第23話 〜鉄槌執行 その2〜
その頃、リンガルト子爵邸の大広間でグーム・ロームは備え付けられた椅子にふんぞり返り、イライラしながら座りひじ掛けに何度も指をトントンと叩きつける。
しかし、グーム・ロームが苛つくのも仕方の無い事である。既に指定された時間の十九時をとうの昔に過ぎ去っていて、今は夜の二十一時になりかけている所だった。
「おいっ! まだルーク達は戻って居ないのか!」
グームは近くに控えていた配下の組員に怒鳴り、問う。
問われた組員は一瞬、ビクッとしたが、おずおずと何とか答える事が出来た。
「は、はいっ!? い、未だ、ルーク様を含め三十人弱の組員達がこの屋敷に帰還したという報告は上がってきていません」
部下の返しに、さらに苛つきを募らせ、チッと舌打ちをする。
(あの馬鹿共が、一体何をしてやがる。ただ金と利権書を奪うだけで、こんなに時間が掛かる訳もない)
それに届けに来るのも、あそこのシスターか司祭であると予想されるので、もし後になって抵抗されてもこっちは三十人を超える人数を揃えている事から、すぐに終わりここに戻って来る筈だった。
なのに、すぐに戻って来るどころか、未だに一つも音沙汰がないとくる。
(まさか、司祭達が冒険者でも雇ったか?)
その可能性が現時点でルークやギロム達が来ていない理由で、高いものだった。だが、グームは知っているのだ。ルークとギロムの実力がそんじょそこらの冒険者とは桁違いに強く、もし冒険者ギルドのランクで言うのならば、間違い無く『A』ランクに届くのではないかと思わせるものだった。
そこに合わせて、三十人の配下も居る。もし冒険者を雇う事が出来たとしても、そうそう高位ランクの冒険者が受けるとは思えない。
それに、現在この街に居る『A』ランク冒険者は二人。その二人も現在はそれぞれの受けている依頼に出ている。
「くそが、一体何をもたついている」
その時だった。
部屋の外から誰かが走ってくる足元がこっちに向かってやって来る。
扉が開かれ、そこから入ってきた部下がグームの耳元に顔を寄せ、今さっきルークが戻ったと知らせる。
「他の奴等は?」
「それが、ルーク様お一人で、配下もおらずボロボロの状態です」
「ナニ!」
知らせに来た配下の報告に驚愕する。配下の中でも、グームが今の地位に付いてからずっと自分の下に付いて従っている強者の部下の一人だ。
それがボロボロの状態で、この屋敷にやって来たと言う。
つまりは、それだけ苦戦を強いられた何かがあったのだろう。
「今すぐルークを呼べ。この場で話を聞きながら、治癒魔術で癒してやれ」
「はっ」
呼びに行った配下がルークを伴い戻ってきたのは、それから数分の事だった。
「それで、聞こうか。ルーク、何故ここにお前以外誰も居ない。そのザマはなんだ?」
グームはルークを睨み付けるような視線で問い詰め、ルークは悔しそうに自分の身に何が起こったのかを話し始める。
「はっ。俺達は指示通りに館でシスター、もしくは司祭が金と利権書を持ってくるのを待っていたのですが、そこにやって来たのは司祭達が雇った冒険者の少女でした」
「冒険者だと? まさか、貴様等はその冒険者にやられたとでも言うのか」
グームは自分で言っておいて、それはないなと内心で首を横に振る。
このルークとこの場に居ないギロムは『A』ランク相当で、『C』ランク相当の配下が三十人も居て負けるとは思えなかったのだ。もしそれで負けたのなら、相手は相当な実力者か化け物と言えるだろう。
そしてルークが話す内容は自分の思っていた通りだったが、後半に進むにつれ、それが予想外となる。
「いいえ。その冒険者には、金と利権書が入った袋を回収した後に、部下達に処分するように指示しました」
「………ふむ」
「処分はつつがなく成せましたが、しかし、そこにあったのは冒険者の少女の死体ではなく、無傷な少年でした」
「………ん?」
グームはルークの話しに不思議に思った。死んだと思った少女が少年に変わった、等とあるわけがない。
「そこから始まったのは、まさに蹂躙でした。誰一人として、その少年に触れる事無く、少年の振るう剣の一振りで倒されていきました」
「何だと!?」
「これはけして嘘ではありません。さらに言うなら、俺とギロムもそれは同じでした」
グームは内心でまさかと思い、驚愕した。あの館に居たのは、総合は冒険者の『A』ランクパーティーに匹敵すると思われるものだった筈で、そう簡単にやられるとは微塵も思っていなかった。
「それで、そいつはどんな姿をしていたんだ?」
「それは、」
俺はそろそろ良いだろうと幻術を解く。
「―――――それは、こんな奴さ」
幻術を解き、今まで目の前に居たルークが全く知らない、見ず知らずの黒髪黒目の少年に早変わりした。
「なっ!? テメエ、一体!?」
「はじめまして。『グルスファミリー』の首領、グーム・ローム」
俺は傲岸不遜な雰囲気を醸し出しながら、ニヤリと笑う。
「さあ、始めようか。ここからは、断罪の時間だ」
〜・・・〜 〜・・・〜
「テメエみたいなガキが、断罪だあ!? ふざけた事を抜かしてんじゃねえぞ!!」
怒り心頭になっていたが、そこでふと、グームは疑問に思った。何故、こんなガキがここに居るのか。ここは、この街の領主の屋敷だ。そう簡単に入る事が出来ない筈。
「どうやってここに入って来やがった。例え、幻術を使ったとしても、入る時には感知する筈だ」
俺はニヤニヤしながら、首を傾げる。
「そんなものは簡単さ。その幻術や魔術を感知する魔術具より、俺が上手だっただけさ。それと、もう一つ教えてやる」
俺はこいつが気になっているであろう事を教えてやる。
「どうしてここに、お前の部下が誰も戻って来ていないのか。どうして、その部下達と戦っていた俺が、ここに居るのか」
「………。…………っ!? まさか、オマエ!!」
「その通り、お前らがお金の受け取り場所にしていたあの館に居た奴等は俺が全員捕まえて、衛兵に差し出してきた」
俺はグームに指先を突きつけて示す。
――――――次は、お前らだと
グームは怒りに意識が飲まれそうになったが、そこでこいつが司祭達が雇った冒険者である事が分かった事から、こいつの目的が拐った孤児達だと理解した。
「チッ………ふん。良いのか? ここに居るって事は、この屋敷に孤児院のガキどもが居る事も知っているんだろう?」
「当然。それに、アイツ等に何かあったら困るから、手も打ってあるしな」
「何!!?」
その時だった。
ドオンッ!!
と、扉が近くの壁と共に外側からの衝撃に吹き飛んだ。
「な、何だ!?」
そちらに目を向けると、煙の中から出てきたのは、この屋敷まで一緒にやって来たエルシャとケイラ司祭、そして―――――。
「何で、テメエが二人いやがる!?」
そこに居たのは、今まさにグームの目の前に立つ俺と瓜二つの俺だった。その手には、この屋敷の所有者のリンガルト子爵が鼻血を流して気絶し、襟の後ろを捕まれ引きずられていた。
その後に続くように七人の孤児達が入室してくる。
「そっちは終わったか」
「ああ、向こうもそろそろ戻って来るだろうよ」
同じ顔の俺達が、全く同じ声で話しているので、孤児達や実際にその場を見ていた筈のエルシャ達も不思議な顔になる。
「それじゃ、こっちもさっさと終わらせるから、そっちは頼んだぞ」
「了解だ」
グームの目の前に立つ俺が、視線をグームに戻す。
「くそがっ! テメエ等、こいつ等をさっさと殺せ!!」
号令に合わせて、部屋のあちこちに潜んでいた配下達と、部屋の外から雪崩れ込んできた屋敷に勤める兵士達。
そいつ等が手に持つそれぞれの武器で襲いかかってくるが、エルシャ達の方に居る俺と、グームと相対している俺にとっては問題にならなかった。
「「お前ら、頭下げてろ」」
俺達二人の重なった台詞に従い、エルシャ達は急いでしゃがみ込む。
「「津我無流剣術:無纏 陸ノ太刀『円虹』」」
円陣に切り払う事で四方八方から斬りかかって来た奴等は何も出来ずに吹き飛ばされた。
エルシャ達の方からも吹っ飛んできた事から、そっちの俺も同じ技を使った事が分かる。
「「「「「「「ぐあああああああっっ」」」」」」」
吹き飛ばされた先に居た仲間を巻き込み凪ぎ払われる。
「おい、俺。一気にやって良いぞ」
「分かってるって」
二人の拓斗が共に魔力を高めていく。ただそれだけで、俺達の周りを風が渦巻きだす。
「この守りを抜けられるのなら、やってみな。【六道結界】」
エルシャ達を守る拓斗が結界魔術を発動する。
この魔術は全ての属性を持つ俺だからこそ編み出す事が出来、使えるオリジナル魔術。対抗するには同レベルでの同属性での相殺か、相剋での攻撃かのどちらかでしか破る事が出来ない。
「一気に凪ぎ払う。【衝波斬撃】」
ズバアアアアアアアンッ
まさしくそれはソニックブームと言えるもので、一瞬にして全ての存在が吹き飛び、凪ぎ払われる。
後に残るのは術者の拓斗と拓斗の発動した魔術に守られたエルシャや司祭、孤児達のみ。
それを見てエルシャと司祭はあまりの事に唖然とし、孤児達は自分達を拐った悪者達が一掃され、それをやったのがあの時孤児院にやって来た冒険者の俺だと知って、キラキラと憧れる様な視線を向けてきた。
「これにて、一件落着だ」
後は衛兵達に押し付けようとその場を立ち去り、片方の俺は今回の誘拐事件の証拠と貴族が関わった証拠を衛兵の詰所に放り込んでくる。勿論、誰にもバレる事無く。
そして三日後、無事に『グルスファミリー』の首領グーム・ロームを含め、その配下全員と孤児達の誘拐に関与したとされるリンガルト子爵は衛兵によって捕縛され、そのまま皇国の首都、皇都に護送されたと知らされた。




