2 ロートケップヒェン
助けてくれたのは、幼なじみの狩人でした。
森の魔女の小屋の中。
ぱちぱちと弾ける暖炉の火。
わたしの柔肌に食い込む狼の爪。
首筋に吹きかけられる湿った熱い息を。
止めたのは、松明の赤い炎と、空を切る黒い銃弾でした。
真上から、ぼとぼととわたしの頬に血が滴り落ちてくる。
湧き出る血液と甲高い悲鳴。
毛だらけの身体が私の上に伏せるように、狼の息の根は止まりました。
お洋服を着ていなくて良かったわ。
生臭い温みにまみれたわたし。
恐る恐る手を伸ばしてきた狩人には、どう見えたの。
頭から血を浴びて、まるで赤い帽子をかぶっているように見えたかしら。
裸の腹を撫でる手は震えていて、少しくすぐったいくらい。
血だまりの中、わたしは彼と愛し合いました。
全てが終わった後、くすくす笑い合いながら、表の井戸で一緒に血と汗を流します。
綺麗になった身体を存分に抱き締め合ってから。
透き通る冷たい水の中へ、石を抱かせた狼を沈めました。
きらきらと泡を浮かばせながら沈んでいく狼を見て、わたしたちはどちらからともなく口吻を交わすのでした。
その日から森の魔女の小屋は、わたしたちの秘密の花園になりました。
朝な夕な、こっそりと屋敷を抜け出る娘を、両親は気付いていたのでしょうけれど。
わたしに甘い父が、叱るわけもないのです。
堂々と、そしてひそやかに。
何度も何度も、逢瀬を重ねました。
わたしを心配した父が、人をやって2人の秘密を暴くまで。
結局わたしたちを引き裂いたのは、父でも、逢引の事実でもなかったの。
井戸の中からあがってきたモノ。
森の魔女と呼ばれた老婆の死体。
腸の中に、何故か狩人の銃弾を飲み込んでいました。
魔女殺しを疑われた狩人は、領主の裁きで火炙りと決まりました。
街の広場に引き出される彼の姿、わたしは静かに広場の隅、見守っていました。
絶望した彼の瞳が、わたしの眼を捉えて、一度だけ。
微笑むように緩みました。
燃え盛る炎の中、彼は熱さにのたうち回りながら、焼け落ちる手足に泣き叫びました。
狩人の命が炭になって落ちる時、わたしは懐から小瓶を取り出しました。
灰の隙間、まだ燻る黒い塊の奥。
光る輝きがひらひらと空へ飛び立ちます。
まるで蛍のような、その頼りない光を、わたしはそっと小瓶へ落とします。
蓋を閉めて、閉じ込めてしまったの。
あなたの魂。
ずっとずっと、わたしのもの。
まあ、白々しい。
老婆が毛皮を纏ってたって、下から覗けば、きっと分かるに違いないわ。
そもそも魂を閉じ込める小瓶なんて、誰から手に入れたんだか。
不思議なモノは不思議な力を持つヒトに頼らざるを得ないわよね。
身体でつって、必要なモノを手に入れたらポイなの。
「森の魔女のことを言ってるの? つまり、最初から仕組まれてたって?」
違うかしら。
欲しかったんでしょう、彼の魂が。
殺したいほどに。
自分のこととは言え、浅ましいヒト。
「……ちなみに、あの小瓶に入ってるのが、君の魂なんだけどね」