30話:新たな旅立ち
お祭り騒ぎがようやく落ち着き、店も休息を取るようになった為か、その日のアルファルマは静かな朝を迎えた。まだ空も白く、街は青みが掛かっている。まるで建物自体が死んでいるかのように暗い雰囲気であった。
そんな人気を全く感じさせない中で、早朝にも関わらず道を歩いている者達が居た。一人は街の中でも色々な意味でも有名な芸術師、アシリギ。もう一人はその助手として最近住人にも知られている少女、クロア。二人はいつもよりも荷物が多く、服装も遠出用のしっかりとした物になっていた。
「ふぁ~……さっむぅ」
「だからもっと厚着しろって言っただろ。この時期でもまだ寒いんだから」
少し前までは火山の噴火で街が燃えてしまうのではないかと騒いでいたのに、今では口を開けば白い息が出てしまう。寒がりなクロアは手を擦り合わせて何とか身体を温めようとし、その隣でアシリギは呆れたようにため息を吐いていた。
「と言うか良かったのー? ろくに挨拶もしないで出てきちゃったけど、しばらくはアルファルマに戻れないんでしょ?」
「前々から出ていくことを伝えてたし、俺は元々この街の人間じゃないからな。特に問題はないさ」
クロアはギリギリ前日で挨拶周りをしておいたので大丈夫だったが、アシリギの方は街の人達にろくに顔も見せなかった。元々交流を大切にしようとする性格でもない為、彼自身は特に気にしていなかったが、アルファルマの人々を気に入っているクロアからすれば少し寂しい気持ちもあった。
だがそんなクロアの気持ちも知らず、アシリギは乱れない足取りでずんずん門の方へと向かっていく。すると、そんな彼の前に見覚えのある人物が現れた。
「……お」
「よう」
それはアシリギの友人である冒険者、レオンであった。だが今回はいつも携えている剣を装備しておらず、服装もギルドに居る時よりも軽装なものであった。どうやらギルドに用があったという訳ではないらしい。
「レオンさん……!」
「何だよ? こんな朝早くから。ジョギングでもしてたのか?」
「んな訳あるか。友人の見送りをしに来たんだよ」
レオンが現れたことに特に驚きもせず、アシリギは偶然出会っただけのように振舞う。そんな様子を見てレオンは苦笑し、頭を掻いた。
「お前は相変わらずだな。思い付いたらすぐ行動に移る。皆に何も言わず、すぐ飛び出しちまう」
レオンにとって、アシリギははちゃめちゃ過ぎる手に負えない友人だ。村に居た頃から創造魔法のことで馬鹿にされながらも己を貫き、ただの村人にも関わらず壮大な夢を語る。その姿はレオンにとってはあまりにも眩し過ぎる存在であった。だがそんな光をずっと眺めて来たからこそ、レオンは分かっていた。アシリギがどのような行動をし、どのような思いを抱き、次は何をするのか。それが、唯一レオンがアシリギに対して誇れる特技なのだ。
「もうアルファルマは良いのか? ここだって面白い芸術品もまだまだあるだろ」
「……確かに、ある程度はまだ楽しめるものも残ってるかも知れない。でもそれじゃ俺が満足出来ないんだ。もっと色んなものを知りたい。もっともっと色んな文化を知りたい。俺は更に上に行きたいんだ」
アシリギは完璧な芸術師を目指している。ただ絵が上手い程度ならば、アルファルマで活動するだけでも十分だろう。だがそれだけでは不十分なのだ。
人族の芸術文化はまだ浸透し切っていない。アルファルマですら芸術よりも功績や栄誉を自慢しようと芸術品を作る傾向がある。そんな世界を変える為にも、アシリギはより多くのことを学び、そして頂点へと辿り着かなくてはならないのである。
「村に居た時から知ってるだろ? 俺は意識が高い変わり者のガキんちょだって」
腕を広げ、自身の存在を主張するかのようにアシリギはそう言ってみせる。それを聞いてレオンは思わず吹き出し、面白がるようにお腹を抱えて笑った。
「ハハハっ……ホント、相変わらずだな。敵わないよ、お前には」
アシリギが変わり者であることは周知の事実である。だが本人も変わっていることを自覚しているのは中々珍しいことだ。おまけにアシリギはそれを恥じることもなく、誇るように言う。そんなことを聞けば、笑わずにはいられないだろう。
それから落ち着くまで笑った後、レオンはアシリギの方へと歩み寄る。そして隣まで近づくと、彼の肩にポンと手を乗せた。
「だったら精々周りの人も大切にするんだな。お前の良さを気付いてくれる人は、少ないんだからさ」
アシリギは他人に対して雑な態度を取ることが多いが、決して人を毛嫌いしている訳ではない。ただ興味のないことにはとことん無関心なだけで、多少は情も残っているし、他者を守ろうとする時もある。彼はただ芸術に関してのことばかりに目がいってしまうだけなのである。
そのことに気付けるのは同じ価値観を持つ者か、長く彼と行動を共にする者でないと分からないだろう。
「うっせ、分かってるよ」
「ホントか~? お前は無駄に能力が高いから、人を頼らないとこがあるからな。心配だぜ」
アシリギはうっとうしそうにレオンの手を払う。その二人のやり取りはまるで兄弟のようであり、様子を見ていたクロアも微笑ましそうにしていた。
「クロアちゃんも気を付けてな。こいつと一緒に居るのが嫌になったら、いつでもアルファルマに帰って来て良いからさ」
「うん、そうする。レオンさんも元気でね」
「おいっ」
クロアにも別れの言葉を言い、アシリギとのやり取りを見てレオンも笑みを浮かべる。
ようやくアシリギの前に現れた同じ価値観を持ち、アシリギと同じように芸術の道を突き進む少女。彼女ならば、ただ眺めているだけの自分とは違い、真の意味でアシリギの理解者となってくれるかも知れない。そうレオンは期待を抱く。
「じゃぁな。夢叶えろよ」
「おう、お前も依頼途中で死ぬんじゃねぇぞ」
「最後に縁起でもないこと言うなよっ」
最後までアシリギは軽口を叩き、レオンもフンと鼻を鳴らして手を振りながら去っていく。その姿を見送り、アシリギ達も再び門へと歩き出す。その後ろではクロアがニヤニヤと笑みを浮かべながら視線を向けていた。
「良かったじゃん。良い友達を持って」
「そーだな。俺はホントに恵まれてるよ」
わざわざこんな朝早くにも関わらずレオンはアシリギ達が旅立つこと見抜き、先回りして見送りの準備をしていた。そんなの普通の友達でもそこまで準備周到には出来ないであろう。レオンは本当に良い人だ、とクロアはからかうようにアシリギに言う。
そして門の前まで辿り着くと、アシリギは確認を取るように横に居るクロアに顔を向ける。
「後悔はないな?」
「当然!」
「じゃぁ、行くか」
戻る気はない。アシリギと共に行動すると、彼女は既に覚悟している。
アシリギとクロアは共に前へと歩き出した。




