第1話 〜宿泊学習〜
お久しぶりです。十織ミトです。
この度は、一月近くも時間をいただき、申し訳ございませんでした。
今後も皆様が面白いと思っていただける内容を書いていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。
もしかすると、今回のみたいに時間を掛けてしまうかも知れませんが、その際はどうぞご容赦下さい。
では、どうぞ。
朝を迎え、窓に掛けられたカーテンの隙間から差し込む太陽の光を手で遮り、ゆっくりと上半身を起こし顔の右側を右手でおさえながら、さっきまで観ていた夢を回想する。
「…………また、あの夢か」
その目には深い哀愁を抱いていた。
久方ぶりに視たそれ。昔は毎日のように視ていた両親の死ぬ瞬間と、百合華を託される最期の光景。今では、月に数回見る程度に落ち着いているが、やはり馴れるようなものではない。
あの時に感じた怒り、悲しみ、悔しさ、そして虚無感。
それはこの夢を視る度に刺激され、呼び起こされる感覚だった。
忘れてはいけない、忘れられない記憶。
「……大丈夫だよ。父さん、母さん。忘れてない………忘れるわけがない。あの、約束を」
俺は独り言の様に呟く。
その時の夢を見たせいか、肌着が仄かに湿気を含んで重く、気持ちが悪い。
枕の横に置かれた時計に目を向けると、まだ六時を回る前の時間だった。
何時もなら、もう少し眠っている時間だが、今日に限っては丁度良い時間。
今日から俺の通う学校、名前を『黒那藤学院』と言い、その学校の行事で二泊三日の宿泊学習が行われる。
俺は、ベットから降りて手早く新しい洗濯された肌着を着、制服に着替えてから机の前に立つ。。
机の上には、予め前日に用意しておける必要なものがのっており、最終確認も兼ねて順番にカバンに詰め込んでいく。
「確か、昼は向こうで出してくれるんだったか。なら、あとはアイツの今日の分の弁当かな」
俺は、カバンと着替えた寝間着と肌着を持って一階に降りリビングに入り、カバンはリビングのソファーの上に置くと洗面所に向かう。
寝間着と肌着を洗濯籠に入れ、洗面所で水道の蛇口を捻って出した冷水で顔を洗い意識をハッキリさせ、タオルで顔を拭く。
俺は顔を上げ、自分の姿を映す目の前にある鏡を見る。
そこに映るのは、すでに何年も前から見馴れた自分の顔。
両親を失くしたばかりの頃の幼さは成りをひそめ、少しだけ大人っぽくそれなりの整った顔になったと思う………多分。
「あれから、もう六年になるのか」
俺の脳裏にあるのは、さっきまで視ていた夢の事だった。
何時もであれば、そろそろ薄れているのだが、今日に限っては何故か脳裏から離れることがなかった。
それは粘着力の強い接着剤で貼り付けられたかのようであり、胸の内に凝りのような違和感が未だに留まっている。
まるで、その夢と同じ事が再び起こるとでも言うかのように思えた。
俺は頭を振ってその考えを捨てる。
そんな事は、けしてあってはならないからだ。
「どうしたんだろうな、俺」
考えすぎかと考え、タオルを洗濯籠に入れて、キッチンに向かう。
〜・・・〜 〜・・・〜
グツグツ、グツグツと鍋が煮たつ音。
トントントン、とまな板を叩く包丁の音。
ガヤガヤ、ワーと響かせるデレビから聴こえる声音。
それらを聞きながら、次々と料理を作っていく。
朝食と弁当の準備をしながら、テレビに映る時間を見ると、もうすぐ六時半に為るところだった。
(この時間なら、あいつも起きてくる頃だろうな)
そんな事を考えていると二階からパタパタというスリッパの音が聞こえてきた。
リビングの扉を開けて入ってきたのは、制服を着て腰まである長い黒髪をゆったりとした三つ編みにした女の子だった。
「おはよう。お兄ちゃん」
「ああ、おはよう。百合華」
彼女は俺の妹で名前を津我無 百合華と言い、親戚を除けば唯一の家族であり、俺の血の繋がった実の妹だ。
身内贔屓になるかもしれないが、妹の百合華は可愛らしい容姿をしていて、将来はかなりの美人になる事が分かりきっていると言っても過言ではないと思う。
実際、数回告白現場を遠目ではあるが見たことがあるしな。
だからこそ言おう、告白した男子生徒達よ、お前達は素晴らしい審美眼をしている。お目が高いと。
だがしかし、妹をそう簡単にやるわけにはいかんのだ!
百合華が欲しいなら、兄の俺を納得させるが良い!!
俺は何時でも百合華が彼氏を連れてきても良いように、気構えはしているが、一向に百合華の浮いた話を聞いたことも、そんな人物も連れてきた事はなかった。
連れてくるのは、親友だと言うクラスメートの女の子だけだった。
告白されているのに、その相手が家に来ない事に不思議に思い、前に聞いたことがあったが、その時は有からこう言われた。
「なあ、百合華。お前って彼氏居ないの?」
「え? 何で??」
「いやさ、何回かお前がコクられている現場を見たことがあるからさ、そういう相手がいるのかなと思って」
「あ〜あ、アレ? うん。確かに何人かの生徒から告白されたことはあるよ」
百合華はのんびりとした口調で、気負いなく答える。
「でも、その全部を断ってるんだ。私」
「そうなのか?」
「うん。何て言うかさ、私に告白してくる人達って周りに私と付き合ってるのを見せつけたがってる感じがしてね。あんまり乗り気にならないんだよね」
「それが普通だと思うんだが」
実際、百合華は可愛いし。
告白してくる彼等は、そんな百合華と付き合っている事を周りに知らしめたいと考えたのだろう。
もしくは、中には本当に百合華と付き合いたかった男子も居た事だろうが。
「そうかもしれないんだけどさ、お兄ちゃんを見ていると、それがあまりにも子供っぽ過ぎてね。だから、丁重にお断りしているんだ」
「ふぅ〜ん」
百合華は本当に相手に興味がない感じで言ってくる。
つまるところ、百合華は今のところは彼氏を作る気は無いらしい。まぁ、今後もそうとは限らないが。
それだけ俺を思ってくれていると考えると、凄く嬉しいんだが、これから先、百合華が彼氏を作れるのか少しだけ、本当に少しだけ不安になってくる。
「もう朝食の準備はしてあるから、さっさと顔を洗ってこいよ」
「はぁい」
パタパタというスリッパの音をたてながら洗面所に向かう。
俺は先に席に付き、用意した朝食を食べ始めると、顔を洗って戻って来た百合華が向かいの椅子に座る。
食べ始めてから少しして、百合華が何かを思い出したかのように話し出す。
「そういえば、お兄ちゃんて今日から居ないんだっけ?」
「ああ、今日から二泊三日の宿泊学習な」
「そっか〜、そうなると今日から三日間はお兄ちゃんのご飯が食べられないのか~」
百合華は、残念そうに言うのに対して俺は呆れる。
「あのな、そうは言うが。百合華だって一通りの家事をできるだろう?」
「そうなんだけどさ~。なんだかんだで、お兄ちゃんの料理の方が美味しいんだもん」
俺は一つため息をついて苦笑いする。
「そう言ってくれるのは、嬉しいんだがな。お前だって、出来る事はやっておいた方がいいぞ。もしもの時に必要になるかもしれないしな」
「うん。分かってる」
その後も俺逹は学習先がどんな所だ、帰りには面白そうなお土産があったら買ってきて欲しいと頼まれたりこれからの事を話していると、そろそろ家を出る時間になったので、学校に向かうことにした。
俺逹の通う学校は、中高一貫なので向かう先は同じで自宅から学校まで約三十分の道のりだ。
「そうなると、今日からどんな料理を作ろうかな」
「何でも良いんじゃないか? どうせなら、俺が居ない間に色んな料理に挑戦とかさ」
その道中も俺逹はいろんな事を話していると、すぐに学校の校門が見えてくる。
校門には『黒那藤学院』と名前が彫らてていて、その横を潜ると、左側には駐車場が広がっており、そこにはすでにバスが三台止まっていた。
「そんじゃ、俺は向こうだから」
「うん。気を付けてね、お土産楽しみにしてるからね」
俺逹はお互いに手を振りながら別れ、バスの前に立っているクラス担任の伊野崎先生の下に向かう。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。今日も早いな」
「早いって、そうですかね?」
俺は首を傾げる。
時間的には、確かに何時もより早いと思うが普通だと思う。
それに、バスにはすでに乗り込んでいる生徒が数人居るようだし。
「それにしても、お前ら相変わらず仲が良いな」
伊野崎先生はそう言って俺の後ろ―――――つまりは妹の百合華を見ながら言うので、俺も釣られる様にして後ろを見る。
「そりゃあ、俺達はお互いが唯一の家族ですからね」
俺は、百合華の背中を見送っていると何故か感傷に浸ってしまい、しんみりとした空気になってしまう。
それを感じ取ったのか、伊野崎先生はそんな空気を祓う感じで明るい声で話し始めた。
「そんじゃ、さっさと出席取るから津我無はバスに乗ってていいぞ」
「分かりました」
そう言って俺は、バスに乗り込んでいく。バスの車内には生徒同士で集まって話している所があるので、比較的少ない窓際の席に向かう。
俺は、出発時間になるまでスマホを弄っていると、続々とクラスメート逹が乗り込んでくる。
時計を見れば、もうすぐ七時五十分になる。
時間的にそろそろ出発するだろう。
「よし、全員いるな? それじゃ、俺は他のクラスも確認してくるから待ってろよ」
伊野崎先生が他のクラス担任の下に向かい、少し話してからこちらに戻って来た。
「他のクラスも全員揃っていたから、今から出発するぞ」
「「「「「はーい」」」」」
「それじゃあ、お願いします」
「はい」
俺はバスがゆっくりと動き出すと百合華に向けて『いってきます』とメール送り、すぐに返信で『いってらっしゃい』と帰ってくる。
しかし、俺はこの時思いもしなかった。
このメールのやり取りがこの世界での百合華との最期のやり取りになることを。
そして、再び再会する場所がこの世界とは違う世界―――異世界だったなんて事を。
〜・・・〜 〜・・・〜
そこは石造りの壁に囲まれた巨大な空間。
明かりは壁際に掛けられた松明と三つの窓のみ。
しかし、その場所には複数のローブを纏った、物語に出てきそうな魔術師、もしくは魔法使いの様な格好をしている人物達がものものしく作業をしていた。
彼等は頻りに石造りの床に幾つもの線や記号を書き出していく。
もし、この場に強い光を放つ光源でもあったのなら解ったことだろう。彼等が、魔方陣を描いている事に。
そんな時だ。
「準備の方はどうだ」
この場所でたった一つしかない扉から、こちらもローブを纏った人物が入ってきた。この人物は声からして男のようだ。
「はっ。あと数分の後に陣は完成いたします」
それに一人の女の声が応える。
「ふっ、そうか。なら急げ、こちらの準備は既に整っている」
「直ちに。しかし、よくあのような事が許されましたね」
「何、これも交渉というものだ」
男は誇るでもなく、当然のように語る。
「確かに、現状を打破するためには強大な力を持つ者が必要です。だから、今我らが行っているこれも妥当ではあります」
「何だ、何が言いたい」
男は女に不信がり、聞く。
「だからと言って、アレを放り込むのは」
女は、男の後に続いて入ってきた幾重にも巻かれた鎖に、満足に身動きをとることの出来ない異形に目を向ける。
二つの異なる頭部を持ち、本来は尻尾が在るべき場所から生える蛇の胴体。獅子の身体の背中から生える爬虫類の翼。
それはこの世界で当然の如く生息している生物。
魔物。
魔力によって変質した動物だとか、魔力が濃い場所から自然発生したなどと言われている存在。
今女の目の前に居るこの魔物は、その中でもそれなりに強い部類に入るはずだった。
「何を言うかといえば、確かに、繋がる世界はランダムだ。この世界のモノを送り込まなければ、繋がりさえ確立する事も出来ない、まるで蜃気楼のようなものだ」
「なら、もっと別の、それこそそこらにある道具なりを送れば良いではないですか。それを、この魔物で代替えにするなんて。万が一、繋がった世界が戦いとは無縁な所であれば、どんな被害があるか」
女はそこが心配でならなかった。
もし、この魔物を送り込んだ事で被害を被った者が召喚されたのならば、どうしたら良いのか分からないのだ。
最悪、此方に悪感情を抱き、反発されてしまう事になる。
「ふん。そのような事は気にせんでも、これから呼ばれる向こうはそれに気付きやしない。だから、さっさとしろ」
それ以降女は何も言う事無く、黙々と作業をし、遂に魔方陣が完成したのだ。
「それでは、始めるぞ」
その場にいた全員が陣に魔力を込め、魔方陣を起動する。
「さぁ、貴様の出番だ」
男は鎖に繋がれた魔物を魔力で強化した力で魔方陣に向けて放り込むと、空中で鎖がほどける。魔物は俊敏な身のこなしで地面に降り立つと、すると、魔方陣に触れた足元から硬い感触が消え、そのまま光に呑まれ、消えた。
「さぁ、一体、どんな者達がやって来るのか。楽しみで仕方ないな」
男は愉悦を感じているかの様な声で言い、女はそれを冷めた目で見ている。
そしてこの二年後、この女の嫌な予想は的中したのだった。
しかし、それを成したのは自分達が呼び出した者達ではなく、それに巻き込まれた、理不尽を嫌い、理不尽に大切だと思っていたモノを全て奪われた者によって。