないが、何故か頼れる男に思えた。
「この人達、冒険者何だって! 何か、この村から出されてる依頼? を受けてくれたんだって」
レレスくんが父親にそう言うと、レレスくんの父親が俺達を見る。
「冒険者? って事は、ゴブリンの依頼か?」
「そうです。よろしかったら、村長さんのご自宅がどこか教えてくれませんか?」
「ああ、良いぞ。案内してやるよ」
「ありがとうございます」
俺達は道すがら、今回の依頼について彼、ニルドさん(村長の自宅に向かっている間に聞いた)に聞くと、今回現れたゴブリンは農作業をする人や、村の外に連れ出してゆっくりさせている家畜達を襲うらしく、既に少なからずの怪我人を出している。軽い傷で済む者も居れば、大きな傷を受けて寝込んでいる人も何人か居るらしい。
その話を聞いて、村長との打ち合わせがすみ次第、怪我人の治療にあたる事を決めた。
「ここが村長の家だ。………おーい、村長。客だぞ」
ニルドさんが扉を開けて中に声をかけると、少しして奥から誰かが歩いてくる足音がしてくる。
「おお、ニルドか。わしに客と聞こえたが、その二人か?」
「ああ、村長が出した依頼を受けてくれた、アルベンの街の冒険者だ」
「おお、冒険者か。そうかそうか。初めまして、お若いお二方。わしがこの村の村長をしているガンツと言います」
「俺は『D』ランク冒険者のタクトです」
「同じく、エルシャです」
「そうですか、これはご丁寧に。ここでは何ですから、ささ居間へどうぞ」
俺達はガンツさんに上がるように促され、ガンツさんの自宅に入る。
「そんじゃ、俺も仕事に戻るかな。後は頼んだぞ、村長」
「分かっておる。お前も、ゴブリンには気を付けるのじゃぞ」
「分かってるって。じゃあな、お二人さん。依頼の事、頼んだぜ」
「案内、ありがとうございました。ニルドさん」
「気にするな」
俺達はニルドさんにお礼を言い、その姿が見えなくなるまで見送り、俺達は待っていてくれたガンツさんの後に続き中に入っていく。
居間に通されると、台所から女の人が飲み物を持ってやって来る。
「どうぞ。粗茶ですが、よろしかったら」
「ありがとうございます。それで、えっと………」
「ふふっ、まだ自己紹介していませんでしたね。わたしはメラニと言います。こちらのガンツの妻です」
「そうでしたか。俺は、タクトと言います」
「私はエルシャです」
俺は村長のガンツさんと奥さんのメラニさんを見る。
二人共に、優しそうな雰囲気を醸し出す見た目四、五十代の男女で、これまた仲がよろしいようで、まるでおしどり夫婦のようだ。
俺も家庭を持つなら、こんな感じが良いな、何て考えてしまう。
「それでは、詳しい話をしましょうか」
ガンツさん曰く、ゴブリンが現れ出したのは今から十日前で、畑仕事をしていた村民が突然襲われたが、命に別状は無かったとの事だ。
それからは毎日のように現れ、その都度襲われるのを繰り返していたが、その度に怪我人が増えていく事で、ようやく冒険者ギルドにゴブリンの討伐依頼を出す事にしたのだ。
今日も、俺達が来る前にゴブリン達の襲撃を受けていたそうだが、今回は怪我をした人達も軽傷ですんだらしい。
「それで、ゴブリン達の数は幾つですか?」
「そうじゃな、確か………全部で十匹位だったか」
そのくらいの数なら、俺にとっては敵ではなく、一瞬にして瞬殺できる数。だがこの依頼は、エルシャの訓練の為の物で、俺が不用意に手出しをするのは控えているのだ。
流石にこんな依頼で、不測の事態はそうそうに起こりはしないだろうとは思うが、周辺の警戒は怠らない様にしないとな。
ゴブリンのあの特徴があるので、気を引き締めておく。
「ゴブリン達の襲撃時刻は、大体何時くらいですか?」
「ふむ、えっとじゃな。確か、十時前後といったところか」
「襲撃頻度は?」
「一日、一、二回くらいだったか」
今得られる情報としては、これくらいが限度か。
「大体分かりました。それで何ですが、一つお願いを聞いてくれませんか」
「お願い?」
俺はガンツさんにお願い事を伝える。それは、怪我人の治療をさせて欲しいというものだった。
最初、驚いては居たが、それはありがたいと受け入れてもらえた。
そうして俺達は、今は村の中を歩き、村長宅の近くに建てられていた村長宅より大きな平屋の前に居た。
「ここに、ゴブリンに襲われた怪我人達が居ます」
この建物は元々、村の集会や野戦診療所の様な役割をする場所らしく、かなり広めに造られていた。
俺達はガンツさんに連れられ、その建物の中に入って行くと、そこには至る所に布が敷かれ、その上に寝かされた怪我人が何人も居た。
軽いものから打撲、打ち身、浅い切り傷。重症であれば、裂傷、骨折、切り傷からの病気等が見受けられた。
「これは酷い」
俺は、まだ大丈夫だと思っていたが、これはいくところまで行ってるんじゃないかと思える惨状で、死人が出ていないのが幸いだ。
「怪我人はこれで全てですか?」
「ええ。ここに居るので全てです」
「そうですか」
「それで、どうでしょうか」
ガンツさんは俺に、彼等を治せるのか聞いてくる。
「勿論、任せてください」
俺はガンツさんに優しく笑いかけ、出来るだけ建物の中心に向かう。突然やって来た俺達に怪我人や、それを介抱している人達は不思議に見てくる。
「そんじゃ、ちゃっちゃと終わらせるか」
一つ、足の指先で床を叩くとそこを起点に魔術陣が形成され、建物全体を囲む程の大きさまで広がる。建物の外に居る人達も、突然の魔術陣形成と、そこから発せられる光に驚いて居る事だろうが、内側に居る怪我人や、介抱している人達はその比ではない。
―――――パンッ
「【白光之環】」
魔術が発動されると、変化は劇的に起こった。
「何だ、これ!?」
「痛みが、消えていく?」
「それだけじゃない。傷が無くなっている!」
「こっちは、昔に出来た古傷も無くなってる!!」
至る所から上がっていた苦痛に喘ぐ声が消え、代わりに驚愕と困惑、そして歓喜の声が上がる。
「こ、これは、一体!?」
ガンツさんも、今まで苦しんで居た人達が一斉に回復していった事に驚き、俺にどういう事かと視線を向ける。
俺はそれに対して、「ふっ」と不適に笑い説明する。
「これは、俺の編み出した魔術である【白光之環】の効果で、軽症、重症、内的、外的、病的、精神的問わずその人が健康であった状態にまで瞬時に回復、治療を施す俺のオリジナル魔術だ。効果はこれを作った時と今ので実証済みで、俺のお墨付きだ。まあ、俺は自分で確認したけど、あんたらもどこか違和感があったら言ってくれ。直ぐにでも診て…………って、どうしたんだ?」
自慢気に自分が作り上げたオリジナル魔術の説明をしていると、周りから声が聞こえなくなり、どうしたのかと見回すと、エルシャやガンツさんを含めここに居た人達が全員呆けた顔をしていた。
「本当にどうしたんだ?」
首を傾げて不思議がって居ると、いち早くエルシャが再起動した。
「いやいやいや、タクトさん。今さっき、自分が何をしたのか分かっているのですか!!」
「え、普通に怪我を治しただけだが?」
俺の軽い返しにガンツさん達は唖然としたままだが、エルシャはそれに対して頭を抱える。
「タクトさん。もしそれが本気であるならば、今すぐその認識を変えるべきです」
「…………へ?」
エルシャが何を言っているのか分からず、聞き返す。
「良いですか。タクトさんが先程行った魔術ですが、明らかに異常です」
「いや、それは知ってるが」
「確かに、この魔術はご自分で作ったのですから、知ってはいるでしょう。ですが、それでも認識がまだ甘いです」
エルシャは何が言いたいのだろうかと首を傾げる。
「良いですか。タクトさんが先程使った魔術は間違い無く、光属性の治癒魔術の中でも上級にある【全快治癒】と同等か、それ以上の可能性すらあります」
まあ、そうだろうなあ、と他人事のように考える。
実際、俺のこの【白光之環】は【全快治癒】どころか、その上にある最上級魔術の【完全快癒】を越えている。
その効果は、【完全快癒】の死んでいなければどんな怪我や病気であっても治せる効果と、上級にある【範囲治癒】の効果を合わせ、さらに強化、昇華した俺のオリジナルだ。もし俺が本気でやれば、それこそ死人さえ生き返らせてしまうかもしれないな力を発揮させてしまう。ここに俺の異能が加われば、それこそ確実に。
その間もエルシャはこんこんと、俺がどれだけ危険な事をしているのかを聞かされる。
「分かった分かった。今度からは気を付ける」
「本当ですね。約束ですよ」
「分かったって。まあ、流石に見て見ぬふりが出来ない場面では絶対にとは言えないがな」
チラッとエルシャに視線を向け、エルシャが何故こちらに視線を向けるのか分からなかった様だが、直前に俺が口にした言葉から、それが自分であれば必ず使うと言っている事に気が付き、顔を赤らめる。
「まあ、そういう事ですから、今後は気を付けて下さいね。もしこの事が知られたら、間違い無く『神聖国』からの何らかのアクションがある筈ですから」
「了解だ」
他の国にならバレても構わないが、『神聖国』にだけはまだ、知られる訳にはいかないのだ。俺の存在が知られ、そのまま『神聖国』で召喚した俺の知り合いかもしれない同郷の勇者と何らかの繋がりを持っているのではないかと勘繰られたくはないのだ。
シロナから、『クハリス神聖国』が召喚した勇者が俺と同じ学年のクラスメートや同級生である事が知らされている。
知られるにしても、もう少し後にしたい事から、ここはエルシャの言う通りにする。
「さあてと、そんじゃ、そろそろ本題のゴブリン討伐に行くとするかな」
 




