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第六話『学校の怪談(中)』

 電気の消えた部屋の中、目の前にある事務机の上には、先ほど買ってきて、お湯を注がれた状態のカップラーメンが食欲をそそる香りを放っている。時刻は午後九時少し前といったところ。晩飯を食べていないので、今はカップラーメンの匂いだけで辛い。

 ラーメンが出来るまでの時間を耐える為に、辺りを見渡すと、と言っても暗くてよくは見えないが、そこら中に棚や事務机があり、それらには雑多な紙片やら写真やらが散らばっている。さすが新聞部の部室、といったところか。

 ああ、それにしても、どうして、こんなことになってしまったのだろう。錆付いたパイプ椅子の上で考えると、自然と結論に目が行く。そう、考えるまでもない元凶、俺から少し離れた位置で、懐中電灯で部屋を少し照らしながらパンを貪っている少女こと、千寿瑞希だった。

「……なぁ、こんな時間まで学校にいて、見つかったら面倒じゃねーか?」

 なんとか、これからの面倒事を取りやめにさせようと、無駄だとわかっている、何度目かもわからない抵抗を試みる。

 俺が、こんな時間まで学校に残っているのも、新聞部部室なんていうよくわからないところで、空腹で待機させられているのも、全てこいつのせいなのだから、こいつさえ、こいつさえ何とかなればっ……!

「ふふふ、甘く見てもらっちゃあ、困りますな! この私の入手した情報によりますとー」

「……よりますとー?」

 パンを片手に、嫌な笑みを浮かべた瑞希が、定番のタメを使いながら、語り出した。あー、地雷踏んだっぽいなぁ。逃げる理由が、減っていく……

「今晩の警備は、非常にぬるゲー仕様になっているっ!」

 ぬるゲー……? 意味はなんとなくわかるけど、何語だよ……

「……なんでだよ?」

「知らない。校長と警備の人が話してるの聞いただけだもん」

「……ふーん」

 普通に盗聴の疑いがあるな、こいつ。それにしても、警備を強化する理由ならわかるが、ゆるくするってのは、なんでなんだろうなぁ。何か、あるんだろうか。

「……タツキチ、自分で聞いといてどうでも良さそうだね」

「まあ、な。停学とかくらわなけりゃ、なんでもいいや」

 瑞希のジト目のにらみつける攻撃をスルーして、カップラーメンの蓋をあける。そろそろ三分たっただろう。やっと晩飯にありつける。

 割り箸を取り、熱々の麺に息を吹きかけながら、一気に食べる。

「あー……超うめぇ……」

「タチキチ、それ食べ終わったら、そろそろ行くからねー」

「いふっへ、ほほひ?」

「いや、どこって、さっき言ったじゃん。最初は、生物実験室だよ。動く人体模型と骨格標本の謎を確かめに!いざ!」

 うわーお、超ダルイ。そんなの、どこの学校にもあるくらいだし、ガセだろ……

「……鍵とか、どうするんだよ」

「ふっふっふ、どうやら、この私の磨き抜かれたピッキング技術を、披露するときが来たようねっ!」

 来ちゃダメだろ。てか、もっと他の技術磨けよ、そんな暇があるなら。それ以前に、

「……普通に、犯罪じゃねーか。通報するぞ?」

「してみれば? そしたら私も、あんたに襲われたって通報してやるんだから。制服とか自分で引き裂いて、痣とか自分で作っちゃったりなんかしてさ。さぁ、どっちが信用されるかなー?」

「……ぐっ、卑怯だぞ。俺のことを性犯罪者にする気か……」

 犯してもない罪で、性犯罪者扱いされるのは真っ平だ。普段から不良扱いされて困ってるというのに、余計に嫌な視線で見られること間違いなしだ。

「そゆこと。それが嫌なら、黙ってることねっ! ……てゆーか、私と二人で校内探検するの、そんなに嫌、なの?」

 後半、なぜか語気が弱まった瑞希は、少し寂しそうな顔で、俺の表情を伺ってくる。その見慣れなさと、意外な可愛さに少し、ドキッとする。

 こいつも、普段からこんな表情と殊勝な態度を、もうちょい出してくれればいいのに。そんな風に考えていたら、先ほどまでのやり取りのような、普段の瑞希が、非常に残念に思えてきた…… こいつの性格、マジ悔やまれるな。

「あー……、露骨に嫌そうな顔してるし。傷つくわー。…………夜の学校で女の子と二人で嬉しくないって、やっぱホモなのかなぁ。それとも私の魅力が……?」

 瑞希は、瑞希の性格を悔やんでいる俺の表情を見て、何かを勝手に勘違いしたようだった。それにしても、最後ボソボソッと何か言ってたが、聞き取れなかったな。

「最後、なんだって?」

「な、なんでもないっ!」

 どうせ、ロクなことじゃないだろうし、まあいいか。

「そうかい。ところでよ、食い終わったぜ、ラーメン」

 時計を見れば、大体九時くらい。カップラーメンなど、四、五分で食べてしまえるものな。スープまで飲み干した空の容器を、机の上に置く。

「おっけー、じゃあ、出発といきましょーか! いざ生物実験室へ!」

「……はいはい」

 性犯罪者にも、ホモにもされたくないので、渋々重い腰をあげ、部室を後にする。さ、あと俺に出来るのは、何も出ないで、サクっと終わってくれることを、祈るばかりだな。


 ***


「ごめーん、まったぁ?」

「ああ、五分ほどの遅刻だね。約十五分、待たせてもらったよ」

 代場高校の正門の前。時刻は九時五分ほど。茶髪に染めた活発そうな女子生徒が、僕の方に駆けてくる。日中にも会った、一度家に帰った僕達図書委員を再度呼び出した張本人、不動アカナさんだ。

 彼女には、自分から言い出したときは、だいたい決まって遅刻をする、というわけのわからない迷惑な癖がある。

「そこは、いや今来たとこだよ、って優しく言うところじゃない?」

「……僕は割りと疲れているんだ。君の冗談に付き合えなくても、勘弁して欲しい」

「いやー、うん。ごめんね、遅れて」

「いや、別にいいさ。大して待ったわけじゃないから」

 実際、たかが五分くらいだ。僕以外の二人も気にしてはいないだろう。二度も謝ってもらって、二度目は割りと申し訳なさそうだったのだから、こちらのが悪いことをした気になってくる。

「委員長、こんばんはッス」

「不動さん、こんばんわー」

「こんばんわー。いやー遅れて申し訳ない」

 不動さんは、僕の後ろにいた二人に挨拶されると、そちらの方に行って、頭を下げていた。言わずもがな、図書委員の歩擲楓賢と、ラガージャ・アイゼンだ。

「別にいいよー」

「五分くらい、そんな気にしねぇッスよ」

 やはり、二人も気にした様子ではなかった。これは、そんな几帳面で神経質な人には、図書委員は勤まらない、ということでもあるな。あの司書の先生だし。

「それじゃ、遅れてしまいましたが、幽霊退治行ってみよー!」

「おー!」

 返事をしたのは、実際に除霊をする担当ではない、アイゼンだけだった。なんだろう、このテンションの差は。

「ノリが悪い! もっかい行くよ、幽霊退治、ゴー!」

「おー!」「「お、おー……」」

 なんだろう、凄くは恥ずかしい。これは、なんのイベントなのだろう。

「うーん……まー、孔雀と歩擲だし、しょうがないか。じゃあ私らの昇降口に近い体育館から行くよ」

 そう言って、不動さんは校門を潜って中へ入っていった。横には、夜でも元気なアイゼンが並んで歩く。僕と歩擲は、その後ろ。

「……なんで、こう、みんな元気なんだろうな」

「夜の学校って、テンション上がらないッスか」

「まさか、歩擲もか?」

 普段、比較的寡黙で、激しい感情の起伏を見せない歩擲だけあって、その発言は非常に意外だった。

「まあ、少しは、面白そうかな、って思ったッスね」

「そうか。そうすると、この状況を楽しめない僕の方が、少しおかしいのか」

 うーん、自分と同意見だと思っていた歩擲の、まさかの向こう側宣言で、少し凹んできたぞ。

「そんなに気にする必要ないと思うッスよ。ここまできたら、楽しむか、何も出ないことを、祈るしかないんスから」

「それもそう、だな」

 深く気にしたって、しょうがない問題というのは、多々ある。霊能関係では、特にそれが多い気がする。

 視線の先の二人が、暗闇に開いた穴のような昇降口に入っていく。奥の闇は、今晩何かしらの騒ぎが起きることを予言しているかの如く、不気味に感じられた。本当に、祈るしかないな、何も出ませんように。


 ***


 昼間、私を呼び出したゼロさんに、今晩から特訓を開始する、と言われたけれど、その後特にゼロさんから連絡はなかった。連絡が無いので、普通に家に帰り、ご飯を食べて、部屋でダラダラとしている。時間は、大体九時くらいか。外も、もう真っ暗だ。

 蛍光灯の明かりに照らされた、物の少ない部屋。それが私の部屋だ。ベッドと勉強机と、中身の少ないクローゼット、後は中身の少ない本棚くらいしかない、物はない。

 私の家は、学校から三十分程歩いたところにあるマンションで、両親と三人で暮している。兄弟はいないから。

 三人暮らしと言っても、共働きの両親の帰りは遅いから、自分でご飯を作って、一人で食べるのが日課だ。

 さて、どうしようかな。何もすることが無いし、寝るかな。そう考えて、換気のため開けておいた窓に近づく。

「よう、迎えに来たぞ」

 閉めようとして、手をかけた窓の先の空間、私の部屋のベランダに、不審な人物が、いた。え? なんで?

「ゼロさん!? なんで、そんなところに?」

「特訓だと、言っただろう? さあ、行くぞ。準備をしろ」

 いや、そうじゃなくて、ここ12階なんだけど、な…… まあ、いいか。この前も、三階の窓ぶち破って登場したし。

 そんなことより、

「……行くって、何処にですか?」

「ふははは、貴様の、学校だっ! ふははははははっ!」

 夜の住宅街に、ゼロさんの叫びが、響き渡っていた。とりあえず、近所迷惑だな…… いつも思うけど、何がそんなに面白いのだろう。沸点低いなぁ、この人。

うーむ。この時間からの外出は、悩ましいところだな。でも、自分から言い出したことだし、両親は今日は帰って来ないらしいから、時間的にも大丈夫だし、行っちゃうか。補導されそうになったら、ゼロさんを保護者ってことにすればいいし。

「……わかりました。準備するんで、少し待っててもらえますか?」

「ふ、いいだろう」

「カーテン閉めますけど、覗かないで下さいね?」

「この俺が、貴様の裸体に、興味がある訳ないだろう?」

「…………通報しますよ?」

「何故だ!?」

「……普通にセクハラです。あと、住居不法侵入です」

「そうか…… だが、この俺が、21世紀の警察如きに、捕らえられるはずかあるまいっ!」

「いえ、保健所です」

「害獣扱いだとっ!?」

「害獣というより、珍獣じゃないですか?」

「貴様、言うようになったな……」

「そうですかね?」

 なんでだろう、瑠璃ちゃんやゼロさん相手だと、ズバズバ言いたいことをしゃべれるような気がする。二人とも、礼儀とか無視したような人(?)だから、かな。

 無駄な会話をしつつも、準備をしっかりと終わらせた、と言っても部屋着から外出用の簡素な私服に着替えただけなんだけど、ので再びカーテンと窓を開けてゼロさんに声を掛ける。

「準備終わりましたよー」

「そうか、では行くぞ。靴を持ってベランダに来い」

「靴、ですか?」

「そうだ」

 言われるがままに、玄関に向かい、学校指定のローファーではない、普通のシューズを持ってくる。

「持って来ましたよ」

「よし。荷物も持ったようだな。では行くぞ」

「え? ……まさか、ここから、ですか?」

 ゼロさんは、私の問いに答えずに、ニヤリと微笑んだ後、バサッとロングコートをなびかせて、その内側から、小型のケースと取り出した。

「……それ、またアストラルアーマメントとか言う奴ですか?」

「そうだ。対霊体七つ道具(アストラル・アーマメント)が一つ、空間跳躍腕輪(ジャンプ・バングル)だ。言ってしまえば、ワープが出来る」

 ケースから取り出されたのは、白銀に輝く腕輪だった。

「……便利ですね、未来人って」

「だろう? さあ、俺の手に掴まるがいい」

 再度言われるがままに、ゼロさんの腕を掴む。ゼロさん、筋肉質で意外とガッチリしてるんだな。

「では、行くぞ。3、2、1、GO!」

 カウントダウン直後、視界がゆがみ、激しい立ちくらみのような感覚に襲われる。嫌な浮遊感に、胃の中のものがこみ上げてくるようだ。前言撤回、未来人はそこまで便利じゃない。

 あまりのことに、私の意識は、一旦途切れた。


 ***


「不動さん、これ、電気は点かないのかい?」

「んー、節電とかで、教室と廊下はブレーカー落としてるらしいよ。夜間は、非常用の物にしか電気通ってないってさ」

 昇降口を出た僕達は、薄暗い廊下を懐中電灯の明かりを頼りにすすむ。こう暗いと、見慣れた学校も、また違って見えるから不思議だ。

「でさっ、何か感じたりはする?」

「俺は特には感じねぇッスね。ホントに幽霊なんているんスかね?」

 歩擲とアイゼンは、周りをきょろきょろしながら歩いている。確かに、僕の方も何も感じはしない。

 そのまましばらく歩いていると、最初の目的地である体育館に着いた。

「どう? 何かいそう?」

「いや、特には何も……」

 不動さんの持っていた鍵で入った体育館は、シン、と静まり返っている。そう、何かがいる気配は、全くしない。

「じゃあ、体育館にバスケ少年の幽霊が出るってのは、勘違いだった、ってことかな?」

「どうやら、そうみたいだね」

 アイゼンがくりくりした目に、がっかり感を湛えて聞いてきたので、そう答える。何もないなら、それでいいじゃないか。

「よっし、じゃー次は音楽室行くよー!」

「おー!」

「そこっ! ノリが悪い!」

 次の目的地宣言をした不動さんと、それに応えるアイゼンを眺めていたら、怒られた。

「え? これ、毎回やるのかい?」

「正直、だるいッスね……」

「……お土産」

「まだそれ引っ張るんスか!?」

 ボソッと呟いたアイゼンに、歩擲が割と驚いたようだった。確かに、これほど引っ張られるとは思っても見なかったが、寡黙な歩擲らしくもない。

「じゃー、行くよー!」

「おー!」「「お、おー……」」

 仕切りなおした不動さんの掛け声に、切れの悪い返事をしつつ、僕達は体育館を後にした。


 ***


「目が覚めたか、朱城ソラ」

「……うーん、ゼロさんですか? ここは、一体?」

 手をつく床の感覚は、冷たいタイル。空気は少し湿っている上、塩素独特のにおいがして気持ちが悪い。見れば、横にはプールがある。どうやら、屋内プールのプールサイドのようだ。

 見上げれば、隣にはゼロさんが仁王立ちしている。どんなときでも尊大な人だ。

「ふむ、どうやら貴様の学校のプールのようだな」

「それは、見ればわかりますけど、なんでプールに?」

「ふむ、それはだな、空間跳躍腕輪(ジャンプ・バングル)の座標指定が、意外と困難である、というのが大きい」

「つまり、ワープミス、ということですか?」

「……ミスではない。現に成功しているだろう? 少しズレる、というだけの話だ」

 まあ、現代人から見れば、十分に凄いから、成功と言ってもいいのかもしれないけど、誤差大きくない? もしかして、この誤差だから窓ぶち破ったりしての登場になったのかな? まあ、いいか。

「……そういえば、特訓が何で学校なのか聞いてませんでしたけど、何でです?」

「ああ、そのことか。それはだな、この学校には、貴様が見ることを目標とするべき、Dランクの霊体が比較的多数存在しているからだ」

「……え? そうなんですか?」

 そんなに幽霊いたんだ、うちの学校。門戸先生みたいな人がいながら、何やってるんだろう。

「まあ、Dと言ってもピンキリだからな。人の噂から出来る、都市伝説みたいなものも多い。特に思春期の男女が集まる場所だ、怖い話の一つや二つ、流行るだろう?」

「なるほど……? 毎回気になってたんですけど、そのDとかCとかを、詳しく教えてもらってもいいですか?」

「ふむ。まあ、いい機会だ。教えてやろう」

 ゼロさんも、長い話を立ちながらするのは嫌なのか、私の隣に腰を下ろした。

「まず、霊体は、その密度の大小で、A~Eまでのランク分けがされている」

 五段階か。意外とざっくりしてるんだな。

「で、Eランクだが、これは自然霊だ。植物や動物のうち、意識の弱いものの霊体や、弱い噂で生まれた霊体、あとは消滅しかけで弱ったDランクの霊体がこのランクまで落ちたりしたものがある。干渉力で言うと1~1000くらいだ」

「弱い噂って言うのは……?」

「ふむ。主に、マイナーな迷信や、解明済みの都市伝説だな。敷居を踏むと運気が下がるとか言う根拠の無いやつや、科学で解明されてしまったカマイタチや、ブロッケン現象やハイドロプレーニング現象と言った物理現象で片付けられたものもあるだろう」

 カマイタチは、突風によって発生した真空カッターで、切り傷が出来る、ってやつだったかな。

 で、ブロッケン現象が、雪山で大男が出る伝説の真相だっけ。自分の影が、谷底の方の吹雪に投影されたものだったような。

 ハイドロプレーニング現象は、大雨の時に、時速60km以上で走行する車両の、車輪と路面の間に水の膜が出来て、ハンドルとブレーキ、それにアクセルまでが効かなくなる現象、ってどこかで読んだな。起きる率は、確か、タイヤの溝の磨り減り具合と、速度や路面の具合にもよるんだっけ?

「まあ、つまり、幽霊の正体見たり枯れ尾花、と言われて、それが浸透してしまうと、霊体は弱くなるのだ。次行くぞ」

 なんとも切ないような話だな。科学が幽霊を駆逐しているみたいだ。

「Dランクだが、これは主に、人間の幽霊や、メジャーな都市伝説、それに妖怪やUMAなんかだな。干渉力で言うと、1000~100万。分かりにくいから言い換えれば、1k~1000kだ」

 あ、ランクわけの干渉力って、1000の倍数区切りだったんだ。わかりやすいけど、後半のインフレ凄そうだな。

「さらに解説すれば、幽霊になるほどの感情を残して死ぬと、ほぼ全てDランク程度の霊体になる。あとだな、Dランクから、生きた人間に危害を加えることが可能になる」

「……それは、物理的に、引き千切ったりされるって、こと、ですか?」

 瑠璃ちゃんとのファーストコンタクトの恐怖が蘇り、つい聞いてしまった。あれは、痛かったし、それ以上に怖かった。

「いや、殺傷能力を持つ物理的攻撃はCランク以上にしか出来ない。Dランクは、人間の物理的部分ではなく、霊体部分に対して攻撃をしかけてくることが多い」

「……つまり、どうゆうことですか?」

「ふむ、生き物は全て、肉体に座標を同じくした霊体を持っていて、それの作用で上手く生きているのだ。それにダメージが入るということは、動作不良を起こす、ということだ」

「金縛りとか、ですか?」

「まあ、それも含まれるな。それ以外にも、怪我の治りが遅い、怪我をしやすい、動きが普段通りに行かない、とかがある」

 ……私が、門戸先生に治してもらった、腕と肩は、そう言う状態だったのか。

「でだな、Dランクの霊体で、高い干渉力を持たないものは、いわゆる取り憑き、という状態になり、対象の不運を増徴させ、病死や事故死を誘導する」

「……高い干渉力を持つ霊体は?」

「その場で、医学的にショック死、の状態を起こす。霊体ダメージが、過度に溜まると、その箇所が動かなくなるのだ。それが、」

「心臓だとすれば……?」

「正解だ。つまりは、そういうことだ」

 なんと恐ろしい。そんなものが多数いるのか、この学校は。怖くて通えないじゃないか。

「まあ、Dランクの霊は、基本的に、ちょっかいを出さない限りは、無害といっても過言ではないから、そんな顔をするな」

「……実地で見て特訓するなんて、これからちょっかい出しに行く、って言ってるようなものじゃ……」

「ふはは、まあそうだなっ!」

 いやいやいや…… 全く、困った人だなぁ。相手は幽霊とはいえ、そんなはた迷惑なことして、いいんだろうか……


 ***


「うわぁ、お前、ホントにピッキング出来たのかよ……」

「これくらい余裕余裕、朝飯前ってやつねっ!」

「いや、自慢すんなよ……」

 夜中の生物実験室前の廊下で、嬉々としてピッキングに勤しむ幼馴染を、ドン引きして眺める、というのは中々に稀有な体験だと思う。いや、体験できたからといって、嬉しくも無いし、良いことも無いが。

「黙って見てたってことは、これで俺も共犯者か……」

「バレなきゃいいのよ、バレなきゃ」

 おまけに、幼馴染は最低な思考の持ち主だった。これが普段は優等生で通ってるんだから、教師って節穴だな……

「よし、開いた。じゃ、行くよ」

「……おう」

 入った生物実験室は、驚くほど暗かった。暗幕のようなカーテンで月明かりさえも遮られ、真の暗闇といった感じだ。

「……電気、は点かないか」

 壁を手探りで触り、スイッチをカチカチと何度か入れてみるが、蛍光灯が仕事をする気配はない。さっきの部室もそうだったし、ブレーカーから落とされるらしいな。

「えーっと、人体模型くんは、っと」

 そんなことを呟きながら、瑞希が懐中電灯で室内を照らす。照らされていく室内は、普通の理科実験室と同様の、黒い硬質な造りで備え付けの蛇口がある机が並んでいるだけだ。

 ……ん? なんだ、あれ、

「おい、瑞希、あの赤く光ってる四つの点って、なんだ?」

 そう言って俺が指した先は、部屋の一番奥とも言える、黒板の反対側の壁の方だ。そこで、電気の通ってないはずの部屋なのに、赤い光がふらふらと浮かんでいる。

「え? なになに? …………え?」

 懐中電灯で照らされた先には、両の目を真っ赤に発光させた人体模型が骨格標本がいた。そして二体とも、こちらに向かって歩いてきている。


 ***


「そうだ、朱城ソラ、一つ追加だ。Dランクでも殺傷能力を持つ物理攻撃が行える例外があった」

「……なんです?」

「物を核として、人の思いが集まった霊体だな。例をあげれば、動く人体模型の噂とかだ。物理体を持つ人間や俺にとって、他のDランクの霊と比べて、圧倒的に厄介な相手だ」

「……いるんですか、この学校に?」

「知らんっ!」


 ***

 

「えーっと、あの、これは、友好的な感じでは、ない、よね…… タツキチぃ……」

「……逃げるぞ」

 幽霊なんて見慣れているが、あいつらから漂う気配は、殺気としか言いようがない。これは、非常にヤバイと、俺の本能が叫んでいる。

 即座に、瑞希の手を懐中電灯ごと掴み、駆け出す。廊下に出ても、まだ走る。後ろを振り返れば、全力疾走で追いかけてくる二体が見える。

「なにあれ、ねぇ、なんなのあれ」

「俺が、知るわけねーだろ!」

 夜の校舎を全力疾走。それでも、振り切られずに、人体模型と骨格標本はついて来る。全力でのダッシュなら、俺や瑞希に分があるようだが、奴らにスタミナの概念があるのかどうかわからない以上、このままではマズイ。

「おい瑞希、さっき使ってたドライバー寄越せ」

「いいけど、どうすんの?」

 瑞希は、小さなポーチからピッキングに使っていたマイナスドライバーを取り出し、俺に渡してくれた。

「こうするんだよっ!」

 受け取った直後、走るのを止めて振り返り、後方を走る人体模型目掛けて、ドライバーを投げつける。

 パッコーン!といい音を立てて、命中した人体模型の肩が吹き飛ぶ。なんだ、意外に脆いな。人体模型だし、バラけやすいのか。これなら、勝てるんじゃないか?

 そんなことを思って立ち止まって様子を見ていると、吹っ飛んでいった肩から先が、宙に浮かび、戻ってくる。そして人体模型に、元通りにくっ付いた。

「流石にそれは、反則じゃねーか……?」

「え? え?」

 瑞希は、よく見えなかったようで、状況を把握していないが、これは予想以上にマズイ状況な気がする。

「いいから逃げるぞ。あいつ、勝手に再生するっぽいから、倒せないかもしれない」

「ええ!? なにそれ!? どうすんの!?」

「そんなの、逃げながら、考えるしかねーだろ!」

 再び走り出した、人体模型と骨格標本と、俺と瑞希。夜の校舎で、命を掛けた鬼ごっこが始まった。


 ***


「ここに出るというのは、なんだったか……」

「誰もいないのに演奏されるピアノ、じゃないッスか?」

 音楽室の前で、アイゼンに手元を照らしてもらいながら、鍵を開ける不動さんを見守りつつ、確認を行う。

「なるほど。コンクール直前に事故死したピアニストの生徒の幽霊が、未だに練習しているとか、そうゆうよくある噂の類か?」

「そうじゃないッスかね。ってか、いつも思うんスけど、なんでそいつ、家にピアノが無かったんスかね…… コンクール出るくらいだったって言うのに……」

「確かに、それほどの生徒なら、普通、家にピアノがあって、家で練習するものな」

 まあ、噂や怪談なんて、整合性の無いものがほとんどだろう。

「開いたよー」

 ガラガラ…… と音を響かせて、不動さんが扉を開けると、僕の耳にピアノの演奏音が聞こえてきた……

「「きゃっ!」」

 不動さんとアイゼンの叫びがハモる。だが、僕の隣の歩擲はというと、顔色一つ変えてない。

「歩擲、何か感じるか?」

「いや、何にも感じないッスね。ってかこれ、ピアノじゃなくて電子オルガンのピアノ風の音ッスよ……」

 そう言われ、耳を澄ます。曲は『エリーゼのために』だろうか。聞き覚えがある。だが、音まではわからないな。普段聞きなれていないからか。

「ちょっと、見てくる。アイゼン、懐中電灯を」

 アイゼンから懐中電灯を受け取り、音楽室の中に入る。暗いが、特に変わった様子はなさそうだ。

 見渡すと、音楽室の隅の方に、赤や緑の光点が二、三個見つかった。音源も、そこのようだ。

 近づいてみると、歩擲の言うとおり、電子オルガンだった。光の正体は、電源ランプと、自動演奏を示すランプか。しかし、電気は来てないはずだが………おや?

 見れば、もう一つランプがあった。電源でも、自動演奏でも無い、三つ目のランプだ。懐中電灯で照らして確認すると、電池のようなマークが横にある。これは、バッテリー駆動ということを表しているのだろうか?

 とりあえず、裏を見てみると、蓋があり、開けてみれば、単一電池が四つ。抜き取ってみると、演奏は止まった。

 ……いたずら確定。くだらないな。電池を持って、みんなのところに戻るとするか。

「誰かの、いたずらだったよ。電池駆動出来る電子オルガンに、タイマー式の自動演奏でも仕込んだんだろう。ほらこれ」

 後ろ手に音楽室の扉を閉めながら、片手いっぱいに持った四つの電池を差し出す。

「「単一電池……」」

「それ、持ってきてどうするんスか……」

「明日、音楽の先生にでも渡せばいいだろう?」

 少し重いが、あそこで無駄に使われるよりは、持っていった方がエコというものだ。

「なんだぁ、またガセかぁ」

 再度残念そうなアイゼン。こいつは何を期待しているんだ。それに友達くんとやらの相談なら、これで解決なんだからいいじゃないか。

「てゆーかさ、なんで電子オルガンが、電池駆動も出来るわけ?」

「屋外演奏用の機能ッスよ。大抵の場合は、大きめのバッテリー使ったりするんスけど、そこまで大きくない電子オルガンなら、電池式もあるッス」

 いまいちオルガンの仕組みに納得してなかったらしい、不動さんが、疑問を吐き出すも、歩擲が答えていた。彼は、意外と音楽に詳しいのかもしれない。

「ふーん、そっか、なるほど。納得納得。じゃ、次行きましょうかっ!」

「おー!」「お、おー……」

 いい加減なれてきたな、このアホなやり取りも。さて、次が何かは知らないが、同じように何もないとありがたいな。


 ***


「さて、Dランクまでの説明が終わったな。C以降はまた後日でもいいか?」

 相変わらずの、少し蒸すプールサイドで、ゼロさんは、急に立ち上がると、そう告げた。

「……いいですけど、なんでです?」

「いや、実はな、先ほどからここに、Dランクの霊がいて、俺に絡んできているのだ。まあ、面倒だから無視していたら、しばらく前にどこかに行ったのだが、先ほど仲間を連れて戻って来たのだ。そいつらが俺の周りで騒ぎ始めて、鬱陶しくて説明を続ける気になれん……」

「えっ? そんなものがいたんですか?」

「いた、というか、こうしている今もいる」

 え、怖っ…… ズリズリと、座ったままゼロさんから距離を取る。

「そうだ、丁度良い、こいつらでDランクを見る練習をしようではないか」

 ガシィッ! ガシィッ! とゼロさんの両手が空中の見えない何かを掴んだ。間違いなく、そこに何かいる、ということだろう。

「さあ、朱城ソラ、目に力を入れて、ここにいるものを見れると信じ、ここにいるもをイメージするのだっ!」

「え? どうゆうことですか?」

「見れると思えば見れるのだっ! それが干渉力だっ!」

 えーっと、つまりは自己暗示を掛けろと、言うことですか。うーん、見れる見れる見れる見れる見れる……

「あー、薄っすらと、何かいるような気がしてきました……」

 ゼロさんの手の先に、首根っこをつかまれた人型のシルエットが、ぼんやり見えた。体格的には、高校生男子だろうか。小柄にも見えるな。

「よし、その息だ! 貴様らも、見えやすいように自分から勤めないと、この首をへし折るぞっ!」

「「そ、それは勘弁をっ!」」

 ゼロさんの叫びと共に、それに対する幽霊の重なった声が聞こえた。そして、手の先の幽霊二人がはっきりと、見るようになった。

 右手に掴まれているのは、水泳帽に、ブーメランパンツ一丁の16歳くらいの少年。背は余り高くはないが、引き締まった体つきからして、恐らく水泳部だろう。

 左手に掴まれているのは、タンクトップに短パンという、何かのスポーツのユニフォームを着た16歳くらいの少年。髪の毛は短く、足には見慣れない大きなシューズを履いていて、背は比較的高く、引き締まった腕や足が、ユニフォームの端からうかがえることから、おそらくバスケ部か何かだと思われる。

「あ、完全に見えるようになりました。声も聞こえます」

「ふははは、中々の上達速度だ。よし、貴様らも開放してやろう」

 ゼロさんが手を離すと、ドサッと、音を立てて、二人がプールサイドに落ちる。なんか、可哀想だな、この人たち。申し訳ない気持ちになるな……

「ゲッホ、ゲホゲホ…… 死ぬかと思った……」

 いや、水泳帽のお兄さん、あなた、もうすでに死んでるんじゃ……

「ゴホゴホゴホ…… 首イテェ…… てめぇが、こんなとこに呼び出すから、ヒデェ目にあったじゃねーか……」

 バスケ部っぽいお兄さんの方が、座り込んだ状態で、水泳帽さんに対して文句を言っていた。ゼロさんが言ってた、増援で来た仲間というのが、彼なのだろう。

「おい、オッサン、さっきから無視しやがって、結局俺と水泳勝負するのか?」

「貴様、口には気をつけた方がいいぞ。俺は、」

「しないのか? 俺に勝たないと、このプールからは出られないぜ?」

 座り込んだ体勢の水泳帽さんは、ゼロさんの言葉を無視して、ニヤニヤしながらそんなことを言った。

 ……勝たないと、プールから、出れない?

「……あの、どうゆう、こと、ですか?」

「ああ、あんたは、さっきのは聞こえてなかったのか。俺と水泳勝負して勝たないと、ここからは出られないんだよ。俺の水泳で勝負したいという気持ちを晴らして欲しいからな」

「……負けたら?」

「魂を貰う」

 ただの水泳帽のお兄さんに見えた少年は、口元を吊り上げた邪悪な笑みを私に向けながら、そう告げた。その顔は、悪霊、という言葉が最もふさわしいように思える。瞳のハイライトは消え、漆黒双眸が私を捉える。これが、ちょっかいを出した結果の、Dランク霊か……

「よくわからんが、霊体にダメージを与えてくる、と見て間違いないだろうな。特定の条件や手順でしか攻撃を行えない、変わった霊体も、世の中には多いからな」

「で、どうするんだよ、オッサン」

「……貴様、口には気をつけろと言ったはずだ。そんなに俺の対霊体七つ道具(アストラル・アーマメント)が一つ、対霊自動小銃(アンチ・アルトラル・アサルトライフル)“98(キュッパチしき)5.56mm(ゴーゴーロクミリ)SS(ソルトシューター)”で蜂の巣にされたいなら、してやる」

 額に青筋を立てながら、ゼロさんは、ジャケットの内側に手を入れる。そこから取り出されたのは、瑠璃ちゃんに対して使ったのと同じ、大きくてSFチックな銃だった。

 ゼロさんは、右手銃を持ち、無言のまま左手で銃上部を引く。ジャコンッ! と音がして、初弾が装填されたようだ。

「貴様が消滅すれば、ここから出れる出れないもないだろう、ふははははは!」

 そして、いつものように笑いながら、銃を持った右手をまっすぐに伸ばし、水泳帽さんの眉間のど真ん中に銃口を突きつけた。

「え? 何それ……? ちょ、オッサン待った、待った!」

「俺は、オッサンでは、ないっ!」パーンッ!

 ……躊躇わずトリガーが引かれ、水泳帽さんの水泳帽が、弾け飛んだ。うわー、容赦無いなぁ。

「……す、すみませんでしたっ! お兄さん!」

「ふむ、それでいい。で、なんだ? 何か言いたいことがあるのか?」

 銃口から漂う煙を、フッと一息で吹き飛ばし、満足したような尊大な態度で、ゼロさんが元水泳帽さんを問い詰める。まさか火薬式の銃、なんだろうか。

「いやー、あの、水泳で勝負がしたいぁ、と思ってまして……」

 さっきとは一転、腰の低い態度の元水泳帽さんが続ける。バスケっぽい少年は、ビビッて隅の方に逃げている。どうやら、友達を見捨てる気満々のようだ。

「いいだろう、勝負してやる。このプールは50mか。ならば50m一本勝負でどうだ?」

「え? 勝負に乗るんですか?」

「え? 勝負してくれるんですか?」

 私と、元水泳帽さんの声がハモる。魂取られるかも知れないのに、これは予想外だ。

「ふはは、勝負には乗ったが、勝負になるとは思うなよ、高速換装(クイック・アムド)衝気圧搾推進編上靴(ラムジェットブースター・レッグ)!」

 ジャケットを翻し、しゃがみ込んだゼロさんが、叫びと共に立ち上がると、腿から下が、金属色の機械で固められた状態になっていた。子供向けのヒーローの脚のようにも見える。

「「うわっ、ズルっ……」」

 自然と、元さんと声が重なる。なんかもう、ズルってレベルじゃない気もするけど。

「ズルくは、ないっ! 時空間跳躍型対霊体人造人間(アストラル・リターナー)は、対霊体七つ道具(アストラル・アーマメント)を全て使いこなすことを前提に設計されたのだっ! 対霊体七つ道具(アストラル・アーマメント)無しの時空間跳躍型対霊体人造人間(アストラル・リターナー)など、プログラムも周辺機器も何もないパソコンのようなものだっ! そんな状態の奴相手に勝負を挑むとは、恥ずかしくないのかっ!?」

 うーん、水泳勝負にラムジェットブースター(マッハ3から5がでるエンジン)を持ち出すような人にだけは、恥とか言われたくないな……

「そうだったのか、わかった、その状態での勝負しよう」

「……え!?」

 あれ、この元さん、予想以上に、頭悪い?

「よし。では朱城ソラ、これでスタートの合図を頼む」

 渡されたのは、さっきのデカイ銃。ビックリするくらい重い…… 渡し終わると、二人ともスタスタと開始位置に向かっていった。これ、ジャッジも私なのかな? マッハ3~5でゼロさんが突っ込んでくる位置には居たくないなぁ……

「すみません、そこのバスケ少年っぽい人、ゴールに立って、ジャッジやってもらってもいいですか?」

「え? 俺? なんで?」

「……私、動体視力が悪いので、接戦になったら、見分けられる自身がないですから」

「まあ、いいけど……」

 苦しい言い訳けだが、なんとかジャッジを人に回せた。やった。これで、なるべくゼロさんから離れた位置で、この銃で合図をするだけでよくなった。

 なるべく、限界まで離れ、スタートの台の上に立つ二人を見る。シュインシュインシュインシュイン…… 不気味な音が、ゼロさんの脚から聞こえているが、無視しよう。

「じゃあ、行きますよ! 位置に付いて! よーい、」パーンッ!


 ドッカーン!!


「きゃっ!」

 私の悲鳴も、開始の合図も、全てが小さな音に感じるほどの、爆音。そして、振動。立っていられずに、尻餅をついてしまったが、視界の先はそんな些細な痛みなど吹き飛んでしまうほどの惨状だった。

 プールの水はほとんど無くなり、コースは衝撃でひび割れ、ゴール付近には水蒸気と粉塵が立ちこめ、何がどうなったのかは、全くわからない。

 スタート地点も、スタート時の噴射の影響で、地面がごっそり抉れたようになっている。後ろの壁も、熱で焦げて、何が何やら……

 目で見えないなら、霊子計で見れば、見えるかも…… そう思い、霊子計を覗くと、粉塵の中には一人の人影があった。干渉力は1テラを示している。

 人影は、そのまま何事も無かったかのように、粉塵から悠々と歩いて出てくると、

「ふはははは! 雑魚めっ! 所詮Dランク、俺の敵ではないっ!」

 とか、叫んでいた。霊子計に、この人以外の反応がないということは、あの二人は残念ながら消し飛んでしまわれた、ということか。ご愁傷様。

「……とりあえず、逃げますか」

「何故だ?」

「これ、見られたら、マズイでしょっ!」

 まだまだ水蒸気と粉塵の立ち込める、プールを指して、ガラにもなく叫ぶ。これは、酷すぎる。

「確かに、あの音で人が集まって来ても面倒だな。ふむ、では、逃げるとするか」

 走るなとよく言われるプールサイドと駆けて、私とゼロさんはプールを後にした。


 ***


「マズイな、完全に挟まれた……」

「どーすんの、これ……」

 月明かりに照らされた、夜の学校の廊下。がむしゃらに逃げ回ってきたが、奴ら意外と知恵があるらしく、先回りした骨格標本によって、挟み撃ちにあったしまった。

 俺と瑞希を挟み込んだ二体は、俺たちが走るのを止めた途端に、嫌がされの如く、ジリジリと距離を詰めてくる。

 人体模型は、最悪なことに、気持ち悪い半分が照らし出せれていて、威圧感満点だ。見れば、内蔵が脈打っているようにも見える。

「タツキチぃ……」

「……どっちかをぶっ飛ばして逃げるしかない、な。でも」

 奴らはすぐに再生する。これじゃ、手の打ち様が無い。色々考えても答えは出ず、ジリジリと近づいてくる二体に押されて、壁際まで後退してしまった。これじゃ文字通り袋の鼠だ。

 数歩動けば手を伸ばして届くような距離まで、近づかれたとき、

「きゃっ!」

 骨格標本が瑞希目掛けて飛びついてきた。

「瑞希っ!」

 叫び、すぐさま瑞希の方へ動こうとしたとき、後ろから両肩を掴まれる。振り向けば、そこには、センターラインで、半分が中身丸見えの気持ちの悪い顔。

「放しやがれっ! このクソ野郎っ!」

 必死でもがくが、万力の如き凄まじい力で両肩を握りつぶされそうになり、全く動けない。

 もがく俺の目の前では、瑞希が、骨格標本に腕を掴まれ、必死に抵抗している。だが、ズリズリと徐々に引っ張られているようだ。二体も揃って怪力だっていうのか……

 どうすれば、いいってんだ…… クソッ…… このままじゃ、瑞希が……


 ドッカーン!!


「うおっ」「きゃっ」

 轟音と、振動が俺たちを襲った。凄まじい揺れだ。地震だとしても、凄まじい規模だが、轟音から考えて、何かがあったんだろう。ガス爆発か、何かだろうか。

 しかし、よくわからないが、チャンスだ。俺の肩を掴む力が弱まった! 即座に振り切り、

「オラァッ!」

 回し蹴りをかます。腰にクリーンヒットした俺の蹴りは、人体模型の上半身と下半身を分断する。すぐさま回復しているが、気にせず、瑞希の下へ走る。

「瑞希を放しやがれ、このホネ野郎っ!」

 再度蹴りを放ち、骨格標本の立派な大たい骨を突き飛ばし、奴を骨の束に変える。

「無事かっ!?」

「……うん。タツキチありが「逃げるぞっ!」

 何か言いかけた瑞希を、半ば無視する形で、その腕を取り、走りだす。後ろでは、早速復活を果たしたらしい人体模型が、俺たちを追って走り出したようだ。

 どうやら、この鬼ごっこはまだまだ続くようだ……


 ***


「な、何? 今の音……」

「爆発音……ガス爆発か? いや、正確なことはわからないな」

 本校舎三階から四階に上がる階段の途中。音楽室を出て、次の目的地である、『夜中に十三段に増える階段』を目指し、移動中の僕達に、爆音と、校舎全体を揺らすような、激しい振動が襲い掛かった。何か、嫌な予感がする……

「あ……」

「どうした、アイゼン?」

「さっきのでビックリして、電池、落としちゃった……」

 言われて、すぐにアイゼンの足元を見るが、暗くて見えない。だがここは階段だ、既に下の階までも転がり落ちているだろう。

「今見つけるのは無理だろうな。明日の昼間に探そう。それより今は……」

「……あの音ッスね」

「ああ。方向的には、プールの方か…… 何か、あったのは間違いないだろうな……」

 状況を確認してから、先生に連絡、いや通報する必要もあるかもしれない。今日の学校の警備がゆるいのがアダにならないようにしないと。

「行こう」

 僕の呼びかけに対しては、みな無言で頷いてくれた。すぐに階段を駆け下り、プール方面を目指して、移動を開始する。

 現在地からプール方面は、本校舎を挟んで反対側にあることになる。階段を下りた僕達は、三階廊下を走る。その途中、僕の背筋に、寒気が走った。

「……なん、だ?」

「なんかが、いる感じがするッスね……」

 立ち止まり、廊下の隅に目をやるが、暗くて見えない。同じく立ち止まった歩擲も、何か感じたようだ。これは、何かがいるのは間違いないな。

 現に、廊下の隅の暗闇からは、カタ……カタ……と、微かだが音が聞こえる。プラスチック同士が、触れ合うような、そんな音だ。

「どうしたの二人とも、急に立ち止まっちゃって」

「すまない不動さん、そこを照らしてくれないか?」

 指し示したのは、音がしている廊下の隅。不動さんは、首をかしげながらも、懐中電灯の明かりを、僕の指した場所へと向けた。

「「きゃっ!」」

 照らし出されたのは、不気味に動く、大小様々な白い棒状のプラスチック。やがて一箇所に集まると、ふわふわと空中に浮き、棒が合わさり、人型を作る。

「が、がいこつっ……」

「……餓紗(がしゃ)髑髏(どくろ)か? いや、それにしては小さいな」

「こ、これって、スケルトンとか言うやつ?」

「みんな落ち着いて欲しいッス、あれは本物の人骨じゃなくて、骨格標本ッスよ!」

 なるほど、言われてみれば、確かに骨格標本だ。しかし、何故こんなところに? 生物実験室からは、比較的遠いはずだが……

 完全にパーツが合わった骨格標本は、髑髏の目の部分、その闇の奥を、赤く輝かせて、こちらを睨んできた。

「孔雀、こいつ、どーすんのっ?」

「敵意しか感じない。戦うしかないだろう。不動さん達は、後ろへ下がっていてくれ」

 門戸先生ならば、あいつが何を考えているかまでわかるのだろうが、今の僕にはわからない。少なくとも、敵意を感じ取るのがせいぜいだ。

「二対一なら、なんとななりそうッスね」

 歩擲と共に、拳を構え、交戦の意を示すと、敵の方も、自分の腿の骨を手に取り、棍棒として構えてきた。便利な奴だ。

 お互いに構えた後、目合った瞬間に、骨格標本はこちら目掛けて飛び込んできた。手に持った棍棒は大上段に構えられて、一気にこちらへ振り下ろされる。

「歩擲!」

「ウッス!」

 対するこちらは、歩擲が前に出て、素手で棍棒を受け止める。開いた手のひらを突き出し、それを骨格標本の振り下ろす棍棒に合わせる。

 パーンッ! 空気の弾ける衝撃音と共に、歩擲の手のひらに棍棒が叩き付けれた。

「痛っー! なんつう力持ってるんスか…… でももう、動けないッスよ」

 凄まじいパワーで叩き付けられた棍棒を、受け止めた上で掴み返す。骨格標本は、つかまれた棍棒を取り返そうと、必死で力を込めているようだが、歩擲は微動だにしない。

「よくやった歩擲」

 歩擲が作ってくれた最大の隙を無駄にはしない。敵の背後を取り、渾身の力を込めた拳を叩き込む。

「せいやあああー!」

 僕の霊力を乗せた拳は、淡く発光しながら、骨格標本の背中中央に当たり、その体をバラバラに砕け散らせた。数多のホネが、その場で白い山を作る。

「これで、終わり? 案外あっけなく倒しちゃうのね。それとも、それだけ、あんたらが強いってこと?」

 不動さんに言われて思う。これで、終わり、なんだろうか? いや、違うな。バラバラになったあとも、さっきまでの嫌な感じは、消え去っていない……

 しばらく見つめていると、カタ……カタ……カタ……と、白い山は再度動き出した。僕らが、最初にこいつを見たときと同じだ。

「やはり復活するか…… こんなところでバラバラになっているから、おかしいと思ったんだ」

 骨たちが、ジリジリ動き、一箇所に集まる。

「ど、どうすんのよ?」

 カタ……カタ……

「こういった復活する奴は、必ずコアとなる部分があるはずだ。それを破壊すれば、完全に停止させられるだろう」

 骨たちは、一箇所に集まり終わると、ふわふわと浮かび出す。コアを破壊できれば、なんとかなるはずなのだ。だが、

「なくないッスか? コア……」

 そう、先ほどから、必死で探しているが、肝心のコアが見つからない。復活中、一層強い霊力を放つだろうと見越し、集まる骨の一つ一つ、浮かぶ骨の一つ一つを見ていたが、それらしいものは無いのだ。

「そうだな…… おい、歩擲、見てみろ、あいつの首のところっ!」

「……! 頚椎の第一間接目が、抜けてるっ!?」

「ああ。今抜けているあの部分こそが、コアと見て間違いないな。……自身の弱点を、安全な場所、恐らく奴自身のホームに置いて来た、ってとこだろうな。賢しい奴だ」

「となると、こいつを倒すためには、生物実験室まで行く必要があるってことッスね……」

「そうなるな」

 もしくは、ここまで来る途中で、どこかで落としてきてしまった、という非常に間抜けな可能性もあるが、そうなると何処にあるのか全く分からないから、倒すのはほぼ不可能になってしまうな。

 完全に再生した骨格標本は、目に赤い光を灯し、こちらに対して臨戦態勢を取る。こちらは、どうすべきなんだろう。

 ここで、不動さんとアイゼンに生物実験室まで行ってもらうべきか、それともこのまま全員でこいつから逃げて、生物実験室まで行くべきか。

 僕たちは、持っている懐中電灯が一つしかないせいで、二手に分かれるのは、なかなか厳しい。なら、

「ひとまずは、こいつを撃破しよう。次の復活までの時間で、全員で生物準備室まで走るぞ」

「ウッス!」

 二人揃って、拳を構ると、骨格標本との第二ラウンドが始まった。


 ***


「タツキチ! ホネの人が追って来てないみたいだよ!」

「……また挟み撃ちだとヤバイな、どうする?」

 もう、どこをどう走ったか覚えてないほど、校舎内を走り回った。現在地は、本校舎2階の廊下。挟み撃ちにあってから、2、3分といったところか。後ろからは、バテる気配の無い、くどい顔の人体模型が走って追ってくる。

「えーっと、上だとホネの人と鉢合わせるから、下?」

「……じゃあまず階段だな。行くぞ」

 走りながら会話し、そのまま行き先を決める。俺も瑞希も、比較的体力のある方だったから、良かったものの、そうでなかったら、とっくに掴まっているのだろう。

 あいつらに掴まった後のことは、想像したくないが、間違いなくロクなことにはならないだろう。

 そう考え、嫌な想像になりかけた考えを振り払いながら走る俺の足に、グリッと硬い感触があった。普通に痛い。

 どうやら俺は、硬い何かを踏みつけてしまったらしい、と気付くか気付かないうちに、ツルッ、とその硬い何かが滑り、

「うおっ! 痛ってぇ……」ベキッ!

 見事なまでに尻餅をついてしまった。

「タツキチ何やってんのっ!」

「いや、なんか踏んだっぽくてよ。これは、乾電池?」

 コロコロと、転がっていた、俺が踏みつけたらしいものを拾ってみれば、乾電池。それも単一という最大サイズだった。なんでこんなところに……

「もー、早く早く! 後ろからアレが来ちゃうからっ!」

「わーったよ。よし行くか」

 さっき尻餅をついたとき、ケツでも何かを押しつぶしたらしいが、無視しよう。立ち上がると、ケツに張り付いていた、割ってしまったプラスチック片を払い落とし、瑞希と共に、走り出す。

 まさかコケるとは。意外とどころではなく痛かったな。……ん? 転ぶ、転ばす、これ、使えるんじゃないか?


 ***


「なんだ、復活しなくなったぞ……?」

「どうゆうことッスかね……」

 第二ラウンドの途中、僕の渾身の一撃を叩き込もうとした直前、骨格標本は動きを止め、その場に崩れ落ちた。そこからはもう、嫌な気配は何も感じない。

「倒したの……?」

「わからないが、もう復活はしないようだな」

 急に、動かなくなられても、逆に怖いが、今すぐ襲ってくる、ということはもうなさそうだった。

「さすが孔雀くんと歩擲くんだねっ」 

「いや、俺たちは何もしてねぇッスよ……」

 そうだ。何もしていない。では、誰かがこいつのコアを破壊してくれた、ということだろうか。さっきの爆音からも、僕達以外の誰かがいるのは間違いなさそうだし、ありえない話では無いだろう。

 何処の誰か分からないが、感謝だな。

「さて、これからどうする?」

「そうだねー、当初の目的通り、プールの方を目指としますか」

「ああ。わかった。では行こうか」

 不動さんに意思確認した後、僕らは、プールを目指して歩き出した。骨格標本は、不気味だが、どうすることも出来ないので、その場に放置して。


 ***


「ハァ……ハァ…… ゼロさん、走るの、速っ、速い、です……」

「なんだ、朱城ソラ。貴様から逃げると言い出したのに情けないぞ!」

 大破したプールから逃げるべく、走り続けている私たちは、本校舎一階を通って、理科室棟三階の廊下まで来ていた。理由は無いが、闇雲に走るゼロさんに着いてきたら、ここに出たのだ。

 そういえばここは、瑠璃ちゃんがコックリさんで悪ふざけして以来来てないなぁ。なんとなく先を見れば、夜の本校舎が見える。

 L字の構造をしている理科室棟は、その廊下の全てがベランダのような造りで、窓は無く、風が通り抜けるようになっている。L字の中の部分は中庭になっていて、昼休みにお弁当を食べている生徒もいるらしい。私は友達いないから知らない無いけど。

 中庭と合わせて、あんまり接点の無い校舎だけど、今は、この風が吹き抜ける構造が、走って火照った身体に嬉しかった。

「ふはは、とりあえずこの辺で一旦休むか? っと、ぬおおっ!」ガッシャーンッ!

 私の方を振り向きながら、廊下をさらに先へ駆けるゼロさんが、転んだ。

「ゼロさんっ!?」

「ぐっ、一体何が…… やはり衝気圧搾推進編上靴(ラムジェットブースター・レッグ)を外してから走るべきだったか……」

 前のめりの体勢で突っ伏しているゼロさんが、そんなことを言いながら身体を起こす。この人、転ぶこともあるんだ……

「……あの、大丈夫ですか?」

 駆け寄って見ると、その足元にはマイナスドライバーが一本落ちていた。これを踏んづけて転んだ、ってことかな。なんでこんなところにドライバーが、『チュイーーーーン!』……うん? 何、この音……

 シュインシュインシュインシュインシュインシュイン…………… え? まさか、これって、確かさっきも聞いた……

「マズイな、今ので衝気圧搾推進編上靴(ラムジェットブースター・レッグ)が壊れたらしい。止まらないし、外せない」

 脚を見れば、嫌な光を発する噴射ノズル。凄い勢いで空気を溜め込んでいるのは間違いなさそう。何これ、そんなに壊れやすいの? ダメじゃん!

「ゼロさんっ!?」

「とりあえず、離れていろっ!」

 ドンッと突き飛ばされて、何故か扉の開いていた生物実験室に押し込まれる。直後、私の耳に届いたのは、ガシャッ!ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………………


 ドッカーン!!


「ゼロさーーーーーーーーーーーん!!!」

 叫ぶ私の声も掻き消えて、残るは爆音と振動のみ。それにしても、一晩でどれだけ校舎を壊せば気が済むのだろう。

 恐る恐る、生物実験室から出て、外を見ると、焦げ跡のある廊下の先は、綺麗に吹っ飛び、離れた位置にある本校舎の壁、大体四階くらいに大穴が空いていて、粉塵がもうもうと立ちこめていた。

「……………………………どうしよ、あれ」

 さすがマッハ3~5だ、鉄筋コンクリートの校舎の外壁を、豆腐の如く軽々と破壊して見せる。

 ……私、あそこ行きたくないな。もう、帰りたいな。でもゼロさんがまた無茶苦茶しそうだから、行かないとな……

「はぁ……」

 結局私は、不慮の事故(?)ではぐれてしまったゼロさんと合流するべく、再度本校舎に向かうことにした……


 ***


「なんか、まだケツが痛いんだけど……」

「レディーの前で、ケツとか言わないっ!」

「……俺の常識だと、盗聴とピッキングと脅迫が得意な奴は、レディとは言わねーんだけどな」

「うっさいっ! そんなにホモの性犯罪者になりたいかっ!」

 馬鹿な会話を続けつつ、逃げ続ける。ホント、さっきから逃げるばっかりだな。後ろを見れば、相も変わらずしっかり付いて来る人体模型。しつこいのは顔だけにしてもらいたいもんだ。

 しかし、化け物ってのは、スタミナって概念がねーみたいだな。疲れないのは素直に羨ましいぜ、全く。そんなアホなことを考えているうちに、本校舎の廊下の端、階段まで着いてしまった。

「下、だったよねっ?」

 瑞希が、確認だけして、階下へ向かおうとする。だが、何故だかわからないが、その背中に、嫌なイメージが浮かんだ。これは、死? 一体なんだってんだ。下には、何かいる、今追いかけてきてるあいつより、さらにヤバイ何かがいる、ということか?

「瑞希! 上だ! 上に行くぞ! 下はなんかヤバそうだ!」

「ええ!? 何かって何!? それに上にはホネの人がいるじゃん!」

「一気に四階まで駆け上がればきっと大丈夫だ! 途中で遭遇したら、階段だし、飛べばいい!」

「何それっ!?」

「いーから行くぞ、時間が無い!」

 強引に腕を掴み、階段を駆け上がる。チラッと見た後ろは、もうそこまで迫っているキモ顔が見える。

 急いで駆け上がる階段。二段三段飛ばしで、四階を目指す。三階を通り過ぎたとき、骨格標本に遭遇しなかったことに安堵しつつ、さらに駆け上がる。

「……あれ、さっきまで全部十二段だったのに、今のやつ十三段なかった?」

 三階と四階の間の踊り場を過ぎた後の、最後の階段を上りきるか否かというとき、瑞希がそんなことを言い出した。

「この状況で! 数えてるわけねー……」


 ドッカーン!!


 俺の言葉は、不意に訪れた爆音と振動で、途中でかき消されることになった。あまりの振動で、二人揃って、四階に倒れ込む。

「な、なに?」

「俺が知るかっ!」

 ふらふらと立ち上がり、後ろを確認すると、今まで通った階段からは、もうもうと粉塵が立ち込めている。

「な、なあ瑞希、学校の七不思議の十三階段って、昼間十二段の階段が、夜間十三段になった上で突如爆発する、だったっけ……?」

「い、いやーどうだったかなぁ……」

 二人揃って、表情を引きつらせて、常識の確認を行うが、俺たちの常識では計り知れない事態なのは間違いないらしい。しばらく茫然自失としながら、階段を眺めていると、煙が晴れてきて、人影が目に付く。

「っ! こいつまだ生きてやがった!」

 反射的に叫んだ俺の目に映るのは、壊れた階段にしがみつき、必死に四階に登ろうとする人体模型。どうやら悪運が強いのはお互い様らしい。

 だがこいつの方は、結構ギリギリだったらしく、かなり登るのに手間取っている。これはチャンスだ。こっちに少し時間が出来た。

「よし、瑞希。倒すぞ、人体模型」

「は? どうやって?」

「ちょっとこっち来い。時間無いからまた走るぞ」

「え? え?」

 瑞希を引っ張り、四階の廊下を進む。運がよければ、これで助かるはずだ。このかったるい鬼ごっこに終止符を打ってやる。


 ***


「何、これ……」

「なんだろうな、これ……」

「ホント、なんなんスかね……」

「ずいぶんさっぱりしちゃったね……」

 二度目の爆発音が、かなり近いと判断した僕達は、プールへ向かうのをやめて、音のした方へ行ってみた。その結果、何故か消し飛んでいる階段と、校舎の壁の大穴を目撃した、というわけだ。

 正直、意味がわからない。ミサイルでも飛んできたというのだろうか。これならまだ、骨格標本が動くことのが、現実的に見えるほどだ。

「……これ、ここの窪みが、着弾地点、ってことッスよね」

 歩擲が指したのは、校舎側の壁。見れば確かに大きく窪んでいる。

「恐らくは、そうだろうな」

「だとしたら、ここに弾が無いのはおかしいッスよね? 誰かが持ち去ったか、あるいは弾がひとりでにここから立ち去ったか、ってことになるんスから……」

 誰が何のために持ち去る? それに、弾がひとりでに、とは?

「うーん? 持ち去った人がいたら、ぼくたちが気付くはずだよね……?」

「……歩擲は、弾が生き物だった、とでも言いたいの?」

 そう、アイゼンと不動さんの言うとおり、どっちも、ありえない話だ。僕たちは、爆発音の後、遠めにこの階段を見続けていたが、階段に近づいた人影は目撃していない。だが二人の意見に対して、歩擲は首を横に振り、口を開いた。

「……弾が、幽霊だったとしたら、どうッスか?」

「……幽霊が、これをやったとでも言うのか? そんなものがいるわけが……」

「……あくまで、可能性の話ッスよ」

「「うーむ……」」

 二人で考え込むが、結論は出ない。だが、本当に幽霊の仕業だとすれば、これは僕達の手に負えるレベルを遥かに超越している。

「……門戸先生に連絡しよう」

 僕の結論は、そこに落ち着いた。反論するものは、この場には居ないようだ。スルリとポケットから、携帯電話を取り出し、開く。だが、圏外。

「電波、入る? ぼくの方は、さっきからずっと圏外なんだけど……」

 携帯を見て首をかしげる僕に、アイゼンが不安そうに顔を覗き込んで聞いてきた。

「いや、僕も圏外のようだ。二人は、どうだい?」

「ダメっぽい」

「俺も圏外ッスね」

 ということは、機種がどうこうという問題ではないな。この辺一帯で、電波障害でも起きているのだろう。

「よし、じゃあ一旦学校から出よう。それでいいね、不動さん?」

「まあ、仕方ないよね…… こんなんなってちゃさ……」

 無事、不動さんの了解も得られたので、僕たちは、一階の昇降口を目指す。もちろん、目の前の崩れ落ちそうな階段は使わず、遠回りをして。


 ***


 瑞希に作戦を説明した後、実行するために四階の廊下に一人で立つ。あの大破した階段との距離は、約30mほど。懐中電灯で、廊下の先を照らすと、なんとか登りきれたらしい人体模型が見えた。

 実は、マイナスドライバーによって壊れた肩が再生したときに気付き、挟み撃ちのとき間近で蹴りをかまして確信したことがある。

 奴が再生するとき、その心臓が、嫌なオーラを増大させている、ということだ。つまり、文字通りの奴の心臓部って可能性がある、ということ。

 ならば、なんとか心臓を破壊出来れば、再生も止められるかもしれないと思い、この『人体模型ブッ殺作戦』を考案したわけだ。

 人体模型がこちらに向かって来ているが、俺が止まっているのを確認すると、走ってではなく、ゆっくり歩いてくる。

 これは予想通りだが、あまり芳しくないな。まあいい、作戦実行だ!

「おいこら! 半分ヤロウ! てめぇ、キモいんだよっ!」

 作戦その一、ひたすら煽る。

「くどい顔しやがってよ! てか、なんだよその髪型はよ! 今時そんなやついねーよ! ばっっっかじゃねーーーのっ!」

 ただただ、煽る。むしろ、この作戦は、いかに煽るか、それだけで出来ていると言っても過言ではない。これこそが作戦の肝なのだ。

「体つきも貧弱だよなーっ! 全体的に短足だしよっ! てゆーかてめえ、【自主規制】が【自主規制】じゃねーか? この【自主規制】ヤロウッ!」

「ブッ!」

 柱の影で、瑞希が噴き出していた。うわー、これで噴くとか、引くわー。だが、対する人体模型はというと、

「……………」

 相変わらず無言だが、歩くのを止めてこちらに向かって全力疾走を開始してきた。どうやらブチギレてくれたらしい。よーし、これで作戦はほぼ成功だ。

「おら、こいよ、てめえ如き、俺の相手じゃねーんだよ」

 今まで俺たちにも見せたことがないほどの速度で迫り来る人体模型。俺まで後2mと迫る。

「よし、今だ瑞希」

 俺の前方の柱の影に、しゃがんで隠れている瑞希に、人体模型に聞こえぬように小声で合図を送る。瑞希は無言で頷き、人体模型がその柱の横を通過する直前で立ち上がる。

 すると、俺と、人体模型の間に、ピンッと張られた白線が浮かぶ。人体模型もそれに気付き、急遽止まろうとするが、もう遅い。白線に脚を取られ、大きく前につんのめって、転倒する。

 ガッシャーン!と大きな音を立てて、そのパーツを床にぶちまける人体模型。やはり、非常に脆い。

「知ってたか? 全力で走ってるときに転ぶと、意外と衝撃デカイんだぜ?」

 倒れた人体模型を見下ろし、単一マンガン乾電池先生が教えてくれたことを言ってみる。さあ、瑞希の担当だった作戦その二は完了した。次は俺の番だ。

 すぐにその気持ちの悪いパーツ群の中から、ずっと俺の肌を突き刺していた殺気の元凶である心臓を見つけ出す。

 最悪なことに脈打っている心臓は、それが本当に心臓部であることの証明と言わんばかりに、パーツ群がジリジリと集まってきている。だが、

「遅いっ! あばよ、化け物」

 グシャッ! 一息で踏み抜き、心臓は破裂した。生の肉の感覚が、靴の裏から伝わってくるようだ。周囲に血と肉片が飛び散ったようにも、見えた。

 だが、よく見ると、俺の足が踏み抜いているのは、ただの砕けたプラスチック片。辺りは、先ほどまでの殺気は何処に行ったのかと、不思議になるほど静まり返っていた。

「ミッションコンプリートだな、瑞希」

 足元に転がる人体模型のパーツを、廊下の端に蹴っ飛ばしながら、瑞希に声をかける。パーツももう、動く気配はなさそうだ。

「いやー、あまりのアホな作戦に、不安いっぱいだったけど、なんとかなるもんだねー」

 瑞希は、持っていた消火栓のホースを放すと、こちらにツカツカと歩いてくる。 

「アホだと? 完璧な作戦だったじゃねーか」

「……ごめん、作戦じゃなくてタツキチがアホなんだったね。間違えてたよ」

「……そうかよ。で、これからどうすんだ? もうこんなの真っ平だぞ?」

 走りつかれた反動で、瑞希に反論する元気もなくなってきたみたいだ。

「……そうだね、もう帰ろっか?」

 瑞希も疲れたような表情で弱い笑顔を浮かべながら、そう言った。それは非常にありがたい提案だった。

 時計を見れば、まだ九時半だった。いや、もう九時半と言った方がいいのか? 結局、三十分近くも走り回ってたことになるのだから。

 全く、道理で疲れるわけだ。さっさと帰ってシャワー浴びて寝たいぜ。


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