08 闘争心。
ジェラルドに睨まれつつ、一曲踊り終えた私は、逃げるようにアルティと帰った。アルティの移動魔法で寮の部屋に戻って、ベッドに倒れ込む。
ジェラルドと関わると、何でこんなに疲れるのでしょうか。
「シェリエル様? 踊り疲れた?」
「ええ……寝間着に着替えて、アルティ」
「うん」
アルティに伝えてから、天蓋を見つめつつ耳飾りをとる。
はぁ、とため息を吐く。グシャグシャと髪を撫でる。
ジェラルドの興味をどうしよう。嫌われようとしても、空回りしてばかりだ。どうすれば、あんな風に睨まれず、ダンスにも誘われずにすむのだろうか。
「シェリエルさぁまぁ」
「わぁ?」
私の上に、アルティが乗っかってきた。
「悩みがあるのなら、ボクが聞くよ!」
「んー……」
どうしようかと悩みながら、アルティの頭を撫でる。
「ジェラルド殿下が興味を示しているのが嫌でね……どうしたら興味をなくしてくれるか、考えてたの」
「それっていけないこと?」
「んー……そうね、いけないわけではないけれど、ちょっと私は嫌なの」
本当はいけないことだ。攻略対象だし、フラグ立ててる。
「でもボクはいいと思う」
「どうして?」
「好きになる前兆でしょう?」
好きになる前兆。恋愛フラグは、そう言い換えられる。
私を好きになる前兆か。
「シェリエル様のこと、いっぱい好きになってもらいたい」
「いっぱいは困るわ……」
純真無垢な笑顔のアルティに、私は苦笑を溢す。
「私は……好きな人だけに、好きになってもらいたいわ」
「シェリエル様にそんな相手が出来るといいね」
「そうね」
好きな人が出来るだろうか。
考えてもすぐに出来るわけじゃないから、私はアルティを下ろして起き上がった。寝支度をすませて、一緒のベッドに入る。日向の香りを吸い込みながら、眠りに落ちた。
エミリー・ステターシンは、相変わらず。見る度に、攻略対象者の誰かしらと一緒にいる。
私には関係ないと気にしないでいたその数日後。
「今日は鬼ごっこだ、フォフォッ」
魔法体育のガレス先生が告げる。魔法体育では、ボール当てと言う名のドッチボールもしたし、隠れんぼもした。またヒュトゥスで、鬼ごっこをする。
「ではこちら側は鬼で、こちら側は上着を脱いで逃げろ。わしも逃げるぞー」
今回は鬼側の位置に立っていたのだけれど、背中をポンっと押されて逃げる側に入った。
振り返ると、ジェラルドだ。
「今度は捕まえてやる」
「……」
やる気を燃やしていらっしゃる。
私はわざと捕まろうかと思った。
「頑張って逃げ切ろう!」
でもアルティが俄然やる気を出してしまっていたので、私はこの子のためにも頑張ろうという気になってしまう。
今回も逃げ切ってみせる。
「あたしも、シェリーを捕まえようー」
アイリーンは、鬼側。腕を回して張り切っていた。
アイリーンにだって捕まる気はない。
「では五分にスタートだ!」
ガレス先生が走り出す姿を見て、私もアルティと手を繋いで駆け出す。
「風よ(ヴェンド)!」
風の魔法を唱えて、風を纏って飛ぶ。ジグザグと進んで行くのは、ジェラルドの追跡を少しでも遅らせるためだ。右に進んでは、五メートルある木を蹴り、次は左に進む。
こんな移動も空を飛んでいるようで、楽しいものだ。風を受けるのも、気持ち良い。アルティも同じようで笑いあった。
五分が経っても、私達は移動を続ける。この風の魔法はあまり魔力を浪費しないし、短く唱えるだけで発動出来るお手軽な魔法だ。
「みーつけた! シェリー!」
「アイリーン!」
真っ直ぐ来たらしいアイリーンに追い付かれてしまった。
後ろには、淡いピンクのドレスを着たフレイアが一緒だ。花びらが舞いながら、猛スピードで来る。フレイアの力で来たみたいだ。
「氷よ(アイスエース)! 風よ(ヴェンド)!」
凍らせる風の魔法を作って放つ。地面から、アイリーンのブーツを凍らせた。
「わわっ! ずるいよ! シェリー!」
「じゃあね」
身動き取れなくなったアイリーンに、ウインクをして私は奥に進む。
アイリーンのあとを追って、ジェラルドが来ていないといい。匂いを残した通りに追っているなら、時間が稼げる。
「アルティ、ジェラルドが来たら日光をお願いね」
「うん!」
ジェラルドの目眩しをお願いして、奥へ進んだ。
「来たよ! シェリエル様!」
後ろを見てみれば、ジェラルド。獰猛な眼差し。ゾッとする。
「ソーレ!」
アルティが日光を放つ。けれどもジェラルドは、腕で目を隠して防ぐ。二度も通じないか。
「ごめん、シェリエル様」
「いいの、逃げよう!」
もう一度、風の魔法を唱えてその場を離れる。
けれども、ジェラルドの飛躍の方が速い。手が迫る。
「氷よ(アイスエース)!」
氷の壁を作って、なんとか防いだ。
「ちっ。”ーー清浄を燃やせ”」
ジェラルドの声が、炎の魔法の詠唱を始めた。
「えっ、嘘でしょ? ”ーー清浄を凍らせ”」
慌てて私は氷の魔法の詠唱を始める。
「”浄化し、赤き色に染め上げよーー”!」
「”炎をも封じて、純白の色に染めよーー”!」
ジェラルドから巨大な炎の塊が放たれる。熱を感じたが、私はそれをも凍らせて、その場を白に染め上げた。
そっちがその気ならこっちだって!
「氷よ(アイスエース)!」
氷の剣を作った。
「”ーー光を解放せよ、喚き瞬き纒われ、閃光の刃ーー”!」
電気を纏う斬撃を放つ。ジェラルドの足元に飛んだそれは、バチバチと電気を放出させた。ジェラルドが、それを浴びて怯む。
ギロリと睨まれたけれど、ジェラルドは膝をつく。私は勝気な笑みを向けてやった。してやったり。
ジェラルドが追えないうちに、私はアルティの手を引いた。風の魔法を唱えて、全力で逃げる。
そのうち、プーッとクラクッションにも似た音が私のところまで届いた。
ジェラルドが迫っていたけれど、足を止めて舌打ち。今回も私は逃げ切った。
「また逃げ切ったね!」
アルティは喜んで、元の場所へと戻ろうと手を引く。
「次こそは捕まえてやるからな」
「……受けて立ちますわ」
またもや漲らせるジェラルド。私は笑みを作って、そう応えておいた。
すると、ジェラルドが手を伸ばしてくる。何かとその手の行方を見ていれば、私の頬に触れた。かと思えば、つねられる。
「え、なんですか」
「いいや。なんでもない」
どこか楽しそうに、笑って先を歩いた。
なんなんだ。私はつねられた頬を押さえた。
手を引くアルティを見てみれば、こっちもこっちでどこか楽しげな笑みをしている。でも無邪気に楽しんでいる様子が可愛いので、癒された。
次の日の魔法生物の授業は、召喚獣の召喚の練習。私の番がきて、気が引けたけれど、フェリュンを召喚した。今回はフェリュンの身体にある紋様を描く。
三本の線に二つの円。爪を引っ掻くように流れていく紋様。
魔力を注げば、召喚が出来た。
淡いピンク色の鬣が短い大きなライオンが現れる。チーターのように太くて、真紅の毛先のある尻尾がゆらりゆらりと左右に揺れた。
フェリュンは、機嫌が悪いようには見えない。
鋭かった真紅の瞳は、心なしか穏やかに見えた。
伏せをするそのフェリュンが、今は無害に見えるものだから、恐る恐ると触れようとする。指先が淡いピンク色の毛に触れた。
フェリュンは怒らない。目を閉じて、そのまま委ねてくれる。
私は笑みを溢す。
もふもふだ!
調子に乗って、頬ずりをした。
もふもふっ!
しなやかで気持ちが良い。耳が震えて、バチバチと私の頭に当たった。大きな顔をギュッと抱き締める。
見てください、キリン先生! フェリュンが心を許してくれました!
キリン先生に笑いかけてから、席に座っているジャスパーにも視線を送った。あとで話そう。
「もういい」
「はい。ありがとう、フェリュン」
キリン先生が終わらせていいと告げる。
フェリュンは何も言わず、火の粉を撒き散らして消えた。
授業が終わったら、ジャスパーから私の席に来る。
「どうやったのですか?」
開口一番で質問。
「わからない、私は何もしていないですわ」
「ではどうして、あんなに大人しく触らせてもらえたのでしょうか……。もしかして最近、闘争心を抱きましたか?」
「闘争心……」
そう言えば、フェリュンが闘争心に惹かれると話していたっけ。
闘争心か。思い出してみれば、昨日の鬼ごっこが浮かんだ。
「鬼ごっこだね」
アルティも言った。
「鬼ごっこ?」
「ああ、魔法体育で鬼ごっこをしたのです。ジェラルド殿下に追われて、それで魔法で対決して逃げ切ったのです」
「……あのジェラルドから、逃れたなんてすごいですね」
ジャスパーは感心する。そんなことない。
「その時、少々……」
「闘争心を燃やした?」
いつもは忽然と消えるはずのジェレミーが、私の後ろの席に座っていた。フェリュンの話に興味があるらしい。それとも鬼ごっこの話かしら。
「そうかもしれません」と私は肯定する。
「それが要因かもしれないな」
キリン先生も歩み寄って、会話に参加した。
「召喚獣は主の危機にも駆け付けられるように、主の感情を感じ取ることが出来る。抱いた闘争心に満足したのだろう」
「そうですか……」
「これで食い殺される心配はなくなったね」
ジェレミーは、にんまりと笑う。
そうかもしれない。
「いずれにしろ、闘争心を持っていた方がいい」
「え? それは、フェリュンに嫌わないためですか?」
「それもあるが、必要なものだ。闘争心というより、向上心を持たなくてはいけない。この学園に通うのならば」
向上心、か。実力重視のこの学園で持っていなくてはいけないもの。つまりは張り合っていろ、ということだろうか。
フェリュンは、それを望んでいる。
「……そう言えば、フェリュンを初めて召喚した時には……争いは嫌だと思っていた矢先でした」
「その感情が気に入らなかったのだろう」
「そのようですね」
キリン先生に続いて、ジャスパーが頷く。
エミリーと争いたくないという気持ちに反応した結果が、あれだったのだろう。気に入らない、という初対面の発言。腑に落ちた。
20170918