エピローグ
オレンジに染まる図書室の貸し出しカウンターの上には、赤ペンで数字の書かれた紙が無造作に並べられている。その数字は何度見ても変わることはなく、私の気分を否応無く暗いものにされてくれていた。
「……入学早々、これはヤバイ、よね……」
「……ああ。やっちまったな、俺達……」
カウンター前にある二つ並んだ椅子でうな垂れながら頭を抱えるのは、私と金色のつんつん髪の男子高生――あの後何事もなく復活した八幡君。
「いろいろあって、完全に忘れてたけど、テスト前だったんだよね……」
「タイムスリップしたり、超能力者と戦ってました、って理由で追試免除してくれねーかな……してくれねーよな……」
「「はぁ……」」
揃ってため息を吐く私たちの目の前には、赤点ギリギリの点数が書かれた中間テストの数々。私は理数系科目が、八幡君は文系科目が大惨事だった。
思えば、あのゼロさんと教祖の最終決戦から、テストが行なわれて採点され返却されるくらいの時間が経っていた。具体的には、翌日月曜にテストが開始されて水曜に終わり、木曜と本日金曜に返却された、という具合だ。
瑠璃ちゃんに襲われてから、慌し過ぎて何がなんだかわからなくなっているが、全てが始まったとも言える5月19日から、16日目なのだ。振り返るとあっという間だったともいえるし、異常な密度だったようにも思う。
そして、ゼロさんが居なくなってからは、まだ5日。あの人とはたった11日しか一緒にいなかったのに、居ない方が時間が長く感じられてしまうから不思議だ。長く、いつまででも待つつもりではあるけど、それでも……
「はぁ……」
本日何度目ともわからぬため息が零れる。なんだか、急に普通な日々に戻ってしまったからだろうか、拍子抜けしてしまったらしい。もちろん、あんな危険満載の日々はご免こうむりたいし、人が死ぬかもしれないような事態が連続した方がエキサイティングでいい、などという不謹慎な嗜好も持ち合わせてはいないけれど。
そんな思考をぐるぐると回していると、私の表情を疑問に思ったのか、八幡君の頭の上から声が掛かった。
「キー?」
心配するような響きを持った声の主――てけ子さんは、潤んだ大きな瞳で私を見ている。そうだ霊子計、と思ってカバンから取り出すが、直ぐに表面に入ったヒビを見て壊れてしまったことを思い出す。これでは、なんとなくで理解して、なんとなくで返すしかないか。
「大丈夫。ただ少し、考え事してただけだから」
そう返すと、彼女は八幡君の尖らせた髪の中へと戻っていった。
私はそのまま手の中にある、壊れた霊子計を眺める。本体ともいえるレンズ部分には斜めに大きな亀裂が走り、中の真空霊管とかいう電池は無事みたいだったが、動く気配はない。
彼がここに居た、と証明するものはこれしかないんだな……
そう思うと、急にこの壊れた機械が大切に感じられ、それと同時に自分が、別れた男からのプレゼントを大切に持ってるような、未練がましい存在にも感じられて不思議な気分になり、苦笑いが漏れる。
そんなとき、ふと、霊子計のレンズに明かりがともり、何かが表示された。
「……あれ? 壊れてたんじゃ……」
「どうした、朱城?」
明かりがついた様子が視界に入ったからか、それとも私の小さな声が聞こえたからか、八幡君が隣から私の手元を覗き込み、表示されている文章を読み上げる。
「高干渉力反応? って、どうゆうことだ?」
「……えっと、多分、強い何かがこの近くにいるんだと……」
ガタガタガタガタガタ…………!
私の言葉を遮るように、貸し出しカウンター近くの掃除用具ロッカーが振動を起こし、金属同士がぶつかる鈍い音を放つ。
それと同時に、中から恐らく二人分の声が聞こえてくる。
「くっ……! なんだここはっ! 暗く、狭いっ!」
「ちょっ、動かないで下さい、狭いんですから。あ! どこ触ってるんですか、ぶっ殺しますよ!?」
「ふはははははは! 黙れ!」
「貴方が黙って下さい! あーもーうるさい!」
「ふはははははは! 脱出を、試みる!」
ガタガタガタガタガタガタ……!
「狭いんだから、暴れないで下さい!」
「貴様に指図される筋合いは、無い!」
バゴォ!
轟音と共に掃除用具入れは内側からひしゃげ、全面に取り付けられ扉の役割を果たしていた鉄の板はスクラップに変わりながら大きく弾け飛ぶ。
そしてその代わり、扉がついていた部分からは、黒い革製のズボンに包まれた長い足が突き出される。足はそのままゆっくりと下り、絨毯敷きのやわらかい図書室の床を踏むと、その本体を私たちの眼前に引き出した。
光を反射する漆黒のロングコート、同じく革製と思われるズボン、何より目を引くアクアシルバーの髪。その姿は、私が見慣れたて、帰還を待つと心に決めていたその人だった。
「ゼロさん!?」
思わず叫びながら、椅子を跳ね除けて立ち上がり、彼の前まで駆け出す。すると、ゼロさんの後ろには、もう一人予想外の人物がいた。
「ふはははは、久しぶりだな!」
「お久しぶりです、朱城さん。あとついでに八幡君も」
ゼロさんの次に挨拶をし、その際八幡君を一瞥しついでと言ってのけたのは、黒髪ショートの女子高生――水月さんだった。
「マコちゃん!?」
私に続き、八幡君までも椅子を倒して駆けてくる。そして、水月さんの顔を見て、安堵とも呆れとのとれる表情を浮かべている。
「ゼロさん、約束通り帰ってきてくれたんですね。それにしては随分早かったような……」
まじまじと彼の身体を見つめて思うのは、あの胸の大穴のこと。動力ごと破壊されてしまった彼の修復は、5日で終わったということだろうか?
「ふはははは! そのことだが、こちらでやらねばならないことが出来たので急いだ、ということだ。俺の修理は、開発途中だったAR02のパーツを欠損部分に補完する、という形で行なわれたからな! 早くて当然だ。まあ、これでAR02が日の目を見ることはなくなってしまったがな!」
「そ、そうですか……」
ゼロさんは、アストラルリターナーは元々量産モデルではないのだから最強は俺一人で十分だ、と付け加えて笑っている。
っと、そうだ、
「やらねばならないこと、っていうのは一体……?」
「ふむ、それなのだが、俺は引き続き貴様の守護だ。貴様がいらん奇跡まで起こしてくれたせいだが、まあそれは追々話す。でだ、」
ゼロさんは一旦そこで言葉を切り、彼の後ろにいた水月さんの首根っこを掴むと、私たちの前に出した。
「こいつは、八幡龍樹、貴様の調査に来たのだ。立場は俺の部下、いや下僕だ」
首を掴まれた水月さんは、だるーんとしながら苦笑いを湛えつつ、右手を上げ口を開いた。
「どうも、この度457年の懲役を軽減するべく、司法取引で派遣されたマコトです。いろいろあって苗字はなくなりました」
「お前、そんな凄いことになったんだな…… てか、よく政府は司法取引したよな、お前凶悪犯だろ?」
「いえ、まあ…… 私に言われましても……」
八幡君も水月さんも呆れ返っているのか苦笑いと湛えつつも、どこか嬉しそうだった。二人とも、仲良さそうだもんなー…… あれ? また三角……
「ふむ、司法取引に関しては、こいつが八幡龍樹と親しかった、こいつが完全生身の人間である、21世紀には教団の用意した偽造戸籍・偽造学籍がある、女子高生やってもばれない、人間としては最強だが俺よりは弱い、などの理由から提言され、こいつの能力を封印し、いつでも強制送還できる状態にする、というところで決着がついたのだ」
「なるほど」
確かに、そう聞けば、八幡君を調査する分には、適材という気がしてくる。
って、そもそも……
「なんで八幡君を調査する必要が……?」
「今まで謎だった教祖の正体が割れたからですよ、そのルーツと共に」
そうか、教祖の正体は、ここではないどこかの時間の八幡君、だったっけ…… 確かに、八幡君の調査は、教祖の調査にも繋がるのだろう。
「調査調査って、具体的になにすんだよ……」
「まあ、“普通に”一緒に学校生活送るだけですよ。能力も、あの嫌な上司の許可が無いと使えませんし」
許可あれば使えるんだ…… よくわかんないな、封印って…… それにしても、“普通に”か。……未来人が居る時点で普通にはならない、って突っ込んだら負けなんだろうな……
「そうかよ。勝手にしろ……」
「はい、勝手にやります」
にっこりと微笑む水月さん、対照的にげっそりする八幡君。彼も、水月さんの言う“普通”が普通でないことを感じ取ったんだろうな……
「ゼロさんも、今までどおり“普通に”生活する私を守ってくれるんですよね」
「ふはははは! 当たり前だろう?」
彼が私の言葉を、どう取ったのかわからないが、それでも力強い返事に安心する。
と、そのとき、威勢のいい声と足音が、図書室前の廊下から響き、次の瞬間には扉が開けられる。
「そらっち、たつきち! 大変だよ! って、あれ、どうしたの、皆さんお揃いで……?」
「ちょっといろいろ…… ところで、大変って……?」
「そう、それがね……」
千寿さんの話を聞きながら考えたのは、これが私にとっては普通の日常になっている、ということ。毎日毎日ドタバタと何かが起こって、それを上回るとんでもSFな人たちがいて、それでも、楽しい日々。孤独で退屈だったころに比べば、この場所と友達を守れて、本当によかった、と思える。
「そらっち、聞いてるのー? 学校のどこでコックリさんをやっても好きな人がホモになる大事件だよ?」
「え? あ、うん、聞いてるよ? ……それって、大事件、なの?」
嫌な大事件もあったものだけど、とりあえず解決しないと、学校中の乙女があらぬ方向に歪んでしまうかもしれない。
ふう、と息を吐きながら、立ち上がる。回りを見渡すと、ゼロさん、水月さん、八幡君、千寿さん、そして瑠璃ちゃんが、私が動くのを待っていたようだった。
「さて、いきますか。おねーさん」
「いや、瑠璃ちゃんさらっと紛れ込んでるけど、犯人だろ!」
きっとこれが、私の日常。
AR01(完)




