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2話:魔族の少女



 〈ダンジョン〉。通常の洞窟とは違い、様々な種類の魔物が住みついている危険な迷宮。

ダンジョンは基本誰が出入りしても良いことになっており、子供や老人も入ることが出来る。ただしダンジョンの中には凶悪な魔物が大量に住みついている為、一般人が好んで入ろうとはしない。精々冒険者や兵士達が魔物を狩る為に入るくらいだ。

 今回ゴーレムが動き出したというダンジョンは街の一番近くにある遺跡から入る事が出来る。出現する魔物も比較的弱い為、街の人からは〈始まりのダンジョン〉などと呼ばれていた。

アシリギがその遺跡に到着すると、そこには何人かの騎士達が居た。ゴーレム討伐の為に余計な冒険者達を入れないようにしているのだろう。見張り番という訳だ。だが当然アシリギがそれくらいで諦めるはずはなく、彼は騎士達の目を盗んで気配を感じさせずにダンジョンの中へと入った。


「さーて、ゴーレムはどこだ~?」


 ダンジョンの中は自然発光する石や苔で明るい。だがそれでも角や膨れ上がった岩など死角になる場所がある為、注意して進まなくてはならない。歴戦の冒険者でも油断すればあっという間に命を落としてしまうような場所なのだ。それにも関わらずアシリギは紙束と鉛筆を取り出すと鼻歌を歌いながらダンジョンの中を進み続けた。


 途中何体かの魔物達が襲い掛かって来たが、アシリギにとっては興味のない個体であった為、適当にあしらってその場から立ち去った。その調子でどんどん奥の方へと進んで行き、やがて開けた場所へと辿り着く。そこは壁に妙な文字が刻み込まれ、辺りにガラクタのようなものが散らばった奇妙な場所であった。その中心では、巨大なゴーレムと戦う騎士団の姿があった。


「グゴゴゴゴゴゴォォ!!」

「全員下がれ! 距離を取るんだ!!」

「くっ……こいつの身体、異常に硬いぞ!? 普通の武器じゃ太刀打ち出来ねぇ……!」


 土と泥が混ざったような一般的なゴーレムとは違い、ガラクタが混ざり合って形成された古代兵器のゴーレム。その身体は城壁のように頑丈で、背中からは何本もパイプのような物が突き出ていた。

 どうやら相当手強い相手らしく、騎士団達は刃こぼれしている自分達の剣を見て苦しそうな表情を浮かべていた。


「おー、良いね良いね。じゃ、早速スケッチっと」


 アシリギはその光景を見ると嬉しそうに笑みを浮かべ、丁度上から見渡せそうな丘になっている岩場を見つける。そして隠れる素振りもなくそこに堂々と座り、紙束に鉛筆を走らせ始めた。

 騎士団は離れているアシリギの存在に気付くことなく、目の前のゴーレムと戦い続ける。だがどれだけ剣や槍を突き付けてもその刃がゴーレムの身体に傷を作ることはなく、虚しい金属音を立てて弾かれてしまった。


「ゴァァァアアアアアアアアア!!」

「ぐっ……隊長! このままでは全滅してしまいます!」


 一人ずつ騎士達がゴーレムの丸太のように巨大な腕で吹き飛ばされていき、騎士団の陣形が崩れ出していく。するとこのままでは勝てないと悟った騎士の一人が隊長格の男にそう叫んだ。


「ッ……だ、だが……我々が撤退する訳には……」


 隊長と呼ばれた男は悔しそうに拳を握り締める。

 騎士団は人々を、ひいては国を守る為に存在している。そんな自分達が尻尾を巻いて逃げる訳にはいかない。隊長はそう心の中で叫ぶ。

何より彼らには騎士団としての意地があった。ただでさえこの世界には冒険者という騎士や兵士に代わって魔物と戦う職業があり、仕事を奪われてるのだ。騎士の存在意義に掛けて負ける訳にはいかない。

だが現実は非情で、目の前のゴーレムには一切の攻撃が通じず、騎士達は次々と倒されていった。すると、そんな隊長の横から騎士とは違う格好をした茶髪の青年が前に出た。


「あ、何だよ。邪魔だな」


 丁度その青年がゴーレムの前に立った為、ゴーレムの全貌が見えなくなってアシリギは不機嫌そうな表情を浮かべる。しかしわざわざ注意しに行くのも面倒だった為、そのまま描き続けた。


「隊長、ここは僕に任せてくれ」


 爽やかな雰囲気をした青年はマントを翻しながら隊長にそう言う。雰囲気からして騎士団とは違うのだろう。格好も鎧ではなく白いコートを着ており、その上に簡易的な装甲を纏っているだけである。だがどれも細密な刺繍が施されており、必要ないだろうと思う程豪華な仕上がりになっていた。何だか主張が激しい青年だとアシリギは感想を抱く。


「ゆ、勇者殿……! ですが、貴方様に何かあっては……」

「心配ない。僕にはこの〈聖剣〉があるからな」


 隊長は青年の事を勇者と呼び、慌てて下がらせようとする。しかし青年は首を横に振ると、安心させるように自分の腰にあるこれまた豪華な剣を見せびらかした。その様子を見てアシリギは首を傾げる。


(勇者? ……ああ、そう言えばそんなのあったな。最近見つかったとか騒がれてた伝説の勇者か)


 数十年に一人現れると言われている伝説の勇者。何でも魔王を倒す力を秘めているらしく、歴史上では魔王が世界を支配しようとする度に勇者がそれを食い止めているらしい。

その勇者が最近どこかの村で見つかったという話をアシリギは思い出した。確か伝説の紋章を持っていたとか。何だか胡散臭い話だが、とりあえず事実ではあったようだ。


(ま、興味ないけどね)


 だがアシリギはそんな勇者に対して興味を見せず、鉛筆を動かし続けた。

 精々彼が興味を持ったのは聖剣だけで、勇者である青年に対しては全く関心を示さなかった。何せ勇者の青年はこれでもかと言うくらいアシリギの嫌いな見た目をしているのだ。常に爽やかな笑顔を浮かべ、自信と活気に満ち溢れている。完全に自分は凄い人間だと思い込んでいる者の顔であった。そういう空っぽな人間をアシリギは好きになれなかった。自身の目的であるポートフォリオに、あんな空っぽの人間の絵を入れようとは到底思えない。良くて背景に紛らせる程度である。

 いずれにせよ今回のアシリギの目的はゴーレムの観察。何か干渉しようとすることはなく、彼は黙々と手を動かし続ける。


「さぁ〈エクスカリバー〉よ! 僕に力を貸してくれ!!」


 勇者は聖剣を引き抜いてそう声を上げた。すると聖剣の純白の刃が輝き始め、勇者の身体も光に覆われる。何らかの力が付与されたらしく、彼の身体からはとてつもないプレッシャーが放たれていた。アシリギはそれを見て眩しくてうっとうしいな、と目を細めていたが。


「喰らえ鉄屑! 〈正義の一撃ジャスティス・フィニッシュ〉ぅぅぅううううう!!」


 何ともストレートな技名を叫びながら勇者は聖剣を振り上げてゴーレムへと飛び掛かる。そして勢いよく剣を振り下ろすと、光の斬撃によってゴーレムの身体に亀裂が入った。あれだけ騎士達が攻撃しても傷が付かなかった身体に、とうとうダメージが通ったのだ。


「おお! ゴーレムに攻撃が効いたぞ!!」

「流石勇者殿だ!!」


 その攻撃を見て騎士達も歓喜の声を上げる。ゴーレムも自分の身体を傷つけられた事に驚いたのか、怯むように後ろへと下がった。


「あー、まだ十分に描けてないのに! 余計なことをするなよ!」


 一方でアシリギは貴重なモチーフを傷つけられたことに憤慨していた。既にもう何枚も辺りには紙が散らばっており、そこには大量のゴーレムが描かれていた。それでもアシリギにはまだ描き足りないらしく、余計なことをした勇者に対して強い敵意をぶつける。


「これで終わりだ! 鉄屑!!」


 攻撃が効いた事で調子に乗った勇者はそのままとどめを刺そうと地面に着地し、聖剣を構え直す。再び刃が輝き始め、勇者は剣を振り上げた。だがその時、岩場の陰から何者かが現れる。


「待って! 今攻撃しちゃ駄目!」

「――――なにっ?」


 鈴の鳴るような綺麗な声と共に少女と思わしき人物が前に出て手を伸ばす。黒いローブにフードを被った怪しい見た目をしているが、彼女の切羽詰まった様子からして緊急事態なのだろう。思わず勇者も動きを止め、その少女の方に顔を向ける。すると先程まで動きを止めてたゴーレムが突然小刻みに震え始めた。


「グゥ……ォォォオオオオオオオオオ!!!」

「な、何だ……ゴーレムの身体から煙が……ッ!?」

「これは、熱か!? いかん、勇者殿離れて……!!」


 ゴーレムの身体からモクモクと煙が出始め、尋常じゃない熱を発する。明らかに異様な雰囲気だが勇者は呆然としており、騎士達は慌てて避難し始める。

 次の瞬間、ゴーレムが咆哮を上げると辺りに熱風が放たれた。フードの少女は急いで岩場に隠れ防ぐが、棒立ちだった勇者は情けなく吹き飛ばされる。


「うわああああぁぁッ!!?」


 ゴロゴロと地面に転がり、勇者は岩に激突して倒れ込む。その時に頭を打ったらしく、痛そうに後頭部を抑えていた。だが逆にそれだけで済んで良かったと思うべきだろう。もしも今の熱風を近くで浴びていれば重症を負っていたはずだ。


「は、早く逃げてください!!」

 

 フードの少女は岩場に隠れながらそう叫んだ。しかし騎士達に撤退する素振りは見られず、勇者も頭を抑えながら立ち上がる。まだ自分達でどうにか出来ると思っているらしい。だが熱を帯びたゴーレムは容赦なく周りの騎士達を拳で吹き飛ばしていく。もう騎士団は半分くらい壊滅状態であった。


「ひ、ひぃっ……!」

「グォォオオオオオオオオオオオオオ!!」


 岩を粉々に踏み潰し、怪物のように雄叫びを上げてゴーレムは騎士達に近づいて行く。いよいよ騎士達も戦意が喪失し、恐怖の声を零していた。


「ったく、しょうがないなぁ……もう十分にスケッチも出来たし、暴れられたら困るから退治しておくか」


 そんな時、ようやくスケッチに満足したアシリギが紙束と鉛筆をしまうとスクッとその場から立ち上がった。そして懐から金色の筆を取り出し、跳躍して騎士達が戦っているフロアへと降り立つ。


「き、君! 何者だ? 危険だから下がってなさい!」

「はいはい、むしろお前らが下がってろよ。怪我人なんだから」


 騎士達はアシリギの存在に気が付き、制止の声を掛けるがアシリギは無視して前へと進む。そして頭を抑えて膝を付いている勇者の横を通ってゴーレムの前へ立ちはだかった。


「な、何だお前?! そのゴーレムは聖剣じゃないと攻撃が通らないんだ! 一般人の出る幕じゃないぞ!!」

「聖剣で攻撃すりゃ良いんだろ? ちょっとそれ見せてくれ」

「はぁ?! い、言っとくが貸さないからな!?」

「ちょっと見るだけだって。ほら、柄のとこ手で隠れててよく見えん」


 突然現れたアシリギに勇者は戸惑い、おまけに自分の大切な聖剣をジロジロ見て来る事に不快感を覚える。自分は伝説の勇者なのだ。本来なら一般人が軽々しく話し掛けて良い存在ではないのである。だがアシリギは遠慮なく勇者の手を退かし、聖剣の全貌をしっかりと観察した。すると興味を失ったように勇者から離れ、再度ゴーレムと向かい合うと金色の筆を振るった。空中に光の線が描かれる。


「ォォォォォォオオオオ!!」

「さっきスケッチしてる時に十分聖剣は見たからな……これだけ〈観察〉すれば条件はクリアだ」


 アシリギは特別な魔法を持っている。それは描いた物を実体化させるという魔法で、あまり使い手が居ないマイナーなものであった。実体化させても本物のような感触や効果がなく、ほんの数分で消えてしまう為、習得しようとする者が居なかったのだ。だがこの魔法を人々は正しく理解していなかった。使いこなす者が居なかったからこそ、子供の遊び程度の魔法だと思い込んでいたのだ

 この魔法の本当の効果は、描写力があり、十分な観察と魔力が伴えば、実物と同じ効果を持つ物を作れるという、神に等しい魔法であった。


「〈創造魔法クリエイト〉。形成――――〈聖剣・エクスカリバー〉」


 線を結び、空中に剣を描き終えるとアシリギはそう呟く。すると線で描かれた剣が輝き始め、次の瞬間勇者が持っていた聖剣と全く同じ見た目をした剣が現れた。アシリギはその剣を掴み、構えを取る。


「伝説の剣なんざ簡単に作れるんだよ」

「ゴァアアアアアアアアアアアアアア!!」


 迫り来るゴーレムに向かってアシリギは剣を振るう。その純白の剣は先程の勇者の時のように輝き、光の斬撃を放った。その斬撃によってゴーレムの身体は真っ二つに斬り裂かれ、バラバラに破片が飛び散る。


「グゴッ……ガッ……!」


 今の斬撃で核を失ったらしく、ゴーレムの身体は粘土のようにボロボロと崩壊していった。完全に沈黙した事を確認し、アシリギは手にしていた聖剣を光の粒子にして消す。


「ほい、終わりー……まー、古代兵器ってところは中々魅力的だったけど、作品集に入れるにはもう一味欲しかったかな」


 面倒くさい仕事を終えた後のようにパンパンと手を叩き、アシリギは振り返る。そこでは勇者と騎士達が信じられないという表情を浮かべていた。


「なっ……え? な、何をしたんだ……?」

「あのゴーレムを、一瞬で……?」


 騎士達はゴーレムが死んだことを未だに受け入れられないようで、額に手を当てて困惑していた。しかしアシリギが親切にそれを説明してくれることはなく、彼は岩場に隠れているフードの少女の方に顔を向ける。


「おーい、君。何でゴーレムの異変が分かったんだ?」


 アシリギは手を振りながら少女にそう呼びかける。

彼が気になっていること、それは少女が勇者の事を呼び止めたことであった。あれは明らかにゴーレムの熱風に気付いていたから出来た反応である。ならばフードの少女は古代兵器のゴーレムについて何らかの知識があるということだ。それを確かめようと質問したのだが、少女は困ったように顔を振った。


「えっ……あ、えっと……」


 フードの少女は恥ずかしそうに口元に手を当てると、ピューッとその場から逃げ出してしまった。通路に入り込み、どんどん遠くへと行ってしまう。

 普段のアシリギなら彼女を追う事はなかっただろう。古代文明の知識を聞き出せないのは残念だが、わざわざ追い掛けてまで知ろうとは思わない。それよりかは散らばっているゴーレムの破片を観察する方が有意義だ。そうアシリギは考えていた。だが彼は見てしまった。少女の腰に、自身と同じ〈金色の筆〉がぶら下がっているのを。


「あっ、ちょっと待てよ!」


 反射的に脚が前に動き、気付けばアシリギは少女の後を追い掛けていた。呆然としている騎士達はそれを止めることもなく、アシリギは通路に入って走り続ける。

そして薄暗い通路を進むと、また開けた場所に出た。しかし先は行き止まりになっており、少女は動揺したように盛大に転ぶ。すると彼女の素顔が露わとなった。


「あっ……!」

「え……?」


 少女は慌てて起き上がり、顔を隠そうとするがもう遅かった。肩まで伸ばした銀色の綺麗な髪が現れ、淡い紫色の瞳が妖美に輝く。少女は丸くて幼い顔つきをしているが、人形のように容姿が整っており、とても美しい。だが何よりも目を引くのは、少女の頭の両横から生えている黒い角であった。


「お前……まさか、〈魔族〉か?」


 アシリギが思わず呟くようにそう口にすると、少女は紫色の瞳を揺らし、怖がるように胸元に手を当てた。

魔族。それはアシリギ達人族と敵対している邪悪な種族。魔の大陸に住まう悪魔と称され、勇者が打ち取るべき〈魔王〉が統治する国の種族であった。




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