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04 鬼ごっこ。




「だっ、だからと言って、嫌がらせしちゃだめよ」

「え? 何そんなことしないよ」


 慌てて言ったら、アイリーンは笑ってみせた。


「何慌ててるの? シェリーったら変なの。入学式の前日からか」


 ケラケラとアイリーンはまた笑うけれど、私は笑わない。

 冗談じゃない。悪役令嬢は、ごめんだ。争いは、嫌。


「どうだった? シェリーと遊んでどう思った?」

「シェリエル様は、天真爛漫!」

「えっ?」


 手を繋いでいるアルティがアイリーンにそう言うものだから、私は驚いてしまう。私、そんな風に見えたのか。


「シェリーは普段テンション低いって顔してるから、上がる時って天真爛漫に見えるんだよねー」

「そんな……」


 アイリーン達が私を天真爛漫と言う意味がわかった。テンションが高くなっていると、目に見えているのだろう。恥ずかしい。


「シェリエル様は可愛いよ」

「あ、ありがとう……」


 アルティは褒めてくれるけれど、ショックが隠し切れていなかった。額を押さえる私を心配そうに見上げる。


「それでは学園に戻るぞ。さぁ、中に入って入って」


 ガレス先生の呼び掛けに、生徒達は魔法陣の中に入っていった。

 召喚室から戻ったら、ジェラルドがエミリーを運んだ。ガレス先生は「これにて魔法体育はおしまい」と告げて、ついていった。

 次の授業は幸いなことに戦士科の剣術の授業だから、そのまま向かう。


「シェリエル。剣術の授業か? なら一緒に行こう」

「いえ、友だちと行くから」


 クラウドが尻尾を振る犬の如く笑顔で近付いてきたから、私はきっぱり断り顔を背ける。

 適当に声をかけたら、同じく剣術の授業がある女子生徒を見付けて一緒に行くことにした。アルティを紹介して、軽く話す。ジェラルドに捕まったことを喜んで話してきた。はしゃいでいる。肩を掴まれたと、キャピキャピしていた。

 私もそんな風になるのかとしみじみ思う。はしゃぐ姿なんて、見られたくない。こんなキャピキャピはごめんだ。恥ずかしい。

 厳しい口調の男性教師が、剣術の授業を行った。木剣で、先ずは構えから教わる。素振りをして、終わった。

 次は魔法呪文の授業。担任のアロガン先生の担当教科だ。

 実は彼も攻略対象の一人。甘い笑みの持ち主で、ちょっぴり意地悪な先生だ。

 主人公をからかい倒す彼が、いつの間にか本気になっていたことが発覚して、そんな戸惑い迷い葛藤するアロガン先生を見て心を鷲掴みにされたっけ。

 実際、生徒と教師の恋だなんて、考えられないなぁ。


「じゃあ今日のところは、中学に習った呪文の復唱だ」


 どこかくすぐるような低い声。これを色気のある声と言うのだろうか。そんな声にうっとりしている女子生徒がいようものなら、立たせて一人で復唱させた。

 私は生徒皆と一緒に復唱しながら、ペンを走らせてノートに書き込んだ。

 次の授業は、一般教養の歴史。

 それが終われば、二時間の昼休み。中庭付きの食堂へ行って、そこでアイリーンに捕まり一緒にランチ。

 ランチにはサンドを選んだ。コーヒーもつけて、一息つく。


「昼休みは何して遊ぶー? アルティ」

「鬼ごっこ!」

「また? でも学園で鬼ごっこするのもいいよね。お城並みに広いし迷路みたいだし、最適でしょ!」

「アイリーン……もう十六歳になるんだから、やめなさい」


 遊ぶ相談をするアルティとアイリーンに、私はコーヒーを啜りながら止める。貴族令嬢なのに、鬼ごっこをして学園を駆けたりしない。


「え……しないの?」

「……うっ」


 アルティが悲しげな顔をしたものだから、私は罪悪感を覚えてしまう。そんな顔をさせて、ごめんなさい。


「鬼ごっこ、一回だけしよう?」

「……わかったわ。一回だけよ」

「やったー!」


 アイリーンとアルティは、腕を上げて喜んだ。

 類は友を呼ぶと言うけれど、私も実は子どもっぽいのだろうか。はしゃがない。はしゃがない。はしゃがないわ。

 そう心の中で唱えて、ランチをすませたあとは、ジャンケンをした。グーチョキパン。私はチョキで、アイリーンとアルティがグー。私が負けたので、鬼をやることになった。


「シェリエル様。何かあったら呼んで」

「騙されて、捕まらないことだね」


 守護精霊として離れがたいのか、心配そうなアルティ。アイリーンは肩を押して、茶化した。 

 大丈夫、楽しんできて。と笑顔でアルティを見送る。

 食堂で、五分を待った。それから一人、食堂を出る。


「さて。どうしましょう」


 この城のように広々とした学園から、どうやって捜し出そう。そうだ。魔力を感知しよう。

 目を閉じて、魔力だけに意識を集中させた。

 そうすれば、様々な色の光が後ろの食堂に集まっている。ちょっと眩しい。

 他に目を向ければ、輝く温かな光を見付ける。オレンジ色。

 きっとアルティの魔力だ。見付けた。

 方向を頼りに早歩きで、向かう。はしゃがない。はしゃいだりしないわ。はしゃいでなんかいないもの。


「おっと」


 螺旋階段を上がって、廊下を曲がったところで、人にぶつかりかけた。色気たっぷりの低い声。アロガン先生だ。


「失礼、サリフレッド嬢」

「シェリエルでいいですわ、アロガン先生。失礼します」


 にこりと笑って見せて、私は急いでアルティの魔力を追う。

 階段を下りたみたいで、目を閉じれば魔力は下に向かっていった。

 そこで後ろに気配がして、何気なく振り返るとーー…

 銀色の眼差しをギラつかせたジェラルド・シーンが、こちらに向かって走ってきていた。思わず、私は走り出してしまう。

 授業の時のように、つい反射的に。

 そのまま見付けた階段を駆け下りる。

 待てよ。ジェラルド殿下に追われる理由なんてない。何も逃げなくてもいいじゃないか。

 そう気が付いた時には、螺旋階段を飛び降りて着地したジェラルドが、もう目の前にいた。そして、パシリと私の左手首を掴んだ。


「捕まえた」

「……えっ」


 私は目を大きく見開いてしまう。


「お前だけ取り逃がしたことが、引っかかっていた。これで満足だ」

「はぁ……それはどうも。放してもらえませんか?」

「……」


 そう言えば、シナリオではジェラルドが全員捕まえたっけ。私はシナリオに反した行動をしてしまったわけだ。

 手首を捻ってみたけれど、ジェラルドは放そうとしなかった。

 不可解そうな顔で、私を見ている。


「なんですか? ジェラルド殿下」

「……妙な反応だ」

「妙、とは?」


 グイッと私はジェラルドに引き寄せられた。そして、私の瞳を覗かれた。ギラついた銀の瞳は、猫のように尖っている。魅惑的な瞳だ。


「見惚れた表情をするどころか、嫌な表情をしている……こんな間近で見つめ合っても……心を動かせていない」

「……」


 魅惑的な吸血鬼であるジェラルド。異性を虜にするのは、いつものこと。

 けれども、私はそうなりたくない。何せジェラルドは攻略対象なのだ。近付きたくない生徒の一人だもの。


「イラつくな……」


 これまた魅惑的な低い声が、私の顔に吹きかかるほど、ジェラルドが近い。

 ハッとする。これはあれだ。フラグを立ててしまっていた。自分に靡かない異性はいないと自負しているオレ様王子が、靡かない異性を目の前にして興味を示してしまっている。

 これはいけない。フラグをへし折らなければ!


「そんなことありません、ジェラルド殿下にこれほど近付いてもらえて、内心では胸が高鳴っております。何て素敵な瞳なんでしょう。その瞳に囚われて動けませんわ」


 私は自らジェラルドの瞳を覗き込み、左右を交互に熱く見つめながら笑顔で伝える。さっきの女子生徒みたいにキャピキャピ出来ているはずだ。

 これでどうだ!


「……ぷっ」


 ジェラルドは目を丸くしたあと、吹き出した。


「く、くははっ!」


 そして笑い出す。とてもおかしそうに笑っている姿も素敵だ。これは本心。

 すると、バンッと壁に押し付けられた。いわゆる壁ドン状態だ。さらにギラついた瞳をしたジェラルドが、私を見下ろす。


「見え透いた嘘までつくとは……つくづく面白い女だな」


 ば、バレただと!? 女優顔負けの演技だったはず!


「だが、バカだな。心臓が高鳴っていないことくらい、聞こえているぞ」


 しまった。それでバレたのか。吸血鬼の聴覚は優れている。痛恨のミスだ。


「シェリエル……だったよな。名前。覚えたぞ」

「っ……」


 壁に押し付けられた上に、不敵な笑みで迫られる。額に彼の髪がかかった。額と額が重なってしまいそうだ。

 もう限界!

 私は思いっきり頭を振って、ジェラルドに頭突きをした。強烈に痛い。でも解放された。私はその両手で額を押さえた。

 吸血鬼に頭突きをしてはだめ。


「ごめんなさい、ジェラルド殿下。わざとではなくて……」


 言い訳をしてみると、ジェラルドはくつくつと笑った。


「頭突きをするとはますます面白い……大丈夫か?」


 笑いつつも、私の額に触れようと手を伸ばす。反射的に避けてしまった。その行動が、彼をますます喜ばせてしまっている。


「シェリエル。オレのことはジェラルドと呼べ。またな」


 もう満足した様子で、踵を返す。そのまま食堂の方へと歩き去った。

 色々失敗した……ガクリと首を折る。


「ぷはは!」


 低い笑い声が落ちてきた。見上げれば、螺旋階段から顔を出すアロガン先生がいる。


「なーにやってるんだ、シェリエル嬢」


 一部始終を目撃されてしまったらしい。


「吸血鬼殿下に頭突きだなんて、顔に傷が付いたらどうするんだ。見せてみろ」


 そう言って階段を下りたアロガン先生は、私の顎を持ち上げると額を診た。


「赤くなっているな。サーノ」


 治癒の魔法を唱えて、淡い光を出して癒してくれる。


「ありがとうございます。アロガン先生」

「どういたしまして」


 手が離れたところで、お礼を伝えた。アロガン先生はまだおかしくて笑いが止まらない様子だ。


「ジェラルド殿下が走っていくから何事かと思えば、青春か」

「そうではありません……」

「そうか。せいぜい頑張れ」

「違いますって」


 アロガン先生は手を振り、ジェラルドのあとを追うように食堂の方へと歩いて私の前から去った。


「……疲れたわ」


 攻略対象者二人の相手、特にジェラルド。

 とんでもないミスをしてしまった気がする。

 そんなことは忘れて、鬼ごっこを再開しよう。

 アルティを捕まえてあげなくちゃ。

 目を閉じて、オレンジ色の光を捜す。ずいぶん離れてしまった。急いで廊下を進む。

 そして見付ける。オレンジ頭の少年。周りに誰もいないことを確認して、廊下を走り出した。気が付いたアルティも、走り出す。パタパタと学園を駆けた。追いつけそうにないから、私は魔法を使うことにする。


「スティ・ウィー・ティス」


 鞭のような蔦を出して、アルティを捕まえようと振るう。

 すると、アルティは廊下を曲がった。アルティの代わりに出てきた生徒に、危うく鞭が当たるところだったが、彼は持ち前の反射神経で掴んだ。


「アーウィン殿下! ごめんなさい、お怪我はありませんか?」

「大丈夫だよ。それより、学園内で鬼ごっこかな? 廊下は走っちゃいけないよ」


 それはジェラルドの双子の弟・アーウィンだった。

 アーウィンの後ろには、アルティがいる。本物の鬼に捕まったらしい。


「お恥ずかしいですわ……すみません」


 鬼ごっこしているとバレた。恥ずかしくて頬を赤く染めて、俯く。でもアーウィンは、穏やかに笑ってみせた。


「守護精霊と親睦を深めるのはいいことだよ。外でやればどうかな」

「そうしますわ。魔法の件、本当にすみませんでした。お怪我がなくて良かったですわ」

「大丈夫。気にしなくてもいいよ」


 気さくで良い人だ。ジェラルドとは真逆。


「アルティ。外で鬼ごっこをしましょう」

「うん、シェリエル様」


 手を差し出せば、アルティは小さな手を取ってくれた。捕まえた。ふふ。


「羨ましいよ。オレも守護精霊についてほしかった」

「弟が出来たみたいで嬉しいものですわ」


 一人っ子だから、嬉しいものだ。

 そう答えて、そろそろ会話を切り上げようとした。


「オレも参加してもいいかな?」


 まさかの提案をされる。冷や汗をかいてしまう。

 これ以上、攻略対象者と関わりたくない。


「アーウィン殿下が鬼になったら、すぐに終わってしまうではありませんか」

「大丈夫、手加減をするよ」

「でも殿下を煩わせるわけには……」


 何とか諦めさせようとした。そうすれば、笑っていたアーウィンがキョトンとする。


「……もしかして、嫌なの?」


 ああ、このアーウィンも、異性に拒まれた経験がないタイプだ。戸惑った様子で、私を見つめてきた。

 さてどうする。今度はミス出来ない。

 選択肢は、三つ。誤魔化す。正直に嫌だと話す。またメロメロのフリをする。

 誤魔化して、鬼ごっこするのはミスだと思う。

 正直に話して、好転するとは思えない。

 メロメロのフリは、さっきミスした。

 どれが正解か、わからない。


「嫌なんだね……」


 迷っている間に、アーウィンはそう解釈してしまった。


「そんな反応されるのは、初めてだ」


 さっきも聞きました、似た台詞。

 銀色の瞳が私を見つめる。じっと観察するような視線。


「そんな反応とは? 私はただ……アルティと親睦を深めたいだけですわ」

「オレはお邪魔ってこと?」

「……言い方は悪いですが……そうなります」


 正直に話すことを選択した。


「遠慮してもらえると助かります」

「……そう……」


 少し悲しそうな表情になりつつも、アーウィンは私を見つめることをやめない。


「ごめんなさい。アーウィン殿下」

「いいんだ、謝らなくても。……じゃあまたの機会に」


 アーウィンが諦めてくれたのだけれど、気になる素振りを見せる。気にしないで、私のことなんて。


「あ、そうだ。ジェラルドを見なかった? 急に走り出しちゃって、見失ったんだけれど……」

「それなら、食堂の方へ向かっていましたわ」

「そっか。ありがとう、シェリエル」

「どういたしまして」


 気を取り直して笑みを浮かべるアーウィンに、私はにこりと微笑みを返した。ジェラルドなら、私を追い掛けてきたあと、食堂に向かったと思う。

 アーウィンはその方向に歩き出した。「じゃあね」とアルティに一声かけて。


「……本物の鬼に捕まってしまったわね」

「うん」


 鬼に捕まってしまった昼休みだった。





20170909

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