第12話 〜女の子を助けてみた〜
強化して走り出してから数分。
もの凄い速さで周りの景色が俺の後ろに流れ、たまに進路上に木が現れるが激突などというへまをする事も無く、もう少しで悲鳴が聞こえてきた辺りに着くだろうというあたりで、向かい側からこちらに向かって走ってくる足音が強化された聴覚が拾う。
方向からして、この足音の主が悲鳴を上げた人物なのだろう。そして、その後を追う人間とは違う、獣の足音。
少しして悲鳴の主だろう女性の姿を確認する事が出来、あちらも俺の事を発見したようだ。
「……………た、助けっ………いや、逃げて下さい!!」
どっちだよ、と思ったが、女性――――いや、良くみると俺と同い年くらいの少女であったは、一瞬後ろを見てから言い換えた事から自分を追ってきている存在に対して少しの葛藤で俺を逃がす事にした事がうかがえる。そんな事をするって事は、彼女はそこまで悪いヤツでは無いと思われる。
「まったく、仕方無いか」
躊躇うくらいなら、最初から『助けて』と言い切れば良いのに。俺は呆れと感心の思いを感じながら、少女に向かって走っていた速度を速め、まだかなりあった距離をほとんど一瞬にしての内に少女の目の前にやって来る。
突然、まだそれなりに先に居たはずの俺が、いきなり目の前に現れた事に驚いていたが、俺はそれを気にする事無く瞬時に担ぎ上げる。
「きゃあっ」
一瞬のフワッ、とした浮遊感に小さく悲鳴を上げるが、次に聞こえた何か硬い物同士がぶつかり合う音に押し黙る。
「………えっ?」
〜・・・〜 〜・・・〜
私は、冒険者ギルドで受けた依頼でこの森、人々の間では『ガラティナの森』もしくは『緑深の森』と呼ばれる場所に自生する薬草の採取にやって来ていた。薬草採取は、すぐに群生地が見つかったので特に苦労もする事無く終わり、「さぁ、帰って完了報告しよう」と屈んで居たのを立ち上がり森を出ようとした時だった。
「グルルルルルルルル」
「……………え?」
唐突に聞こえてくる後方からの唸り声。
振り返った先には、ゆっくりとした歩調でこっちに近づいてくる一体の魔物がいた。
「………何で…………ここに」
その魔物はこの森で生息する魔物達の中では、上位者の立ち位置にいる存在で、魔物の名前は『緑森熊』。冒険者ギルドが定める魔物の危険指定ランクは『D』。
戦うにしても、『D』ランク冒険者がチームを組んで挑むか、確実に倒すなら『C』ランク以上で当たらなくてはいけない。
しかし私は、冒険者になってそこまで日が経っていないので、未だに『E』ランクであり、このランクでは基本戦闘はしない事を義務付けられ、緊急時ならそれも解除されるが、今回は相手が悪かった。
「………どうしよう」
現在の時点で私が選択出来るのは、二つだ。
一つは、決死の覚悟での戦闘。もう一つは、命掛けになるだろう逃走。
その二つで少しでも生存率が高いのは、二つ目の逃走。
なら―――――
「迷わず逃げる!」
私はわき目もふらず、一目散に逃げる。なら当然、魔物も追い掛けてくるわけで―――――
「ガアアアァァァァアァァ!!」
「キャアアァァァァァ!!」
私は悲鳴の、魔物は咆哮を上げての逃走劇が始まった。
必死に捕まるまいと、殺されまいと走り続けるが、人間そう長くは走れないものだ。例え、それが身体を鍛えている人であったとしても。
しかし、天は私を見放さなかった。必死に逃げる私の目の前に一筋の光明が見えた。
走っていた方とは逆、つまりは前方からこちらに向かって走ってくる男性がいた。
あの人に助けを求めれば、と思ったが、良く見ると前方から向かって来るのは、私と年の変わらない同じくらい(私は十六歳です)の少年だった。
あんな子に、本当に押し付けて良いのだろうかと思ったが、既に口が動いて言葉を吐いていた。
「……………た、助けっ………いや、逃げて下さい!!」
咄嗟に言葉を言い換えたが、それは少し遅かったようだ。
「まったく、仕方無いか」
そんな台詞が聞こえたかと思ったら、いつの間にかさっきまで離れていた場所にいた少年が私の目の前におり、それに驚いていると、一瞬にして少年に担ぎ上げられてしまった。
「きゃあっ」
小さく悲鳴を上げてしまった事に恥ずかしくなってしまったが、既に何度も大きな悲鳴を上げていたのを思いだし、もう遅いかと気づく。おそらく、この少年も私の悲鳴を聞いてやって来たのだろうから。
しかし、そこで私は、ハッと気づく。そうだ、今はこんな事をしている場合じゃない。
と、そう思っていると後ろから何か硬い物同士がぶつかり合う音が聞こえた。
「……えっ?」
振り返ればそこには、今まで自分を追いかけ回していた魔物の爪と、今まさに自分を抱き上げている少年がいつの間にか抜いていた剣がぶつかる音だった。
「間一髪だったな」
「……………は、はい」
素っ気ない風に感じられるが、彼の言う通りで一歩でも間違えれば間違い無く今さっき、自分は死んでいた。
彼が私に向かって走ってくる速度を速めなければ、彼が抜いていた剣が遅かったらと思うと、ゾッとする。
「さてと、ちょいとばかし、離れててくんね? このままでも構わないが、少し動きにくいから」
「あ、は、はい」
私は言われた通りに、担ぎ上げられた状態から降り、彼から距離を置くように離れた。
彼は、一瞬だけ私を振り返り、すぐに目の前の魔物に目を向ける。
今も爪と剣がつばぜり合いは続き、魔物は一向に押し込む事も退かせる事も出来ない相手である少年に苛立ちの咆哮を上げる。
「グオオオオオオオオオッッ」
「ギャアギャアうるせえな。良いから、吹っ飛んでろ」
少年はそう言って、剣を振り抜いていた。
「…………え?」
私はその光景に目を疑った。
少年と魔物のつばぜり合いは、魔物が一方的に少年の剣を押さえ込んでいたかのように見えていたが、実際は逆だった。
少年が軽く力を込める動作をすると、剣は振り抜かれ、魔物が木っ端の如く吹き飛んでいった。
おそらくは魔力強化をしていたのだろうが、全くそんな所作は無く、自然は動作で軽く払ったようにしか見えなかった。
この少年は一体。
 




