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1話:芸術師アシリギ



 魔物や妖精、魔法が存在する世界。

 この世界では騎士や魔法使い、冒険者と言った様々な職業が存在しており、人々は自分に適した職業に就いて生活している。そんな中、一つだけ変わった職業が存在した。

 〈芸術師〉。それはこの世界でもっとも変わっているとされる職業。

彼らは作品作りの為に危険な依頼を請け負い、貴重な材料の調達や魔物のデッサン、更には強大な魔物を狩って作品作りに必要な物を調達する等、自ら危機に飛び込もうとする行為ばかりをする。時にはあるお宝を盗む為に国一つを敵に回すなんて事をした大馬鹿者も居た程。とにもかくにも自らの芸術欲求を満たす為だけに変人ばかりが集まっているのだ。

特に問題なのはこの世界では芸術文化は貴族の嗜み程度で平民の間では需要が低い為、大半の人々が彼らの行動原理を理解出来ずに居た。故に人々は彼らの事を「変わり者の集団」と呼ぶのであった。

これはそんな芸術師を職業としている、一人の青年の物語。


 深い森の中で一人の青年が木の枝に座っていた。ボサボサの黒髪に茶色の瞳を持ち、少し幼さを残した顔つきをしている細身の青年。顔には絵の具の汚れらしきものが付いており、彼の着ている黒い簡素なシャツとズボンにも汚れが付いていた。そんな彼は手元に何枚かの紙束を持っており、もう片方の手には鋭く尖らせた鉛筆を握り絞めていた。


「良いぞー。その調子で走り続けろー」


 青年は髪を掻きながらそう言うと応援するように手を振る。そしてすぐに鉛筆を持ち直すと、紙に何か描き始めた。その視線の先では、金髪の男が熊のような魔物に追い掛けられているという異常な光景が広がっていた。


「おいぃぃぃぃ! アシリギぃぃぃぃ! これ、マジで洒落にならねぇって!! 俺死ぬぞ!?」

「ブモォオオオオオオ!!」


 鋭い爪を光らせ、腕を振るって来る魔物の攻撃を何とか躱しながら男は逃げ続ける。見るからに男は命の危機に瀕しており、アシリギと呼んだ青年に対して助けを求めているようだったが、当の本人は木の枝に座って呑気に脚をブラブラと動かしていた。


「心配するな。骨は拾ってやる」

「そういう問題を言ってるんじゃねぇぇええ!!」


 ビシリと親指を立てながらアシリギはそう言う。その見当違いな答えに対して男は叫び声を上げた。


「良いかぁ? 絵を描く時はモチーフを様々な視点から見て構造を理解する必要があるんだよ。だからお前は出来るだけ逃げて魔物を走り回らせろ。あと喰われる瞬間も描きたい」

「馬鹿か! お前は馬鹿か!? 頭のねじぶっ飛んでるぞ!!」


 真面目な顔でめちゃくちゃな事を言うアシリギに男は泣きそうな顔で罵倒した。

 すると男の髪に魔物の爪が掠った。慌てて男は木々を盾にしながら出来るだけ安全な場所を探す。相手は大型の魔物。木々が密集している場所なら身動きが取りづらいだろうと考えたのだ。だがその考えは浅かったらしい。突如魔物は咆哮を上げると腕を振るい、木々をへし折りながら男を追い掛け始めた。


「うぉぉぉおおお!! 死にたくねぇぇええ!!」


 もはややけくそで男は腰の鞘から剣を引き抜き、魔物と対峙する。彼はこう見えて冒険者であり、ある程度戦える実力を持っている。ただし目の前にしている大型の魔物は兵士十人が束になっても勝てない相手だが。


「はぁ……ったく、しょうがないな」


 その様子眺めていたアシリギはため息を吐くと枝を蹴り、地面へと降り立った。

そして懐からおもむろに金色の筆を取り出す。煌びやかで、細かい装飾が施された美しい筆。その筆を宙に走らせると、空間に光の軌跡が作られた。アシリギはその軌跡を結び合わせ、一つの形へと成していく。やがてそれは鋭い槍の形となった。


「形成――――〈白金の槍〉」


 アシリギがそう呟いて最後の線を結び終えると、空中に描かれた槍が輝き始め、やがてそこに純白の槍が現れた。先程まで空中に描かれた槍に過ぎなかった平面なものとは違い、確かに感触がある実物。アシリギはその槍を掴むと、そのまま身体を一回転させて魔物へと投げ飛ばした。


「グゴァアァッ!!?」


 槍は見事魔物の身体を貫き、純白の槍は男の真横にあった木へと突き刺さる。そして魔物は男の元に辿り着く前に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。アシリギはそれを確認すると酷く残念そうに自身のボサボサの黒髪を掻き、槍が突き刺さっている木の方へと近づいた。


「はー、もったいない。せっかく普段は巣から中々出て来ないノムオーガをじっくり観察するチャンスだったってのに」


 アシリギは名残惜しそうにそう言うと木に刺さっている槍にそっと触れた。すると槍は光の粒子となって消えてしまう。


「お、お、お前ふざけんなよ!? もうちょっとで喰われるところだったじゃねぇか!」

「出来ればその瞬間を描きたかったよ」

「お前なぁぁぁぁ」


 腰が抜けていた金髪の男は脅威が去ったことを知ると大声でアシリギに文句をぶつけた。しかし彼は詫びる様子は見せず、金色の筆を振りながら逆に笑ってみせた。男は益々怒りを覚える。


「大体俺らの目的は冬眠から覚めて暴れているノムオーガを討伐する事だっただろうが! 何で呑気に絵なんか描いてるんだよ!」

「知るか。それはお前ら冒険者の仕事だろ。〈芸術師〉の俺には関係ない」


 本来今回のノムオーガと呼ばれる魔物は男が冒険者として受けた依頼の討伐対象であった。冒険者はギルドで様々な依頼を受け、その内容を達成することによって報酬を受けている。今回の討伐依頼もそれなりに報酬が良い為、気合を入れて来ていた。故に男はもっと協力し合うべきだと主張するのだが、生憎冒険者ではないアシリギは聞く耳を持たなかった。彼はふんと鼻を鳴らして懐に筆をしまい、金髪の男の方に視線を向ける。


「そもそも手伝って欲しいってお願いして来たのはそっちだろう? レオン。だったらそれ相応の対価を貰わないとな」

「その対価が魔物に喰われそうになるってのは、どう考えても釣り合わねぇだろうが!」


 レオンと呼ばれた男はアシリギの主張に対してワナワナと指を震わせ、不満を零す。しかしどれだけ訴えてもアシリギには意味がないことを理解し、悲しそうに項垂れた。それを見てアシリギはクスリと笑みを零す。


「あれくらい一人で倒せなきゃいつまで経っても一人前の冒険者になれないぜ。まぁお前は昔からポンコツだったしな」

「ぬぐぐ……お前の方こそ、昔と全然変わらないくらいぶっ飛んでる奴だよなっ」


 二人はいわゆる幼馴染という関係である。どちらかと言うと腐れ縁のようなものだが、幼少期を共に過ごした事には変わりない。その為お互いの事はある程度知っている。どのような性格をしており、どのような生活をして来たのかも。だが冒険者のレオンは未だに芸術師であるアシリギのことを理解出来ない部分があった。何故なら芸術師というのはこの世界において「変わり者の集団」として認識されている職業だからだ。

 故にレオンはアシリギのことをぶっ飛んでいるおかしな奴、と称する。するとアシリギは何故か嬉しそうに笑みを深めた。


「ああそうさ、それが俺達〈芸術師〉だ」


 誇るように腰に手を当て、アシリギはそう言う。レオンはそんな子供のように純粋な笑みを浮かべる幼馴染に対して、ただ呆れてため息を吐くことしか出来なかった。

そんなこんなで無事依頼を終え、ノムオーガの素材を持ってレオンはギルドに戻ることとなった。アシリギも協力した報酬としてノムオーガの素材と報酬を半分貰い、嬉しそうに頬を緩める。彼の場合は貴重な魔物の素材が手に入った為、これで更に魔物に対しての理解が深まると嬉しがっているのだ。


「さーてと、結構早く仕事終わっちまったな。午後はどうするか~……」


 街へ戻って来たアシリギは報酬で貰ったお金の詰まった袋を上に投げながらそう呟く。

 存外早くレオンが魔物に追い付かれてしまった為、予定よりも早く魔物を討伐する羽目になってしまった。その為空いた時間をどう有効活用しようかと彼は考えた。


「ノムオーガが描けたのは良かったけど、ポートフォリオに加える程じゃなかったしなぁ。もう少しインパクトが欲しかった。やっぱレオンが喰われるとこ描きたかったな」


 ふと彼は鞄から真っ黒なケースを取り出す。そのケースは上質な革で作られており、表には見たことない文字が刻まれていた。そのケースを開くと、その中には数枚程紙がしまってあった。アシリギはそれを確認した後、短くため息を吐く。


「この街で描けるものは大体描いちまったし、残っているのはあと冬眠中のダンジョンの〈主〉くらいか……」


 アシリギは既にこの街の絵になりそうなものは殆ど描き終えている。風景や人物、付近に生息している魔物も殆ど絵に描き残した。故にアシリギはそろそろ別の場所での活動を考えているのだが、一つだけ心残りがあった。それはこの街の最も難解なダンジョンの奥深くに生息するという〈主〉。アシリギはまだその存在を目にしていなかったのだ。

芸術師としてのプライドと、自身の目的の為にどうしてもそのダンジョンの主をデッサンしたいとアシリギは思っているのだが、残念ながらその魔物は冬眠状態でダンジョンの奥深くに眠っている為、見つけるのは困難であった。彼は黒ケースを閉じると、鞄の中に戻し、再び袋を投げて手遊びに興じる。


「おい聞いたか? ダンジョンで見た事もないゴーレムが動き出したってよ」

「おい、それってまさか古代兵器か? 大丈夫なのかよ?」


 ふとアシリギの耳に通りかかった街の人の声が聞こえて来る。気になる内容だった為、アシリギは立ち止まって彼らの話に耳を傾けた。


「今騎士団が対処に向かってるって話だ。すぐ討伐されるだろ」

「だったら良いけどよ~。まったく、怖い話だぜ」


 どうやら街の近くにあるダンジョンで緊急事態が起こったらしい。

 ダンジョンは魔物の巣窟となっており、お宝や古代文明などが眠っている。その為冒険者達の稼ぎ場所なのだが、時には異常事態が起こることもある。今回はそのパターンのようで、ダンジョン内のゴーレムが突然動き出したとか。


(古代兵器のゴーレムか……是非見てみたいな)


 当然アシリギがそれに対して興味を示さないはずがなく。彼はお金の入った袋を握り絞めると懐にしまい、早速街の外に向かって歩き出した。




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