大国クロウカシス
謁見の間では大国クロウカシスの使者とジエロが膝もつかず堂々と立って待っていた。
周囲で警護を担当している騎士はその姿を見てピリピリしている。
それを感じ取っているだろうに素知らぬ顔をしているあたり大物なのか鈍感なのか。
そこへ宰相であるフェルドが入っ来て、その姿を見るが片眉を上げるだけで特に何も言わずに王の登場を告げた。
デフェールは入ってくると殊更ゆっくり王座についた。
「私がこのイグニースの王、デフェール・フラム・イグニースだ。
その方の名はなんと申す」
「………グレイシア・フロスト・クロウカシスだ。此度は突然の訪問にも関わらず快く招いて頂き感謝する」
「なんと!クロウカシスの帝王自らお越しとは」
その名前を聞いてデフェールもフェルドも驚いた。クロウカシスを名乗るのは現帝王のみと伝え聞いていたからだ。
更に
「同じくクロウカシス帝国のジエロ・レド・グレッチャーと申す。
先だっては我らを助けて頂き感謝申し上げる」
帝王の少し後ろに立つジエロが腰を折って名乗った。
「………帝国軍の将軍殿か」
年老いたため船に乗るのをやめ、暫く港で生活していた男がまさか大国の将軍とは誰も思うまい。
しかし、なぜここまであっさりと入国されたのか理解できた。
彼の将軍は伝令に大鷲を使うと聞く。その大鷲は何があろうと将軍に頼まれた手紙は必ず帝王のもとまで届けるとは有名な話だ。
「ではあの船の事故も嘘であったか」
「…いえ。
そのように取られても仕方のないことですが、あれは本当に不運な事故でした。乗っていた者も私と亡くなった男以外は一般の乗組員でした。そしてあの時助けて頂いたからこそ我らは多くの死者を出さずにすみました」
そう言いつつも目線を晒さず実に堂々とした物言いである。多少の気まずさくらい感じてほしいものだ。
「それで、この国の美姫は如何した」
そう帝王が発言した途端広間の騎士達が殺気立った。
「これ、控えなさい。
なんとも申し訳ない。我が娘は騎士達に人気でしてな。
しかし、今日のところは会わすことができませぬ。
ああ、別に貴方が来られたからと逃したわけでも隠したわけでもありません。
今日は朝から婚約者殿のところに出かけておりましてな。いつ帰ってくるのやら」
ほとほと困ったと言わんばかりの表情と声だ。
それに微かに不快を表すがすぐに無表情に戻り
「ふん。小さいとはいえ一国のお姫様が男のところに行って帰って来ないとは、なんとも外聞の悪いことだな。
まあいい。帰ってくるまでこちらで待たせてもらう。部屋の用意を頼む」
頼むと言いつつもほぼ命令である。
大きなため息をつきたいのをなんとか飲み込みすぐに了承の返事をしてフェルドに案内を頼んだ。
(さてさて、困ったものだ。どうやって諦めてもらおうか。イグニート様が出て来られる前に片をつけないと流石に不味いことになるのお)
まったく頭の痛いことだと1人頭を抱える国王なのであった。
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「それではこちらのお部屋をお使いください。将軍殿は陛下の隣の部屋を用意してありますので。
それと何かありましたらそちらのベルをお鳴らしください。侍女がすぐに参ります。
では私はこれで」
そう言って去って行く宰相を見送り2人でグレイシアに割り当てられた部屋に入った。
「それでここのお姫さんに婚約者がいるっていうのは本当か?」
「それが、街の者に聞いたところでは確かに姫さんには婚約者がいるってことなんですよ。
ただ、結構頻繁に街で見かけたんですけどね、いつも侍女と2人なんですよ。ごく稀に騎士だったり侍女の婚約者という男と一緒のことがありましたけどそれ以外ではないですねぇ」
「ふむ。俺に言うだけなら嘘かと思ったんだが、街の者が知っているとなると真実なのだろう。
街の者が相手の姿を見たことは?」
「いえ。
それが城にいれば会えるとかなんとか。だから城勤の者ならと思って探ったんですけどね、どうやら下働きや出入りの業者程度では会ったことはないそうですよ」
そこまで話すと2人とも口を噛んだ。話の内容を整理しているのだが、それにしてもなんだか妙な話だ。
(お姫さんでも街に自由に出かけられるのにただの貴族であるはずの婚約者の姿を見たことがないとはどう言うことだ?)
考えたところでわからないなら、帰ってきたら直接聞けばいい、と早々に考えることをやめた。
「ジエロ、港に伝令を飛ばせ。念のため軍の準備を。
それと、ネーヴェに俺の部屋に来るように伝えろ」
「はっ。では失礼します」
そうして1人になったグレイシアは窓に近寄り連なる山々を眺めた。
(確かに天然の要塞だな。これでは攻め入るのも難しいだろう。だが、無理ではないな。
にも関わらずこれまで攻め入られたことがないとは。
竜が住む、とは聞くがそのようなお伽話のような物を信じているとか馬鹿だな。
あの山には天然の鉱石が沢山あると聞く。それに珍しい果物に薬草もある。
街を見ても食料がとても豊富だった。
この気候が豊かな国を作るのか?
それならば何としても我が帝国の統治下に置かなければな。まあ、あののほほんとした王ならば多少脅せばすぐに了承するだろう)
そこまで考えて窓に背を向けた。
暫くソファでくつろいでいると不意に背後に気配を感じた。
「ネーヴェか」
「さすが陛下。よくお分かりで」
背後には黒づくめの細身で小柄な男がいた。
「ふん。毎度毎度気配を消して来るとはご苦労なことだな。
フレア姫の婚約者をさぐれ」
「御意」
そういうとあっという間に姿が消えた。
「さて、流石にネーヴェならわかるだろう」
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「お父様〜、只今戻りました!
お土産にココの実を沢山もらってきたの。料理長に頼んだから今夜から暫くはココの実が食べられるわよ!」
そう言って帰って来たフレアを見て慌ててフェルドが部屋の中に引っ張り込む。
「フ、フレア様?夕方まで戻られないのではなかったのですかな?」
「へ?
うん、そうだったんだけどイグが出かけることになったからさっき連れて帰って来てもらったのよ」
なんてことだと頭を抱える男性2人。
最近こればっかりだなと思ったり思わなかったり。
「どうしたの?早く帰って来たら何か困ることでもあるの?」
2人の様子に首を傾げながら問いかける。
「あー、
先程クロウカシスからお客人があったのだよ。それでだな「まあ!お客様ですか?!その方はどちらにいらっしゃるの?どのような方ですの?あ、そうだわ!
お話できるかしら?私」待て待て!」
説明を途中で遮り自分の願望を息つく間もなくのべるフレアを慌てて止める。
「はあ〜。
フレア、外の世界の話が聞きたいのはわかるが少しお父様の話を聞いてくれぬか?」
あっ!とばかりに口を両手で押さえる。
そこにいつになく厳しい表情で話し始める父に途端に不安そうな表情になる。
「いいかい、フレア。
今回来たのはクロウカシスの帝王であるグレイシア王なのだよ。
彼はまだ若く………
お前を側室に、と言って来ているんだ」
そう言われてポカンと口を開けるフレア。
すぐに我に返り
「あ、あのお父様?私はイグと結婚するのよ?帝王様とは結婚できませんよ?
あれ?側室?ってことは他にも奥さんがいるってこと?」
何だか意味のわからないことを口走り始めた。
「落ち着きなさい。
お前がイグニート様と結婚することは変わらない。だからいくら大国であろうとこの話を受けるつもりはない。
ただ、
断ったらおそらく戦争を仕掛けて来るだろう」
言おうかどうしようか迷ったものの、この姫は黙って守られるだけの大人しい姫ではないのだ。黙っていたことがバレた時は可愛い顔に似合わずとても、とても恐ろしい剣幕でこちらが半泣きになるまで説教をするのだ。
その場面を思い浮かべて王も宰相もブラリと身を震わす。顔色も若干青くなっているような…
「………戦争、ですか?
困ったわ。
イグニートは暫く帰ってこないと言っていたのよ。
そうなると戦争になるか大人しくクロウカシスに行くしか選択肢はないわよねぇ」
何ということだ。最悪イグニート様に出てこられても困るが、今いらっしゃらないのはもっと困る。
「………イグニート様が戻られた時、お前がいないと大変なことになる気がするんだが」
「ええ。私もそう思うわ。
とりあえずまずはお断りをしてみましょう。それと戦争も踏みとどまってもらえないか聞いてみるわ。
それでもだめなら、着いて行くしかないわねぇ。
あ、他にも何か要望はないの?」
「あー、
これ」
そう言って渋々机の引き出しから出したのは彼の王からの手紙だ。
それを読んでいるフレアが怒ったことを察した。
「………ねぇお父様、フェルドおじ様。
このお手紙はいつ届いたのかしら?
どうしてもっと早く教えて下さらなかったの?!そしたらイグにだって相談できたしここに乗り込んで来る前にどうにかできたでしょう」
ああ、これは本気で怒っているな。と遠い目をするこの国の権力者達。
確かにあの時点で話せば対策は取れた。しかし、あの海流を超えて本当にやって来るとは思わなかったのだ。来たところで海流に呑まれて大破するだろうと呑気に考えていたのだ。それなのに………
とりあえずこれ以上フレアを怒らせないようにしようと2人で頭を下げたのだった。
終わりません〜( i _ i )
そしてなんでこんなにたくさん登場人物を作ったんだ、自分!
覚えれないしわからなくなるじゃないか!と泣きたくなります。
間違っていたら指摘してください。