11 涙の理由。
行きたい場所に移動できる魔法陣を、ジャスパーが床に描く。
その陣の中に入って、グラキロの森へ移動する。
陣から光が上がるその瞬間、図書室の扉が開かれた。黒いローブを着たアロガン先生だ。
瞬きをすれば、アロガン先生の姿はなく図書室でもなかった。
どんよりと暗く、そして肌寒い森の中。
三メートルはある木はずっしりと太く、傘のように広々と枝を伸ばして、生い茂っていた。蔦も垂れ下がっていて、コケだらけ。不気味な森だ。
私はアルティを引き寄せた。アルティもギュッと私にしがみ付く。
「寒いな……ガット」
猫の姿の守護精霊が煙と現れて、ジェレミーの肩に乗った。
ジャスパーも二体の妖精の姿をした守護精霊を喚び出す。
守りは万全だ。
「グラキロの森……またの名を凍り付く森ですが……」
「凍ってはいないね。秋だからかな」
「そうね……霜は降っていますわ」
足元の落ち葉には、霜が降っていた。拾ってみては、地面に落とす。踏み出せば、シャキシャキと音が鳴った。
「おーい! アイガット!」
「……呼んだら来るの?」
「呼んでみなきゃ見付からないだろう」
そんな風に呼んで来るとは思えない。確かに広い森で見付け出すには呼んでみなくては、出てきてくれないかもしれない。
でも大人しく出てくれるだろうか。
主殺しの元召喚獣だ。出てきて何かするのではないだろうか。襲ってきたらどうしよう。
そればかりを考えてしまう。でも、主殺しは主の悪事を食い止めるためだったと聞いた。本当はそれほど危険な性格ではないかもしれない。そう願いたいものだ。
「アイガットさーん」
私も呼んでみる。
シャキシャキと落ち葉を踏みながら、一同で固まって進む。
「アルティ、寒くない? 大丈夫?」
「うん。ボクは平気」
「そっか、よかった」
手を繋いでいるとポカポカして気持ちがいい。アルティの日向の精霊の効果だろう。笑い合ったら、気が楽になった。
「しっ……何か聞こえた」
先頭のジェレミーが手を上げて、私達の歩みを止める。
私達は耳をすませた。何かが動いている音がする。
顔を上げてみれば、蛇らしき姿を見付けた。枝から枝へと長い体をズズッと動かす。それはただの蛇じゃない。大蛇だ。巨大な大蛇。身体だけ見えるが、それだけでも私達の身長を超えていた。幸い顔は見ない。私達を見ていなかった。尻尾を見せて、森の奥へと去っていく。
「ジェレミー、帰りましょう」
私はひしっとジェレミーのブレザーを掴んだ。もしも大蛇に見付かっていたら、私達は一飲みにされていたに違いない。
「楽しいじゃん」
ジェレミーはワクワクした様子だった。
だめだ。この人はお化け屋敷に入って、ひたすら笑っているタイプだ。前世は病弱だった彼が、お化け屋敷を経験したかどうかは定かではないが。
「……ジェレミーとシェリエル様は仲がよろしいのですね」
ジャスパーは純粋に思ったことを口にした。
そう言えば、さっきついジェレミーを呼び捨てにしてしまったし、タメ口を聞いてしまっている。まぁいいか。気にしないで。
「そんなことよりも帰りましょう」
「まだ来たばかりだぜ」
「ジャスパー様」
「大丈夫です、シェリエル様。アイガットを捜しましょう」
ジャスパーまでもが、先を進むと言う。
か・え・り・た・い。
こんな怖い森、嫌だ。
重い足を進めながら、一緒に行動をする。はぐれたくない。
「アイガットさん」
私は小声で呼んだ。
「それじゃ聞こえないって。アイガット!」
「他の生き物に聞こえてしまうでしょう!」
バカ! 私も大声を上げてしまった!
「本当、仲が良いんですね」
ジャスパーは感心したように、私とジェレミーを見る。
何故そこで感心するの!
「おーい、アイガット! 出てこーい」
「帰りましょうよ」
「昼休みはまだあるだろ」
私はやれやれと首を振る。
見付けるまで帰らないつもりなのか。
早く終われ、昼休み。
「アイガットー!」
ジェレミーが呼んだその時。ズシンッと重い音が聞こえてきた。それはどんどんと近付いてくる。私達は身構えた。
ズシン。ズシン。ズシンッ。
そして、ドーンと目の前に降ってきたのはーー巨大な黒い黒い蜘蛛だった。たくさんの目が、ギロリとしている。
ひいい! 怖い!
別に蜘蛛が嫌いというわけではないが、頭を一口で食べられてしまいそうなほど巨大だと流石に怖い。
「炎よ(フレイマ)!」
先に行動に出たのは、ジェレミーだった。炎を放つ。
しかし巨大蜘蛛はそれを打ち消した。
「アルティ!」
「ソーレ!!」
アルティに日光を出してもらい、目を眩ましてもらう。
巨大蜘蛛は、ジタバタとその場で足掻く。その隙に、私達はそれぞれ木の陰に隠れた。アルティを抱き締めて、息を潜める。
やがて、ジタバタする音は止んだ。
視界が戻ったであろう蜘蛛の気配が近付く。ドクドクと心臓が高鳴った。それが聞こえてしましそうで怖い。
ギュッとアルティを抱き締める。アルティの温かさを感じた。
じっとしていれば、大丈夫なはずだ。
そのうち、ズシンッと音が響いた。飛び跳ねながら、巨大蜘蛛は去ったみたいだ。力を抜く。
けれど、すぐに身体を強張らせた。目の前には、大蛇の顔があったからだ。
「ソーレ!」
すぐにアルティが目眩しをする。そうすれば、大蛇は顔を振った。その巨大な顔が、ぶつかって、私達は地面に転がる。
その瞬間、前世の死の直前を思い出す。横転する車の中に私はいた。そしてーー死んだ。
恐怖で地面に転がったまま凍り付いた。
顔を振りながら大蛇は近付く。私達の居場所なんて、わかっているかのようだった。
「”ーー激動を鳴らし、響かせ貫き砕け、聖なる雷ーー”!」
雷鳴が轟き、発光する。ソーレ並みの光で一瞬目が眩んだ。
目を押さえていれば、こんがり焼ける匂いが鼻に届く。
「おい、大丈夫か? シェリエル嬢」
「……アロガン先生?」
特徴的な低い声は、紛れもなくアロガン先生のもの。
顔を上げて目元から手を離してみれば、濡れていた。
涙だ。私は泣いている。
「シェリエル嬢……しっかりしろ」
「アロガン先生っ……うっ、ひくっ!」
私の身体を起こすアロガン先生にしがみ付いて、泣きじゃくってしまった。
「そんなに怖かったのか……ならなんでこんな森に来たんだ、全くバカだな」
呆れつつもアロガン先生は、私の背中をさする。
「よしよし。もう大丈夫だ」
アロガン先生の手は優しく、その腕も同じく私を抱き締めてくれた。その声も、安心させてくれる。
甘いコロンの香りに包まれた。落ち着く香りだ。
ガクガクと震えてしまう身体が、次第に落ち着いてきた。
「……すみません……アロガン先生。もう、平気です」
「本当か? 無理するな。綺麗な顔が台無しだぜ」
涙を拭って顔を上げれば、アロガン先生は笑いかけて、軽く頬を撫でる。とても甘い笑みだったけれど、笑わせてくれた。
「笑っていろ」
そう言って、頭を撫でられる。
うわ。シナリオでは主人公がよく赤面させられたもの。大人の男性に頭を撫でられるって、こんなにも恥ずかしいとは。いや正しくは、照れる。
アロガン先生は、首を傾げた。
「何、可愛い顔をしてるんだ」
おかしそうに微笑む。
やだ。見ないで。泣いたあとの赤い顔なんて。
私は頬を押さえて顔を背ける。その先にジェレミーとジャスパーがいた。
ひいい! 泣きじゃくっているところを見られた!
「シェリエル様っ」
立ち上がるとアルティが抱き着いた。
「私は大丈夫よ、アルティ」
「うん……」
大丈夫と込めて、髪を撫で付ける。アルティは私を心配そうに見上げた。
「さて、帰るぞ」
アロガン先生が指を鳴らすと、足元に移動魔法陣を出す。
ジェレミーとジャスパーが入れば、場所は変わって図書室Bに戻っていた。
「なんで、危険なグラキロの森に行った? 主殺しの元召喚獣に会いにか? 何を考えているんだ! 怪我どころじゃすまなかったぞ」
机の上に置いてあった本を突き付けて、アロガン先生は説教を始める。その通りだ。
「言い出したのは、誰だ?」
「僕です、アロガン先生」
「でも唆して先導したのは、ジェレミーです」
「え、責任転換? ずるいなー」
白状するジャスパーに代わって、私はジェレミーも悪いのだと進言する。
「言っとくが、行った全員が悪いぞ」
「……はい、わかっています」
反省していますと、態度で示す。
処罰として反省文を書かされることになった。それだけですんで、ラッキーだ。アロガン先生もそう言った。
「二度と、主殺しのアイガットに会いにグラキロの森に行こうとするな。次は謹慎処分にするぞ」
「はい、先生」
「わかりました」
「肝に命じます」
きつく釘をさして、アロガン先生は一冊の本を手に図書室を出ようとする。けれども、振り返った。
「それと、シェリエル嬢。泣き顔も赤い顔も、晒すなよ」
ウインクして去る。
私はまた真っ赤になってしまう。
ジェレミーは、お腹を抱えて笑った。
「本当にすみませんでした。シェリエル様」
「でもアロガン先生が来なくともオレ達で助けられたぜ。あんなに泣かなくてもよかったのに」
申し訳なさそうにするジャスパーが見つめてくる。
反対に反省の色を見せないジェレミーは、頭の後ろに腕を組んだ。そんな彼に詰め寄った。
「あなたのおかげで、前世の死を思い出したのよ!」
ジャスパーに聞こえないように小声で怒鳴る。
「……それは、ごめん」
驚いた顔でジェレミーは、やっと反省した声で謝った。
「本当に怖かったんだから……。アイガットのことはもう忘れましょう。どの棚にあったのですか? この本」
「あ、あの本棚です」
私はアイガットの本を元の場所に戻す。
「ごめん、シェリエル」
「……わかったわ、謝罪は受け入れる」
「うん……」
ジェレミーが気にしてくれている。そこまでしなくともいい。もうすんだことだ。一頻り、泣いて治った。
「僕も言い出してすみませんでした、シェリエル様」
「ジャスパー様も、もういいですわ。危険なことはしないでくださいね」
「はい」
ジャスパーも謝ってくれる。もう危険な森に行かないでくれれば、それでいい。
私はアルティと図書室をあとにして、教室に戻ろうとした。
そこで、アルティがクイクイと手を引っ張る。
「シェリエル様。どうしてあんなに泣いたの?」
「それは……怖かったから」
「ただ怖かっただけじゃないでしょう?」
「……」
見抜いていた。尋常じゃない泣きっぷりだったのだろう。
「……わかったわ、話すわ」
私は廊下でしゃがみ、アルティと視線の高さを合わせた。
そうして、前世の記憶を思い出したことを打ち明ける。
入学式の前日、ジェレミーと話して思い出したこと。ジェレミーも魔法で前世を思い出したこと。それからーー乙女ゲーム『シャルルーン学園〜恋の魔法〜』のことも。
私はそのゲームでは悪役令嬢だってことも、隠さずに話す。
「そうなんだ」
アルティは日向のような笑顔で、納得してくれた。
Twitterで票が多かったアロガン先生の絡み!
そして次が最終話! と言ったのですが、
もう一話追加するかもしれません。
20171015




