05 召喚獣。
アイリーンに折り紙の魔法で呼び出したあと、学園の外で鬼ごっこをする。時間が許す限り。
それから、午後の授業。数学を習って、エルフ語を学んだ。
寮に帰って、机と向かい合って明日の予習。
「今日は楽しかったね、シェリエル様」
「……ええ、楽しかったわ」
鬼に捕まったこと以外は、楽しい一日だった。私がしくじらなければ、いい一日だったのだけれど。それは言わないでおこう。
「明日は何の授業があるかな」
ワクワクしているアルティを見ていたら、気も晴れた。
「明日は魔法呪文と魔法生物があるわ。確か、魔法生物は最初に召喚獣を呼び出すの。守護精霊と同じで、運次第よ」
「ボクも知っているよ! 階級があるんだよね、七つまで」
「そうね。ワンナ・ドゥエ・トリア・クアト・クイーン・セーイ・センテ」
魔法生物の最初のページに書いてあるから、読み上げる。
「召喚獣は、不死の魔法の生物。魔法から生み出した生物。ワンナが始まりの召喚獣。召喚獣の中で最高級。これを召喚出来たら、成績が良くなること間違いなしよ」
「出るといいね」
アルティと笑い合う。
「ドゥエは二面性のある召喚獣。トリアは攻撃的な召喚獣。クアトは四季を示す召喚獣。クイーンは生命を示す召喚獣。セーイは試練と努力を示す召喚獣。センテは神秘的な召喚獣。千匹いる召喚獣の中でも、ワンナ・トリア・センテは出現が希少。だから召喚出来たら高得点ね」
「シェリエル様は、どんな召喚獣が出るかな」
「出ないかもしれないわ。運はアルティに使ってしまったもの」
コテン、とアルティの頭の上に頬を重ねる。
アルティさえいれば、まぁいいかと思えるから大丈夫だ。
「そんなことないよ。きっとシェリエル様の魔力に惹かれて、現れる」
予言するようにアルティは言った。そうだといいけれど。
召喚獣も召喚出来たら、魔法を満喫出来る。楽しい学園生活になるだろう。
予習も終えて、私達はベッドに一緒に眠った。アルティといるとベッドの中が干したての匂いで満ちるから、健やかに眠れる。いい守護精霊だ。
よく朝も日向の匂いで目覚めて、起床。寝間着のワンピースを脱いで、ブラウスを着て真紅のハイウエストのスカートを履く。二段フリルのネクタイを締めて、黒のサイハイソックスと白のショートブーツを履いた。
アルティは、いつもと同じ。緑のベストに白いのシャツ。そして白い七分丈のパンツ。ニーハイブーツは白だ。
お目々はオレンジ色の円らな瞳。愛らしい。
「おっはよー! シェリー、アルティ」
「おはよう、アイリーン様」
「おはよう。アイリーン。あなた今日もタイミングがいいけれど、もしかしていつも待っているの?」
「ぶふふっ忠犬じゃあるまいし、タイミングがいいだけだよ!」
ドアを開ければ、アイリーンが出迎える。今日も一緒に朝食だ。
今日はクラウドが入る隙が出来ないように、周りに声をかけて丸テーブルの席を埋めた。楽しく談笑しながら、朝食をすませて、登校。
もふもふのエールー車に乗って揺られる。もふもふの座席で、二度寝しそう。
ジェラルドとアーウィンが同じ車両にいたけれど、こちらに視線を何回か送るだけで、接してこなかった。
そして、楽しみにしていた魔法生物の授業の時間。場所は、入学式とは違う教壇が広々とした大講堂。
担当教師は、ワンナの召喚獣であり霊獣のキリン。
人の姿だけれど、黄色寄りの色白の肌と額には角が一つ。瞳は鋭さがあるけれど、無表情な彼の心はきっと穏やか。目元には赤い隈取。
ウルフヘアーの長い髪は黄色。太陽に照らされた小麦畑みたいな色だ。
服装は中国の民族衣装に似ていて、今日はスカイブルー色。ハイネックで、スリットがある。中は白いズボンと、黒いブーツ。
聖獣だけあって、神々しい先生だ。
「今日は召喚獣の召喚儀式をする。名前を呼ばれた順に、この召喚陣の前に出るように。その前に召喚獣について話す」
キリン先生は、足元の彫られた召喚陣を指差して告げた。
そして、昨日アルティと話したように、魔法生物の教科書の一ページ目を読み上げて説明した。
ワンナ・ドゥエ・トリア・クアト・クイーン・セーイ・センテ。
「召喚に成功したら、それは契約をしたということだ。契約は一生もの、大切にするように。また召喚出来た召喚獣が、魔法生物の成績に反映する。ただし、召喚出来なくとも落ち込まないように。授業をしっかり受ければ、悪い成績にはならない」
出だしから、決まる。流石は実力重視がモットーの学園だ。
大きな教壇の上に、アイリーンから召喚陣に立つ。
キリン先生の言う長い呪文を復唱して、魔力を込める。そして、カッと光が瞬いた。光に包まれたアイリーンを見てみれば、目の前には妖精がいる。
八頭身で腰は百合の花をいくつも重ねたようなフリルスカート。そこからすらりとした細い足が伸びている。硝子のように艶めくヒールを履いていた。
額を惜しみなく晒す前髪は、首元までの長さ。頭を包み込むように毛先が、上品にはねている。
肌色も髪色も一見肌色。でも淡いオレンジ色だ。そしてもふもふ。ドレスは愛らしいピンク。
丸アーモンドの瞳は、まるで蜂蜜で出来た円らなオレンジの瞳だ。
「クアト。四季を示す召喚獣だ。春の妖精、フレイア」
キリン先生が紹介する。
次の生徒が、呼ばれて教壇に立つ。けれども長い詠唱のあとには何も起きなかった。次々と不発に終わるけれど、二、三人の生徒は成功する。
「シェリエル・サリフレッド」
私の番が来る。アルティがついてこようとしたけれど、キリン先生が教壇の上に上がることを阻んだ。
「守護精霊はここで待つように」
「……うん」
アルティは、そこで待てだ。
「では詠唱を復唱をするように」
「はい、先生」
長い詠唱をした。終わった瞬間、魔力を注いだ。
カッと光が下から、上に上がるように出てきた。
「わっ……」
驚く。目の前には、淡いピンク色の毛を纏った大きなライオンがいたからだ。でもライオンにしては、鬣が短い。チーターのように長い尻尾は三つあって、先にはライオンの尾のように毛がついている。ギラついた目は、真紅の瞳。体長は私の身長くらいある。剥き出しになった三本の爪は、真紅色。身体には紋様がある。
「トリア。攻撃的な召喚獣。名をフェリュン」
「フェリュン……」
キリン先生から名を聞いた私が、その名を口にするとフェリュンは「グルル」と唸った。
「……気に入らぬな」
「えっ」
大きなライオンさんから発しられたのは、低い男の人の声。
その意味を問う前に、プイッとそっぽを向いたフェリュンは、燃え上がるように火の粉を撒き散らしては、消えていった。
「……えっと……今のは」
「……さぁ。席についていい」
「はい……」
第一印象が悪かったのだろうか。ちょっと落ち込みつつも、アルティと手を繋いで席に戻った。
「トリアだって。よかったね、シェリエル様」
席につけば、アルティが耳打ちする。
希少のトリアだ。魔法生物の授業の出だしはいい。なのかしら。召喚獣と初対面は失敗してしまったようだけれど。
「ジェレミー・ダンビル」
ジェレミーが呼ばれる。魔法トップの成績になる予定の人は、どんな召喚獣を喚び出すのだっけ。流石に覚えていないこともある。
注目していれば、誰もが驚いた。普通一人に一匹のはずの召喚獣が、三匹も現れたからだ。
一匹はワンナらしい。ドラゴンのような姿で、翼がこちらの席まで届きそう。
一匹はクイーンらしい。獣人の女の子の姿が、浮いていた。格好は白のワンピース。
一匹はセンテらしい。純白の大型犬サイズの大きな猫の姿をしていた。
大講堂の中はざわついた。そんなざわつきも気にした様子も見せず、ジェレミーは教壇から下りると、自分の席に戻る。
「ジャスパー・リビアン」
白いローブを着たジャスパー・リビアンが教壇に立つ。召喚したのは、鳥の翼を持った馬だった。分類は、センテ。神秘な召喚獣。
その後は、ジェレミーを超える召喚が現れることはなかった。流石は、魔法科トップになる才能の持ち主だ。
「……フェリュン。私が嫌いなのかしら」
授業が終わってから、ポツリと呟いた。
「そんなこと、ないと思う」
「第一声が”気に入らない”よ。私が思っていたような主じゃなくて失望したのかしら……」
「前向きに考えよう」
にっこり、と日向な笑顔を向けるアルティ。癒される。
「シェリエル様は良い人だよ。ボクが保証する」
「……ありがとう、アルティ」
いい子いい子と、頭を撫でた。
次の教室に戻ろと、大講堂を出る。すると、耳打ちされた。
「ーー……召喚獣に嫌われるなんて、流石は悪役令嬢だね」
悪役令嬢。その言葉に、固まってしまった。
横切っていくのは、ジェレミー・ダンビル。猫のように軽やかな足取りで、廊下の先を進んだ。
「まっ……待ちなさい!」
我に返った私は咄嗟に追い掛けた。けれども後を追って廊下を曲がったら、ジェレミーの姿を見失ってしまう。いない。他の生徒だけが、私を振り向いた。
「どうしたの、シェリー」
「シェリエル様?」
アイリーンとアルティに、呼ばれる。
「……なんでもないわ」
ジェレミーにどういう意味かを問いただしたい気持ちをグッと堪えて、笑みを作った。
確かにジェレミーは”悪役令嬢”と言ったはずだ。今現在、悪役令嬢なんて言動はしていない。だから”悪役令嬢”なんて単語が出るのはどう考えてもおかしい。
何かが変だ。あのジェレミーと話さなくちゃ。
私は授業を受けつつ、ジェレミーの姿を探した。あいにく同じ授業にならない。だから昼休みの食堂を捜した。やっと見付けたとかと思えば、ジェレミーはエミリーと一緒にいる。だから思わず、回れ右をした。
エミリー・ステターシンとだけは関わりを持たない!
しかも同じテーブルには、ジェラルドとアーウィンとクラウドもいた。絶対最悪な状態ではないか。
「あれ。シェリエル様? オレに何か用?」
離れようとしたところで、ジェレミーに声をかけられた。
何故このタイミングで話し掛ける!
ぎこちなくとも笑みを作って振り返ると、ジェラルド達も私を見上げていた。
「ええ。そうですわ。ちょっとジェレミー様にお話があります」
「オレは庶民だから様付けしなくていいよ、シェリエル様」
「そうだよ、皆同じ生徒だ。仲良く呼ぼう」
ジェレミーだけを呼び出そうとしたら、軽くかわされる。アーウィンがにこやかに言った。親しくなりたくないので、様付けをしたままでいたい。
私はただ笑みを返すだけ。
「ジェレミー様。お願いします」
「あ、あの、ジェレミーとお話をしている最中なのですが……」
促すとエミリーがジェレミーを引き留めた。
ひいい、話し掛けないでちょうだい、主人公!
「ちょっとだけですわ。お願いします」
「んーそうだなぁ……オレは気まぐれだから……嫌だ」
「……はぁ」
気まぐれだから、断られた。
それでは食い下がれないではないか。これ以上エミリーと接したくない私は、顔が痙攣する前にこの場を逃げようとした。
「まぁ、待て。シェリエル」
そう呼んで私の手を掴んだのは、ジェラルドだ。
「話がしたいのなら、ここですればいい。それとも、オレ達に聞かれたくない話なのか?」
少し不機嫌な色を乗せて、ジェラルドは私に問う。
ええそうですとも。あなたに聞かれたくない話ですとも!
「また今度にいたしますわ」
私は引きつらないように精一杯の笑顔で告げて、この場から逃げようとした。でもジェラルドが腕を放してくれない。
「ジェレミー。この女と何の話があるんだ?」
イラついた声で、ジェラルドはジェレミーに聞いた。
「さぁ? 見当もつかない」
ジェレミーは、白々しくかわす。
「もう結構ですから、お放しになってください。ジェラルド殿下」
「……」
グリグリと腕を回すけれど、座っているジェラルドは力を入れた様子もない。なのにビクともしなかった。怪力め。
「あの、ジェラルド。放してあげて?」
エミリーが上目遣いで頼むと、これは驚きすんなりと放してもらえーー……なかった。
ジェラルドは私の手を掴んだまま。
「放してください、ジェラルド殿下」
「ジェラルドだ」
「放してください、ジェラルド殿下」
「ジェラルドだと言っているだろ」
「放してください、ジェラルド殿下」
「……」
私は離れようと一歩踏み出すけれど、それ以上は無理だった。ジェラルドの怪力で、私の細い腕が折れてしまいそう。
クスクス、とジェレミーは笑っていた。
あなたのせいよ! 笑わないでちょうだい!
「放してやってくれ、ジェラルド」
見兼ねたクラウドが言ってくれる。
幼馴染よ! もっと言ってやって!
「ジェラルドと呼ぶまで放さない」
銀色の眼差しを向けて、ジェラルドは告げた。
「……ジェラルド」
観念して呼べば、やっと腕を解放される。
「最初からそう呼べばいいだろう」
「……それはごめんなさい」
私は悪くはないけれど謝って、アルティを連れてその場を離れた。サンドを注文して、中庭で食べる。
「ねぇ、シェリー。ジェレミー・ダンビルに何の用だったの?」
「別に……」
アイリーンに問われても、答えなかった。
なんて言うんだ。この舞台の自分のポジションを言い当てられたから、その理由が知りたい。だなんて言えるわけない。
「今日は何して遊ぶ?」
「また遊ぶの……?」
「今日は隠れんぼ!」
アイリーンが話題を変えると、アルティは爛々と目を輝かせた。そんな反応されては、嫌だとは言えない。
仕方なく、私は隠れんぼに付き合ってあげることにした。
20170910