竜の襲来
一度投稿しましたが書き足して再度投稿し直しました。
一度読まれた方は途中からお読みください。
船の中でフレアは自由に動き回った。
仕事をしている船乗りに何をしているのか、何か手伝えることはないか、とあちこち出没するので初めは迷惑に感じていた周囲も明るく気さくなフレアに今ではすっかり慣れてしまった。
全く慣れないのはグレイシア王だけだ。まず近寄ることもしない。お互い様なのだが………
チョロチョロと動き回るフレアを遠目に眺める。
その表情は自分には決して向けられない明るく優しげなものだ。
「グレイシア様、フレア姫をお連れしましょうか?」
その変わらぬ表情がどことなく焦がれるように見えたジエロがそう声をかけた。
しばらく眺めたあとフレアに背中を向け一言呟く。
「いや好きにさせとけ」
(やれやれ、素直じゃないなぁ)
心の中でそっとため息をつく将軍であった。そこへ明るい声がかかった。
「あ、ジエロ殿〜、一緒にお茶を飲みませんか?」
ニコニコとこちらに駆けて来る姿に思わず微笑んでしまう。
周囲は鬼将軍と恐れられるジエロその姿に驚きを隠せない。そんなことは御構い無しの2人は話をしながら食堂に移動して楽しいお茶の時間を過ごすのであった。
こうしてグレイシアとフレアの距離が全く縮まらないうちにクロウカシスに到着した。
「うわぁ〜、おっきい!
ジエロ殿、街に行ってもいいですか?」
ワクワクして聞いてみるも
「…ダメに決まっているだろう。
すぐに城に戻るぞ」
ジエロではなくグレイシアに答えを返された。
プクッと頬を膨らますのを周りの兵達が笑って見ている。
この船旅の間にフレアは船乗りだけでなく兵達とも仲良くなったのだ。
明るく愛らしい姫はすっかり人気者だ。
そして益々面白くないのが我らが帝王様だ。
(素直になればよろしいのに)
やっぱり内心でため息を吐く将軍であった。なかなかの苦労者である。
そうして着いた城はイグニースの城とは違い無骨で堅牢な城だった。
「街の建物は可愛らしいのにお城はなんだか冷たい印象ねぇ。
帝王様とそっくりだわ。
一度壊して建て直せばいいのに」
ボソボソと小さな声で独り言を言っているが隣にいたジエロには丸聞こえである。
それに苦笑を漏らすも特に何も言わずに前を進むグレイシア王の背中を見る。
(フレア様との関わりで少しは変わられるといいのだが。本当は自国民を大切にする優しい人なのにな)
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その頃イグニースではーーーー
出かけてたイグニートがフレアに会いに城に向かっていた。
沢山の土産を抱え、紅の瞳がフレアを想い優しく細められている。が、城に近づくにつれその瞳は冷たく細められ、表情もなくなっていた。
「あ、イグニート様!」
「やあカーラ。
フレアの気配がしないのだがどういうことなのだ?」
チリチリと肌を刺すような感覚がして顔色が悪くなるカーラ。そんなカーラを気にもとめず、城の中に歩いて行く。
「あ、あのっ、デフェール王が執務室でお待ちです。そちらに…」
「あいわかった」
カーラの言葉を常になく途中で遮り一言だけ返すと足を執務室に向けた。
執務室ではいつも通りデフェールと宰相のフェルドが書類を捌いていた。
そこに突然ピリピリと肌を刺すような感覚が訪れた。
「お戻りになられたか」
「そのようですね。
しかもこれはかなりお怒りのご様子で」
2人はいつもの如く目を合わせて同時にため息を吐いた。
そこへ足音もしなかったのになんの予兆もなく荒々しく扉が開いた。
「フレアはどこにいる」
これまで聞いたことのない低い低い声だった。必死で怒りを抑えているのだろう。いつもの優しげな表情どころか一切の表情が抜け落ちている。
そして肌を刺すのは抑えきれない殺気だろう。
「…まずはお座りください。順を追って説明致します」
こうして手紙が届いた日のことから全てを話し終えると
スッと立ち上がったイグニートは2人に背を向け
「迎えに行ってくる」
そう一言低く呟くと窓から外に飛び出した。
窓の外を見るとそこにはイグニートの姿はなく海に向かって飛ぶ真紅の竜がいた。
「相当怒っておられたな」
「はい。
血の雨が降らなければいいのですけど」
2人が心配するのはフレア、ではなくフレアを連れ去ったクロウカシス帝国だった。
そしてその心配は違う形で現実となる。
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「フレア、後宮に案内させる。
これからはそこがお前の暮らす場所だ」
城に着いて早々にグレイシアはフレアに告げた。
「え。嫌ですよ。
どうせすぐ帰るんだからせめて街くらいは見させてください。
折角ここまで来て街も見ずに帰るなんて勿体無いわ」
そうフレアが言った途端グレイシアの眉間に深いシワが寄った。
側で聞いていたジエロの眉間にも同じくシワが寄っている。
「………何を言っている。お前は俺の側室となったのだ。国に帰れると思うなよ」
「フレア様、この国はイグニースとは違い他国から様々な人間が入って来ているのです。どんなに警備をしっかりしていても犯罪者が隠れていることもあるんです。
ですから大人しく城にいて下さい」
2人の眉間に寄ったシワの理由は違ったようだ。
「えー!?
クロウカシスに着いたら特産品とかお土産をたくさん買おうとお父様にお小遣いをもらって来たのよ!
お城にいたら買えないじゃない」
そしてプクッと頬を膨らます。しかしすぐにな何か考えついたのか
「まあいいわ。帰る前にちょっと寄ってもらえば問題ないわよね」
うんうん、と一人で納得しているが、納得いかない者がいる。
「先程から何を言っているんだ?
帰るもなにもお前はもう俺の後宮から出ることはない。当然国に帰ることもできない。
それを理解して戦争ではなく婚姻を選んだのはお前だろう」
そこまで言われても意味がわからないとばかりにキョトンと首を傾げる。
「あら、私は婚姻を結ぶとも側室になるとも言ってないわよ。
私は帝国に行くと言っただけよ?あなたこそ何を言っているの?
ひょっとして帝王様はお疲れなのかしら?」
「なっ!」
流石に馬鹿にされたと思ったのか反論しようと声を上げフレアに遮られた。
「そうだわ!さっきから気になっていたんですけど、私はお前、ではありません。
あ、ひょっとして私の名前も忘れてしまったのかしら。やっぱりお疲れなのね。いいわ、もう一度言いますから今度はちゃんと覚えて下さいね。
私の名前は「フレアだろう!そのくらい覚えているわ!!」まあ!当たりですわ!
それならきちんと名前で呼んでください。周囲の者も客人の名前も覚えれないのかと心配しますわよ」
(なんだこの姫は。見た目は可愛らしいのに中身は可愛いとは程遠いではないか!)
フレアとの舌戦にすっかり疲れた帝王様。いつもより表情も疲れて見える。
(あ〜あ。あの冷酷非道の帝王様が随分と疲れ切ってるなぁ。これから楽しくなりそうだ)
クククッと内心笑いを零していた。
そしてそんな奇妙なやりとりは突然駆け込んで来た兵士によって中断された。
「し、失礼します!」
「なんだ?ノックくらいしろ」
苛立たしげにジエロが振り向きながら声をかけるがそこには蒼白になりガタガタと震える兵が立っていた。額からは冷や汗が流れている。
「どうした?どこか攻めて来たのか?」
「ち、違います!
海に、海に竜がっ!」
その言葉にグレイシアもジエロも怪訝な顔をした。
「何を言っているんだ?竜などいるわけがなかろう。
あれはお伽話かもしくは、イグニースが他国を寄せ付けないよう流した偽りだろう」
そう話している背後からクスクスと楽しそうな笑い声が聞こえて来た。
「思ったより早く戻って来たのね。
もう少しクロウカシスを見学しようと思ったのに」
三人が話している内容を気にもとめず楽しげに話すフレアに怪訝な眼差しを向ける。
「あら、失礼。
だから後悔しても知りませんよと言ったではないですか。
竜はいますわよ。ほらそこに」
フレアが窓の外を指差すとそこには
「っ!!!!」
窓から部屋の中を伺う紅の瞳をした真紅の竜がいた。
その途端ビリビリと肌を突き刺す熱を感じた。
「あらあら、やっぱり相当怒っているわねぇ。
困ったわ。クロウカシスの民にはなんの恨みもないのだけどこのままでは大変なことになりそうだし」
頬に手をあて如何にも困ったわと言わんばかりの表情をするフレア。
男たちはその言葉は耳に入るも竜から目を離すことができない。いや、身動きが全く取れないのだ。
するとツイと竜が上を向いて登っていった。
はぁ〜。
大きく息を吐き膝から崩折れる。大国の帝王も将軍もである。
逆に立っていられる方が不思議なのだ。
ではなぜフレアは立っていられるのか。そう考えてフレアに視線をやっと向けた途端
ガシャーンッ
ガダガダ
キャーーーッ
うわーっ!
城が大きく揺れ悲鳴や何かが崩れる音が辺りに響いた。
「な、何事だ!」
真っ青になりつつも気丈にも立ち上がるさすが大国の帝王と将軍。
兵は腰が抜けたのか全く立つ気配がなく未だに蒼白で震えている。
「有名な話でしょう。イグニースは海と山、そして竜に守られし国だと。
お伽話でも小国を守るために流した噂話でもありませんよ、事実なのですわ」
「で、ではあの竜はイグニースを守る竜だと?フレアを連れ去った報復に来たというのか?」
「そうですわねぇ。報復も間違いではないでしょうけど、一番は私を迎えに来たんでしょうね。
だって、私はかの竜の婚約者ですもの」
そう言って悪戯っぽく笑うフレアはこうなることがわかっていたかのようだ。
「お、お前はこうなることを知っていたな?」
「ええ。だからちゃんと警告したでしょう?」
「竜がいるだなどと聞いていないわ!!」
心外、と言わんばかりの顔をしてグレイシアを見つめる。
「さっきも言いましたけどイグニースを竜が守っているのは有名よ?それを信じなかったのはそちらでしょう。なぜ信じてもいない方に伝えなくちゃならないの?伝えたところで嘘だと決めつけるのは目に見えているじゃない」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
あの時点で話を聞いても鼻で笑って信じなかっただろう。竜の姿など見たこともなかったのだから。
「それよりそろそろ外に出た方がいいと思いますよ?多分このお城崩れますから」
けろっとして怖いことを言うフレア。腰が抜けた兵に肩を貸して慌てて城から飛び出たのだ。
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「あらら、すっかり壊れちゃいましたね」
暫く竜が暴れるのをみんなで見ていた。
そう、みんなでだ。
流石に竜相手にどうにもならないとすっかり戦意をなくした兵に、怯えて兵の後ろで震える城で働く人々。
不思議なことにこれだけ城が壊されているのに、いや、現在進行形で壊されている最中だというのにけが人は殆どいないようだ。
多少の擦り傷や慌てて転んだことになる捻挫程度はあるようだが、それでも被害が城だけというのは不思議なものだ。
ジッと竜の様子を見守るフレアはどこか呆れた表情をしているのは気のせいか。
「あの、フレア様?あの竜はいつまで暴れるのでしょうか?」
恐る恐るジエロが尋ねたら。みんな聞きたくて聞けなかったことだ。
「あら、もう止まると思うわよ。
ほら、壊すところがもうないでしょ?」
そう言ったフレアの声が聞こえたわけではないだろうが壊し切った城をどこか満足そうに見た竜がこちらに飛んで来た。
慌てて逃げようとしたところでその姿が炎に包まれ、いつの間にかそこにはこちらに向かってくる紅の髪と瞳の長身の青年がいた。
その青年はフレアを見つめ柔らかく微笑んだ。
「迎えに来たぞ、フレア」
その声は低く何処か甘やかに聞こえる。
「イグ、遊びすぎよ」
走り寄って抱きつきながらそう文句を言う。
「仕方ないだろう。
帰ったらフレアがいなかったのだから。それより…」
フレアに向ける温もりのある柔らかな眼差しが途端に鋭く冷たいものに変わりグレイシアやジエロに向けられる。
「お前たちがフレアを連れ去った者たちか。
フレアが我の番と知っての狼藉か」
なんと、フレアの婚約者とは竜のことだったのか。
驚きに目を見開けば
再びピリピリと肌を刺す感覚が広がる。
「あ、違う違う。彼らは知らないのよ。私もお父様たちもそこまでは話さなかったから。
まあ無骨なお城も無事なくなったし、お土産買って帰りましょう。
帝王様?今度は可愛らしいお城を建ててね。そしたらまた遊びにくるわ」
そう言ってニッコリ笑うフレアは相変わらずとても愛らしい、と婚約者である番にデレデレと頬を緩める威厳のない竜であった。
こうしてクロウカシスの野望?はお城1つと軽傷者数名という被害をだして無事終わりを迎えた。
らしくもなく帝王が疲れ切って大きなため息を吐いている頃、見目麗しい異国の青年と少女が街のあちこちで特産品を買いあさっていたとかいなかったとか。
これで本編は完結したいと思います。あと一話番外編として載せて終わります。