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02 守護精霊。




 荷解きをした翌朝、清々しい気持ちで起きた。

 設けられた一室は、大体1ルームが2つ分の広さ。だからキングサイズのベッドを置くと、これまた狭く感じてしまう。でもしょうがない。私はこのベッドじゃないと眠れないのだ。

 家具の組み立ては、楽しいものだった。魔力で念力のように、組み立てた。家具の組み立ては前世から好きだったけれど、魔法で組み立てるのも一興。手も触れずに組み立つ家具を見るのも、楽しいものだった。

  鏡の前で、制服に着替える。白のブラウスを着て、膝上長さの真紅のハイウエストのスカートを履く。中は白のフリルレース。二段フリルのネクタイを締めた。黒のサイハイソックスを履くと、ちょうど絶対領域が隠れる。でも動くとチラリと見えた。チラ見せというやつに意図せずになったけれど、まぁこのままでいいか。それから短い丈の白のブレザーを着る。

 白金色のウェーブのかかった長い髪は、そのまま下ろす。

 明るい青い瞳を覗き込んでは、額にかかる髪を退かした。

 革鞄を持って、いざ登校。


「おっはよーシェリー!」

「……おはよう、アイリーン。昨日の話聞いてなかったの?」


 ドアを開けば、そこにアイリーンが立っていた。水色の短いボブヘアーと、同じ制服を着ている。当然のことか。


「承諾したのはクラウドだけじゃん。私は言ってないよ?」

「承諾したと思ったのに」

「やーん。十年来の友だちなのに離れないよー、シェリーったら!」


 ツンッと私の胸を人差し指でつつくアイリーン。その手を叩き落とす。


「私もあなたも新しい交友関係を築きましょう」

「そればっか! もうあたしは恋人じゃないんだからね! ぷふふっ」


 恋人設定がツボに入ったらしい。また吹き出す。

 そして私の腕を取って、自分の腕を絡ませた。


「一緒に登校しよう!」

「だから私は離れてほしいの」

「冷たいこと言わないで!」

「冷たいかもしれないけれど、ごめんなさい。距離を置きましょう」

「ぶふふっ! 本当に恋人に言ってるみたいだよ、シェリー」


 傷付けているのかもしれないけれど、私はもう一度言う。

 けれどもアイリーンは笑うだけで、離れようとはしなかった。


「これから進学するけれど、恋人作るの?」

「……好きな人が出来れば作りたいとは思うけれど」

「許婚関係のクラウドと距離を置いたのは、そのため?」

「違うわ」


 恋愛は二の次かしら。クラウドとは、親同士が昔に口約束で結婚させると言ったから許婚関係ではある。あくまで口約束だから、拘束力はない。親同士も覚えているかも疑わしい。

 時々、アイリーンが持ち出して、からかうくらいだ。

 でも乙女ゲームでは、悪役シェリエル・サリフレッドが自ら許婚関係だと言い出して、主人公と対立をする。クラウドの方は、主人公に一目惚れをするのだ。


「美味しい」


 寮のラウンジで、朝食をすませる。ふわふわのフレンチトースト。一流の料理人が作ってくれた。その間も、アイリーンは私から離れない。

 そのまま、登校もした。行きはもちろん、もふもふ電車だ。アイリーンと乗り込み、もふもふの座席に座った。芋虫のような生き物であるその電車は、もそもそと移動するけれど振動は緩やかなもの。もそもそだけれど、電車と同じくらいの速度で走る。ガタンゴトン、と音が聞こえてきそう。

 懐かしい音を恋しく思っていたら、視線に気が付いた。

 向かい側の席に、座っている男子生徒が私を見ている。

 白のブレザーに、真紅のズボンと黒いブーツ。

 黒髪は顎下にある長さで、左右にピョンと跳ねていた。瞳はアーモンド型で美しい金色。その容姿で、誰だかわかった。

 攻略対象の一人、ジェレミー・ダンビル。

 彼は私を不思議そうに見つめていた。それも、猫がゆらりゆらりと尻尾を揺らして、眺めているような錯覚がする。それは彼が黒猫だと似ていると表現されることが多かったせいだろう。

 もふもふ電車こと”エールー車”は、学園の前で停まった。

 先にジェレミー・ダンビルが降りていく。私を一瞥して。


「何あれ、シェリエルに一目惚れでもしたのかな?」


 アイリーンが言うけれど、そんなはずはない。一目惚れをするのは、クラウドだ。相手は主人公。

 ジェレミー・ダンビルは庶民出身にして、天才的な才能を開花して、魔法科トップになる生徒。

 そんなジェレミー・ダンビルと親しくしている主人公が気に入らなくて、悪役シェリエル・サリフレッドは対立する。何故なら、一緒にクラウドも親しくなるからだ。


「いい加減離れてくれる? アイリーン。私は新しいお友だちを作らなくちゃ」

「そんなこと言って、昨日から新しいお友だち作ってないじゃない」

「……これからゆっくりと作っていくのよ」

「それならあたしとゆっくりと作っていこうよ!」


 アイリーンは私の腕を振り回した。カクカク揺れる私の身体。この子を引き剥がすのは、無理そうだ。

 この子が一番厄介。何せ昔から悪戯をする時は、彼女が筆頭に行ってきたからだ。幼馴染の中で一番悪いのは、アイリーンということになる。

 そんなアイリーンを止める役にならなければならないのか。

 先が思いやられると、肩を竦めた。

 寮と同じ全体的に純白で、窓枠や扉が金色に塗られているシャルルーン学園。城にも似た外観。

 その大きな扉を潜って廊下を進み、一年A組の教室に向かった。教室は少し賑わっている。何故なら、ちょっとした有名人がいたからだ。

 攻略対象の一人、ジェラルド・シーン。明るい亜麻色の髪に、鋭い眼差しが銀色。吸血鬼の王子様だ。私のクラスメイトであり、多少面識がある。彼が覚えているかは、定かではないけれど。

 吸血鬼だけれど、ハーフだから太陽の光で燃え尽きることはないのだ。

 もう一人、攻略対象のアーウィン・シーン。白金の髪に、穏やかな眼差しが銀色。こちらも吸血鬼の王子様。二卵性の双子なのだ。隣のクラスだけれど、兄のジェラルドと一緒にいた。同じく多少面識がある。

 そして、女の子達に囲まれているその吸血鬼王子と一緒にいるのは、クラウドだ。

 私を見付けるなり、声をかけようと右手を上げた。けれども、昨日のことを思い出したのか、グッと堪えた様子を見せる。そして堪え切った。

 ぶふふっ。クラウド、まるで待てされて放置された犬みたい。


「ぶふふっ! クラウドの顔見た?」


 同じように見ていたアイリーンが、横で吹き出す。

 それを見たからなのか、クラウドがアイリーンを睨んだ。それとも”何故お前だけがシェリエルと普通に接しているんだ”という意だろうか。クラウドのそばにいるジェイコブも、眉を潜めた。

 私は気にせず、自分の席に座った。

 吸血鬼王子達が集まっている場所から、離れた窓際の席。ラッキー。

 そこに座って、喧騒からそっぽを向く。ああ、空が青い。


「あの……そこ私の席なのですが!」


 聞こえてきた主人公の第一声。始まった。

 チラリと横目を向ける。

 主人公、エミリー・ステターシン。男爵令嬢。前髪が切りそろえられていて、ダークブラウン色のストレートヘアー。瞳はブラウン。クリクリとした潤んだ瞳に、頬は赤いチークを塗ったように真っ赤。

 はい、ここでクラウドが一目惚れをする。

 何度もゲームで見た光景から、あえて目を背けた。


「それは、ごめんごめん」


 謝るのは、アーウィン。刺々しくて鋭いジェラルドとは正反対で、アーウィンは気さくで優しいのだ。きっと優しく笑いかけては、兄のジェラルドを押し退けて、エミリーの席を開けてあげただろう。


「オレはクラウド・スターロン。君は?」

「私はエミリー・ステターシンです」


 早速挨拶をしているが、私は見ない。

 空の青を見ていたら、エメラルドドラゴンが空を飛んでいる姿を目にした。エメラルド色の龍。それを見ると、吉兆と言われている。

 きっと今日はいいことがあるに違いない。絶対そうだ。

 そう思っているうちに、教師が来た。担任だ。甘い笑みを浮かべる黒髪の男性教師、アロガン・ウェルスは入学式の流れを説明した。

 それから、クラウドに新入生代表の挨拶を頼んだ。クラウドが試験一位だったから。

 そうして、大講堂に移動する。

 入学式は始まり、順調に終わった。

 そのあと魔法科を選択した生徒が、その大講堂に残る。他の学年の生徒も見物として残っていた。

 これから、守護精霊の召喚の儀式を行う。召喚出来るかどうかは、実力と運次第。

 守護精霊。その名の通り、守護する精霊のことだ。

 精霊が、魔力に応えるかどうか。

 小人みたいな男性教師マーリーンの描いた赤い陣の中に、順番に入って魔力を込める。それだけで、いい。

 ほとんどの生徒が反応を示さなかった。でも私の番でそれは起きる。温かなオレンジ色の光が現れた。日向の香りが満ちる。

 オレンジ髪の自由にはねた髪型の小さな少年が現れた。

 私の守護精霊だ。


「……私はシェリエルです、シェリエル・サリフレッド」

「ボクは日向の精霊。アルティだよ。よろしく、シェリエル様」


 真ん丸お目々で私を見上げて、少年は優しく微笑んだ。

 私は感動しながら、手を差し出した。それをアルティが掴んでくれる。私の守護精霊。生涯共にする精霊だ。

 私はそんなアルティを連れて、席に戻った。


「いいなーあたしは守護精霊出なかったよ、流石だね、シェリー。よろしく、あたしはシェリーの友だちのアイリーンだよ」

「よろしく、ボクはアルティ」


 むくれて見せつつも隣の席に移動して来たアイリーンは、アルティと挨拶をする。

 アルティも日向のような笑顔で、自己紹介をした。


「ねぇねぇ。何が出来るの? 見せて見せて」

「アイリーン。しっ」


 まだ召喚の儀式は続いている。私はアルティを膝に乗せて、儀式の行方を見守った。

 次はジェレミー・ダンビルの番だ。

 彼が魔力を注いだ瞬間に現れたのは、トンボのような透けた羽根を持つ黒猫だった。宙を浮き、ジェレミーの周りを飛ぶ。ジェレミーを表すような守護精霊だ。

 次に召喚に成功したのは、ジャスパー・リビアン。もちろん、攻略対象の一人。緑色の長い髪を束ねた姿と瞳も明るい緑の瞳の持ち主で小柄。魔法科No.2になる生徒だ。

 妖精の姿の守護精霊が、二体現れる。二体で一つの守護精霊だろう。クルクルと二体の妖精は、ジャスパーの周りを回った。

 他のクラスの召喚儀式も眺めたけれど、少人数だけが召喚に成功。


「シェリエル! どういうことだ!」


 帰ろうとしたら、クラウドが阻んで来た。ジェイコブもいる。


「アイリーンは一緒だし、新しい友を作った様子もない! なんだ、オレ達だけを遠ざけて何がしたいんだ! オレ達が何をしたって言うんだ!」


 クラウドは怒っていた。腕を組み、鼻息を荒くしている。

 昨日の今日で、アイリーンと離れていないし、新しい交流もしていないと気付いたからだろう。

 そんなクラウドを見て、アルティが怖がって私の腰に引っ付いた。


「クラウド……アルティを怖がらせないで」

「す、すまない」

「どうしたんだい? クラウド」


 私がアルティを宥めていれば、気になったのかアーウィンとジェラルドが歩み寄ってきた。

 関わりたくない攻略対象が三人もいる!

 嫌な状況だけれど、私は嫌な顔をしなかった。上手に笑みを作って、軽くスカートを摘み上げて会釈をする。


「こんにちは、シーン殿下。私はシェリエル・サリフレッドです」

「確かサリフレッド子爵の令嬢だね。アーウィンでいいよ、ジェラルドのことも。これからは同級生だよ」


 アーウィンは覚えてくれていた。

 私と握手をしてくれて、優しい笑みを見せてくれる。

 ジェラルドは興味なさそうにしていて、私を見ない。


「昨日から様子が変なんだ、距離を置こうって言い出して……」

「ハン、お前の女か?」

「幼馴染なんだ、ジェラルド」


 クラウドが話せば、ジェラルドはようやく私に目を向ける。にこりと笑って見せた。でもやっぱり興味なさそうな態度だ。

 クラウドは、もうジェラルド達と友だちになれたみたい。


「嫌ですわ、クラウド様ったら。新しい交友関係を築くためにも少し距離を置きましょうと話したはずでしょう?」

「クラウドさま!? 気持ち悪いぞ!」


 殿下達の手前、様付けしたら、引かれた。

 後ろのアイリーンは、必死に笑いを堪える。


「そちらは?」

「アイリーン・シューベルですわ」


 アーウィンが問うと、アイリーンは完璧に微笑んで挨拶をした。外面は完璧よね。


「明日の予習をしたいので、私はこれで失礼しますわ」

「予習だと? 必要あるのか?」


 黙ってくれ、学年一位の頭脳の持ち主。私だって努力して、シャルルーン学園の試験に合格したのだ。これから授業についていけるように、予習をしておかなくてはいけない。


「それではまた」


 会釈をして、大講堂を出る。

 はぁ、と大きなため息をつく。


「何、ため息をついてるのー? 吸血鬼王子様達と話せたら、きゃーって言うところじゃない?」


 アイリーンが言うが、私は前世できゃーきゃーと言い飽きた。ジェラルドとアーウィンの姿は特に美しく、イラストを穴が空くくらい見たものだ。

 吸血鬼は人間を魅了する生き物だ。美しいのは、当然。

 中でもジェラルドとアーウィンは、吸血鬼だけあって人気だ。


「あ、美しすぎて恍惚のため息?」

「アイリーンこそ、見惚れてないじゃない」

「見惚れたよ、普通にね」


 廊下を歩きながら、私の腕と自分の腕を絡ませた。


「アルティは? 吸血鬼はどうだった?」

「初めて会った!」

「そう、感想は?」

「ゾッとするほど美しかった!」


 天真爛漫な笑みを溢すアルティが可愛い。私は頭を撫でた。


 寮に帰ってから、アルティは私のベッドを占領。私はその間、机で明日授業がある科目の勉強をした。教科書を開いて、黙読をする。


「シェリエル様。少し休んで」


 熱中していたら、陽が傾いたらしい。チョコンと私の肩に顎を置いて、覗くアルティ。可愛い。


「少し遅いけれど、お茶にしましょうか」


 紅茶を淹れて、アルティとお茶を楽しんだ。



201700908

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