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ドッペルゲンガーの綱渡り  作者: 玉木玉根木
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魔道士の言葉


部屋は思ったよりも真っ暗で、物や家具も置いてある気配がなかった。

真っ暗な部屋の奥で、女性が一人立ってこちらを睨みつけている。


「おとといぶりね」


暗い室内で見ても、ミルクのようなまっ白な肌の彼女は、神秘的な透明感を放っていた。


「やあシノノメ。俺に何か用かな」


カツカツ、とゆっくり歩いてきて部屋の中央に立つ彼女は町で見かけた時と同じローブを纏っている。


「回りくどいことは嫌いなの。さっさと始めるわ」


そういうとバババババ!と一斉に等間隔で並んだ蝋燭に火がともり、おかげで部屋全体に所狭しと魔方陣が描かれていることに気が付いた。


「!?っ何を?」

「“汝、其の身に給う御力、今直ぐ解き放て”」


シノノメが手をかざすと、自分の体から力が根こそぎ持って行かれる間隔を覚えた。

なんだこれ、なんだこれ!怖い、怖い。


「っあああ、」


いつも魔法を解く時は真正面から強い風が吹き抜けるような感覚なのだ。

でもこれは、力が蒸発していくように、じわりじわりと力を吸い取られていくようだ。

必死で手繰り寄せてもすり抜けていく、自分の力が誰かに奪い取られるような、本能が悲鳴を上げる恐怖以外の何物でもなかった。


「……驚いた。あなたまだ子供じゃない」


やはり、ばれていたんだ。私が魔法を使って姿を偽っていたことが。


「しかも…性別も違うのね」


自分の掌を見れば、小さくふくふくとしたものに戻っていた。服はいつもの寝間着のようだ。


「さて、尋問するわよ。ハル。貴方の名前は?」


地面にへたり込んだ私に視線を合わせるようにシノノメも腰を下ろす。

奥の方で執事か部下の人だろうか、面長の男性が目をぎょっと見開いてシノノメをじろじろと見つめていた。


「…ハルシア、カトゥリゲス」

「は?…これまた驚いたわね。1年と6月と10日も行方不明の子爵令嬢じゃない」

「しかもカトゥリゲス殿のご子息にここまでの誘導を命じましたよ」

「ディーク。貴方知っていたの?」

「いいえ。本当の偶然ですが、自分凄えなと感心致しました」

「そう。じゃあもう黙って」


シノノメが酷く嫌そうな顔をして後ろに控えていた執事さんらしきディークさんに睨みを利かせる。


「ハルシア・カトゥリゲス嬢、あなたには聞きたいことがいくつもあるの。まず一つ、なぜその若さで実邸を飛び出したのか。いきさつを教えてもらえるかしら」


じっと真っ直ぐ見つめられ、少したじろぐが、ここで嘘が通用する人間でもないだろうし、嘘をつく気などない。ここは素直に本当のことを話すしかないだろう。




それから私、ハルシアは、7歳の頃命を救ってくれた男性に憧れたこと、いつかあの時のお礼を言いたくて、恋焦がれていたこと。

ある日町で怪しい男性とぶつかった時に本の切れ端のようなものを拾い、そこに書かれていた魔法を練習を重ねて習得したこと。

その男性に会いたいが為に、その魔法を利用して探す旅に出たこと。

1年半も探し続けるが一向に見つからないこと…。

一通り聞いて、シノノメは「なるほどね、だいたいわかったわ」とうなずいた。


「なら、もう一つ。この本に見覚えは?」

「それは?」

「ないのね?」

「うん」


その本は、カバーは動物の皮みたいなものでできており、細く緻密な魔方陣がこれまた所せましに刻まれていた。とても重要なものなのだろうと、聞かずともわかる。


「…なるほど。嘘偽りはないようね。可哀そうに」

「…?」

「とにかく、あなた今後その姿に変身するのはおやめなさい」

「えっどうして?」

「あまりあなたには教えたくないのだけれど。仕方ないわ。…これは、第一級魔法よりも強大な極大魔法が標されている知られざる国宝なの。貴方が男とぶつかった時に拾ったのは、68ページに記された、鏡の魔法。変化の魔法。禁術の一つ」


続きを聞かずともわかる。これはかなりまずい話だ。


「禁術なんて聞いたことがないでしょう。この国でも知っている者は数えるほどしかいないもの。禁術はなぜ禁じられているかというと、代価として発動者の魂を喰らうものだから。それぞれ禁術によるけど、この変化の魔法は幸いなことに一番代価が少ないわ。一度発動するたびに10日間寿命が縮む。聞けばあなた、1年6か月も使い続けたようね?知らなかったとはいえ本当に馬鹿だわ。知らず知らずに16年も寿命を短くしていたのよ」


シノノメはため息とともに自分の髪を耳に掛ける。


「しかも1日に何度も魔法を使う時があったのではないかしら?性別が違うのだもの、不都合な時に解いたり、また発動したり…わかるかしら、あなた、あと何年生きられるの?」


ドッドッ、と体中から嫌な汗が噴き出す。


「とにかく、今後は一切魔法を使わないこと。悪意もなく知らなかったとはいえこの国の禁術の一つを酷使したんだからばれたら極刑は免れないわ」

「そん、な」

「運良くも気づいたのが私だけで良かったわね。私なら、その事実を隠蔽することができる」

「…シノノメ様、それは」

「ディーク、黙っていろと言ったはずよ。…その方の姿はあまりにも危険すぎる。1年半も良く無事だったわね」

「えっこの方を知っているの?!」

「ええ。当たり前じゃない。有名すぎるほどだわ。ゆえに危険すぎる」


探し続けて、ようやく、ようやくだ。彼に繋がる細い糸をようやく手繰り寄せることができたのだ。


「お願い教えて、シノノメ。彼はどこにいるの?名前は国は?一体誰なの!」


必死にシノノメの手を両手で握りしめる。この思いが少しでも伝わるように。


「…あなたは強い。ちょっとやそっとつついただけじゃ折れたりくじけないとわかっている。私は隠し事をもっとも嫌うのだけれど、あなたにだけはこれを伝えるにはあまりにも酷だわ」


?それは一体どういうことだろう。

でも、私は引く気はさらさらない。


「私はもう7年ほど前、命を救っていただいた名前も知らないこの男性を探してずっと一人で旅をしてきた。彼の姿で旅をすればいつか彼を知っている人に会えるんじゃないかと思って」


シノノメの華奢で細く流れるような可憐な手を、私は祈るように胸の前で握りしめる。


「おねがい。なんでもいいの。この人がどんなに悪人でも私を助けてくれたのは真実だし、あの時の掌の感覚が忘れられなくて、あの時のお礼を一言でも良いから伝えたくて愛するあの家を出たの。お願い、彼だけが私の支えなの」


シノノメのアメジストの瞳が大きく揺らぐ。兄はシノノメのことを悪の化身とばかりに言っていたけれど、やっぱりそんなことない。

彼女はとても優しいのだ。


「……彼はドゥーヤ国第二王子ゼトラス・フォン・ドゥーヤ。豪放磊落で部下からの信用も厚い。5年前のプラナリアとの国境争いで命を落としたわ」








「禁術についてあんなに詳しく聞いたのは初めてです。まさか代価を伴うとは」


いつになく素直に感心したと言わんばかりにディークが話してくる。


「ああ。あれは嘘よ」

「…なんですと」

「あながちウソでもないけれど、禁術は周りにあらゆる災いをもたらす恐れがあるから念のために、ということで禁じられているの。魔法を酷使して死に至る人間は、ただ自分の魔力が底を尽きて命が尽きる。魔力は生まれた時から各個人で与えられた量が全く違う。使いすぎれば死ぬ。極大魔法でも三級魔法でも同じことよ」


実は、魔法の使いすぎによる死は過労死となんら変わらない。


「ただ、あの子の持つ魔力量はそこまでだから、毎日使い続けるなんて以ての外ね。自殺行為すぎる。でも、あの子は恋に盲目のようだから、使いすぎは危険だと柔らかく言われるよりも余命宣告された方が危機感を持って魔法を制するでしょう」

「…ではあんなに堂々と自信たっぷりと嘘をついていたのですね。さすがですお嬢様。凄まじい図々しさです」

「ディーク、あなた本当に執事向いてないわよ」

「しかしよろしかったのですか?あんな口約束をしてしまって」


真実を告げた後のハルは、それはもう目も当てられないほどであった。

あんないたいけな少女をそのまま何もせずに帰らせることなど流石のシノノメでもできなかった。

彼女はあんな綱渡りのような生活をし続けてきたのだ、唯一の支えであり目標、そして夢でもあった憧れの存在を突然失って正気でいられるわけがない。

そして彼女自身が招いた今の環境で今更肉親である兄に泣きすがることもできないだろう。

そこでシノノメは、彼女の罪を隠蔽抹消し、己のもとで働くことを提案した。

そして今世話になっているところを出るべく、シノノメの魔力を貸して今一度ゼトラスの姿にして送り出したのだった。


「口約束なんかじゃないわ。私は本気よ」

「でも魔力も秀でていないんでしょう。お嬢様にしては珍しすぎる温情だけでは、あの娘に使い道は見出せませんよ」

「ディーク。あなたそろそろ荷物をまとめて城を出る準備をしておきなさいね」

「私を毎日10回は追い出すと脅迫しておきながらこの20年、追い出されたことが無いのであなたの優しさは俺が一番理解しているつもりです。だからこそ、同情だけで捨て猫を拾い集めるような癖が出来ては困るのです」

「ディーク。あの子はきっと役に立つわ。凡人以下の魔力しか秘めていないのに、禁術の中でも最も複雑で難解な鏡の魔法をたった12歳で習得したのよ?私だって成し告げられなかったことだわ」


あの子はとても器用みたいね。


「…もう何を言っても決定事項のようですね」

「そうよ。理解が遅いわよ。しっかり働いてちょうだい」

「では、仰せの通りに、明日彼女が再び登城するまでに子供用の魔道士のローブを手配いたします」

「あら、誰がローブを用意しろと言ったのかしら」

「は?では」

「子供用の侍女の制服を用意しなさい」




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