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おつきさまのおまじない

作者: nanan


「おかあさん、よるだね」

「まっくらだね」

「きれいだね」


 私は嬉しくて、苦しくて、胸の痛みを感じながら、息子と一緒に夜を眺める。



******


 私は幼い頃からよく月を眺めた。友達とうまくいかなくて眠れない夜にこっそり布団を抜け出してベランダから眺めた。仕事に日々を覆いつくされて、終電から降りて家に向かう途中も夜空に月を捜した。悲しいとき苦しいとき、理不尽に打ちのめされたとき、ただただ空しいときもひとりこっそり夜空の月をみた。

そして「月がきれい。次の日は良いことがあるよ」 と、ひとり呟いた。


月がきれい。次の日には良いことがある。


誰に習った訳でもなく、いつの日言い出したかもわからない。私が私の為だけに思い付いたおまじない。


 本当は月を見上げる日は最低の気分だから、それ以上に嫌なことは無い。明日は良い日になるよ。そう思って、そう願って呟き始めた。

それは習慣になり、きれいに月が見えた日は「月がきれい。明日は良いことがあるよ」 と呟くようになった。




******


結婚して、子供を産んだ。かわいい、かわいい息子。

息子はすこし気難しい赤ちゃんらしくて、手のかかる子らしかった。他の子を育てたことをない私にはよく分からないことだったけれど。

地域の子育て支援センターの催しに出掛けてみると、うちの息子は部屋に入るなり大泣き。五分で帰ることになった。当たり前に他のお母さんと赤ちゃんはわらべ歌をうたって、聴いて笑っていた。視線が突き刺さるよう。息を詰めながら『個性だから』『よくあることらしいから』心の中で呟いて、大好きな息子を抱きしめて家に帰った。

人の集まるところは少し苦手な息子は、人見知りをする私に似たんだねと笑って、たくさんお散歩をした。だんだんと大きくなる息子はかわいい。

 

 「喋らないね」と言われた。

二歳も越えたのに喋らないね。息子は「でしゃー(電車)」「いやー」「まんま」くらいしか喋らなかった。

「同年代の子と遊ばせないからじゃない」「毎日、児童館に連れて行かなきゃ」「声かけが足りないじゃない。もっとたくさん話しかけないと」


毎日、喋らない息子と精いっぱいお話をした。目につくものに対して「これは……だね」「色は……だね」「かわいいね」「かっこいいね」「お母さんは……が好きだな」

「お母さんは……君が大好き。いつも大好きだよ」


児童館では、言葉を理解できていない息子はルールを守れなかった。行くたびに肉体的にも精神的もボロボロ。


でも、電車に乗るのは上手。頻繁に電車に乗って自分の実家に帰って、実母に息子を可愛がってもらった。息子はかわいいのだ。だいじょうぶ。だいじょうぶ。

人より出来ないこともあるけれど、人より出来ることもある。だいじょうぶ。個性だよ。だいじょうぶ。


実家からの帰り道。暗くなった空を見上げなら、息子に話しかける。

夜空を見ながらいつも同じことを話しかける。


「……君、夜だね」

「もう真っ暗だね」

「お月様でているね」

「きれいだね」


返事のない息子へ声をかける。息子と道行く人に楽し気にきこえるように、元気なお母さんにみえるように。

月はきれい。だけど、明日良いことがあるよとは言えなかった。



*****


あれから、色々あった。

息子はいわゆる発達障害グレーゾーンと分かり、手を尽くして本を読み、市に相談に行き、検査と療育を受けた。

一歳くらい発達に遅れがあることも分かった。


療育を受けて、言葉のやり取りが出来るようになったかわいい大好きな息子。


私も「大人になれば、一歳の差なんてたいしたことないよ」笑って言えるようになった。





そして今日、息子が言う。


「おかあさん、よるだね」

「まっくらだね」

「きれいだね」

「まんまるおつきさまだね」



私は言える。


「まんまるお月様きれいだね。明日はきっと良いことがあるよ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 一生懸命普通のふりをして、一生懸命息子は普通なんだと周りに示し続けていた頃の自分を思い出しました。 『普通じゃない』と分かってしまえば、可愛い可愛い息子がなにか別のモンスターになってしまう…
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