第18話 〜孤児院と、ギャング〜
無事に食堂の依頼を完遂し、まさかのサプライズで指名依頼まで得た俺達は、ギルドで依頼完了報告をしたその翌日、俺達はもう一つ受けていた孤児院に向かっていた。
「孤児院か、一体どんな場所何だろうな」
「確か、孤児院は教会に付属している施設で、そこには多くの親のいない子供達がいて、そこで働いているシスターさんや神父さんがお世話をして、新しい受け入れ先である里親を探したりしていますね」
簡単にエルシャが孤児院について教えてくれた。
「お、ここみたいだな」
俺達は依頼書に書かれていた場所である、ノーラス教会にやって来た。ノーラス教会は冒険者ギルドと同じ位の大きさであるが、けして新築というわけでも襤褸家というわけでも無く、古き良き建築物と言った趣のある建物だった。
「さて、入るか」
教会の中は多くの長椅子が左右に十三列ずつ並べられ、その間を赤いレッドカーペットが敷かれている。奥には大きなオルガンが設置されその上には女神像が飾られている。
周りを見回すが、シスターや神父といった人は誰も見られ無い。
「う〜ん。どこに居るんなろうな?」
「もしかしたら、教会の裏手にあるらしい孤児院に居るのでは無いでしょうか。流石に、教会内を捜すのは不敬ですし」
「そうだな。ちょっと行ってみるか」
一度教会を出て、回り込む様にして裏手にある孤児院に向かうと、そちらの方から何か言い争っている声が聞こえてきた。
「良いから、さっさとここの利権を渡せって言ってんだよ!!」
「前から言ってますが、その様な事は出来ません。ここは身寄りの無い子供達が唯一頼れる心の拠り所なのです。それに、ここは創造神シェルヴェローナ様を奉るノーラス教会の施設です。その様な事は断じて致しません」
やっぱりこの世界の教会はシロナを奉っているのかと安心し、嬉しく思っていると、言い争っている男女で男の方が既に限界を迎えたらしく、女性に詰め寄り、掴み掛かろうとしたが、そうはさせないと俺は魔力強化し、一瞬で男の背後に回り込み地面に抑え込む。
「ぐあっ」
「えっ、何!?」
男と女性は突然の事についてくる事が出来なかった。
女性は唐突に何処からか現れた少年と言っても良いような年頃の男の子が、今まさに自分に掴み掛かって来そうだった男を地面に押し倒し、取り抑えられている。
男の方は、掴み掛かろうとした女性の姿の変わりに地面が視界に映り、背後から起き上がれないように抑え込まれている事に理解が追い付かなかった。
「な、何だてめえ! くそっ、今すぐ退きやがれ!!」
「それは無理な話だ。アンタがやっていたのは、恐喝罪。つまり、立派な犯罪だ。そんな事をする奴をみすみす逃がす訳無いだろう」
実際、地球であれば即現行犯で捕まえる事が出来る。
「てめえ、一体何者だ! くそっ、俺を誰だと思ってやがる! 俺は『グルスファミリー』の頭、グーム・ローム様の腹心だぞ!!」
「あっそ、これはご丁寧にどうも。俺はタクト・ツガナシ。冒険者ギルドアルベン支部でこの孤児院の依頼を受けた『F』ランク冒険者だ」
こいつの言う『グルスファミリー』ってのが何かは知らないが、俺は全く興味が無く、それ所か俺が今憤っているのは、無抵抗な女性に無理矢理襲い掛かろうとしていた事だ。
俺からすれば、そんな事をする奴はまさしく、万死に値する。
「このっ! たかだか『F』ランク冒険者の分際で、この俺に逆らうってのか!! 今ならまだ、この手を退ければ目を瞑ってやらなくも無いが、もし離さねえってのなら、てめえは俺達『グルスファミリー』を敵に回すって事だぞ!!」
「ふ〜ん。それで? 逆に聞くがよ、今すぐこの教会と孤児院から手を引けば見逃してやっても良いんだぞ」
「んな事出来る訳が無いだろうが! この孤児院はな、俺達に利権を回すようにサインもしていんだよ! それを今更無かった事にする事何て出来る訳が無いだろうが!!」
俺は男の言っている事が本当かシスターの女性に視線で尋ねるが、女性は首を横に振る事から、そんな事は知らないのだろうと辺りをつける。
流石にこいつだけの言葉を鵜呑みにするのは危険だ。他に事情を知っていそうな人がいれば、その人にも聞きたいが、その前に。
「まず、お前にはさっさとお引き取り願おうか」
「何を言って………!」
「【過電圧】」
「ぐぎゃっ」
抑え込んでいる方とは違う手で男の首筋に触れると、一瞬だけバチッと音と光が瞬き、男は意識を失った。
女性の方は、さっきまで騒いでいた男が突然意識を失った事に驚き、混乱していた。
「………え、あれ?」
「大丈夫ですよ。単に気絶させただけだから」
「そ、そうなんですか?」
聞いてくるので俺は頷き、男に目を向ける。
「さぁて、こいつをどうしたもんか」
「あれ? タクトさん、衛兵につき出さないんですか?」
「うん。別にそれでも良いんだけど、こいつがやっていた事を見ていたのは俺達だけだ。それで俺達が、こいつは恐喝をしていたので現行犯で捕まえた、何て言って誰が信じる?」
エルシャは確かに、と頷く。
「だから、ちょっとそこまで捨ててくる。エルシャはその人に事情を説明してやってくれ」
「分かりました。気を付けて下さい」
俺は軽く手を上げ、倒れ伏す男を担ぎ上げ、孤児院から出て行く。
「………え、あの」
急速に流れていく状況に女性は思考が追い付く事が出来ず、アワアワとして、敷地から出て行く俺の背を見送っていた。
〜・・・〜 〜・・・〜
出て行くタクトさんを見送った私は、未だにオロオロいている女性に向かう。
「大丈夫でしたか?」
「………え? あ、はい。大丈夫です。その、ありがとうございます」
「いえいえ。単に見過ごせなかっただけなので」
「そうですか。………その、あなた方は、一体?」
「私は、この孤児院の依頼を受けた冒険者で、エルシャと言います。さっき出て行った人は、私が所属するパーティーのリーダーで、タクトさんと言います」
「これはご丁寧に。わたしはリリス・レームと言います」
お互いに軽く自己紹介をしたので、私はリリスさんを観察する。
リリスさんは、これぞ大人の女性といった体つきをしていて、かなり魅力のある女性だと思う。サラサラの金髪と透き通るような翡翠の瞳。胸もそれなりにあるし、腰にも括れがある。
「む〜」
「え〜と、エルシャさん? どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません」
「そ、そうですか。でしたら、中でお話をさせていただきたいのですが」
「はい。大丈夫ですよ」
「では、こちらにどうぞ」
私はリリスさんに伴われ、孤児院の中に入る。孤児院の中は、沢山の子供を受け入れる事が出来るように広く作られ、いくつかの部屋に別れている内の一つである談話室に向かう。
「それで、依頼と言うのは」
「こちらです」
私は持ってきていた依頼書をリリスさんに手渡す。
「確かに、これは院長先生のサインですね」
「その様子ですと、この依頼についてリリスさんは知らなかったのですか?」
「ええ、まあ。ですが、出して当然ではありますね。この孤児院はほとんど院長先生が一人で切り盛りしているようなものですから」
「そうなんですか?」
「ええ。わたしの他にもう一人シスターがいるのですが、その場合は手が空いた時に手伝いに来ているんですが」
「確か、教会には司祭か司教がいるものなのでは?」
事実、どこの教会でもその地位に就いた教会関係者が管理をしているもので、いないという事はあり得ない。
「勿論いますよ。というか、この孤児院を管理しているケイラ・マーラス院長先生が司祭様も兼任しているのです」
「そうなんですね。じゃあ、そのケイラさんに話を伺いたいのですが、今はどちらに?」
「それでしたら、今はもう一人のシスターと市場で料理の材料と消耗品の補充に行っています。帰ってくるまでもう少し掛かると思います」
「そうですか。…………ん? あ、タクトさんが戻って来ましたね。って、他にも居るみたいですね」
院長であるケイラ司祭が戻って来るまでどうしようかと考えていると、ふと外を見れば孤児院に向かって来るタクトさんとそれに並んで歩く私より少し年上の女性と中年の女性。
「あ、あの二人が院長のケイラ司祭様とわたしの同僚のメリーです」
「あの二人が」
恐らく、朗らかで落ち着いた雰囲気の女性がケイラ司祭で、その横に並ぶ亜麻色の髪をおさげにしている女の子がメリーなのだろう。
三人は孤児院の中に入ってくると、そのままこの談話室にやって来る。
「悪い、遅くなったなエルシャ」
「大丈夫ですよ。依頼の話はこれからでしたから」
談話室に最初に入ってきたタクトさんが私に声を掛ける。
その向かい側で、ケイラ司祭様がリリスさんに心配そうな声で話している。
「リリス、大丈夫だった? 彼から聞いたけど、またあの人達が来ていたのね?」
「はい。ですが、こちらの方々のお蔭で何とか無事です」
「そう、良かったわ」
リリスさんとの話に安堵し、ケイラ司祭様が私達に頭を下げてきた。
「この度は家の子を助けていただきありがとうございます」
「いいえ。私は何もしていませんよ。そちらのリリスさんを助けたのは、このタクトさんですから」
「それでも、今日この時間にあなた方が来ていなくては、大変な事になっていたことでしょう」
この時間に来たのは、確かにタイミングが良かったと言えるだろう。もう少しでも来るのが遅かったらどうなっていた事か。
「そのお礼の言葉は受け入れます。それで、これは聞いて良いのか分かりませんが、あいつ、もしくは同じ組織に所属する奴らって結構来るんですか?」
タクトさんの質問に、三人は顔を見合せ、リリスさんが頷く。ケイラ司祭様もそれに了承の意を込めた頷きを返す。
「分かりました。依頼を受けていただきましたお二方には、お話致しましょう。もしかすると、今回の事で、あなた方にも報復として何か仕掛けてくるかもしれないのですし。それに、彼らと既に、接触してしまったというのもありますからね」
ケイラ司祭様の口から紡がれた言葉は、今回私達が見た出来事の内情。周りの人達に知られないようにしていた話だった。




