6 ピグマリオン
人形師は、作ろうとした。
偶然の幸運で、牛車の内に、ちらりとだけ覗いた高貴なる姫君。
鈴を鳴らすような愛らしい声を、一度だけ耳にした。
けして己が手には入らない、その姿。
せめて人形であっても、己の傍に。
しかし、その思いの丈をつぎ込もうとするほどに、あれほど思うがままに作れたはずの人形が、一向に作れなくなった。
作っても作っても、姫君の麗しさにはかなわぬような気がした。
それまでは、どのような美も、この手にかかれば再現出来ると考えておったのに。
そんなものは、自惚れでしかないと自覚せざるを得なかった。
次から次へと人形を作っては、投げ壊し。
作っては壊し。
後に残るは、腕が欠け、脚が欠け、頭の欠けた毀れた人形ばかり。
ある日、山と積まれた壊れた人形たちは集まって、この先のことを話し合った。
「何故壊すのか」
「何故壊すのか」
「このような姿になってしまえば、主を持つことも出来ぬ」
「何故壊すのか」
「我らのような出来損ないが増えてゆくことは、看過できぬ」
「人形師をこのままにしておくことは出来ぬ」
話し合いの末、今宵の夜半、人形師の眠りが深まった頃に、皆でその口を塞いで息の根を止めることと決まった。
たった1つ。
一番最初に作られた指先の欠けた人形だけが、人形師を救おうと考えた。
夜半になり、仕事場の卓に肘を預けて、夢に落ちるように眠る人形師に、人形たちはわらわらと取り付く。
欠けた手足で人形師の身体を押さえ、その口へ布を押し込んだ。
一番目の人形だけが、人形師の肩へと這い上がり耳元で囁いて、彼を夢から引き戻した。
「起きてください」
「起きてください、愛し夫の君よ」
「起きてください」
その声は人形師がただ一度だけ聞いた、姫君の声に良く似ていた。
飛び起きた人形師の身体から、毀れた人形たちが土間へ落ち、真っ二つに割れた。
一番目の人形もともに転げ落ち、他の人形たちとともに粉々になった。
人形師は、割れて綯い交ぜになった人形たちの破片を集めて粉に戻し、その粉から最後の人形を作った。
それを最後に、人形師は人形作りを止めた。
最後の人形の姿を見た者は、誰もいない。
あら? ごめんなさい。
私、自分がどこにいるのか分からないわ。
「分からなくても良いよ。それを知ることは必須じゃないんだ」
でも私は、自分がこの先どうなるか、知らなきゃいけないんでしょう?
「君はただ見るだけで良い」
そうなの? それなら良いけど。
それにしても、こうして死んでしまえるなんて、羨ましいわ。
「どちらが?」
どちらもよ。だって、私の望みは……