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4話:ごはんを食べよう



「よし、お帰りはあちらだ。街の出口は分かるな? 兵士達にはあまり見られないようにしろよ。それじゃ気を付けてな」


 ポンとクロアの肩を叩くと椅子から立たせ、扉の方を向かせながらアシリギは早口でそう言う。


「いやいやいや、待って! 話をする為に連れて来たんでしょ!? 何で急に帰らせようとするの?!」

「いやだって第三王女と言え王族だろ? 流石にそんな厄介なのと関わるつもりはないわー」


 慌ててクロアはアシリギの腕を掴み、立ち止まる。するとアシリギは酷く面倒臭そうにため息を吐き、クロアから手を離した。


「大丈夫! ここにはお忍びで来てるだけで、貴方には迷惑掛けないから!」

「いや駄目だろそれ。どっちにしろバレたら大変なことになるじゃんか」


 クロアは両手をグッと握り絞めながら強気にそう言うが、アシリギは全然安心することが出来なかった。

 魔族達の文化がどのようになっているか詳しく知らないが、それでも王女ともなればそれなりの立場と責任があるはずだ。そんな存在の少女が勝手に人族の大陸に訪れるなど許されるはずがない。アシリギとしては関わらないの一択だった。だがクロアもここまで来たら簡単に引き下がるつもりはないらしい。アシリギは仕方なくベッドの上に腰を下ろした。


「私は修行の為に来たの。人族の芸術品を見て、色々勉強しようと思って……」

「はぁ? 何で王族がそんなことするんだ? 普通魔力を磨くとか、政治の勉強するとか、そういうことをするんじゃないの?」


 クロアも椅子に座り直し、改めて説明をし始める。すると彼女の言葉を聞いて疑問を抱き、アシリギは顔を顰めながらその疑問を口にした。


「魔国では芸術に精通している人が優遇されるの。だから歴代の魔王は何らかの芸術の才能を持っていて、魔王のおじいちゃんも凄い絵が上手なんだ」

「なにその国、天国かよ。俺も魔国に移住したい」


 初めて聞く魔族の文化にアシリギは目を輝かせ、羨ましそうな表情を浮かべる。意外にも魔族というのは人々が思っているような恐ろしい種族ではないのかも知れない。


「私もおじいちゃんみたいになりたくて……だからこの金の筆を貰った時、凄く嬉しかった……」


 クロアは腰に下げている金の筆を取り出しながら、大切そうに握り締めてそう言った。彼女の素振りからして余程大切なものらしい。汚れ一つ見られない金色の筆は美しく輝いていた。


「ああ、そうだ。その金の筆。俺のと同じだよな? 何なの? それ」


 アシリギも思い出したかのように懐から金の筆を取り出し、クロアの物と見比べる。やはりこうして近くで比べても完全に同じ筆だ。形や刻まれている模様など、全て同じ見た目をしている。


「この金の筆は特別な物で、魔王から才能を認められた者だけに与えられる筆なの……私は第三王女だけど、おじいちゃんに努力を認められてようやく授かれた」


 クロアもアシリギが持っている金の筆に顔を向け、どこか気に喰わなそうな視線を送りながらそう説明した。

 どうやらこの金の筆はアシリギが思っていた以上に貴重な物で、魔族の間では重要なアイテムであったらしい。

特にクロアはその金の筆を持つことのもう一つの意味を知っている為、アシリギに不満をぶつけた。


「なのに何で人族の貴方がそれを持ってるの!? 魔王だけが作り出せるこの世に数本しかない筆のはずなのに!!」


 クロアは勢いよく椅子から立ち上がるとアシリギに詰め寄りながらそう問いただした。しかしアシリギの方は大して慌てた様子もなく、何故か納得いったように手をポンと叩いている。


「あー、なるほどなぁ。あの人が魔王だったって訳か……へー、俺知らない内に王様に会ってたんだ。なんか感動」


 アシリギの頭の中では何かがしっくりと来たようだが、クロアの方は全く理解出来ない為、泣きつくように彼の服を引っ張った。


「ど、どういうこと? ちゃんと教えて!」

「何だよ、くっ付くなって。別に盗んだ訳じゃなくて、これは師匠に貰ったんだよ」


 子供の癇癪ように不満を訴えて来るクロアにアシリギは困ったように髪を掻く、そして彼女を落ち着かせて離れさせると、金色の筆を振りながら説明を始めた。


「し、師匠?」

「そ、師匠。俺に絵の描き方を教えてくれた芸術の師匠……えーと、どこから話すべきか……」


 アシリギはそう言いながら困ったように髪を掻く。

 師匠のことを説明するには自分のルーツに関しても説明しなければならない。そうすると話が長くなってしまう為、アシリギは面倒くさそうにため息を吐いた。クロアも説明しないと納得してくれなさそうだし、だからと言って追い出す訳にもいかない。どうしたものかと彼は悩む。そんな時、ふと廊下の方から足音が聞こえて来た。クロアはそれに気が付いて警戒するようにアシリギの背後に回る。すると扉のノック音と共に見知った声が聞こえて来た。


「お~い、アシリギー。依頼の報酬でたくさんお金入ったから、飯食いに行こうぜー」


 扉を開けて入って来たのはレオンであった。それを見てアシリギは握り締めていた金の筆を懐にしまい、短く息を吐き出した。


「なんだよレオンか。驚かすなよ」

「えっ、何その反応……って言うか、その子誰?」


 ふとレオンはアシリギの後ろに隠れているクロアのことに気が付き、気になったようにそう尋ねた。するとアシリギ少し困ったように頬を掻いた後、ポンとクロアの肩を叩いて前に出し、説明し始めた。


「ん……こいつは遠くの国から来た俺の知り合い。芸術の勉強をする為にこの街にやって来たんだとさ」


 アシリギは堂々とそう説明をする。実際クロアは勉強の為に人族の国に来ただけの為、嘘を言っている訳ではない。するとレオンもまさかクロアの正体が魔族だとは思っていない為、納得したように頷いていた。


「へー、そっか。初めまして、俺はレオン。この街で冒険者として活動してる。アシリギとは腐れ縁の仲さ」

「ど、どうも……私はクロア、です」


 人当りの良いレオンは優しい笑みを浮かべてそう自己紹介をする。クロアもそれで多少は警戒心を解いたらしく、アシリギから離れるとペコリとお辞儀をした。


「クロアは極度の恥ずかしがり屋だからさ、フード被って顔隠してるんだ。間違っても無理やり脱がすなよ?」

「おう、分かったよ」


 あやまってクロアのフードを脱がされては困る為、予めアシリギはレオンにそう忠告しておく。その時のアシリギの表情がかなり真剣だった為、レオンは若干引きながら素直に了承した。

すると突然、部屋の中にグゥゥゥとお腹が鳴る可愛らしい音が響いた。誰が鳴らした音なのかと思ってアシリギが隣を向くと、そこではクロアがフードを深く被り、恥ずかしそうにしている姿があった。


「あ、いや、違うんですっ……」

「よし、それじゃひとまず飯食いに行くか。行くぞ、クロア」

「え、えぇぇ~?」


 そう言えばアシリギもまだ昼食を食べていなかった為、急遽お店へと向かうことにする。当然魔族のクロアは驚いていたが、アシリギは彼女を無理やり引っ張ってレオンと共に宿を後にする。

 こうして三人は外に出ると、アシリギとレオンがよく行くお店へと向かった。一応クロアのことを考慮してお店に着くと端っこの角になっている席に座り、それぞれ料理を注文する。そして数分もしない内に美味しそうな出来立ての料理が運ばれて来た。


「遠慮せずに食って良いぞ。全部レオンのおごりだから」

「ええええ!? 俺ぇ?!」


 運ばれて来た自分の肉料理を口にしながらアシリギはそう言う。一見クロアに気を遣った冗談にも聞こえるが、彼の場合は本気で言っていた。そのことを長い付き合いのレオンは知っている為、本気で焦っていた。


「おいしぃ……」

「だろう? ここのお店は安くて早くて美味いって言う、完璧なお店なんだ」

「見つけたのは俺だけどな……!」


 初めて人族の料理を口にしたクロアは感動したように頬に手を当て、そう感想を零す。この街に来るまではろくな食事をしてなかったのが、凄いペースで料理を口に運んでいった。見た目に寄らず意外と大食いなのかも知れない。


「ところで、二人は何の話をしていたんだ?」


 自分の料理を食べながらふとレオンは気になったことを尋ねる。するとアシリギも一度手を止め、水を口に含んでから話を始める。


「ん、ああ。クロアが俺の過去について知りたいって言うんでな。師匠のことを話そうと思ってたんだ」

「ああ、お前を変人の道に引きずり込んだ張本人か」

「師匠をそういう風に言うな。素晴らしい人なんだぞ」


 レオンも幼馴染のアシリギの過去は知っており、その師匠という人物も会ったことはないが何度も話で聞いている為知っていた。故に彼はげんなりとした表情で付け合わせのサラダをむしゃむしゃと食べる。


「引きずり込んだ……?」


 クロアはスープを飲みながら、アシリギの方に顔を向けて疑問そうな表情を浮かべる。レオンの嫌そうな態度が気になったのだ。


「ああ。実は俺、昔は何の取り柄もなくてな。小さい頃は才能がない奴って虐められてたんだ。その時に師匠が絵描きを教えてくれたんだよ」


 するとアシリギから返って来た答えは意外なものであった。

まだクロアはアシリギと出会ったばかりでよく知らないが、それでも彼の態度からかなりの自信家で、実力のある人物なのだということは分かる。そんな彼からは想像出来ない過去が語られ、クロアは思わずスプーンを落としそうになる。


「えっ……でも、アシリギは物体を創り出す魔法を使えてたよ? アレがあれば才能がある子ってもてはやされてたんじゃ……」


 アシリギはゴーレムとの戦闘の時、勇者の聖剣と全く同じ形状の剣を創り出していた。その剣は見た目だけでなく性能まで同じで、むしろ彼は勇者以上にその聖剣を使いこなし、ゴーレムを一瞬で倒していた。そんな力を持っているのならば昔から人気者であったはず。クロアはそう考えていた。だがアシリギは小さく笑みを浮かべるとパンを千切り、自分の口へ一欠けら放り込んだ。


「〈創造魔法〉はそんな使い勝手が良い魔法じゃないんだよ。俺は生まれた時からそれを授かってたが、昔は失敗ばかりだった」


 この世界では勉強して習得する後天的な魔法と、生まれた時から使える先天的な魔法が存在する。アシリギは先天的魔法として創造魔法を授かった。名前だけ見れば万能そうな魔法ではあるが、残念ながら当時のアシリギにとってこの魔法は呪いに近いくらい自身を貶めるものであった。


「まず物体を上手に描く必要があるし、十分に観察して理解しておかなくちゃいけない。条件がクリア出来ないと正しく実体化しないから、当時の俺は創造魔法を全然使いこなせなかったんだ」

「お前昔木を描いてたら柔らかいフニャフニャの木が出来上がったもんなー」

「うるさいぞ、レオン」


 創造魔法はただ絵を描けばそれを実体化出来る訳ではなく、様々な条件が存在する。実物に近いレベルで描かなければならないことは当たり前だし、その物体にどのような性質が備わっているのか、どのような歴史があるのか深く知っておく必要まである。それらの条件を全てクリアした時、初めて実体化は成功するのだ。

勇者の聖剣を創造した時はそれを長く観察しておいたことと、勇者がまだその聖剣を使い始めたばかりだったから創造することが出来た。要するに条件が緩かったのである。


「そういう訳で、世間からはハズレ魔法って言われて俺は馬鹿にされてた。実際この魔法を使いこなす人は少ないから、俺もハズレだと思って落ち込んでたんだ」


 止めていた手を再び動かし、もう半分になっている肉料理を食べながらアシリギは説明を続ける。意外と重い過去を語りながらも、既に吹っ切れているのかその口調は軽い。


「そんなある日、いじめっ子共に追い掛け回されて森の中で迷子になってた時に、俺は師匠に出会った」


 持っていたフォークをピンと立て、強調するようにアシリギは言う。隣ではレオンが「出たよ……」と残念そうな表情をしながら水を飲んでいた。


「師匠は落ち込んでいる俺に紙と鉛筆を渡すといきなり絵を描けって言って来てな。俺が言う通り絵を描いたら、こうじゃないこうだ! とか言って色々指摘されてさ。何度も描き直しさせられたんだ」


 懐かしむようにアシリギはフォークを下ろしながら話す。その表情はゴーレム戦の時よりも大分柔らかく、クロアの目には上機嫌に微笑んでいるように映った。


「そしたらある日、金の筆を俺に渡して、それで魔法を使うように言って来た。言われた通りやってみたら、創造魔法が上手く出来るようになったんだ」

「確かにお前急に魔法使えるようになってたよな。椅子とか机とか複雑な形のものも作れるようになってたし」

「ああ、師匠とこの金の筆のおかげさ」


 当時のレオンはその変化に気がついたらしく、懐かしそうにアシリギに話題を振った。アシリギもその成長ぶりを師匠のおかげだと取り出した金の筆を見せながら自慢げに答える。

それからアシリギは肉料理を食べ終えてしまうと、食後に頼んでいた珈琲を口にしながら話を進めた。


「俺はそれからその人を師匠と呼ぶことにして、ちょくちょく森の中に会いに行ってたんだ。師匠も旅の途中らしくて、あの時は色んな風景を描いていたらしい」


 どうやらアシリギの師匠は旅をしている最中に偶々アシリギの村の近くに立ち寄っただけらしい。当時のアシリギも純粋な子供だった為、師匠が何者なのか、どこからやって来たのかも全然気にしていなかった。


「そして師匠が次の目的地に行くことになって、お別れの日に俺はこの黒いケースを貰ったんだ」


 カップをテーブルの上に置くと、アシリギはいつも肩からぶら下げている鞄から黒いケースを取り出した。上質な素材で作られているものらしく、そのケースは形容し難い存在感を放っている。


「何でもこれはポートフォリオらしくて、俺の人生の作品集を完成させた時、光り輝くとか言ってたな」

「何回聞いても怪しさ満点のアイテムだよな。実は呪われてるんじゃねぇの?」

「黙れ、レオン」


 怪しい内容にレオンは眉間にしわを寄せながら指摘する。だがアシリギは尊敬している師匠から貰った物の為、一切疑っていなかった。それだけアシリギの中では師匠という存在が大きいものなのだろう。


「まぁそういう訳で、今の俺があるのは師匠のおかげなんだ。だから師匠に言われた通りいつか人生の作品集を完成させて、成長した俺を見てもらいたいと思ってる」


 黒いケースを大事そうにしまうとアシリギはそう話をまとめる。

 彼の目的は立派な芸術師となり、再び師匠に会うこと。だからこそ彼は異常な程熱心に作品を描き、様々なものを見る為にダンジョンや遺跡に出向いている。その行動力は冒険者達ですら驚愕する程で、変わり者が多い芸術師の中でも特に変人と言われる程だ。


「今思えば豪快な人だったなぁ……着てる服は虎柄で派手だったし、しょっちゅう口癖の「爆発だぁ!」っての言ってたよ」

「どう考えてもヤバい人じゃねぇか」

「何だとレオン。あの人はマジで凄い人なんだぞ。お前魔物と相撲出来るか? 師匠はやったぞ……って、ん? どうした? クロア」


 アシリギは珈琲を飲み終えた後、椅子にもたれ掛かりながら懐かしそうにレオンと言葉を交わす。するとクロアがプルプルと肩を小刻みに揺らしていることに気が付いた。彼女は手で顔を覆い、何かに耐えているように見える。

食べ過ぎてお腹が痛くなったのか、と思ったアシリギは心配するように彼女に声を掛けた。するとクロアは、アシリギにだけ聞こえるよう小声で言葉を零す。


「……それ、絶対私のおじいちゃんだ」


 顔から僅かに手を離すと、クロアの顔は林檎のように真っ赤になっていた。そして恥ずかしそうに紫色の瞳を揺らし、また手で顔を隠してしまう。それを見てアシリギはああやっぱりか、と師匠のことが分かって嬉しいような、クロアに同情するような複雑な気持ちで笑った。

 


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