3 サイレン
そんなのは簡単なこと。
あなたのためなら、惜しくないわ。
凛と太い眉から流れる、通った鼻筋。
節くれだった長い指先。
広い肩から繋がった逞しい腰のライン。
どれも失われてしまわないように。
夜の砂浜は月に照らされて輝くの。
白い光に浮かび上がる、あなた、ほら何て綺麗。
だけどだけどでも、頭の中、鳴り響く警鐘。
本当に良いのかしら。
あなた、嫌がらないかしら。
こうして眠っているあなたの、唇をそっと盗む。
掠めるだけの口づけを、あなた、気付いてしまわないかしら。
さっき会ったばかりの私に。
沈没する船から救われたのであっても。
あなたはそんなこと知らないもの。
あなたは私の顔も知らないもの……。
少しずつ、冷たくなっていく身体。
折れたマストで抉られた2つの肌色の尾びれから、生命の水が失われていく。
急がなきゃ。水に浮かぶようになってからじゃ遅いの。
頭の中、鳴り響くサイレン。
無視して、あなたに口付ける。
噛み切った私の舌から、とろりと流れる赤い水を。
ねぇ、あなた、飲み下して。
ああ、時々聞くものね、こういう話。
「僕はそんなには知らないけどね……」
でもほら、やっぱり私の魂はこっちにあるんでしょう。王子の方……。
ねえ。こういうの、何て呼ぶの? 八百王子?
「さあね。ちなみに不死化する前に失われた身体は戻らないらしいよ」
え? またこのパターンってこと……?