第19話 〜司祭からの事情説明と、属性検査〜
それは、今から一月ほど前の事だった。
その日の前までは今まで通り、礼拝に来た人や怪我をしてその怪我を治してもらいに来る人達を相手していた何事も無い平穏な日々だった。
しかし、その日だけは何時もとは全く違かった。最初は何事も無く時間が流れていたが、突然、孤児院に複数の男達がやって来たのだ。
男達全員が荒事になれている雰囲気を醸し出し、全員がそれなりの手練れである事が伺えた。しかし、その男達の上をいくような荒々しい気配を醸し出している男がいた。
細身でありながら、鍛え上げた肉体と、その身体から僅かに漏れだす威圧を含めたものかどうかは分からない魔力。
その気配を発している男こそ、『グルスファミリー』の首領であるグーム・ロームであった。
グームはやって来るなりわたし達に言いはなった。
「今すぐこの地の利権を返せ。返せないというなら、代わりに六十万ギル払え。さもなくば、最終的には実力行使に出る」
と、言ってきたのである。しかも、それがまるで時間を見計らったかのようにケイラ司祭を含めた三人全員がいる時にやって来たのだ。
銅貨一枚で一ギルであり、日本円にすれば百円ほどだ。銀貨は銅貨十枚と同じ価値がある。
銅貨を基準にしてやれば、銅貨十枚=銀貨一枚、銅貨百枚=金貨一枚、銅貨千枚=白金貨一枚となる。そうして計算して、白金貨六百枚。日本円にして、軽く六千万という大金だ。
だが、こちらとしては、利権がどうのこうの言われても、全く身に覚えがないのだ。
事情を聞こうにも、一方的にそれだけを言い放って帰ってしまったので、聞く事が出来なかった。
後で教会の総本山がある『クハリス神聖国』に事情を説明し、何か知らないか問うた所、
「こちらとしても、全く身に覚えがない。その方が知らないのなら、その者達の狂言ではないのか?」
そう返されたとケイラ司祭は教えてくれた。
「その話を知っているのは何人いますか?」
「わたしを含めた三人と保護している孤児達を合わせて十人です」
俺はその話を聞いて、現時点で四つの仮説をたてる。
一つ目は、俺の目の前にいるケイラ司祭やリリスさんといったいこのノーラス教会にいる教会関係者が嘘をついている可能性。
二つ目は、ケイラ司祭が教会総本山に連絡したというが、その総本山が嘘をついている可能性。
三つ目が、総本山が言ったように、グルスファミリーの狂言である可能性。
そして四つ目が、教会やグルスファミリーとは関わりの無い第三者が関わっている可能性。
どうしたもんか、頭を悩ませるが、全くといって分かる筈もなく、どうする事も出来ない。
そもそもが、あまりにも情報が少なすぎる。
今はまだ、な。
「あの〜、そこまで考えていただかなくても、これはこちらの問題ですので、こちらで何とかしてみます」
「そうですか。ですが、何か私達に出来る事があるのなら、何時でも行って下さい。低ランクとはいえ、これでも冒険者の端くれですから」
「そんな!? 今言いましたが、これはこちらの問題で、ましてや依頼ですらないのですよ!?」
メリーが慌てて言ってくるが、問題無いと考える。
「そうかもしれないが、何かしらは手助けになるかもしれないだろう? 頼れる相手は多いにこした事はないんだからさ」
三人は顔を見合わせること数分。
「分かりました。ありがとうございます。その時は相談させてもらいます」
「ええ。エルシャも良いよな?」
「はい。そのくらい、なんてこと無いですよ」
「それでなのですが、そろそろ依頼に関する話をさせていただきたいのですが」
「はい。タクトさんも良いですよね?」
「ああ」
依頼内容は、冒険者ギルドで受けたのとさして変わる事無く、軽い説明を受けてから孤児院で保護している子供達に会いに行く。
「ここに、家の子達がいます」
そこは、この孤児院の中で食堂の次に大きな大部屋だった。
扉を開けて中に入れば、そこでは七人の子供達が元気に先に来ていたメリーと遊んでいた。
「あっ、リリスお姉ちゃんっ!。院長先生っ!」
最初に気付いたのは子供達の中で一番年齢が下の男の子。それに釣られる様にして他の子供達もケイラ司祭や俺達の所にやって来る。
「先生、一緒に遊ぼう!」
「遊ぼう、遊ぼう!!」
「先生、この人達誰?」
各々が思い思いに話してくるので、ケイラ司祭は手を一度叩き、静かにさせる。
「はい。皆、静かにね。この人達は、私が出した依頼を受けてくれた冒険者の方達。こちらの男性がタクト・ツガナシさん。そしてこちらの女性がエルシャ・シグナートさんです」
ケイラ司祭が俺達の紹介をしてくれたので、俺達も自分で自己紹介をする。
「はじめまして。俺はタクト・ツガナシだ。見て分かるかは分からないが、これでも冒険者だ。ケイラ司祭様が出した依頼で、俺達が皆の遊び相手をする事になったから、よろしくな」
まずは、パーティーリーダーである俺から自己紹介をし、次にエルシャに紹介させる。
「はじめまして。私はエルシャ・シグナートと言います。こちらのタクトさんとはパーティーを組ませてもらっています。また、皆の遊び相手だけで無く、食事を作るお手伝いもさせてもらうから、楽しみにしていてね」
子供達は最初、全く知らない俺達を見て、少なからず警戒していたようだが、俺達の自己紹介とケイラ司祭のお蔭で、何とか少しだけ警戒を解いてくれた。子供とは、そもそもが警戒心と好奇心の塊のような存在なので、こうなっても仕方なかった。
「それじゃあ、皆もタクトさん達に自己紹介をしてみましょう」
子供達の近くまでやって来たリリスさんが子供達にそう促す。
「「「「「「「はーい」」」」」」」
元気良く返事をして、皆が順番に紹介をしてくれた。
最初に自己紹介をしてきたのは、子供達の中で一番年上の男の子だった。まあ、それでも十歳そこそこに見えたが。
「オレはマレスです。ここでは、オレとこいつが一番年上です」
「ちょっと、こいつって何よっ。ううんっ、アタシはユニー。このマレスと同じで十歳です」
マレスは自分の紹介をしながら、隣にいた女の子―――ユニーを指差しながら教えてくれたが、そのやり方が気に入らなかったのか、ユニーは膨れっ面になってマレスに軽く抗議してから自分でも自己紹介をする。
恐らくは、この二人がこの孤児達のお兄さんとお姉さんの役割をしているのだろう。
「わたしはサリー。八歳です」
「僕はアルク。九歳です」
次は、またも男の子と女の子で、最初の二人とは違ってまだ警戒心が強いみたいで、簡素で簡潔な紹介だった。
あと残っているのは三人。
「ボクはハナです。その、好きな事は本を読む事です」
ボクっ子少女のハナは自己紹介をした通り、本を持ちながらだったので、本当に好き何だろうなと思った。
「後の二人ですが、まだ上手く名前が言えないので、ワタシが代わりに紹介します。こっちの男の子がカイ。女の子の方がルルです。どちらも三歳です」
メリーに代わりに紹介してもらった二人は、俺とエルシャに興味津々な視線を送ってくる。
やっぱり、見ず知らずの人がいる事が不思議なのだろう。
「それじゃあ、自己紹介も済んだことですし、皆でお外に行きましょう」
外に出た俺達は、広い庭になっている場所で追いかけっ子や砂遊び、更には、俺が魔術で作った土人形と遊んでいた。
子供や司祭様達は、突然現れた土人形に驚いていたが、俺が魔術で作ったと説明したら何とか理解してくれて、子供達も戦々恐々としながらも、興味津々な様子で近づいていく。
「流石タクトさん。土人形って、造るのが難しいんじゃないでしたっけ?」
「まあ、そういう話ではあるんだがな、別段、この魔術の難易度が高いって訳でもないんだわ」
この魔術、【土人形制作】は難易度で言うなら、精々が中級上位といった所だ。だから、やろうと思えば出来なくも無い。
しかしながら、殆んどの魔術師がこの魔術の使用を避けている。
それは何故か、この魔術は中級でありながら、消費される魔力が上級魔術と大差無いという欠点があり、ゴーレムの造る数が増えれば増えるほどそれは増す。つまりは、上級魔術を使い続けている状態と言える。
だが、そんな事は俺には関係無かった。俺の保有魔力は三百万と膨大で、今、子供達と遊ばせているゴーレムであれば、魔力を制限している今の時点でさえ、数百体は造る事が可能だ。
「消費している魔力も、俺にとっては微々たるものだ」
「………凄い。タクトさんの魔力って、一体どれ程なのですか?」
まだ、俺から魔術の手解きをされていないエルシャは俺の魔力保有量が気になったようで聞いてくる。
「俺の魔力量は三百万だ。更に言うなら、全ての属性の適性もある」
「…………………………えっ?」
俺の言った言葉が理解出来ず、かなりの間を開けてから反応が返ってくる。
「た、タクトさん。そ、それ、本当ですか?」
「ああ。嘘は言ってないぞ」
エルシャの反応は普通の事で、それほどまでに俺の魔力保有量と全属性に対する適性を持つ事事態があり得ないのだ。
「私、そんな凄い人に弟子入りしたんですね」
「そうだな。あ、そうだ。この間にお前の魔力量と、適性属性を確認しておくか」
「そ、そんな事が出来るんですか?」
「ちょっと待ってな。【影之部屋】」
足元の影に向けて魔術を掛けると、そこに一つの波紋が現れ、俺はその中に手を突っ込んでゴソゴソと漁る。
「……えっと、これじゃなくて、これでも無くて、…………………あ、あったあった」
波紋が存在する影から手を抜けば、その手には一つの魔術具が握られていた。
見た目は黒光りするスマートフォンのように見えるが、全くの別物だ。
「ほれ」
「……えっと、これは?」
エルシャは突然差し出された見た事の無い魔術具に戸惑い、どうしたら良いか分からないようだ。
「これは、俺が(シロナと)作った魔術具だ。名前は、『フィクスエレメンタリー』って言ってな、これに魔力を流せば、そいつがどんな属性を持っていて、どれくらいの魔力を保有しているのかが分かるんだ」
「えっ? ですが、それってギルドにある測定結晶と同じって事ですか?」
「その通りだ。勿論、俺の作ったこっちの方がかなりの優れものだがな」
本来、測定結晶の持ち出しは不可能で、大きさも占いで使う水晶とそうは変わらないので、冒険者ギルドや教会に設置されている物だ。
しかも、この測定結晶は今の時点で、既に完成されている物だという事で、未だに縮小化の目処が立たないのだ。測定結晶は見た目は水晶玉と変わらないが、その内側に複雑な魔術陣が描かれているので、不用意に手を出す事が暗黙の了承で避けられている。
だが、今エルシャの目の前にはその測定結晶を持ち運び可能な大きさにまで縮小がされた物がある。
一応、造った時にちゃんと機能するかを確認しているので大丈夫ではあるが、エルシャはこういう魔術具は使わない事からおっかなびっくりと見ている。
「その、失礼します」
エルシャは恐る恐るそれを手に取り、そこでふと、魔力ってどう流せば良いのだろうかと思い至る。
「タクトさん。魔力ってどうしたらいいんですか?」
「別に、そこまで気をはなくても、軽くでいいから、それに意識を集中すれば良い」
エルシャは俺に言われた通りに手に持つ魔術具に意識を向けると、
「あ、何かが浮かんできました」
「どれどれ」
そこに現れていたのは魔力量を現す文字と、属性を現す模様。
そこから観て取るに、エルシャの魔力量は六万。属性は火属性のみだった。
「うん。エルシャは火属性に適性があるみたいだな。それに、魔力も六万となかなかだ」
「本当ですか!」
「これなら、近々訓練を始めても良いかもな。勿論、基礎からだがな」
これにより、この測定器の魔術具『フィクスエレメンタリー』はしっかりと機能した事が分かり、また持ち運び可能な大きさにしたことで、もしこれが魔術師達に知られでもしたら世紀の大発明だと囃し立てられる事は間違いないが、俺はそんな名誉何て要らないし気にしない。
そう言うわけで、俺はこれを世に出すつもりは無かったりする。
「それじゃ、確認もとれたことだし、近々やってみるか」
「はい、お願いします。タクトさん」
 




