09 日向の笑み。(ジェラルド視点)
ジェラルド視点。
その女は、笑っていやがった……ーー。
シェリエル・サリフレッド。初めて会った時のことはよく覚えていないが、面識はあるということだけははっきりしていた。
クラウド・スターロンの幼馴染だと紹介されても、気に留めもしなかった。
気になったきっかけは、鬼ごっこだ。
木の上に隠れているところを見付けて、捕まえようとした。しかし、日向の精霊の日光で目眩しされて足を滑らせる。落ちると覚悟したが、木の枝がオレを掴まえてそれを阻止した。
逃げる際に、そんな余裕があったことに腹が立つ。
何より、眩んだ視界に映ったその女の笑みを見て腹が立った。
勝ったと確信した笑みだ。
結局、その女を捕まえられず、鬼ごっこは終わった。
最後に見付けたエミリー・ステターシンがオレに追われて転んで怪我をしたから、医務室に運んだ。あの女の笑みばかり考えているうちに、エミリー・ステターシンの血の匂いに、ついつられて舐めた。なかなか美味じゃないか。
顔を真っ赤にして怒るエミリーの反応が気に入った。
それで昼休みに一緒に過ごすことにする。
だが、食堂に向かう途中であの女の姿を見付けた。思わず追い掛けた。オレに気が付いたシェリエル・サリフレッドは、駆け出す。今度は捕まえてやろうと、螺旋階段を飛び越えて降り立つ。驚愕した表情のその女の左手首を掴んでやった。
その瞬間、捕まえたことに満足したのだが、反応が他の女子生徒は全く違うもので興味が湧く。
エミリーだって見つめれば、固まってオレの瞳に囚われた様子を見せたのに、この女だけは動じてなどいなかった。
見惚れるどころか、嫌そうな表情をしている。
微塵も動じていない様子に、苛立ちを覚えた。
かと思えば、その女は目を輝かせてオレの瞳を交互に見つめながら、胸が高鳴るとぬかしやがった。オレの瞳に囚われているフリをしたのだ。
オレは耳で彼女の心音を聞いたが、特段速くなっても、高鳴ってもいなかった。
おかしくて、面白いと思う。
シェリエル。名前はしっかりと覚えた。
壁に押し付けて、顔を近付ければ、頭突きをされる。ますます面白い。赤くなった額に触れようと手を伸ばしたら、避けられた。そんな反応をされると意地でも触れたくなってしまう。こう、胸がくすぐられる感覚はなんだ。
エミリーと過ごすことが多くなった。エミリーから話し掛けて来るからだ。こうも遠慮がない令嬢も珍しい。アーウィンは、エミリーがドジだから面倒を見た。クラウドも同じ理由で面倒を見る。一緒にいて退屈はしない。からかい甲斐があるからな。
そんな昼休み、食堂で過ごしていたら、シェリエルが来た。
用があるのはオレではなく、ジェレミーだった。ジェレミーは召喚獣を三体も出したと噂になっていたから、興味本位で話し掛けてみれば友となった。
そんなジェレミーに何の用なのか、尋ねたが、シェリエルは答えようとはしなかった。なんなんだ。何がある。
ジェラルド殿下。
執拗にそう呼ぶことをやめさせた。
少しは気分がよくなったので、掴んでいた手を放した。
次にシェリエルと話すことになったのは、ライナー子爵のダンスパーティーだった。貴族令嬢なのだ。パーティーでも会う。あまり踊ったことのないエミリーのために、アーウィンとクラウドの三人で踊ってやることにした。
そのあと、アーウィンがシェリエルに近付き、ダンスに誘う。オレが踊ると、割って入った。
すると今度は喜んだフリをし仮病を使ってまで、ダンスを断ろうとする。そんなシェリエルを逃さないと立ちはだかった。
そんな仮病が通じると思うのか。
睨んでやれば観念して、踊ることを承諾。
初めはそれに機嫌を良くしたのだが、踊ってみれば面白くなかった。シェリエルが好意があるフリをしていたからだ。オレの瞳を覗き込む青い瞳は、ただオレを見つめているだけ。笑みは社交辞令のそれだった。
ちっともオレに心を奪われていない。
全く、イラつく女だ。
「シェリエルは昔からあんな女なのか?」
オレと踊り終わると、颯爽に帰ったシェリエルのことを、エミリーと踊り終えたクラウドに尋ねた。
「あんなとは失礼だな。オレの幼馴染がどうしたというんだ?」
「オレにちっとも靡かない。好きな男でもいるのか?」
「シェリエルに好きな男? いたら、オレは知っているさ」
クラウドは笑う。まるでシェリエルのことで知らないことなどないみたいな言い草だ。
「シェリエルは? なんで帰った」
「具合が悪いんだって」
クラウドの質問に、アーウィンは答える。仮病だと気が付いていても、そう肩を竦めて言う。オレに意味深な目を向けるが、気にしない。
そして、二度目の鬼ごっこ。
今度は決して逃さないと決めていた。シェリエルだけを狙って、匂いで追跡して見付ける。守護精霊の日光は、読めていた。だから腕で防ぐ。
捕まえようと伸ばした手は、結局掴めずじまい。
氷の壁に阻まれた。扱いが上手い。
どうせ防がれるとわかって、軽く炎の詠唱魔法を放つ。
そうすれば、氷の詠唱魔法で辺りまで凍らせられた。
やるじゃないか。
すると、シェリエルは氷の剣を作った。それで戦うつもりなのかと思ったが、違う。シェリエルは雷の詠唱魔法で、オレの動きを封じた。
怯んで膝をついたオレが見たのは、またあの笑みだ。
勝利を確信した楽しそうな笑み。
それだ。オレはそれが見たかったのだ。
上っ面の笑みなんかでも、嘘の笑みなんかでもない。
眩しく見えるその笑みが見たかったのだ。
オレは、確かにその瞬間。
この女が欲しいと思った。
もっとその笑みが見たい。
「次こそは捕まえてやるからな」
何度だって、その笑みが見れるなら挑戦してやる。
「……受けて立ちますわ」
そう言ったシェリエルの笑みは、上っ面。剥がれないものかとつねってみた。その上っ面な笑みは消えて、驚いた表情になる。
素のままでいろ。
「あっれー。捕まえられなかったわりには、機嫌がいいね。ジェラルド」
魔法陣に戻れば、ジェレミーに声をかけられた。こいつのなんでも見通しているような目が、気に入らない。でもこいつの言う通り、オレは機嫌が良かった。
「いい獲物を見付けてな」
「ふーん……獲物はどっちだろうね」
「なんだと?」
「いや、こっちの話」
猫のようにスルリとかわして、ジェレミーは顔を背ける。いわくありげな笑みを残して。
「……!」
生徒達の中に、シェリエルを見付けた。
守護精霊と笑い合っている姿は、日向のように温かさがある。オレは眩しく目を細めて、見つめていた。
20170921