第16話 〜弟子が出来ました〜
「私を、タクトさんの弟子にして下さい」
エルシャからの突然の宣言。
俺は呆けた顔を晒し、一瞬何を言われたのか理解出来なかった。
まさか、エルシャからそんな事を言われるとは思ってもおらず、頭が混乱していた。
しかし、少しすると次第にその内容を俺の中に落とし込み、理解する事が出来てきた。
「えっと、エルシャ。今、俺の弟子になりたいって言ったか?」
「はい、言いました」
俺が問い返すと、エルシャははっきりとした口調で返してきた。
「何で、俺の弟子に?」
今日出会ったばかりの相手である俺に弟子入りを頼む。
普通ではあり得ない事で、もしそれが普通だと言うヤツがいるのなら、一度話してみたいものだ。
「驚くのも無理ありませんね。確かに、突然こんな事を頼まれたら、疑問や不信に思うでしょう。ですが、私の心は決まっています」
「それが、俺の弟子か?」
「はい。タクトさんと会ったのは、今日が初めてですが、タクトさんが私が今までに視てきた人のなかで一番強くて、優しい人だって事が分かりましたから。さっきの戦闘も、ガルフさんは一蹴していましたし」
一瞬だけ、エルシャが口にした『ガルフ』が誰なのか分からなかったが、さっきの戦闘という事であの大男の事だと分かった。
そして俺はこの時になって、初めてあの大男の名前を知ったが、別段どうでも良いかという思いが俺の大半の気持ちだった。
それよりも、今はエルシャの事が頭を占めていた。エルシャの言葉は、俺にとってはそれはそうだろうという思いだった。
現時点では『リミッターリング』で力を制限し、さらに使う力を抑えてはいるが、それでもそこらの冒険者や盗賊、魔物に遅れをとる事は絶対にない。それほどまでに実力差がある。
「でも、何でそんな話になるんだ?」
「…………それは、……………私自身が、今のままじゃいけないと思ったからです」
「何だ、それ」
「私は弱いんです。未だに、魔力をまともに扱えないし、魔術も一つも使えない。武器の扱いも知らない。だから、このままではいけないと思ったんです」
「ふぅ〜ん、成る程ね」
このアーテラルでは、命の価値が軽く、奴隷に堕ちれば買った人の所有物になり、人里離れた場所では未だに生け贄何て言う風習が残っていたりする。
そういう面を含めて言うなら、確かに俺に弟子入りする事で、実力を付ける事は出来るだろう。
それも、他者の追随を許さないだろう力を。
「どうするかな」
腕を組んで、考える。
今まで弟子何て一度も取った事は無く、どうするべきか悩む。
俺自身、今でも自分の今の実力に満足しておらず、弟子なんかをとれる身でもないと考えているからだ。
エルシャはそれを、どう断るか悩んでいるとでも思ったのか、顔に陰りを作る。
「やっぱり、突然でしたよね。すみません。今のは――――」
「よしっ、分かった。お前を弟子にしよう」
「忘れて下さい…………って、え? 弟子にしてくれるんですか!?」
エルシャは自分の頼みが、まさか受け入れられるとは思ってもいなかったようで、俺の言葉に驚いていた。
「ああ。エルシャの弟子入りを受け入れよう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「但し、俺の訓練は厳しいぞ。それでも良いか?」
俺は一応忠告したが、エルシャはそれを聞いて笑顔を浮かべた。
「はい、覚悟の内です」
「………ふっ。なら、依頼の合間に時間を作って、やるとするか」
こうして、俺の初めての弟子が誕生したのだった。
〜・・・〜 〜・・・〜
俺は窓から射し込む朝日に顔を照らされ、目を覚ます。
「ふあ〜。あー、良く寝た」
大きな欠伸を一つし、昨日とった宿のベッドから這い出る。
昨日は薬草採取のその後、軽くエルシャの魔力操作を確認したが、全く扱いきれていなかった。それどころか、魔力の感知からして出来ておらず、何となくでやっている節があった。
俺は魔力の感知とその後の魔力操作という基礎的なものを教えてやった。
流石に、一日二日で出来るものではないと思うが、俺が教えるからには既存のレベルから逸脱する事になるだろう。何せ、神様仕込みなのだから。
寝間着として着ていた服を脱ぎ、壁に掛けられた服を着て脱いだ服を持って一階のロビーに向かえば、そこには既に起きて掃除をしていた宿の娘さんで看板娘のハーラがいた。
ハーラは、二階から降りて来た俺に気付き、笑顔を向けてきた。
「あ、おはようございます。昨日は良く眠れましたか?」
「ああ。それで聞きたいんだが、洗濯物はどこで洗えば良いんだ?」
「それでしたら、そちらの扉を開けた先にある裏庭に井戸がありますのでそちらで出来ます」
「そうか。分かった、ありがとう」
俺は裏庭に続いているらしい扉を開け、その先にある通路を抜け外に出ると、左手側にハーラが言っていた井戸があった。
その井戸に近づき、近くに置いてあった桶を入れて水を汲む。
「さてと、さっさと終わらせて、朝飯を食うかな」
汲み上げた桶に入った水に手を翳し、魔術を発動する。
「【水球】」
魔術を発動させた瞬間、桶の中に入っていた水が浮き上がり球体を作り上げる。
その中に、手に持っていた服と足下にしゃがみこんで自分の影に向かって手を突き出すと、何の抵抗もなく前腕の半分近くが潜り込み、ゴソゴソと漁る。
「えっと……………………あっ、あったあった」
取り出したのは木で出来た小箱で中には幾つものビー玉サイズの球体が入っていた。それを寝間着と一緒に一つ入れ、高速回転させる。すると、すぐさま水球の中が泡立ち、そのさまはまるで洗濯機の中を観ているかのようだった。
「流石に市販で洗濯の洗剤は無かった、て言うか貴族用の高価な物か皿洗い用の洗剤しか無かったが、似たような効能の物をシロナから貰っておいて良かったけど、今度本格的に作ってみようかな」
今後の予定に組み込むかどうかを考えながら水を回していく。
これは、俺がやっている魔力操作の訓練も同時におこなっており、見た目はそうでもないがかなりの優れたものだったりする。
「………こんなもんかな」
水球から取り出し、服の状態を確認し、しっかり汚れが落ちたのをみてとる。寝汗と洗剤で汚れた水球は傍にあった側溝に流し、新しい水球で濯ぐ。
今度は、別に風と火の二つの属性で魔術も発動する。
「【温風】」
それは正しく乾燥機かドライヤーの如く、服を隅々まで温かい風を行き渡らせ服を乾かしていく。
乾かした服は俺の造った独自空間に収納し、水球を水を流す溝口に流し、食堂に行く。
そこには既に多くの人達がグループで座ったり、一人で朝食を取ったりしていた。
俺も適当に空いていた席に着くと、朝食が載ったトレイをハーラが持ってきた。
「はい、タクトさんの分の朝食」
「ああ、ありがとう」
俺はハーラにお礼を言って、自分の前に置かれたトレイに目を向ける。
今日の朝食のメニューは、この世界では一般的に食べられている黒パンと、野菜と肉が大量に入ったポトフのようなスープ。そして茹で卵とサラダだった。
品数は普通、もしくは少なめかもしれないが、盛られた料理の量が軽く二人前はありそうだった。
俺はそこまで大食いでは無いが、もしかしたらこの量が普通なのかと思ったが、シロナとの同居(同棲?)生活の時に作ったり、作ってもらったりしていた料理の量は、俺が日本にいた時に食べていたのとあまり変わらなかった筈だった。
もしかして、宿ではこれが通常なのかと周囲を伺う。
それで、何故この量なのかを理解した。
周りに座っている人達は、殆んどが武器を所持していることから冒険者、もしくはそれに準じる職に付く人達なので、朝からガッツリと食べるためにこの量なのかもしれない。
だが、流石の俺でも朝から二人前を食べるのは厳しい。しかし、折角作ってもらったからには残すのもアレだなと思い、意を決し全ての料理を平らげる事にした。
〜・・・〜 〜・・・〜
「うえっ、流石に食い過ぎたかな」
出された料理を残さず、全て食べた事で、今にもお腹が破裂しそうなくらい苦しい。
「やっぱり、悪いとは思っていても少しは残した方が良かったかな」
今さら後悔しても後の祭りと言うヤツで、次からはもう少し少なめにしてもらおうと決めた。
そう決心し、今は少しでも苦しいのを失くすため腹減らしにギルドに向かって歩いていく。
「ふぅ………さっきよりかはマシになったか」
まだ多少の違和感があるが、食べた後よりかはましで、もう少し減らしておくかと考え、ギルドで依頼を受ける事にした。
冒険者ギルド内には、既に多くの冒険者がおり、ある者は仲間とボードの前で依頼を物色し、ある者は横取りしたヤツと依頼の取り合いをしたり、ある者は朝から酒場でお酒を飲んでいたりしていた。
「…………賑やかなのは良いが、流石にこれは騒々しいな」
目の前の光景に呆れながら俺は自分のランクのボードに向かう。
しかし向かっている間、俺を見ている視線を感じ、周りを見回して見ると大半の冒険者が俺に気付かれない様にして見ていたのが分かった。
視線の中身は、殆んどが興味や好奇心的なものから、妬みのような視線まであった。
俺は自分が何かしたのだろうかと考えたが、特段コレと言ったものは無かった筈で、その理由が分からなかった。
「さあて、今日はどんな依頼を受けるかな」
ボードを見ながら考えていると、後ろから声が掛かった。
「おはようございます。タクトさんも依頼を受けに来たんですか」
「ん? ああ、エルシャか、おはよう。まあ、そんな感じだ」
そこには、昨日から俺の弟子になったエルシャがいた。
俺はそこで、折角なら一緒に受ける依頼を探そうかとエルシャに持ちかけ、エルシャは二つ返事で了承してくれた。




