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第四話『ゾンビ』

 コックリさん騒動の翌日、私は、例によって放課後の図書室にいる。放課後、と言っても、今日は土曜日で、授業は午前中だけなので、現在時刻は一時を少し過ぎたくらい。

 私たち図書委員は、あの不真面目な先生に代わって図書室を開けているのだが、それは基本的には平日だけなのだ。なのに何故、この土曜日にまで、こうして図書室にいるかと言うと、今日に限っては、ちゃんとした理由がある。

「お、朱城さんか、早いねー。おはよー」

「おはようございます、先輩」

 挨拶しながら入ってきたのは、比較的高めな160cm前後の背丈と、細身な体格、明るい印象を受ける茶髪のショートの髪の女子生徒だった。私の一つ上の先輩で、この図書委員の委員長だ。

 彼女の名前は、忘れた…… わからなければ、先輩と呼んでいればいいだろう、そんな気がする。

 さて、今、この図書室に人が入ってきたことからわかるように、今日は我々図書委員会の集まりがあるのだ。

 先輩は、私の傍の席に腰掛けると、机の上にカバンを放り、カバンから取り出した弁当を広げ、食べ始める。

「……あの、ここって、飲食可でしたっけ?」

「不可じゃない? まあ、汚さずに食べるからさ、ここは一つ目をつぶって、ね?」

 もぐもぐしながら、そんなことを言われた。司書教諭があれなら、委員長はこれか。まあ、嘆くほど図書が好きなわけではないけどさ。

「そうふぁ、しゅひょうはん」

「先輩、何言ってるのか、わかんないです」

 ……モグモグモグ……ゴックン。

「いやー、ごめんね。そうだ、朱城さん、図書室に人来たりしてる?」

「いえ、特には」

「そっかぁ。そうそう、私の名前覚えてくれた?」

 え? 流れに関係無く、何故先輩の名前の話になるのだろう。まさか、さっきから先輩としか言ってなったから、見透かされた?

「……えっと?」

「あれ、忘れちゃった? 私、不動だよ、不動アカナ。今さ、今日の出欠の確認をしようと思ったんだけど、名前覚えてないとわかんないだろうと思って、試しに聞いてみたの」

「えと、ごめんなさい。名前覚えるの、苦手で……」

「いいよ、いいよ。別に責めてるわけじゃないし、私も最初は全然だったからね」

 微笑む先輩を見て、少しホッとする。気を悪くしたんじゃないかと、ビクビクしてしまった。

 それにしても、出欠確認か。確かに、名前を把握していないと出来ないことではあるな。私の記憶が正しければ、図書委員は、二年生が4人、一年生が3人だった気がする。三年生は、委員会に入らなくてもいいから、いなかったはず。

 ちなみに、他の委員会でもそうだが、それぞれの委員は、各クラス一人、部活動に入っていない生徒から選出する決まりになっている。だが、今年の一年生は、部活動参加者が多かったらしく、本来5人いるべき委員が、3人しかいない。二年生も一人少ないが、同じような理由なのだろう。

「……欠席の人は、もうわかってるんですか?」

「えーっとね、二年は歩擲(ぶちゃく)孔雀(くじゃく)の奴が欠席だってさ。一年からは連絡は受けてないけど、あの子はどうせ無断欠席でしょ?」

「……あの子?」

「なんて言ったっけ? あの、朱城さんと水月(すいげつ)さんじゃない、もう一人の一年生。確か、不良の……」

 そういえば、そんな人もいた気がする。一回も来てないから、全く知らないけど。不良さんは怖いから、サボってるままでも、いいかな。

「そう、八幡(やはた)くんだ! 思い出した!」

 ガタバサッ!

 傍のカーテンが、揺れた。間違いなく瑠璃ちゃんだな…… それにしても、八幡くん、か。どこかで聞いた名前だと思ってたら、まさか図書委員だったとは。

「あれ? 今カーテン揺れた?」

「……気のせい、ですよ」

 しかし、八幡くんだったとは…… これは、ますます顔を合わせづらいな。私が言ったじゃないにしろ、何故かホモの噂を流すことになってしまったし。どうしようか、そう考えていると、

「やっほー!」

「すみません、遅れましたー」

 二つの声が、図書室に響いた。目を向けると、一人は手をブンブンと振る非常に小柄な生徒で、綺麗な赤毛の髪を持ち、少年と形容するのが合っているような人物だった。制服が男子のものなので、多分男性なのだろう。確か、先輩だった気がする。

 もう一人は、短い黒髪をした女子生徒で、彼女の背丈は標準的、体格は太くも細くもないといった感じだった。確か、彼女は水月さんだったはず。私と同じ一年生だ。

「やっほー。まあ、そんなに遅れてないから大丈夫だよー」

 もぐもぐしている不動先輩が、弁当を持って振り向きながら、返事を返す。二人の方は、図書室に入ると、先ほどの不動先輩と同じように、私たちの傍に腰掛けた。

「よし、じゃあ今日来る予定の人は全員揃ったね。そろそろ始めましょうか」

「あれ? 歩擲くんと孔雀くんは?」

 ちょうど食べ終わったらしい不動先輩の呼びかけに、小柄な先輩が、疑問をぶつける。

「あー、そうそう。そのことをみんなに言おうと思ってたんだ」

 不動先輩は、少年のような先輩の方から、全員の顔が見えるに向き直った。

「歩擲と孔雀、それと門戸先生だけど、今日は欠席です。先生が出張で、他二人はそれに付いて行ったみたい」

 なるほど……? 教師の出張って、普通ついて行くものじゃない、と思うんだけど……

「出張って、どこいったのー?」

「私は知らないよ」

「お土産あるかな?」

「わかんないなぁ。メールで催促してみる?」

「いいね! 求む、お土産、っと」

 先輩方はなんか楽しそうに話し込んでいた。それに比べ、こちらの一年生二人は、一切会話無し。ああ、私ってダメだなぁ。

「あ、そうだ朱城さん、彼の名前わかる?」

「……え?」

 唐突に不動先輩に話を振られた。先輩が指差しているのは、少年のような先輩。目を向けると、彼はキラキラした視線でこちらを見ている。なにこれ辛い。

「……ごめんなさい、わかりません」

 私のへ答えを聞いて、目に見えて落ち込んだ風の、少年のような先輩。うぅ、心が痛い。それでも先輩は、すぐに元気を取り戻し、

「ぼくは、ラガージャ・アイゼンだよ。呼ぶときはみんな、苗字のアイゼンの方で呼ぶかな」

「わかりました、アイゼン先輩」

「水月さんは、もうぼくの名前覚えてたよね」

「はい、一応は」

 話を振られた水月さんも、会話に加わる。

「水月さんは、私の名前わかるっ?」

「不動先輩、ですよね?」

「あったりー!」

 そして、不動先輩も加わり、みなでの雑談が始まった。そのうち、会話の流れは、出張に行った三人の話になり、今どうしてるのかだの、何しに行ったのかだの、わいわいと話していた。

 そういえば、何しに行ったんだろうな、生徒二人も連れて。


 ***


 窓の外を流れる景色は、のどかな田園だった。俺の隣には高校の制服を来たメガネのイケメンが、向かい合った座席には大柄でムキムキの同じ制服を着た男がいる。俺の座席は窓側進行方向向き。

 そんな位置にいる俺はといえば、激しい後悔と乗り物酔いに包まれていた。あーちくしょう。こんな依頼受けるんじゃなかった。

 現在時刻は二時。この電車に揺られ始めたのが、一時だから、かれこれ一時間にもなる。

「はぁ……」

 何故、俺こと、門戸一幸が、大切な土曜日を消費して、自分の生徒を連れてまで、このような趣味でもない小旅行に勤しんでいるかというと、依頼のせいだった。

 俺は、慈善事業で除霊の仕事をしている。なんで、金取らないかって? そりゃ、公務員は法律で副業が禁じられているからー、などという理由ではなく、お金が無くても、霊で困っている人がいるから、その人たちの為に、無給で働いている、というわけだ。どうだ、清いだろう? まあ、たまにお礼もらえたりするから、半慈善事業が正しい言い方な気もするが。

 さて、俺が休みにそんなことをしているのは、わかってもらえたと思う。それで、今回も同じように依頼を受けたわけだ。基本的には、関東圏内なら出向いて除霊なんかをしている。

 んで、今回は、俺の勤務先の学校長からの依頼だった。昔の知り合いが困っているので、助けてやって欲しいという内容だった。行き先は群馬の山奥。マジ勘弁して欲しい。

 しかしまあ、上司からの依頼を断れるはずもなく、今に至るわけだ。あー、タバコ吸いたい。電車での長距離移動は、ヘビースモーカーには辛いな……

「はぁ……」

 本日何度目かもわからぬ、ため息が出る。

「先生、顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

 横に座っているメガネのイケメンこと孔雀(くじゃく)麻雄李(まゆり)が、心配そうな様子で語りかけてくる。そんなに、顔色悪いのか。

「大丈夫だ。ただの乗り物酔いくらい、なんとかなる…… お前は酔ってないのか、孔雀?」

「ええ、僕は大丈夫ですね」

 そう言って頷く孔雀。正直、うらやましい。さて、向かい大柄男こと、歩擲(ぶちゃく)楓賢(ふうげん)はどうだ、と目を向けると、爆睡していた。どうやら奴には乗り物に酔うという繊細な神経どころか、景色を楽しむといった気概さえないようだ。

「よく、寝れるよな……」

「歩擲は、体が資本みたいな奴ですからね。まあ、着いたら大活躍なんですし、寝かせておきましょう」

 苦笑いですら様になるのは、イケメンの特権だろう。うらやましいものだ。こいつらが俺の慈善事業に同伴するのは、今回が初めてというわけではない。今日のように、授業が無いときは、たまについてくる。

 言うまでもなく、こいつら二人も霊能力者だ。将来、その道の職に付くかはともかくとして、自身の力を上げておきたいとか、なんとか、でよく俺にくっついてくるのだ。

 まあ、二年の図書委員は、俺の事情を知ってて来る、物好きな生徒が大半、みたいな感じではあるが。

 さて、俺も起きるのは孔雀に任せて寝てしまおう、と思ったのだが、一度酔ってしまうと、寝ることも出来ないようだ。乗り物酔い対策で飯を食ってないのも、響いてきた。あー、眠い気持ち悪い腹減った眠い気持ち悪い腹減ったタバコ吸いたい、帰りたい!

「はぁ……」

 あと三十分だ。生徒の前で駄々をこねるわけにもいかないから、我慢して耐えるしかない。あー……辛い。


 そして三十分後、なんとか目的地に到着出来た。タバコが、美味い! 空気が、美味い! 今は、なるべく、帰りのことは考えないようにしている。

「ふぁーあ、先生、孔雀、おはようございます」

 目的地の駅を出てすぐの、バスのロータリー、そこにあるボロッボロになった灰皿の前で、目を擦る歩擲が寝起きの挨拶をくれた。

「ふぅー、おはよう。んじゃ、荷物持ち頼んでもいいか?」

「お安い御用ッスよ」

「それで、これからどこに向かうのですか?」

 快諾した歩擲を横に、これからのことを孔雀に聞かれた。どうするんだっけな。ゴソゴソ…… よれた上着のポケットを漁り、メモ帳を取り出す。

「えー、とりあえず校長の友人とやらに会いに行くところからだな。バスで、って書いてあるが、この人数だし、荷物も多い。タクシー呼ぶか」

 荷物は、除霊用のあれやこれやで、結構な量になっている。現地の状況を聞けなかったから、不足の事態に備えていろいろ用意した結果、こうなった。

「なるほど。わかりました」

「それじゃ先生、さくっとタクシー呼んでもらっていいッスか?」

「はいはい……」

 携帯を取り出し、タクシー会社に電話しようとしたら、メールが来ていた。

『From:アイゼン 件名:こっちは平常運行です 本文:求む、お土産』

「アイゼンが、土産買って来いってさ……」

 これ、遊びじゃ無いんだけどなぁ。

「まあ、図書委員としての本来の仕事を、彼らに任せてしまっている以上、何か買っていった方が、いいでしょうね」

「あー、まあ、そうだな。何か帰りに買ってくか……」

 さてと、いきなり出鼻を挫かれたが、気を取り直して、タクシーを呼ぶか。ああ、また乗り物か、気が滅入るな……


 呼び出してから、二十分ほどで来たタクシーに、揺られること四十分。運転手に伝えた住所で到着したのは、一軒のデカイ民家だった。

 ザ・日本家屋といった趣の民家で、田舎ならこれくらいの規模があっても、まあ不思議ではない。民家の後ろに竹林と山が広がっているが、あれが私有地ならば、それなりのお金持ちの家なのだろう。

「ここッスか?」

「表札は、どーなってる?」

「せきどう? いしどう? ……よめねぇッス」

「これは、イスルギと読むんだよ……」

 少し呆れた様子の孔雀が、歩擲に読み方をレクチャーしていた。まあ、知らなくて読める漢字じゃないよな、石動って。元々は地名だし。さて、

「じゃあ、ここであってるな」

 ピンポーン!

『はーい、どちらさまでしょうか?』

 インターホンを押すと、すぐに返事があった。インターホン越しだが、女性と判る綺麗な声だ。

代場(だいじょう)高校の愛宕(あたご)校長に頼まれてきた、門戸と言います」

『愛宕さんに頼まれてきた方ですかー。少々お待ちください』

 しばらく待つと、門が開き、女性が出てきた。黒髪を後ろで纏めたラフな格好の二十代後半くらいの女性だ。身長は160前後だろう。うーん、校長の知り合いにしては、若いな。

「どうもー、はじめまして。石動琉華と言います。よろしくおねがいしますー」

 石動さんは、丁寧に頭を下げてくれた。後ろで纏めた髪が、ふわふわと揺れる。

「ご丁寧にありがとうございます。俺は門戸一幸です。こっちは生徒の孔雀麻雄李と、歩擲楓賢ですね」

 ペコリと、後ろの二人が頭を下げる。

「門戸さんと、孔雀さんと、歩擲さんですね。それじゃ、立ち話もなんですから、上がってくださいー。移動も短くはなかったでしょうから、お疲れでしょうし」

「ありがとうございます。では、お邪魔します」

「「お邪魔しまーす」」

 後ろの二人も、声を揃えて付いてくる。入った先は、中々広い竹林を持つ庭だった。端の方を見れば、池まである。こりゃ、都会では考えられない広さだな。

 そのまま広い庭を、石動さんに付いていくと、前方にやっと家が見えてきた。

「ささ、上がってください」

「「「お邪魔しまーす」」」

 再度挨拶をしながら、俺たちは、応接室に通された。全員が応接室に入ると、歩擲は荷物を降ろした。いかに筋力のある歩擲と言えど、重かったのだろう。

「それじゃ、お茶を出しますので、お掛けになってお待ちくださいー」

「お気遣い、ありがとうございます」

 三人で、応接室のソファに腰掛ける。あまり使われてないのか、年代を感じさせるのに、凄く綺麗なソファだった。うちにも欲しいくらいだ。

「依頼主さん、ずいぶん若い人ですね」

「そうだな、校長の知り合いってのは、どうゆうことなんだろうなぁ……」

「わかんないッスね……」

 三人でそんな話をしていると、十分も経たないうちに、石動さんは、湯飲みに入った湯気の立つお茶と、お茶請けを持って帰ってきた。

「はい、おまたせしましたー」

「「「ありがとうございます。いただきます」」」

 三人で声をハモらせ、渡されたお茶をすする。非常に美味しい。コーヒー派だった俺は、緑茶なんて、と馬鹿にしていたが、今度からはそうもいかなくなった。それにしても、高校生のこいつらには、水でもいいくらいなのに、高そうなお茶を出させてしまって申し訳ないな。

「……失礼ですが、愛宕校長の知り合い、と聞きましたが、どういった知り合いなんですか? 見たところお若いので、気になりましてね」

「はい。愛宕さんは私の父の知り合いなんです。大学時代の学友で、未だに交流があるそうです。父は、今日の午後、門戸さん方がお見えになると聞いて、先ほどまでいたんですが、急に仕事が入ったとかで、やむなく私に留守番を頼んだ、というわけです」

 こちらの失礼な質問にも関わらず、石動さんは丁寧に説明してくれた。なるほど、父親の知り合いか、それなら納得できる。あの校長にこんな若い美人の知り合いがいるとかだったら、すこし問い詰める必要アリだったが、そんな事態にもならなさそうだ。

「なるほどね、ありがとうございます。さて、そんじゃ、さっそくですけど本題に入ってもいいですかね?」

「はい。ええと、私自身が確認した話ではなく、父に聞いた話なのですが……」

 そう前置きして、石動さんは“困っていること”を語り出した。

「先ほど、家に入るとき見えたかと、思いますが、うちは所有している山があるんですよ」

「ああ、あの家の裏に見えた山ですか。綺麗な竹林の、凄く立派な山ですね」

 俺の右に座っている孔雀が相槌を打つ。確かに、立派な山だったな。

「ありがとうございます。それで、その山なんですが、最近夜中にお化けが出るようになったらしいんですよ」

「……お化けって、何スか?」

 俺の左にいる歩擲が、デカイ首を傾げながら聞く。まあ、お化けって言っても色々あるからな。

「沢山の人影が見えた、と父は言っていました。動きは緩慢だったそうです。……今のところ被害はないのですが、日に日に数が増えてるらしく、何かあってからでは遅いので、各方面に顔の広い愛宕さんに相談したというわけです」

「ふーん。なるほどねぇ」

 あー、これ行政のやってる蜂退治と変わんねぇな。

「孔雀、これ、なんだか分かるか?」

「いえ、これだけではなんとも。人型の妖怪が群れている、ということでしょうか?」

「どうだかなー、俺には違うものにも感じるが……」

「……最近出たって話ッスけど、出始めたくらいで何か変わったこととか無かったッスか?」

 歩擲が意外といい質問をしていた。理由があっての出現かもしれない、というのは悪くない線だ。

「いえ、特には。ごめんなさい、私にはわからないです」

「そうッスか……」

 だがまあ、大抵の場合、わからないことが多い。原因わかってたら、もっと他に自分らで出来ることがあるからな。

「じゃあ、一休みしたら、山を見せてもらっていいですか? 出るのが夜だとしても、昼間のうちに下見とかしておきたいので」

「はい、わかりました」

 さて、鬼が出るか、蛇が出るか。どっちも、文字通りのものが出るのは、勘弁願いたいが。

「山に行くとなると、準備があるので、少し空けますね。くつろいでてください」

 そう言って、石動さんは部屋を出ていった。そんなこんなで、俺たちは、楽しい楽しい私有地登山をする運びになった。俺、比較的インドアなんだけどなぁ。


 帰ってきた石動さんは、ラフな格好から、山登り用の服装に変わっていた。まあ、短パンで山は厳しいものな。

 そんな彼女に連れらて、俺たちは家の裏手から、山に入った。高校生二人には、革靴に制服で登山ということをさせてしまっているが、まあしょうがない。

 最初の、外からも見えていた竹林部分を抜けると、ザ・山、といったような雑木林が続いていた。一応道らしきものはあるが、獣道に過ぎない。

「父が、お化けを見たのは、大体この辺りだと思います」

 幾分か登った頃、石動さんが口を開いた。

「先生、何かわかりますか? 僕には何も見えませんけど……」

「いや、俺もわかんねーな。向こうに、かすかな力を感じるが、沢山の人影に結びつきそうな感じじゃないしな……」

 俺が指した方向は、山のさらに奥の方だ。これ以上登るのはしんどいが、手がかりがそれしかないのなら、行くしかない。

「じゃ、そっちの方に行ってみますか」

「そうだな。石動さん、案内頼みます」

「はーい」

「まだ登るんスか……」

「ほら、気合いれろ。お前スタミナ不足すぎだろ」

 バテている奴がいるが、ゆっくりしていると日が暮れて、下見の意味が無くなってしまうので、急かして、奥へ進む。

 かなりの距離を登りながら、俺がかすかな力を辿って行き着いた先には、小さな祠があった。

 本当に小さな祠で、ほとんど回りの木々と同化していた。おまけに、かなりボロボロになっている。これじゃあ、いつ頃からあるのか、見当もつかないな。

「……これは?」

「…………私には、わかりません。こんな祠があること自体、今知ったので……」

 ふーん。てことは、手入れも何もしてなかったって可能性がデカイな。

「ちょっと見てもいいですか?」

「はい。大丈夫だと、思います」

 ギギギ…… と、壊れそうな音を立てて、祠の戸を開ける。中には、御神体と思われる刀が一本、祀られていた。木製の台座に、鞘ごと挟み込まれるように縦に、安置されている。

「先生、これは……」

 俺の後ろから、中を覗き込んでいる孔雀が、聞いてくる。

「まず間違いなく、この山にいる“何か”に対する処置だろうねぇ。封印なのか、鎮めているのか、どちらなのかは、わからないけど」

「……その割に、めっちゃ弱弱しくないッスか?」

 さらにその後ろから、様子を眺めている歩擲が、感想をもらす。

「だから、出てきたんじゃないの? 沢山の人影とやらがさ」

 封印にしろ、鎮めているにしろ、力が弱まれば、出てくるに決まっている。さて、出ちゃったのが、あまり強力な奴じゃないことを祈ろうか。

「……それで、どうすればいいんですか? 御神体を新しいものに変える、とかですか?」

「いえ、それもアリではあるんですが、この御神体、中々素材は良さそうですので、再利用します。歩擲、お札出してー」

「ウッス」

 石動さんの質問に答えつつ、歩擲の持っている荷物から、お札を預かる。

「ぺたぺたーっとね」

 そんなことを言いながら、取り出した御神体にお札を張っていく。また、御神体の台座周囲にお札で、陣を描く。

「それは……?」

「孔雀、説明してあげて」

 結構集中力のいる作業だったりもするので、説明は孔雀に任せてしまった。まあ、こいつなら、俺のやってることもわかるだろうから、問題はないだろう。

「えーっとですね、この御神体も持つ霊力が弱まったことで、今回のことが起きたと仮定し、御神体に霊力を取り戻すための処置を行っているところ、です。お札自体と、札で描いた陣によって、周囲の山から少しづつ霊力を貰って、山がある限り半永久的に効果を持ち続けるように、仕掛けを組んでいるようですね」

「……なるほど。じゃあこれで、解決なわけですか?」

「……えーっと、どうなんですか、先生?」

「いえ。出ちゃったものは、出ちゃったわけだから、退治はしないといけないでしょうね。まだ、悪いものと決まったわけでも、俺たちで敵う相手と決まったわけではないですけど」

 作業も終わったので、孔雀に変わって、返事をする。そう、これで全て解決したわけではない。これは、これ以上は相手が増えないという、処置だから。まあ、一番重要な部分ではあるけど。

「さて、じゃ一旦戻りますか。夜にならないと出てこないなら、今ここにいても仕方ないし。石動さん、日が落ちるまで、居させてもらっても大丈夫でしょうか?」

「はい、大丈夫です。せっかくですし、晩御飯も食べて行っちゃってください」

「いいんですか? では、お言葉に甘えさせてもらいます」

 ぞろぞろと、全員で下山を開始する。帰りの足取りは、全員、心なしか軽い。

「それにしても、下見以上に意味がありましたね」

「確かになー」

「本当ッスよ。ほぼ解決じゃないッスか」

 そんなことを話しつつ、山を下りる。さて、戻ったら、少し休んで晩飯か。結局食べれなかった昼飯のことを考えたら、急に空腹が帰ってきた。そういえば、人の家でご飯をご馳走になるのは久しぶりだな。本当に楽しみだ。


 石動家に再び着いた俺たちは、俺が昼飯を抜いていたこともあり、早めの晩飯を食べることになった。

 もちろん、ただダラダラと、飯が運ばれて来るのを待っていたわけじゃない。俺と歩擲は、そこそこの人数になる今回の食事の、支度を手伝っていた。

 この家は、その外観の通り、中も広かった。当然、台所や食堂なんかも広かった。食堂は、和風な外観に反して、木製のテーブルに椅子というもので、テーブルは、左右四人が掛けられる比較的大きめなものだった。

 台所も同様で、和風ではなく今風の、システムキッチンだった。こちらも中々の広さで、ガタイのいい歩擲と、俺と、石動さんが入っても動き回れる程度の広さがあった。

 俺たちが料理をしている一方で、孔雀は何をしているかというと、この家にあるという、あの山に関する資料を漁っている。事情が事情なので、家主不在ではあるが、書庫を見せてもらっている、というわけだ。

 さて、そうこうしているうちに、飯が出来た。

「おい歩擲、飯が出来たから、孔雀を呼んできてくれないか?」

「ウッス」

 配膳を進める俺を横に、歩擲がデカイ図体を揺らしながら、食堂を出て行った。書庫の方も、こっちみたいに、はかどっているといいんだがな。

 しばらくして、俺と石動さんが、全ての支度を終えて、食卓に座ったとき、丁度、孔雀と歩擲も戻ってきた。

「それじゃあ、皆さんそろったようですね。どうぞ、いただいちゃってください」

「「「いただきまーす」」」

 並んでいる食事は、山奥、ということに反した、刺身や魚介類だった。いや、今の時代に、山だからといって、山の幸ばかり食べているわけではない、というのはわかるけどもね。

 それにしても、俺の捌いた刺身は中々美味かった。自分で言うのもなんだが、結構な腕なんじゃないか?

「このお刺身、美味しいですね。素材が良かった、ということでしょうか?」

 孔雀の感想で、俺の腕が良かった説は、早くも消えてなくなりそうだった。……まあ、最初からわかっていたさ。

「本当ですか? ありがとうございます。皆さんが来ると思って、ちょっといいの買っておいたんですよー」

「孔雀、その刺身切ったのは俺だ。俺の腕がいいからだな。間違いない」

「なるほど、さすが先生ですね」

 キラキラした笑顔で言われた。……くっ、これだからイケメンはっ!

「……それで、孔雀、そっちはどうだったんだ?」

「それなんですが、あの祠は戦死者を鎮めていたもののようですね」

「戦死者ぁ?」

 俺の疑問をよそに、歩擲は淡々と飯を食っている。大柄キャラに即した素晴らしい男ではあるな。石動さんは、不安げな顔で、俺らを見ているというのに。

「ええ。ですが、戦死者と言っても、二次大戦等ではなく、江戸時代以前の合戦での死者のようですね」

「ふぅーん、それで祠ねぇ。まあ、よくある話っちゃ、よくある話ではあるな。それ以外で、何か変わったことは、あったか?」

 この分だと、大量の人影の正体は、落ち武者ってことか。幽霊の中じゃ、メジャーな存在だが、いっぱいいるのは面倒だな。

「えーっと、他には、鎮めるに当たって、この地に眠る土蜘蛛さまの力を借りた、という記述を見つけました。土蜘蛛というのは、あの妖怪の土蜘蛛で間違いないでしょう」

「へー、土蜘蛛ねぇ」

 昼間、祠と御神体を見た限りじゃ、そんなものがいた気配は微塵も無かったがなぁ。長年の間で霊力を消費しつくされ、消えてしまったってとこだろうか。

「じゃ、先生、その封印から漏れた戦死者の霊を除霊したら、これで依頼は完了ってことッスか?」

「この流れだと、そうなるな」

「大丈夫そう、ですかね? なんとかなりそうな感じ、でしょうか?」

「まあ、大丈夫でしょう。今までも、危害を加えなかったということは、案外大人しい奴らなのかもしれませんし」

「そうですか、よかった」

 まあ、家のすぐ傍で異変があったなら、不安になるのも当然だ。それが取り除かれる目処が立っただけでも、安心出来る、というものだろう。頑張って期待に応えるとしますか。

 それからの食卓の会話は、主に世間話だった。俺の仕事や、こっちの高校の話、それから、石動さんの普段の話など、いろいろと話した。


 そんなこんなで、夜も更けてきて、いよいよ出陣となった。三人とも、経文、数珠、塩の三点装備で山に入る。その他に、孔雀は金剛杵、歩擲は錫杖を持たせておいた。無論、真っ暗な山の中へ入るのだから、三人ともヘッドランプは装備している。石動さんは、危険なので、家で待機してもらうことになった。

 山の中は、昼間とは異なり、異様な、暗く、湿ったような空気に包まれていた。怪談でよくある、湿った生暖かい風が、という表現がよく似合う、そんな空気だ。それは、何が出ても、不思議ではない、そう感じさせるには十分なものだった。

 それにしても、暗い。頭についた電灯の明かりだけでは、全くと言っていいほど、先が見えない。

「……不気味なくらい、静まり返ってますね」

「そうだな。嵐の前の静けさ、とはよく言うが、どうなることやら……」

 シンと静まり返った山は、孔雀の言うとおり、不気味だった。静かなはずなのに、自分の声も、孔雀の声も、闇の中に吸い込まれて、消えていくようにも感じる。

「ン?」

「どうした、歩擲?」

「何か、聞こえねッスか?」

 何か? 一体何だ? 歩擲の言葉に、耳を澄ますと、カシャッ……カシャッ…… そんな音が聞こえてくる。金属の擦り合わさるような、音に聞こえる。

「……なんでしょう?」

「さあなぁ。まだ、暗くて分からん」

 チカッ……チカッ……

「あれ? ライトが…… 電池切れでしょうか。先生の方は、大丈夫ですか?」

「いや、俺のも今切れた」

「俺のもッスね」

 唐突に切れてしまったライトのため、辺りは真の暗闇に包まれる。幸い、月は出ているので、目が慣れれば、帰ることくらいは出来るだろう。

「転んで怪我してもなんだ、目が慣れるまでは動くなよ」

 後ろにいる二人の方を向き、そう呼びかけるが、後ろからの返事はない。

「どうした? 何かあったか?」

「先生、前、前!」

「んー?」

 正面を見ると、赤い光点が、いっぱいあった。ようやく慣れてきた目が、光点の持ち主が月明かりの下に出た姿を捉える。

 カシャッ! カシャッ!

「こいつぁ、また多いな……」

 俺の予想通り、落ち武者の団体さんだった。ざっと、二十人はいるだろうか。どいつもこいつも、赤い目玉を輝かせ、ボロボロになった鎧に身を包み、長い髪を振り乱している。よく見れば、ご丁寧に肩や頭に矢が刺さった奴までいる。落ち武者の鏡みたいな団体だった。

「ど、どうします?」

 後ろの二人が、それぞれの手にある武器を構えるのが、わかる。やり合う気か。さすが高校生、血気盛んだな。

「とりあえず、話し掛けてみるか。もしかしたら、話のわかる人かもしれないだろ?」

 目の前のご一行からは、そんな気配は微塵も感じられないが、俺はバトルは好きじゃない。

「じゃ、じゃあ任せるッス」

「よし、とりあえず武器下ろせ」

 二人は、黙って武器の構えを解く。ご一行は、何故か俺たちの前5mくらいで止まっている。さて、交渉してみますか。

「えー、どうも、こんばんはー」

「…………」

 無反応か。

「……こんばんはー?」

 再度語りかけると、先頭にいる落ち武者が、口を開いた。と、同時に、……ボトッ、という音がして口から何かが、落ちる。

 見ると、蛆の塊だった。

「……………うぇ」

「……………どんまいッス」

 静寂の中、歩擲が励ましてくれた。蛆の塊は、落下先でウネウネと動いている。非常に、気持ち悪い。

「……ギ…ギギギ…ツチ…グモ………」

 聞きなれない、不快な、かすれたような声に、蛆から視線を上げると、蛆を吐き出した落ち武者が、声を出していた。

「土蜘蛛、でしょうか?」

「だろうな。封印主みたいなものだ、なんか思うところがあるのかもしれん」

 当の土蜘蛛は、恐らく長い年月で、封印の動力として消費され、消えてしまっているだろうけど。

「……ギ…ギギ……ニ…クイ……」

 さらに、言葉を続ける落ち武者。まあ、供養代わりに、土蜘蛛を割り当てられたら、憎くもなる、か。

「あのー、成仏する気とか、ありませんか?」

 気を取り直して、聞いてみる。お経聞いて、浄土に旅立つのも、悪くない、とか思ってたら、最高なんだけどな。

「……ギギ……ニクイ……コノヨ……スベテ……」

 どうやら、成仏する気はないらしい。さて、困ったな。

「どうします?」

「うーむ、どうしようか?」

「……ギ…ギギ……殺す、全て殺す」

「え?」

 突然、流暢な喋りになった、落ち武者は、スッと腰の刀を抜き放った。見れば、喋っていた奴だけでなく、後ろにいる奴らも、次々刀を抜いていく。

「これ、ヤバクないッスか?」

「ヤバイねぇ、おっと」

 後ろに飛び、剣閃をかわす。さっきまで俺がいたところに、落ち武者がいた。5mと一瞬で詰めるってのは、こいつ中々、やるなぁ。こりゃ、マジでヤバイかもな。

「とりあえず、戦うか。お前ら、武器に霊力を流すのは、出来るよな?」

「「はい!」」

「じゃあ、各自死なないように!」

 俺の叫びで、俺たち三人は、横並びに展開する。俺は、数珠を拳に巻きつけ、他二人はそれぞれの武器を構える。

 それに合わせ、落ち武者の方も、部隊を展開するかの如く、広がってきた。そして、俺と、前に一人だけ出ている落ち武者の視線が合う。

 示し合わせたわけでもないのに、視線が合った俺と、落ち武者が駆け出し、その距離を詰めたのは、ほぼ同時だった。距離を詰め、肉薄した状態で、俺を袈裟斬りにしようとする落ち武者の姿が見える。だが、見えている時点で、その攻撃は、遅い。

 左から振り下ろされるそれを、左手を突き出し、受ける。ガキィィンという凄まじい音と共に、霊力のこもった数珠と、霊体の刀がぶつかり合い、火花を散らす。

 落ち武者の方は、素手で刀を受け止められたのは、初めてらしく、驚愕したようだった。表情は変わらないが、その挙動から、そう感じられた。これはチャンスだ。

「オラア!」

 左手で、刀を掴んだまま、右の手で、落ち武者の顔面を殴り飛ばす。俺の全力を込めた右ストレートは、落ち武者を、大きく吹き飛ばし、5m先のご一行の足元まで、移動させた。その場で、落ち武者は完全に伸びた様子で、動かない。

 シンと、再び静まり返った周囲で、伸びている落ち武者の身体が、パンッと弾けて、大量の手のひら大の蜘蛛が、わらわらと周囲に散っていった。文字通り、蜘蛛の子を散らすが如く。

「……なんスか、今の」

「わからん。蜘蛛の子ども、か?」

 土蜘蛛による封印って、こういうこと、なのか? いや、それにしても妙だ。土蜘蛛は、人間を食いはするが、あんな寄生虫のような真似をする妖怪では無いはずだ。

「二人とも、来ますよ!」

 孔雀の叫びで、意識を正面に戻す。落ち武者の団体さん方は、俺にゆっくり考える時間を、くれる気はないらしい。一人減ったくらい全く気にしない、といった風に、刀を手にジリジリと近づいてくる。

「おっと、危ない危ない」

 また、斬りかかられた。バカの一つ覚えな袈裟斬りを、サイドステップでかわす。どうやら奴らは、俺が一番危険だと、認識しているらしい。まあ、間違ってないがな。

 ステップの最中、先ほどから握りっぱなしだった、落ち武者の刀を、右手に持ち変える。俺、武器もってないし、少し貸してもらうとしよう。

 そして、着地と同時に、俺に袈裟斬りをかました奴を、斬り捨てる。ズパァン、という音と共に、斬られた落ち武者は崩れ落ちる。俺が斬った、その傷から噴出した血は、月明かりに照らされて、なお、白かった。

 崩れ落ちた落ち武者も、しばしの後、パァンと弾け飛び、大量の蜘蛛が散っていく。白い血といい、不可解だな。

 たしか、逸話の中の土蜘蛛は血が白いんだったか。じゃあ、こいつらは土蜘蛛なのか?一体なんなんだ。封印の土蜘蛛に侵食されて、土蜘蛛に近づいている、とでも言うのだろうか。

 横に目をやると、歩擲と孔雀も、交戦を始めていた。二人とも、中々の体捌きで、剣撃をかわしては、霊力を込めた武器による一撃を決めていた。

 人が戦っている様子をみると、わかったことがあった。落ち武者どもの動きは、基本的には緩慢なようで、攻撃の瞬間だけ、異常に加速しているらしい。

 さて、わかったからといって、これは戦術に活かせるわけでもないな。出鼻を挫くか、攻撃後を狙えばいいのだろうが、そもそも普通に避けられるのだから。

 などと考えていると、敵の方も、戦術を変えてきた。三人が束になって、俺に襲い掛かってきたのだ。三方から囲むように、近づき、正面にいる奴が俺目掛けて、高速で接近し、袈裟斬りをしかける。当然、バックステップでかわす。

 すると、左の奴が、俺の着地を狙って、高速の突きが繰り出してきた。これは、避けられない。左手の数珠で掴み、受ける。しかし、突きの威力は殺しきれず、さらに後方へ、押される。

 そこへ、右側にいた三人目が大上段からの全力の振り下ろしを、俺に叩き込む。これもかわせず、仕方なく刀で受ける。

「くっ!」

 予想以上の力で振り下ろされた攻撃を、耐え切れず、右手の刀が弾き飛ばされてしまった。俺の手を離れた刀は、元の所有者が既に消えてしまっているからか、空中で光の粉になって消滅した。

 体勢を立て直すと、三人はまた先ほどの陣形を組み、同じ攻撃を仕掛けるつもりらしい。これは、まずいな。

 どうする? 手持ちの武器は、経文と塩と数珠だけ。防戦なら、塩と経文でなんとかなるが…… そう考えていたとき、背後に凄まじい霊力を感じた。

 なんだ、この異質な力は、対峙している落ち武者や、俺たち三人が、まるで子どものような、そんな力だ。全身に鳥肌が立っていくのは感じられる。何が、俺の後ろにいるというんだ。

 激しい不安が俺を襲い、身の危険も考えず、後ろを確認しようとしたとき、パァン! パンパァン! 対峙していた落ち武者が、弾け飛んだ。そしてまた蜘蛛の子が、そこから大量に現れる。しかし、今度は、方々に散っていくのではなく、俺の足元を通って、俺の背後に向かってゆく。

 蜘蛛の子を追うように、視線を背後にやると、そこには、先ほどまで一緒に食事をしていた、石動さんの姿があった。

 蜘蛛の子たちは、石動さんの足に触れると、そこから溶けていくように同化していった。これは、つまり……

「まさか、あなたが人間じゃないとはね。驚きましたよ、石動さん。いや、土蜘蛛さん、と呼んだ方がいいか?」

「ふふ、流石に気付いたみたいですね。いやー、助かりましたよ、これで大分力が戻ってきましたからね」

 口元を歪に吊り上げて笑うその姿は、先ほどまでと変わらず、人間の女性に見える。だが、目玉だけが、赤く輝き、人外であることを告げていた。

「……どうゆう、ことですか?」

 対峙していた、落ち武者が次々と弾け飛んでいき、余裕の出来た孔雀が、こちらを向きながら、口を開いた。

「お前が調べてきた資料にあっただろ、封印に土蜘蛛の力が使われたって。あいつが、その土蜘蛛本人ってわけ、じゃないか?」

「ふふ、正解です」

 楽しそう、その表現が最も似合う表情で、土蜘蛛は答えた。後ろでは、まだ落ち武者が弾けているらしく、子蜘蛛は次々に土蜘蛛に同化していっている。

「……この落ち武者たちから、蜘蛛が出てきてるのは、どうゆうことッスか?」

「さあなぁ。封印してるうちに、落ち武者の霊に力を奪われていった、とかじゃないか?」

「残念、60点と言ったところです」

 子蜘蛛を吸収するごとに、土蜘蛛はどんどん力を増していっているようだった。現時点で、俺を遥かに上回っているようにも感じる。

「……どうゆうことだ?」

「そうですねー。今夜は、気分がいいので教えてさしあげましょう。助けてもらった恩もありますしね」

 会話しているうちに、俺の背後から、幽霊の気配は完全に消えていた。落ち武者は全て弾け飛んだ、ということだろう。

「孔雀さんが調べた文献ですが、あれは間違いなんですよ。真実は、合戦で争っていた両軍を、全て食った土蜘蛛を封じた、ということなんです」

「……そりゃまた、大食いなことで」

 合戦の規模にもよるが、千人以上食ったことになるな。全く、恐ろしい妖怪もいたものだ。しかし、目の前に対峙している、こいつの霊力は、それをいとも簡単に成し遂げたであろう、ということに疑問を抱かせなかった。

「ええ。非常に楽しかったですよ。でも、その直後、異変を感じてやってきた石動の高僧数名に封印されてしまいましたけどね。まあ、それはそこまでの問題じゃないんです。封印はいずれ風化して解けますからね」

「……何が言いたい?」

「話は最後まで聞くものですよ。それで、私が封印されたとき、食った人間が、完全に吸収れてなかったのが、大問題だったんです。腹の中には未消化の人間の霊魂が残り、封印されている私は消化活動も止まっているわけですから、長い年月をかけて人間どもの私に対する恨み辛み溜まり、それが私を蝕んだ、というわけです」

「……完全なる自業自得ですね」

 見下したような目で、強気な発言をした孔雀だったが、その足は微かに震えている。そうでも言ってないと、恐怖に押しつぶされそうなのだろう。無理も無い話だ。

「ええ。そして、彼らは私の力を奪い分離し、独立した霊となったわけです。まあ、そんなときに、丁度封印が力を無くし始め、私と彼らは、山にほっぽり出されたわけです。しかし、私はほぼ無力で、当然の如く、力の大半を持っていった彼らに敵うわけもなく、途方に暮れていたのです」

 聞くも涙、語るも涙、とでも言いた気な声と語りだった。どこまでもふざけた奴だ。

「それで、霊能力者に落ち武者退治を依頼したって、わけか?」

「はいそうです。いやー本当に助かりましたよ。ありがとうございます」

 どうやら、とんでもないものの復活を手伝ってしまったようだ。なってこったい。それにしても、どこから愛宕校長に行き着いたのか、その問題が解決されてないな。石動さんは、実際にいて、それに成り代わっている、ということだろうか。

「本物の石動さんは、どうした?」

 いる、という前提でカマを掛けてみる。さっき、石動の高僧とか言ってたし、十中八九、石動家は存在するだろう。

「あのオッサンですか? それなら、使えそうな情報を聞き出したあと、再利用出来るかもしれないので、家の蔵に糸でグルグル巻きにして放り込んでおきました。生きてはいると思いますよ」

 ビンゴだった。しかも、まだ生きている。最悪、こいつに食われてお亡くなり、というのも有り得たが、そうではなくて本当によかった。

「そうかい。大体わかった。あんた、さっきの落ち武者たちが消滅して、力を取り戻したんだろ? これからどうするんだ?」

「そうですねー。また各地で人間を食いながら暮したいところですが、まだ全部の力を取り戻したわけではないので、まずはそれを優先しますかね」

 人を食って暮らす? 本当にふざけた奴だ。……いや、その後が問題だ。この言い方だと、

「……まだ、全力じゃ、ない?」

「ええ。今現在で、全盛期の三割ほど、でしょうかね」

 馬鹿な、これ以上強くなる、というのか。それはもう、一体の妖怪、という範囲を大きく逸脱したレベルだ。

「……なるほどね」

「どうします? 私のこと、退治します?」

「いや、辞めておく。全く勝てる気がしない。俺は女の子を食う趣味はあっても、女の子に食われる趣味はないんでね。蜘蛛の養分になるのは真っ平だ。今日のところは、糸まみれのオッサン助けて帰るわ」

「そうですか、ではご自由に」

 やけに素直に帰してくれるもんだな。人食いでも、恩義には厚いのか? 律儀な奴だ。だがともあれ、助かったに変わりはない。全く、肝が冷えるぜ。

「それじゃあな。孔雀、歩擲、帰るぞ」

 そう呼びかけつつ、土蜘蛛の横を通って、下山を開始する。

「それでは、さようなら。またどこかでお会いましたら、そのときはよろしくお願いします。門戸さん、あなたは凄く美味しそうですから」

「そうかい、そりゃ光栄だ。次会ったら、完全に滅してやるから、覚えておけ」

 すれ違い様、小声でそんなやり取りをする。どうやら俺はさらなる修行を積む必要があるようだ。全く、少年漫画じゃないんだから、勘弁して欲しい。


 山を下りると、やっとあの土蜘蛛の放っていた威圧感から開放された。恐ろしい奴だった。全く生きた心地がしなかったぜ。

「……いいんですか、先生?」

「いいも何も、どうしようもないでしょ? そんなにあの美人に食われたいの?」

「……いえ、そう言うわけでは」

「なに、俺の仕掛けた再封印は、そう簡単に破れるもんじゃない。外からも、内側からもな。あいつにゃ、しばらく、お札パズルと遊んでてもらうさ」

 まあ、霊力源である、あの山が丸ごと焼き払われたりしたら、封印も何もないんだけどな。あいつも、自分の住処を消し飛ばすような真似はしないだろうし、大丈夫だろう。

「さて、糸まみれのオッサン捜すか…… あーぁ、これ終電までに帰れんのかぁ」

「どうッスかね……」

 そんなやり取りをしながら、俺たちは、だだっ広い石動家を捜索することになった。


 結論から言うと、俺たちは、結局その日は帰れなかった。その後、必死で家を捜索し、オッサンを見つけたものの、糸まみれのオッサンは、数日放置されていたらしく、脱水症状と低血糖で瀕死だった。

 これはマズイと、オッサンを救急車で搬送したせいで、結局病院で一泊することとなったのだ。

 翌日に意識を取り戻したオッサンに事情を説明し、その後やっと帰ると、夕方になってしまっていた。さらば、俺の休日。

 余談だが、オッサンに聞いた話だと、オッサンの先祖は、あの蜘蛛の封印を見張るために、あそこに移り住んだのだという。だが、当のオッサン自身には、霊能力は無いらしいく、あの蜘蛛にいいようにやられてしまったらしい。ちなみに、あのオッサンに娘はいないそうだ。

 さて、これで今回の依頼は完了ではある。あの土蜘蛛に関しては、しばらくは安全とはいえ、なんらかの対策を取らないといけないだろう。今の俺ではどうしようもないとしても、いずれ対決するときが来るのは、間違いないだろうから。

「じゃあな、今回はお疲れさん。助かったよ」

「「お疲れ様でしたー」」

 我らが高校の最寄り駅で、生徒二人と別れる。あー、何かを忘れているような気がするな。なんだろう。去ってゆく二人の背中を眺めながら、必死に思い出そうとする。

「あ、土産買ってねぇ……」

 ……まあ、いいか。


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