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第五話『学校の怪談(前)』

「こんにちは八幡さん! 新聞部です! 最近付き合っている男性がいるという話ですが、どちらの方なのですかっ?」

「ああ?」

 昼休み、教室の自席で睡眠を取っている俺に、突然マイクが向けられ、頭に響く甲高い声が耳に飛び込んできた。反射的に返事をし、寝ぼけ眼で顔を上げると、声の通り、女子生徒だった。

「うぉっ、ガラ悪っ」

 寝起きの俺を見て、嫌なリアクションをしたそいつは、まだMP3レコーダーのマイクを俺に向けている。黒髪ショートで、背丈は150前後と低め。黙っていれば、可愛く見えないこともない、そんな気がする奴だった。

「うるせーな……」

 そうつぶやく。これで黙ってくれればいいのだが、俺は、こいつがこの程度で黙ることが無いのを知っている。何故なら、非常に不本意ながら、こいつと俺は保育園からの腐れ縁。こいつは昔から良く喋る、口から生まれたような人間だった。名前は、千寿瑞希。

「もー、そんな態度だから、大して突っ張ってもないくせに不良とか言われるんだよ?」

「んだよ、そんなことかよ。俺は、ねみーんだよ。寝かせてくれ……」

 いい子ちゃんが多いこの学校だと、俺は不良になるらしい。実際、そうゆう目で見られることもしばしば。よって、話し掛けてくる奴は、教師を除くとこいつくらいのものだ。

「そう言わずにさー、ね? タツキチって、本当にホモなの?」

 瑞希は俺のことを変な昔からあだ名で呼ぶ。名前がタツキだから、タツキチなのだそうだ。ちなみに、俺に限ったことじゃなく、こいつは誰彼構わずあだ名で呼ぶ。

「あー……? ホモ? 俺が? なわけあるかよ……」

「なんだつまんない。ガセネタかぁ……」

 なんでこいつは、長年の付き合いなのに、俺がホモだと思うんだ…… そんな素振り見せてないだろ……

「面白いかどうかで、ホモにされたら、たまったもんじゃねーな。……ところでよ、それ新聞部としてネタにする気だったのか?」

「そうだけど?」

 アホ程良く喋る瑞希は、何を思ったか、新聞部に所属している。ただでさえ、口からの情報発信量が多いのに、さらに増やそうとは、どうゆうことなのだろう。

「そうですかい。んで、さっきの情報の出所は?」

「知ってどうするの?」

「ぶっ飛ばしに行く」

「それ聞いて、教えると思う?」

「思う」

「思うのかよっ! まあ、教えるけどさー」

 ほら、結局教えてくれる。こいつは、非常に口が軽い。だが、結局確信は教えてはくれない、そんな奴だ。もったいぶって、楽しんでるのだろう。

「教えるけど、教えるには、条件があります!」

「……なんだよ」

 ほら、もったいぶり第一弾が来た。何をさせられるのやら……

「今日の放課後、暇ならちょっと付き合って欲しい」

「……何に?」

 大抵は、ろくなことじゃない。こいつに付き合わされるときは、面倒事と相場が決まっているのだ。

「来月の記事で、学校の七不思議特集を組むから、それの取材。タツキチは、私のボディーガード兼、七不思議探査機」

「うわ、めんどくせぇ……」

「来ないと、ホモだって噂流すよ」

 さて、こうなると、もう俺に拒否権はない。いつのまにか、これはデマ情報の出所との交換条件が、デマ情報を流されないことへの交換条件になっていた。

「わかったよ…… 行きゃあいいんだろ……」

「さっすが、タツキチ、頼りになる~!」

 ちくしょう、人のこと脅迫しておいて、それかよ。しかしまあ、幽霊が見える奴なんて、他にいないだろうから、他当たれとも言えないしな。おっと、大事なことを忘れていた。

「んで、俺がホモだとか、最初に抜かした奴は、何処のどいつなんだ?」

「えーっとねー、私の綿密なる調査の結果によりますとー」

「よりますとー?」

「一年の某生徒がやったコックリさんからの情報、ですね」

「なめてんのかっ!」

 今時、コックリさんも酷いが、そこからの情報が噂として広まりつつあるってのも、酷い。この学校はアホばっかりか!

「いやいや、多分真実だよ。私の綿密なる調査をなめてもらっちゃ困るよ」

「……そうかい」

 ああ、なんか疲れた。それにしてもコックリさんか。それじゃぶっ飛ばしようがないじゃないか。寝よう…… そう思い、机の上につっぷして、寝る姿勢に入る。

「結局寝るんだね。まあいいか、じゃ放課後にねー。逃げるなよ?」

 それだけ告げて、瑞希は去っていった。去り際に釘を指されてしまったので、早退逃亡は諦めるとするか。あーあ、幽霊が見えるせいで、損ばっかりだな。まあ、いいか。


 ***


 今日も授業が終わった。さて、どうしようか。今日は、私は、図書委員の当番ではない。

 よって、いつものように、図書室でダラダラと五時半まで時間を潰すことは、しなくていいのだけど、家に帰ってもすることがない。

 まあ、当番じゃないと図書室にいちゃいけないわけでもないし、普通の生徒として、図書室を利用し、本を読みながら、時間でも潰そうかな。そんなことを考えながら、教室を出て、図書室に向かう。

 いつものように、荷物を持ち、帰宅や部活に向かう生徒の多い廊下を、トボトボと歩いていると、不意に、後ろから声が掛けられた。

「あれー? そらっち、今日も図書室?」

 振り返れば、毎日教室で顔を合わせる、唯一の友達と呼べる生徒、千寿さんがいた。その後ろには、金髪の、見るからにグレてますといった風貌の男子生徒がいる。見れば、ブレザーはネクタイを外して、全体的にゆるく着ている。身長は170くらいだろうか。体格は結構いいように見える。怖いな。高校って、こんな生徒もいるんだな。

「えっと、……うん、図書室かな」

「そっかそっか、真面目だねぇ~」

 千寿さんは、うんうん、と腕を組みながら頷き、なぜか感慨深そうな様子だった。後ろに、目をやると、金髪の男子生徒が、少しいらだたしげに、そっぽを向いて会話が終わるのを待っているようだ。なんだろう、なんか申し訳ないな。

「……えっと、後ろにいる人は、千寿さんの、友達?」

「そうそう、ちょっと用があって付き合ってもらってるの。ほら、タツキチ、挨拶挨拶」

「ああ? ……なんで俺がお前の友達に、挨拶しなきゃなんないんだよ?」

「……アレ、バラすよ?」

「……わーったよ」

 タツキチと呼ばれた男子生徒と、千寿さんの間で、不思議な会話があった。なんだろう、千寿さんは、弱みでも握っているんだろうか。

「……五組の、八幡龍樹だ」

 頭を掻きながら、渋々と言った感じで、挨拶された。五組の八幡くん? ひょっとしなくても、瑠璃ちゃんに、根拠の無いホモの噂を流された、八幡くん?

「………………二組の、朱城ソラです」

 思わず、呆けてしまった。まさか、こんなところで遭遇するとは。自分の名前を言った後の、私の返答までの間が気になったのか、八幡くんは訝しげな表情をしている。まずい、この人に、噂の真相がばれたら、非常にまずい。なんとか隠し通さないと。

「うんうん、二人とも仲良くねー。そうそう、そらっちは図書委員なんだよ、タツキチ」

「……だからなんだ?」

「あんたも、図書委員でしょ! ずっとサボってるんだから、謝っときなさいってことだよ」

「……すまん」

 千寿さんに言われて、八幡くんは、ぺこり、と頭を下げてくれた。えっ、ちょっ、怖っ。

「いえ、あの、その、大丈夫です、から、気にせずに……」

「よかったねタツキチ、そらっちが良い奴でさ」

「……そうだな。お前もこれくらい良い奴だったらよかったのにな」

「ははは、またまたー。……バラすよ?」

「……ごめんなさい」

「……あの、一体何が……?」

「あー、あのね、こいつ実は、ほブフォア!」

「……おっと、蚊がいたぞ、瑞希」

「……許さん、わき腹は許さん。もう怒った、バラす。マジでバラす」

「……ごめんなさい、勘弁してください」

「……え? ……え?」

 なんだかよくわからないうちに、会話は進んでいく。それにしても、八幡くんも、私も、比較的無口なのに、会話が進むってことは、千寿さんが凄いってことか。

「じゃあ、そらっち、私たちそろそろ行くねー」

「あ、うん。じゃあね」

 五分くらい話しただろうか、なんだかんだで、向こうも用事があるらしいので、騒がしい二人組みと、別れた。さて、私も図書室に向かうかな。そう思い歩き出したとき、カバンの中から、振動音が聞こえた。

 開けてみれば、携帯に着信。誰だろう? 親かな、そう思い、取り出し、見てみれば非通知だった。どうしようか迷ったが、携帯はずっと震え続けている。ワン切りじゃないのだから、いたずらでは、ないのだろう。意を決して、電話に出ることにした。

「……もしもし」

『俺だ!』

 ……プツッ 思わず電話を切ってしまった。これが流行のオレオレ詐欺という奴だろうか。高校生にまで掛かって来るなんて、怖いなぁ。

 そう思い、カバンに携帯をしまおうとすると、再度、同じく非通知から着信があった。どうやらしつこい詐欺のようだ。ここは、一度ガツンと言った方がいいのだろうか。

「もしもし?」

『何故切った!俺だと言っているだろう?』

「……誰ですか? 詐欺じゃないなら、名乗って下さい」

『詐欺? なんのことがだか知らんが、そんなに俺の名乗りが聞きたいのか。良いだろうならば聞かせてやる。俺は、時空間跳躍型対霊体人造人間第零壱号(アストラル・リターナー ゼロワン)だ! ふはははは!』

 それは、詐欺より性質が悪い、得体の知れない何かからの電話だった。


 ***


 図書室棟四階、そこは一般生徒の立ち入りが制限された図書室だ。貴重書保護のために下ろされた厚いカーテンのせいで、まだ三時半過ぎだと言うのに、室内は非常にくらい。同様の理由で数の少ない蛍光灯の明かりは、まるで地下室のような雰囲気をかもし出していた。

「それで、不動さん。ここに呼び出したからには、何か面倒な事情がある、ということでいいんだね?」

 埃くさい部屋の、古い机、その前にある錆付いたパイプ椅子に腰掛けた僕は、呼び出した張本人である、我らが委員長の不動アカナに、そう聞いた。

「まー、そうだね。いつもどおり厄介事、かなぁ?」

「……歯切れが悪いッスね」

 厄介事・面倒事、それ自体は、彼女と知り合ってからというもの、今に始まったことではないので、問題はない。だが、そのなんとも言えない歯切れの悪さに、俺の横に座る、同じく図書委員の歩擲楓賢が、疑問を呈した。

「とりあえず、事情を聞こうか。それは、ここで僕らに話すようなこと、なんだろう?」

 ここで、僕らに、話す。それは、心霊絡みの何か、ということだろう。

「まあ、そうだね。話自体は、私だけじゃなくて、アイゼンにもしてもらわないと、困るんだけどね」

「え? ぼく? うんまあ、話はあるけど、先に不動さんから話してよ」

「え? 私からぁ?」

「どちらからでも、いいんじゃないか? 結局二人の話は、どちらも聞くのだから」

 たまに見るが、こういった女性同士の話の譲り合いはなんなのだろう。いや、不動さんの隣に座るアイゼンは、男だけど。……こうやって考えると、彼の性別は、たまに疑わしくなるな。

「いやほら、順序とかね。まあいいや、じゃあ私から話すね。水泳部の友達に相談されたんだけど、プール開きしたら、幽霊が出るようになってたから、なんとかして欲しいって」

「ぼくの方は、合唱部の子が、ピアノが夜中にひとりでに鳴ってて怖いから、なんとかして欲しいって」

「あと、清掃のおばちゃんが、本校舎四階の女子トイレ奥の個室が開かないから、なんとかして欲しいって」

「生物部の子が、翌日になるたびに、人体模型と骨格標本の位置が動いてて不気味だから、なんとかして欲しいって」

「他にはぁ、」

「まてまてまて。なんだい、それは。量が多すぎないか?」

 不動さんとアイゼンは、息ぴったりで、交互に話をしてくれたが、聞いてるこっちが覚えられない。

「いや、だから、私とアイゼンに寄せられた相談事だって」

「……君たちの友人は、図書委員を退魔組織か何かと勘違いしているんじゃないのかい?」

「「えっ? 違うの?」」

 頭が痛くなるな。どうして、こうなってしまったのだろうか。おまけに歩擲まで、

「まあ、そんなに間違っちゃいねぇッスよ」

 なんて言い出した。

「でもほら、友達の間だと、不動さんに相談したら解決した~! みたいな噂になっちゃっててさぁ」

「そうそう、ぼくの方もそんな感じで、困ったことがあると、相談されるようになっててさぁ」

「ねー、相談されると、無碍には出来ないよねー。実際に困って、相談してきてるわけだからさぁ」

「「ねー?」」

 声を揃えて、僕らに威圧をしかけてきた。全く、やはり最初から、友人の為にこき使う気だったな。

「ねー?、って…… それらを実際に、解決してるのは、僕と歩擲だろう…… それに、ほとんどの場合が霊なんていなかったという、勘違いじゃないか…… いいのかい、そんなことで……」

 まあ、相談して、解決したよ、と言われれば、不安も解消され、勘違いや見間違いをすることもなくなるだろうから、実際に解決したのと変わらないのだろうけど。

「いいのいいの。で、話続けていい?」

「まってくれ、覚えきれないから、メモを取らせてくれ」

 カバンから、ルーズリーフとシャーペンを取り出し、机の上に広げる。

「じゃあいい? 話すよー?」

「ああ」

 ……五分後。

「ふぅ、これで全部かな」

「ぼくの方は、多分全部言ったよ」

「ずいぶんと多いな……」

 そこには、いわゆる学校の怪談が、列挙されていた。どうしてこんなに増えてしまったのか、そう言いたくなるような量だった。

 しかし、元からあった怪談にしろ、ここまで流行るのは、どこか不自然だ。何かの外的要因の仕業だろうか。

「合計、いくつになってるんスか?」

「ああ。今数えてみるよ」

・プールに幽霊

・ピアノ自動演奏

・個室の開かないトイレ

・動く人体模型と骨格標本

・夜中十三段になる階段

・目の動く肖像画

・深夜の体育館のバスケ少年

・上半身だけで動き回る女子生徒

・踊り場の姿見に悪魔が映る

・調理実習室に潜伏した殺人鬼

・閉じられないアダルトサイト

「計十個だな。最後の奴は意味がわからないから、除いていいだろう」

 誰だ、不動さんかアイゼンに、こんなことを相談した奴は。

「うーん、七不思議ってわけじゃないんスね」

 顎に手を当てて、考え込む歩擲。外見に似合わず、といったら失礼だが、彼の洞察力は凄まじく冴えることがある。確かに、七つでないことは疑問だな。

「まあ、なんでもいいんじゃない。あんたらが全部調べて解決してくれればさ」

「まさか不動さん、これ全てを見て回って、問題があったら除霊しろ、と?」

「うん、そうだよ。今晩の、学校の警備員さんには、もうすでに校長経由で、門戸先生から話が行ってるから、夜中いくら学校をうろついても大丈夫!」

 なんだ、この異様な手際の良さは。これでは、断るに断れない。

「……僕たちは、昨日まで遠出していて疲れているんだが、やらないとダメかい?」

「……お土産」

 ボソッと呟いたアイゼンの方をみれば、恨みがましい目つきで、こちらを見つめていた。ああ、そうだった、そんなこともあった。

「……わかったよ、やるよ」

「仕方ないッスね……」

 歩擲と共にしぶしぶ承諾する。お土産を忘れたのは、申し訳ないが、ここまで働かないとダメなのだろうか。

「オッケー。じゃあ今日は、私たちもついていくから」

「……え?」

「何か問題でもある?」

「いや、特にはないけれど……」

「じゃ、けってーで!」

 実際に、それほどの問題はない。門戸先生がいるおかげで、こういった事件の霊は、極度に危険なものがいないのだ。そんなものがいれば、門戸先生が先に解決してしまうから、というわけだ。

 そんなこんなで、僕たち図書委員四人は、夜間の学校をうろちょろする決まりとなった。どうやら、今夜も早くは寝れないらしい。月曜日だと言うのに、皆さん元気で素晴らしい限りだ。


 ***


 ふう、ここは日差しがまぶしいな。本校舎、と呼ばれているらしい四階建ての建物、その屋上の片隅にある、水を貯めているらしいタンク、その上に俺は立っている。

 先ほど、電話、と呼ばれるこの時代の音声通信機構でソラをここに呼び出した俺は、その到着を待っている、というわけだ。

 見れば、屋上の入り口が開いて、ソラが入ってきた。俺を捜しているのか、きょろきょろと辺りを見渡している。

 ふむ、ここにいるのに、中々見つけてくれないな。わかりやすく高いところに上ったというのに。しかたない、声をかけてやるか。

「ふはは! よく来たな!」

 ソラの頭上に目掛けて、声を出す。一瞬びくっとしたソラが、こちらへ振り返り、見上げてきた。

「……何、してるんですか?」

「ふ、言わずもがな、貴様を待っていたのだ、朱城ソラ」

 ふむ、この距離、意外と離しづらいな。一息に、ソラの前まで飛び降り、綺麗な姿勢で、ストンっと、見事に着地する。我ながら、完璧な跳躍だ。

「……待たせちゃったみたいで、すみません。それで、なんで屋上に?」

「ふむ、いい質問だ。実は貴様に話したいことがあったのだが、他の奴らがいるとまずいのだ。それで、学校の中で話せそうな場所はここしか見当たらなかったから、ここになった、というわけだ」

 俺も、学校とやらの中を無闇にうろついて目立ちたくはないし、ソラが一人になる時間帯は、基本的には学校の放課後くらい、だからな。

「……ところで、なんで私の携帯の番号を知ってたんですか?」

「ふはは! 俺は未来人だぞ?」

「…………………」

 ソラは、呆れたような顔をしているが、未来人だから、ということで納得してもらおう。未来の技術は、守秘義務で出来ているのだ!

「まあ、いいです。……それで話っていうのは?」

「ふむ、霊子計の操作について、教えてなかったと思ってな」

「……霊子計、ですか」

「そう、霊子計だ。持っているか?」

「はい。今、カバンの中です」

 返事をしたソラは、ゴソゴソとカバンから霊子計を取り出した。以前渡したときに、操作方法は後で説明する、と言って、まだしてなかったからな。まあ、こっちの都合もあったのだが。

「これ、ですよね?」

「ああ、それだ。少し、貸してくれ」

「はい。というかこれ、元々ゼロさんの物じゃないですか」

「俺としては、貴様にくれてやったつもりだったのだが……」

 なんとも謙虚なことだ。この時代のこの国の人間は謙虚だと聞いたが、ここまでとは恐れ入るな。

 さて、ソラから渡された霊子計に、ジャケットのポケットから出したチップを差し込み、霊子計の電源を入れ、設定を呼び出す。

「……あの、何をしているんですか?」

 カチカチと霊子計を操作していると、ソラが不安そうに覗き込んできた。ああ、確かに、ソラから見れば、何をしているのかは、わからないな。

「ふむ、霊子計の操作を説明すると言ったが、口でするのも面倒なので、霊子計自体にさせることにしたのだ。今、チュートリアルと操作マニュアルを追加し、表示言語を日本語にしておいた。単位表示も、貴様らに馴染み深いものを採用した。未来では全く役に立たない追加パッチだ。ありがたく思えよ。ほら」

 そう言って、設定の終わった霊子計をソラに渡す。

「えっと、ありがとうございます」

「ふはは、どういたしまして」

「……ところで気になったのですが、霊子計の下に表示される色ってなんですか?」

 ソラが、渡された霊子計を指差しながら、そんなことを聞いてきた。色か、そういえば説明してなかったな。

「色は、霊子色と言って、その霊子に蓄積されている感情がなんであるかを表しているのだ」

「……なるほど」

「例えばだな、あのクソガキは、イエローだった。イエローは欲望や欲求の感情を表す。あと、あの着物お面は、ダークパープルだったな。パープル系の色は、憎悪や恨みなどの感情だな」

「ありがとうございます。大体、わかりました」

「まあ、その辺はマニュアルに書いてあるから、暇なときにでも読むんだな」

 さて、これで俺の用事は終わったな。あまりソラを拘束しても悪いので、そろそろ消えるとするか。

「では、俺の用事は以上だ。急に呼び出してすまなかったな!」

「……本当に、思ってます?」

「ふはは、当然だろう?」

 俺を疑うとは、ソラにしては、なかなか変わった質問だな。こいつも少しづつ変わっている、ということか。

「……まあ、いいですけど。ところで、今、お時間大丈夫ですか?」

「なんだ?」

「いえ、あの、少し、相談が……」

 ソラは、途切れ途切れになりながら、言い出しにくそうな様子で、そんなことを言った。そういえば、ソラから俺に話がある、というのは、珍しいな。

「ふむ、そういうことなら、聞こう。時間は大丈夫だ」

「そうですか、ありがとうございます」

「それで、相談とは、何事だ?」

「えっと、ですね、その、あの…… 私も、幽霊が見えるようになりたいんですけど、どうしたら、いいでしょうか?」

 これは、驚いた。そういったものは、怖いから嫌いだとばかり思っていた、ソラが、そんなことを言い出すなんて。

「どうして、見えるようになりたいのだ?」

「……私、あれ以来、瑠璃ちゃんと結構遊んでいるんですけど、それで、です」

「それなら、霊子計があるだろう?」

「まあ、そうですけど、アレ持って、あっちこっち動き回るのは少し不審ですから……」

 不審か…… この時代でも不審にならないように外観を設計されたはずなのだが、まあ仕方ないか。

「ふむ、そうゆうことなら、協力してやろう。見たところ、貴様は密度C以上の霊体は見えていたのだから、センスはあるだろうからな」

「……本当ですか!」

「ああ。それにまあ、誰であっても、ある程度訓練すれば、見ること自体は出来るようにはなる。安心しろ」

 ソラは、あの着物お面は見えてない様子だったから、当面はDランクを見えるようにする練習か。さて、そうと決まれば、さっそく行動だな。

「そうだな、では俺による朱城ソラの為の霊視特訓を始めようか、今夜から」

「……今夜から、ですか?」

「ああ、そうだ。思い立ったが吉日だ。だがな、俺の特訓は厳しいぞ? 覚悟するんだな、はーっはっはっは!」

 なんかマズイ相手に相談したかな、という表情のソラを他所に、俺の高笑いが、夕方の空に溶けていくようだった。

 朱城ソラが、霊能力を身につけるのは、未来の世界としては好ましくないが、それがソラのしたいことなら、俺は協力するまでだ。時空間跳躍型対霊体人造人間(アストラル・リターナー)は、この世界を捻じ曲げて未来を守るのではなく、この世界を自然な流れにしつつ、未来を守るのだから。

 ようは、俺の道徳心に任せて自由にしろ、ということなのだ。ふははっ。


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