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03 魔法体育。





 翌朝の寮のラウンジで、アルティとまったりとホットケーキを食べていたら、同じテーブルに金髪のクラウドが座ってきた。後ろにはジェイコブがついている。


「話してもらおうか。オレ達を遠ざけたい本当の理由を!」


 腕を組みふんぞり返るクラウドが問い詰めてきた。

 言わずともアイリーンも一緒にいて、結局幼馴染の四人が揃ってしまっている。私はホットケーキを切る作業をやめた。


「あのね、本当に距離を置きたいだけなのよ。アイリーンもクラウドもジェイコブも」

「……あの、我々が何か悪いことでもしたのでしょうか」


 ジェイコブが口を開く。少し悲しげな顔が、まるで捨てられた子犬みたいだ。二人揃って、犬タイプか。


「していないわ、ジェイコブ」


 これから、することを恐れている。


「今まで通り、四人でいてはいけない理由がわからない! アイリーンは普通に今までと同じようにいるではないか!」

「あたしは、と・く・べ・つ!」


 アイリーンはウインクして見せてから、アルティに一口サイズに切ったホットケーキを食べさせてあげた。


「特別だと!?」

「いちいち過剰反応しないでちょうだい」


 アイリーンの冗談を、間に受けすぎ。


「私達、友だちだってことは変わらないわ」


 にこっと私はいい笑顔で言い切った。


「だったら距離を置く必要ないじゃ……」

「そんなことより、新しい友だちはどうなの?」

「新しい友だち?」


 食い下がるクラウドの言葉を遮って、尋ねてみる。


「昨日話してたでしょう? エミリー・ステターシン」

「ああ、彼女か……」


 クラウドは頬を赤く染めた、というわかりやすい反応を示さなかった。


「彼女の話はどうでもいいだろう」


 どうでもいいわけない。あなたの想い人でしょう。


「なんでその男爵令嬢の話をするの?」


 アルティと一緒にアイリーンは首を傾げた。可愛い。

「別に」と私は、可愛いアルティに食べさせることを再開した。


「これからゆっくりと交友関係を築いていくつもりだから、アーウィン殿下達と仲良くなっていれば?」

「……そうだ。シェリエル達も、アーウィン達と仲良くなればいいじゃないか」


 名案を思い付いたと人懐っこそうな笑みを浮かべて、クラウドは言った。

 一番嫌なパターンですけど!

 私は露骨に、顔に出ないように心掛けた。


「遠慮しますわ」

「だからなんでそんな喋り方をするんだ……気持ち悪いからやめてくれ」

「遠慮、しますわ」

「や・め・ろ」


 進んで嫌がることをして遠ざける作戦に出てみたけれど、クラウドは席を立たない。


「挨拶が遅れてしまったな。シェリエルの守護精霊、オレはクラウドだ」

「ボクはアルティ」

「そしてジェイコブだ」


 アルティと自己紹介をした。してもいいとは言っていない。

 私の可愛い守護精霊に、勝手に挨拶しないで。


「オレ達、幼馴染なんだ」

「そうなんだぁ」

「君からも言ってくれないか。距離を置くのはやめてくれと」

「ちょっと、懐柔しようとしないで。クラウド」


 私の可愛い守護精霊よ。


「人聞き悪いことを言うな。頼んでほしいだけだ」

「やめて。アルティ、はい、あーん」

「あーん」


 アルティは、パクリとホットケーキを食べた。


「シェリエル様は何故距離を置きたいの?」

「新しい交友関係を築くためよ」


 これ何度目だろう。優しくアルティに答えてから、私もホットケーキを食べた。

 ジェイコブも座って、クラウドと一緒に朝食を食べ始める。結局、幼馴染四人揃って朝食をとってしまっているじゃないか。

 やれやれと目を回しつつも、アルティに食べさせてあげた。


「本来、食べさせてあげなくてもいいんだ。シェリエル様」

「!」


 後ろから声をかけられて、振り返ればジェレミー・ダンビルがそこにいる。彼に話しかけられたのは、意外だ。


「君は?」

「ジェレミー・ダンビル。お見知りおきを」

「クラウド・スターロンだ」

「ジェイコブです」

「アイリーン・シューベル」


 クラウド達は、順番に自己紹介をした。

 私も自己紹介しなくてはいけないと、ハッとする。


「私はシェリエル・サリフレッドですわ」

「知ってる」

「……」


 にこりと笑いかけられた。知っているとはなんだろう。意味深だ。小首を傾げていたら、金色の瞳がアルティに移った。


「守護精霊は人間の食事をとらなくてもいいんだ」

「私は好きで食べさせてあげたいし、アルティも興味があって食べているのですわ」


 アルティが目を輝かせて見たものだから、食べさせてあげている。そう答えていたら「ふーん」と金色の瞳を細めた。


「ボクはアルティ」

「オレの守護精霊はガットだ」


 ジェレミーがそう言えば、黒い煙でドロンと現れた黒猫。トンボに似た羽根は虹色に輝き、宙に浮かせる。中々、セクシーな黒猫だ。

 その黒猫、ガットがジェレミーの肩に乗ったかと思えば、目を細めて私を見下ろす。やっぱりジェレミーは、黒猫に似ている。


「ジェレミー様はガット様と似ていらっしゃいますね」

「シェリエル様とアルティも似てる」

「……私とアルティが?」


 キョトンとしていれば、ジェレミーは去った。

 私はアルティを見る。アルティも私を見上げた。

 オレンジ色の髪を自由にはねさせた天真爛漫の小さな少年。この太陽みたいな子と、私のどこが似ているというのだろうか。


「私は冷静沈着よね」

「……天真爛漫よ?」

「ええ?」


 私が言えば、アイリーンが吹き出して笑った。

 この私が天真爛漫なわけない。冷静沈着よ。

 クラウドとジェイコブに目をやると、何故かクラウドは頬を赤らめてゴホンと咳払いをした。


「私は冷静沈着なキャラよね」

「キャラ? そ、そうだな」

「いやいや、天真爛漫だね」


 クラウドは明らかに嘘をついているし、アイリーンは譲らない。解せぬ。


「アルティは私が冷静沈着だと思う? 天真爛漫だと思う?」


 アルティなら納得いく答えをくれるはずだと、尋ねてみた。


「んー……シェリエル様は優しくて穏やかな人だと思う」


 昨日一緒に過ごして、そう思ったらしい。


「遊んでみたらすごいわよ! シェリーったら子どもみたいに笑うんだから!」

「何それ」


 嘘を吹き込まないでほしい。アイリーン。


「シェリエル様。ボクと遊んでくれる?」


 爛々と輝かせた瞳で見上げてきた。


「今日は魔法体育があるから、その時どうかしら」

「うんっ!」


 守護精霊は、一緒に授業に参加してもいいということになっている。どんなことをするかはまだ知らないけれど、遊び感覚で参加出来るだろう。


「シェリエルも魔法体育を選んだのか」

「ええ……」


 本当なら避けたい科目だったけれども、前世の記憶を思い出す前だったから選択してしまった。

 魔法科の中で、魔法生物と魔法呪文と魔法体育を選んだ。

 戦士科は、剣術だけ選んだ。


「オレも魔法体育を選んだ」


 笑顔で言うクラウド。知っている。ジェラルド・シーンもそうだろう。ジェレミー・ダンビルもだ。ついでにジェイコブも。


「私も選んだー! 一限目からなんだけど、一緒?」

「……一緒ね」

「一緒だ」


 残念ながら、アイリーンも一緒だ。

 私はため息を堪えて、ホットケーキを口にした。

 じっと見上げてくるアルティに気が付いて、またあーんと差し出す。そんなアルティと楽しむとだけ考えればいい。

 ホットケーキを食べ終えたあとは、クラウドの一緒に登校しようという誘いを丁重にお断りして、別の女子生徒達を誘った。そして談笑をしながら、もふもふ電車に揺られていく。

 もちろん、アルティもいる。

 学園の教室に入れば、黒板に更衣室で着替えて移動魔法陣室に集合するように、と書かれていた。

 女子更衣室は、個室が設けられていている。そこで着替えたのは、白いズボン。体操服ではなくて、騎士のような格好だ。戦士科の授業でも、この服を着る。ブラウスに真紅のネクタイを締めて、上着を着る。ズボンの上から白のロングブーツを履いて、チャックを上げて閉めた。髪は邪魔になりそうなので、ポニーテールに束ねる。

 外で待たせていたアルティと合流をして、指定された移動魔法陣室に向かう。そこは広々とした白と銀の部屋だった。床は瞬間移動の魔法陣が、四つほど大きく描かれている。それも銀色。

 そしていたのは、とんがり帽子の小太りの男性教師。名前は、ガレス・ブルクハット。入学式で冒険家だと紹介されていた。


「フォフォッ、全員揃ったかな。わしはガレス・ブルクハットだ。皆中学で習ったはずだろう、足元には瞬間移動の魔法陣がある。今から行く先は、平穏な樹海、ヒュトゥス。知らない生徒も多いかもしれないが、危険な生物はいないから安心してくれ」

「質問です、ガレス先生! そんな樹海で何をやるんですかー?」


 アイリーンが、手を上げて尋ねた。


「フォフォッ、鬼ごっこをするんだ」

「鬼ごっこぉ?」


 他の生徒達が、戸惑いを見せる。

 そうだった。魔法体育で鬼ごっこをする。チラリと横目で、エミリー・ステターシンを見る。彼女もいた。

 それは考えないようにする。アルティと遊ぶのだ。


「さぁ、行くぞ。陣の中に入って入って!」


 生徒全員が、召喚陣の中に入った。そしてガレス先生が、手を叩いて魔力を注げば発動する。陣の向こう側の景色は変わった。白と銀の一室から、五メートルを余裕に超える高い木々の森の中。白っぽい表面とコケ。


「では、こっち側は鬼だ。こっち側は上着を脱いで逃げるんだぞ」


 大まかに左右で、鬼と逃げる側を決めた。私とアイリーンは逃げる側。上着を脱いだ。


「中学で習った魔法を駆使して逃げてよし、捕まえてよしだ。ただし怪我をさせるようなことはだめだぞ」


 魔法を使って鬼ごっこ。楽しそうだと、アルティが笑みを浮かべて見上げた。私も笑い返す。


「わしも逃げるから捕まえてくれーフォフォッ」


 長い白い髭を撫でて、ガレス先生も参加する。生徒達から笑いが漏れた。子どもっぽい面白い先生だ。


「では五分にスタートだ!」


 逃げる側は散りじりになって、樹海の奥に入っていった。私はアイリーンもついてきて、アルティと逃げる。


「ここら辺でいいんじゃない? 木の上に隠れましょう」

「問題はどうやって登るかよね」


 少し走っていけば、アイリーンが足を止めた。顔を真上に向けなければならないほど、高い位置に枝がある。


「ウィー・ゲンマ・ティス」


 白い表面に手を添えて唱えれば、蔦が下りてきた。それを操って、自分達の身体を持ち上げる。枝が密集する間に身体を納めて、そこに身を潜めた。


「五分経ったかな」

「このまま乗り切りましょう」


 アイリーンも同じように枝で身を潜めて言う。アルティは私が抱き締めている。そんなアルティが、私をじっと見た。


「どうかしたの?」

「ふふ。シェリエル様も楽しそうだ」


 そう見えるらしい。顔に出ているのかしら。

 アルティも、楽しそうにニコニコしていた。


「でもこのまま隠れるってのもつまらないよ。シェリー」

「鬼ごっこよ。隠れたもの勝ち」

「スリルを味わおうよー」

「だめよ。スリルなら一人で味わって」


 スリルを味わうより、勝利を手にしたいわ。

 アルティのクリンッとはねたオレンジの髪をいじる。撫でても撫でても、クリンッとした。


「でもずっと隠れていられないよー?」

「なんでそう言い切れるの?」

「鬼の中に鬼がいるんだもの」


 ケタケタ、とアイリーンは笑う。

 鬼って何のことかと思ったけれど、すぐに気が付く。


「そうだった。吸血鬼王子がいるんだった」


 吸血鬼の王子。ジェラルド・シーンがいた。彼には、鋭い嗅覚と聴覚と超人的身体能力の高さがある。

 噂をすれば、影。


「見付けたぞ!」

「!!」


 枝から枝へと飛んでくるジェラルドがきた。


「アルティ!」

「ソーレ!!」


 私の指示に従って、アルティが日向の光を放つ。目眩しだ。


「くっ……小癪な! っ!」


 私はまた木に手を触れて「ウィー・ゲンマ・ティス」と唱えて木を操る。足元が見えなかったのか、ジェラルドは落ちる。咄嗟に蔦で捕まえた。その隙に、逃げ出す。


「え。待ってよ! シェリー!」

「急ぎなさい!」


 アルティと二人で次の木に移ったが、アイリーンが遅れる。


「ごめんっ! あなたのことは忘れない!」

「ええ!? 見捨てられた!?」

「風よ(ヴェンド)!」


 風の魔法を唱えて、アルティを抱えて風を纏いながら素早く移動した。

 アイリーン、ごめん。忘れないから!

 きっとアイリーンは、ジェラルドに捕まっただろう。

 ビュンビュンと木の上を移動し続けて、ジェラルドから逃れる。木の上を駆けているようで、楽しい。手を繋いだアルティと笑い合った。

 やがて、プーッとクラクションにも似た音が響き渡った。

 集合の合図だろうか。音を頼りに、元いた場所に戻る。もう皆が揃っていた。


「お待たせしてしまったみたいですね」

「いやいや、唯一捕まっていない生徒だ。名前はえっと……」

「シェリエル・サリフレッドですわ。ガレス先生。シェリエルと呼んでください」

「シェリエルさん。おめでとう」


 ガレス先生に褒められたけれど、大半の生徒は私を見ていない。注目しているのは、ジェラルド。厳密に言えば、エミリーを抱えているジェラルドだ。


「ジェラルド殿下に追いかけられて転けたんだってー」


 アイリーンが近付いて教えてくれたけれど、それは知っている。何せ乙女ゲームの中にあったシナリオだったからだ。鬼ごっこで追い回されて、運動が不得意の主人公が転ぶ。仕方なくジェラルドが抱えるが、擦りむいた膝から香る血の匂いに我慢出来ずに、ペロリとしてしまうシーンだ。

 クラウドもジェイコブもいる。ジェレミーはどこだろうと捜してみれば、人集りから抜けて立っている彼を見付けた。ポケットに手を突っ込んだまま立っていたジェレミーは、私を見ている。じっと見ているから、何かと目を瞬く。


「……なぁんか、うざったくない? 擦りむいただけで王子に抱えられちゃって……」


 アイリーンの発言に、瞠目する。

 アイリーンは明らかに嫌悪を浮かべた顔で、エミリーを見ていた。




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