28話:勇者達の旅
アルファルマの街にある一番高級な宿。そこは一般の宿とは比較にならない程大きく、広い敷地を持っている。エントランスから部屋の一つ一つまで造りに拘っており、中庭には豪華な噴水まで付いている。正に一流と称するにふさわしい宿であった。その一室で、女神官であるマリーは机の前で紙束と睨めっこしていた。
「……ふむ」
一枚一枚目を細めながら確認していき、疲れたように眉間に集まったしわを指で擦り、解していく。そして積んであった紙束に一通り目を通すと、マリーは肩を揺らしながら大きく息を吐き出した。
「こんなとこかな……ふ~、やっぱり事務的なことは疲れますね」
そう言って彼女はちょっと恨めしそうに紙束を見た後、すぐに視線を外す。そして自身の肩を解しながら立ち上がると「んー」と声を漏らして固まっていた腕を伸ばした。
彼女が確認していたのは竜の討伐に関しての報告書などを纏めたものだ。今回勇者はどのような敵と戦ったのか、どのようにして勝利したのか、そしてどれだけの被害が出たかなどを詳細に書かれている。これは王宮から使わされているマリーの仕事であり、使命であった。
「……と言っても、書いてあることの殆どが〈嘘〉なんですけど」
紙束に背を向けながらマリーは部屋の中を歩き、自嘲するように笑う。
今回の纏めた報告書には殆ど事実とは異なることが書かれている。それはマリー自身の意思で書いたものであり、彼女自身も重大な規則破りをしていることはきちんと理解していた。
本来、マガフレギア討伐の功績と栄誉を与えられるのはアシリギであった。彼はたった一人で炎竜を倒し、街を危機から救ったのだ。故に街の人々からの賛辞の声も、ギルドからの勲章授与も、全ては彼が受け取るべきものなのである。だがアシリギはそれを拒否し、功績を勇者達に譲った。それがマリーには理解出来なかった。
「本当に変わり者ですね。彼は」
変わり者の芸術師アシリギ。その名はアルファルマでは色々な意味で有名だ。
曰く、絵を描く為ならばどんな無茶もやってのけると言う。曰く、単純な戦闘力だけならばギルド長に匹敵すると言う。曰く、友人を餌代わりにして襲っている魔物の絵を描いたと言う。とにかくめちゃくちゃな噂ばかりが広まっているのだ。中にはどう考えても嘘のようなものが混じっているが、実際に会ってみればかなりの変人である為、大体は本当なのだろう。それくらい芸術師アシリギとは異質な存在なのである。
「まぁそれでも、多少は良い影響にはなったかも知れませんが」
ふと、そんなことを呟きながらマリーは部屋の扉を開け、中庭へと向かう。そこでは勇者パーティである仲間達が揃っていた。そしてその中心には、あの勇者が聖剣で素振りを行っていた。
「ふっ! ふっ! はぁ!!」
「精が出ますね。勇者様」
「……! マリー」
マリーが声を掛けると勇者は一度素振りを止め、額から流れていた汗を拭って呼吸を整える。その横では槍使い男と女騎士が控えていた。
「まぁな。勇者である僕は最強でなくちゃならない。たかが芸術師程度に、負ける訳にはいかないんだ!!」
勇者は力強く拳を握り締め、水分補給をするとすぐに素振りへと戻る。その剣捌きはまだまだ荒いが、普段聖剣の力に頼り切っている振り方とは違って思いが込められていた。
「勇者様……何故急に鍛錬なんかを?」
「まるで人が変わったようですね……」
そんな勇者の様子を見守っていた槍使いの男と女騎士は少し戸惑った表情を浮かべる。
鍛錬をすることは素晴らしいが、今までの勇者はそんなことをちっともして来なかった。むしろ勇者自身は「必要ない」と豪語する程であった。それが急に真面目に取り組むようになったのだから、混乱して当然である。
そんな中マリーだけは勇者の鍛錬の姿を見て満足そうに笑みを浮かべていいた。今までお調子者だった彼が少しだけ真面目になった為、どこか息子が成長してくれたような母性を感じたのだ。
それに彼女は勇者が真面目に鍛錬するようになった経緯も知っている。切っ掛けは単純、マガフレギアを倒したのはアシリギだと伝えたのだ。すると彼は勇者である自分が倒せなかった敵をただの芸術師が倒したという事実にショックを受け、その高すぎるプライドから強さを求めるようになったのである。
「まぁ、真面目に鍛錬してる分には良いですよね」
正直これだけではまだスタートラインに立ったに過ぎないが、それでも今までと比べれば十分な成長と言える。まずは勇者が向上心を持ってくれることが大事なのだ。
まだまだ荒い素振りを何度も行い、勇者は汗を流す。その姿をマリーは微笑ましそうに見守った。
「あ、そう言えば、マリー」
「ん、何ですか?」
ふと仲間の一人である女騎士が話しかけて来る。手には地図を持っており、それを広げてマリーに見せる。
「王宮から次の指示があった。次の目的地はここだ」
「あら……それは何とも奇遇な」
「奇遇?」
「いえ、こちらの話です。で、何故この街に?」
マリーは次の目的地を確認し、どこか面白がるように笑みを零す。そしてその旅の目的を女騎士に問うた。
「何でも魔族らしき人物が目撃されたらしい。情報が少ないから分からないが、修行中の私達で確認してもらいたいそうだ」
「ふむ……なるほど、そうですか」
魔族という存在は人族において無視出来ない敵対勢力。それが人族の街で発見されたというのならば、一刻も早く対処しなければならない。それが勇者の務めなのだ。
「では勇者様には私の方から伝えておきます。二人は旅の支度を整えておいてください」
「うむ、分かった」
役割分担をし、マリーは今後の予定を考える。街を移動するとなれば色々と準備も必要だ。当然あの勇者がそういった事を出来る訳がない為、他の仲間達で支度をしておかなければならない。
女騎士は頷いた後、支度をしに槍使いの男と部屋に戻り、残されたマリーは広げていた地図にもう一度目を通す。
「次の街はイデアか……あの二人も来てくれると嬉しいですね」
次の目的地は北にあるイデア。劇団が集まっているというその街に、人々は引き寄せられていく。
果たして、魔族らしき人物が目撃されたという話はそれと何か関係があるのか? 確かめなくてはならない。




