12 告白。
放課後。日暮れが射し込む寮の部屋。
「だからエミリー様やジェラルド様達に近付きたくないんだね」
「そうなのよ……」
アルティにもっと早く話せばよかった。
「でもその乙女ゲームの世界だからって、別に避けることないんじゃないかな。シェリエル様はたくさんの人に、好かれればいいと思う!」
前言撤回。
「アルティ……私はエミリーに関わりたくないのよ」
「ジェラルド様と関わるイコールエミリー様と関わることになるわけじゃないよ」
「いいえ、イコールそうなるの」
「悪役にされるのが怖いからでしょう? 大丈夫だよ。間違ったことになったりしない。安心して。シェリエル様は独りじゃない」
私は自分のベッドに倒れ込んだ。
そういうことではないと嘆く。
「シェリエル様。好きになったら、それはその人のものだよ。ゲームとか関係ない。主人公とか悪役とかもね。関係ないよ。いっぱい好きになってほしい!」
「いっぱいは困るわ……」
好きになったら、その感情はその人のものか。
それはそうだけれど、だからと言って好きになってほしいとは思っていない。特に攻略対象達には。
「大丈夫! ボク、ジェレミー様に相談してくる!」
「え。ちょっと待ってアルティ!」
アルティは日向の光の玉を落としていって、消えた。
男子寮のジェレミーの元に行ったのだろう。
それは困る。ジェレミーのニヤついた顔が、嫌でも浮かんだ。
「戻ってきてアルティ!」
呼んだけれど、日向は現れなかった。
ああ、と顔を覆う。今頃、相談しているに違いない。
「どうかしたの? シェリエル様」
「ひゃっ! アルティ!」
不思議そうに小首を傾げたアルティが、私を見ている。戻ったのなら、ただいまを言ってちょうだい。
「まぁいいわ。ジェレミーと何を話したの?」
聞きたくないけれど、尋ねてみた。
「また今度相談しようって」
「……ああ」
額を押さえる。
「アルティ。何もしないで、お願いよ」
「んぅ……わかった」
「あれ……あっさりしているのね」
「嫌ならボクは何もしないよ。見守る」
でもね、とアルティは続けた。
「さっきも言ったけれど、好きになったらその人のものだよ。ボクらが何かしても、しなくてもね」
不吉な発言だ。
「ボクはシェリエル様を、いっぱいの人が好きになってほしいと思っているよ」
「……それはありがとう」
そう思ってくれている人がそばにいるのは、幸せなのかもしれない。それだけで十分。なのだけれどね。
翌朝、アイリーンとアルティと朝食をとる。
「ごちそうさま」
食器を片付けようとカウンターに向かう。
そこで事件が起きた。
ベチャッと熱いものがかかる。
「あつっ」
思わず食器を落としてしまった。
見れば、愕然とした様子で立ち尽くすエミリーがいる。
エミリーがぶつかって、シチューをかけられたのだと理解した。
「あ、あの、わ、わたし……」
口をパクパクさせるエミリー。
私も唖然とするしか出来なかった。
「ちょっと! 謝りなさいよ!」
声を上げたのは、アイリーンだ。
「わたし……」
「いいのよ、アイリーン」
私は慌てて我に返る。制服にかかっただけだし、大丈夫だ。
アイリーンに笑って見せたのだけれど、険しい顔のまま。
「よくないわよ! 火傷してたらどうしてくれるの!?」
「私は大丈夫」
「謝りなさいよ!!」
アイリーンはエミリーに掴みかかろうとした。
けれど、割って入ったのは、クラウド。
「アイリーン。エミリーもわざとじゃなかったんだ、そんなに責めるな」
「クラウド!? シェリエルが火傷してたらどうするのよ!?」
「落ち着いて、アイリーン」
アーウィンも席を立ち上がり、エミリーを庇うようにした。
それがアイリーンを煽っていることも知らず。
エミリーが一言謝ればすむことなのに、クラウドとアーウィンの後ろにいる彼女は俯いているだけ。
「おい、シェリエル。大丈夫なのか?」
「ジェラルド殿下……大丈夫ですわ」
ジェラルドが私の腕を取るけれど、大丈夫だと笑って見せる。ジェラルドは顔をしかめた。
「あたしは謝りなさいって言ってるのよ! 大怪我負うところだったんだから!」
「アイリーン」
私のために怒ってくれているアイリーンを呼んだけれど、こっちを振り向いてくれない。ただエミリー睨み付けている。
「シェリエル?」とジェレミーも私を覗く。それより、仲裁をしてほしい。
状況は、最悪だ。
エミリー逆ハーレム対アイリーンになっている。
直接対決は早すぎだ。まだ試験も始まってもいないのに。
「退いて! わからせてやるんだから!」
「アイリーン!」
アイリーンの手に魔力を感じた。何かを放つつもりだとわかって、私は割って入る。
次の瞬間、私は衝撃を受けて暗闇の中に倒れた。
フェリュンの夢を見る。
私を見据える真紅の瞳。
美しいガーネット。
三つの尻尾を揺らす。
鬣の短いライオン。
とても美しい生物。
心穏やかに見えーー……。
「何を寝ている! 起きろ小娘!!」
ただけで、怒っていた。牙を剥き出しにして今にも噛みつきそう。
「ごめんなさい!」
私は飛び起きる。そこは医務室のベッドだった。
周りには、アイリーン、クラウド、ジェイコブ、ジェレミー、ジェラルド、アーウィン、ジャスパーがいる。そして、アロガン先生がいた。
「何謝っているんだ……シェリエル」
「シェリー! 起きないかと思ったよ! ごめん! 本当にごめんね!」
クラウドが呆れて笑みを溢すと、アイリーンが抱き付く。
「治癒をしたから大丈夫だと思うが、起きないから心配したぞ。シェリエル嬢」
アロガン先生が笑いかけた。
それより、この状況は何でしょう。
「なんだか心配をおかけしたようで、すみません」
「謝らないでよ! もう! 本当にごめんね!」
アイリーンがムギューとしてきた。身体が重いかと思えば、アイリーンの他に抱き付いている。掛けられた布団を捲れば、アルティがいた。
「守れなくてごめんなさい、シェリエル様」
「アルティ。私は大丈夫」
「またそう大丈夫って笑う! やめてよ!」
私は本当に大丈夫なのに。
アイリーンは怒った。
「ちょっとは怒ってよ! エミリーのことも!」
「……その、エミリー様はどちらに?」
私の問いに答えたのはアーウィン。
「いるよ。エミリー、おいで」
「……シェリエル様。ごめんなさい、わたしのせいで」
ひぃっと思ってしまった。条件反射だ。
エミリーの姿が目に入る。アーウィンに促されて、やっと謝罪の言葉をくれた。
アイリーンは「遅い!」と怒るけれど、それを宥める。
「私も不注意でしたわ。これからは気を付けてくださいませ」
「……はい」
反省した様子で俯くエミリー。
これからは火種を付けないでくださいませ。
「仲直りもすんだことだし、授業に出ろよ。試験が近い、しっかり勉強するんだ」
アロガン先生がパンパンと手を叩く。
私達は解散して、それぞれの授業に向かった。
ずっと、ひしっとアルティは私にしがみ付いたまま。よしよしとあやした。
それから暫く、アルティは周囲に気を配って私の護衛に努める。そんなアルティを眺めながら、試験に向けて勉強に励んだ。
まぁ、私がどんなに励んでも、上位にはエミリーの逆ハーレムが居座る。順位はなんだったかしら。
総合成績一位はクラウド。二位はジェラルド。これは僅差。
三位はジェレミー。四位はアーウィン。五位はジャスパーだ。
六位になれたら、上々だ。召喚獣はトリアだし、剣術の授業は、女子生徒の中ではトップ。
目指すは六位だ。それが私にとっての一位だ。
試験当日も、アルティは護衛を務めた。そんなアルティのそばで試験に集中する。筆記試験から剣術や召喚の試験を乗り越えた。
そして迎えた試験順位の発表。アルティと仲良く手を繋いで、アイリーンと廊下の壁に大きく張り出されたそれを見た。
私は驚愕してしまう。
何故かと言えば、順位が予想外だったからだ。
総合一位がーー……ジェレミー・ダンビルだった。
私はアイリーンを置いて、庭に出る。手を繋いだままのアルティは一緒。
「ジェレミー!」
私は呼んだ。きっとお気に入りの木の上にいると思った。
それは的中して、黒髪を靡かせる彼を上で見付ける。
「なぁに? オレ、また怒らせるようなことした?」
ご機嫌そうな笑みで、小首を傾げた。
「あれは何!?」
「あれはと言われても、わからないんだけれど」
「試験の総合順位! 何故あなたが一位なの!?」
問い詰めたら、ジェレミーは「ああ……」と漏らした。
「何って本気を出して、一位を獲った」
「シナリオではあなたは総合三位よ!」
「そうだっけ、そこまでは知らないや。でも一位が獲りたかったから獲った。じゃないとかっこがつかないからね」
ジェレミーが木の上から降りてきて、猫のように軽やかに着地する。
私より少し背の高いジェレミーと視線が合う。
「かっこつかない?」
「そう。かっこつけたかったんだよね。告白するから」
ジェレミーはそう言って、私を覗き込むようにして笑いかけてきた。それから、傅く。私の右手を取って。
「こく、はく?」
何をするのだと瞠目していれば、その右手に口付けされた。
「お慕いしております、シェリエル様」
「えっ?」
「君が好きです」
ジュワッと顔が熱くなる。唇が触れた箇所も熱を灯す。
「え? な、なんの悪戯?」
「悪戯じゃないぜ。多分、きっと一目惚れかな」
手を引っ込めたら、ジェレミーは猫のような笑みで見上げてきた。
「入学式の前日、本当は君を捜し出して話しかけた。だって、実は好みだったからなんだ。ゲームの頃から。それで、からかってみたり追いかけっこしてみたりして……あーオレって君が好きなんだなって思った」
「……」
「だから、試験で一位を獲ってかっこつけて告白。他の攻略対象者に奪われたくないから、先手必勝」
べーっと舌を出して見せる。
熱は耳の隅っこまで広がって、胸の中では心臓が高鳴っていた。
「オレと一緒にこの世界を……いや、この人生を楽しもう?」
「っ……!」
告白というより求婚。いくら実力主義な世界でも、貴族に告白をするということは結婚前提と言っても過言ではない。
それを理解した上の告白。
そして、想い。
ただ立ち尽くして胸を高鳴らせてしまう私の頭の上に、アルティは色とりどりの花を降らせた。精霊の祝福。私はただちにやめさせた。




