4 花
僕が作ったアクセサリを、美しいと言ってくれる人がいれば、それで良いんだ。
1つ1つの作品に、その時の感情を閉じ込める。
美しいもの。愛らしいもの。感動したもの。
1日だって同じ日は来ない。
だけど何年もかけて、身体に覚えさせた。素材の取り扱い方。
どんな日でも、自分の思い通りのものが作れるように。
それを、美しいと言ってくれる人がいれば、それで。
僕にとっては、それで。
アクセサリ職人、デザイナー……なんていうと、女の子は最初は、僕に興味を持ってくれるみたいだ。
だけどすぐに、まるでアクセサリと(だけ)会話してるみたいね、って言って、向こうからさよならを言われちゃう。
でも、それも仕方ないかなって。
人間として面白くないんだろうね、僕。
そんな僕だから、作ることは出来ても、売るのは苦手。
だから、いつもお店の表は、売り子さんにお任せしてたんだ。
ある日、今までお願いしてた売り子さんが結婚して引っ越すことになった。
慌てて新しい人を募集したら、幸い、すぐに来れる人が見つかった。
新しく雇った売り子さんは、とっても良い子だった。
可愛い人。美人だけど、表情がくるくる変わって、何だか愛嬌があって。
人のこと良く見てて、常連さんの名前をすぐ憶えてくれる。
1人1人に声をかけて……「昨日の旦那さんとのケンカ、仲直り出来ましたか」とか。
「先週ケガしたネコちゃん、元気になりましたか」なんて。
全部覚えてるんだ、すごいね。きっと人に対して興味を持ってるんだ。
僕に対して――こんなつまらない僕に対してだって、毎日。
「昨日新しく買った材料の具合はどうですか」「こういういい天気の日は、公園でランチをとってること、知ってますよ」なんて。
何て素敵な人なんだろう。
愛らしくて、華やかで、皆の目を引く。
まるで、大輪の薔薇のような人。
彼女が来てから、お客さんが増えた。
あんまり気にしてる訳じゃないけど、売り上げも倍以上になった。
売り物が変わった訳じゃない。
ただ、彼女が売ってくれてるだけ。
「今日も君のおかげでたくさん売れたよ、ありがとう」
「私なんか。店長さんのアクセサリが美しいからですよ!」
彼女が目の前にいない時でも。
いつの間にか、僕は彼女のことを考える日が多くなった。
僕はただ。
僕のアクセサリを美しいと言ってくれる人がいれば、それだけで。
「店長の作ったもの、本当に綺麗ですよね。毎日眺めてても飽きないです」
僕なんか、つまらない人間で。
「店長ってすごいですね。こうして毎日目指すとおりのものが作れるなんて」
人間としての魅力なんて、何もなくて。
「店長のこと、私、尊敬してます……」
僕は。
ただ。
「店長、どうしたんですか、これ……?」
「いや、あの……通りがかった花屋で、その……キレイだったから。店員さんに……女性がいる職場なら、お花ぐらいって……勧め、られて」
買ってきた花を花瓶に生けながら、しどろもどろに答えた。
「そうでしたか。店長がお花を買ってくるの、珍しいですね、でも確かにキレイです。私、薔薇って大好きです」
紅い花びらに、そっと近付けられた、彼女の。
少し厚めの、ピンク色の。
唇。
「――あの!」
「え!? は、はい!?」
焦るあまり、大声になってしまったから。
慌てて、誤魔化すように、生けたばかりの花を一本、引き抜いた。
「あの、これを――」
「は、はい……?」
差し出しながら、頭の中、言おうと思っていた言葉を繰り返す。
薔薇のような、あなた。
あなたのような、この薔薇を――どうか。
「これを――」
「はい……」
彼女の唇が、僕の言葉を待って、少し開いたまま震えている。
そのピンク色の唇を、こんな間近で見たのは。
初めて――
「――これを、どうか持って帰ってください」
「うわぁ、良いんですか? ありがとうございます!」
笑顔でお礼を言う彼女は、まさしく大輪の薔薇だった。
僕は。
ただ、それだけで。
君が、好きだ。
ただ、それだけで。
半年後、彼女は売り子をやめた。
もっとお給料の高い店を見つけた、と言って。
新しい売り子を雇った。
店の売り上げは半分に戻った。
今まで通りだ。
特に変わりはない。
彼女が来る前に戻っただけだ。
変わりは、ない。
――いや、1つ変わったことがある。
それは、僕の。
僕の部屋に、花を生けるようになったことだ。
まるで薔薇のような。
少し厚めのピンク色の花弁を持つその花は、すごく華やかで。
何も喋らなくても、ただその色と、愛らしい笑顔が――
これを作るために、大量の樹脂を使った。
それに、大量の試作品を事前に――こんなモチーフは、初めてだったから。
失敗が許されない1点物でもあったし。
部屋に帰れば、花が出迎えてくれる。
……今まで通りだ。
だけど、たった1つ残念なことは、誰にもこの花を見せられなくて。
だから、誰からも美しいとは言ってもらえないことだ。
僕の作ったものを、美しいと誰かが言ってくれれば、それだけで良いんだけど。
……結局、誰かに、見せたのかしら。
「こういうのはさ、見せた時のことを想像しておくだけってのが、幸せの秘訣なんだよ。自分が一番大切にしてるものって、他人から見ると、案外どうでも良いものだったりするんだよね」
あら、ずいぶん饒舌ね。
それは経験を踏まえてのお話?
「……さあね。あ、ちなみに君は」
樹脂の中の花なんでしょ、もうそろそろ予測出来てるわ。
何なのかしら。本当に。