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第十七話『AR01』

 足元に散らばるは、無数の機械の欠片。工場の機械を纏めて爆破したかのようなそれらは、焼け焦げた筋繊維のような配線と動脈のような細い管を、手のひら大にまでバラバラになった金属製と思われる、同じく焦げた棒やプレートに絡ませ、巻きつかせ、一部のものはそれすらも拒み、もはや部品とも言えない肉片のような欠片になっていた。

 無機物でありながらも妙に生々しく、まるで生き物の死体のようにも見え、じっと見つめていたら、言い知れぬ吐き気がこみ上げてきそうだ。

 仕方無しに、足元に散らばる金属片や薬莢から視線を上げれば、気の抜けたような表情で宙に浮かぶ小学生女児が目に入る。

 身に纏った白いワンピースは、いよいよもって季節感が合ってきたような気がするが、まだ少し見ていて寒い。拾って被りなおしたらしい白いつば広の帽子も、艶やかなショートの黒髪と相まって、可憐さとでも言えばいいだろうか、絶妙な白黒の対比を生み出し、それがさらに幽霊とは思えぬ血色のいい肌、という子供らしさと調和し、お人形に血が通ったような、そんな現実感の無い不思議さがあった。

 そんな少女の隣で談笑に興じているのは、少女よりもさらに短い黒髪に、凛々しい顔立ちをした、中性的な女子高生。大きな瞳や、小さな唇など、パーツだけ見れば凄く女性的なのに、その配置のせいだろうか、綺麗というよりはカッコイイという表現がしっくりくる。体つきも細くしなやかで、女性にも美少年にも見え、同世代の女の子という現実感はなかった。

 ……一つ確かなことは、彼女は、洋画もビックリなガン=カタを演じるようには絶対見えないということ、なのだが、今も、その白く華奢に見える手には、全くに合わない無骨で大きな回転式拳銃が握られていて、飛び交う単語は、「口径」「炸薬量」「マグナム弾」「メタルジャケット」などなど。

 ……物事を客観的に見ることなど不可能かもしれないが、精一杯客観的に見たとするならば、幻想的でミステリアスな幽霊の少女と、現実的な現実離れした外見の少女が、馬鹿デカイ拳銃を持って、ミリタリーな会話をしている、というこれ以上にない、非現実的な空間がここにはあった。

 しかし、これは、私は、この光景がどうしようもないくらい現実的に感じられている。

 要は、慣れてしまったのだろう、こんな滅茶苦茶な出来事に。オカルトでSFで、バトルアクションな出来事に。

 それが、良いことか悪いことかは、私にはわからないが、このミステリアスな幽霊の少女――瑠璃ちゃんと知り合えたことだけは、絶対に良かったと言える。

 さて、私には聞きたい疑問が山ほどあるんだ、グロテスクな機械の死体の上で、朗らかに会話する不思議ガールズを眺めるのはここらで切り上げて、会話に混ざろうかな。

 そう思い、意を決して口を開き、以前私を攫った張本人――水月さんに対して話かける。

「あ、あのさ水月さん、一つ、いや、二つくらい質問してもいいかな……?」

「なんでしょう? なんなりと聞いて下さい。スリーサイズですか? 好みの女性のタイプですか?」

「え、いや、その…… 面白い冗談だね、女性のタイプって、ははは……」

「ドン引かれたぁ!?」

「おねーさん、今、ルリちゃんバリヤーを超えるバリヤー張ったね。やるね」

 鏡が無いからわからないが、きっと私は、これ以上に無い引きつった笑みを浮かべているのだろう。これが、ドン引きというなの心のバリヤー。

 しかし、私が張った心のバリヤーの向こうで二人は、楽しそうに笑っていてくれていた。誰ともなく噴出したせいで、私の引きつった笑みも、自然と、普通の笑いに変わっていく。それと同時に、さっきまでの変な緊張も解けていったように感じる。

 一頻り笑ったあと、水月さんは私に対して優しい笑みを向け、語りだした。

「緊張は解けました? ……その、もう悪さは企んではいないので、信じろと言っても難しいとは思いますが、あまり怯えないで頂けると助かります。それで、今度こそ本題ですが、聞きたいこと、というのはなんでしょうか?」

「えっと、教団の、残りの人のことと、私が攫われたら、具体的にどうなるのか、かな」

 ……一つ目は、これからの戦いに覚悟を決めるの為に。二つ目は、覚悟を決めるための動機として、知りたい。今までは、聞く勇気がなかったけど、偽者とはいえ、未来に行った私、というものを見て、考えて、知らなきゃいけないと思ったから。

 私の質問を聞いた水月さんは、光の宿った黒く大きな瞳、その眼差しを真剣なものに変え、私の目に向けてきた。私も見つめ返すが、気迫とでも言えばいいのだろうか、今まで体験したことの無い真剣さに気をされて、思わず目を背けたい衝動に駆られる。

 そして、私が目を背けようとしたとき、ちょうど水月さんも口を開き言葉を発した。

「まず、第一の質問ですが、シィマ=カトバロ、あのキモ赤ロン毛は、倒されたようです。彼の霊力を完全に感じなくなったので間違いないでしょう」

「よかったぁ…… じゃあ、千寿さんたちが勝った、ってことだよね?」

「はい、恐らくは。二人とも、今こちらに向かっているようですね。それでですね、教団の残り一人なんですが、実は私も知りません……」

 言った後の水月さんは、申し訳無さそうに目を伏せて俯いてしまった。言葉に力は無く、いつもの嫌に芝居がかった口調でもないので、本当のことなのだろう。

「え? それってどういう……?」

「聞かされてないのです。こちらに派遣される際、まず司教の私と教祖側近であるエーシャが選ばれました。で、各人一人だけ部下を同行させよと言われまして、エーシャはシィマを、私はヴァン=ラパーニという男を選んだのです。で、その四人以外に教祖指名の人物が同行することになり、それが……」

「……知らない人だった?」

「その通りです。教団の人間なのは間違いないのですが、経歴はおろか名前や性別すら、調べてもわからなかったのです。会ったときも、コートとフードで外見からの情報は、完全に遮断していましたから、本当にわからないのです」

「そうなんだ……」

 一つ目の質問が、わからない、という回答で終わり、やや居心地の悪い沈黙が昇降口を包んだとき、カツカツと威勢の良い足音が校舎側から聞こえてきた。

「あれ? マコちゃん? お前結局来たのかよ。それに朱城と老師か。急いだ意味なかったなー」

「そらっち、無事だった? って、何この爆散した機械みたいなもの……」

 最初に口を開いた一人は、ダークグレーの金属光沢を放つパイプを肩に掛けた、つんつんと尖らせた金髪とゆるく着こなした制服が特徴の男子高生――八幡君。どこか疲れの見える表情には、安堵と呆れの入り混じったの感情が浮かんでいる。

 その隣には、同じく疲労と安堵の表情を浮かべた女子高生――千寿さんがいる。何故か業務用かと思うほど無骨で大きな鎖を、まるで武器にでもしたかのうように肩に掛けて持っているが、おそらくは彼女自身を縛っていたものを持ってきただけだろう。

「おや、八幡君じゃありませんか、奇遇ですね。ああ、千寿さん足元のゴミは気にしないで下さい」

 あきらかに演技であることが見え透いた発言の裏の、真意はわからないが、もしかすると千寿さんに対しては未来人であるということを隠すスタンスなのかもしれない。

 水月さんは本当にゴミと言わんばかりに、足元の機械の欠片たちを蹴って退けると、八幡君たちの方から、私に対して向き直った。

「それで朱城さん、彼らが来てしまいましたけど、二つ目の質問は答えたほうがいいですか?」

 二つ目の質問、私が攫われたらどうなるのか、ということ。水月さんが気を使ってくれているけど、どうしよう? 二人に、知られてもいいのだろうか?

 黙って考えていると、水月さんの後ろから私を覗き込むようにして、千寿さんが申し訳無さそうに口を開く。

「そらっち、もしかしてあまり聞かれたくない話をしてた感じ? なんか、その、ごめんね……」

「……ううん。気にしなくていいよ。……水月さん、二人には、知られちゃってもいいから、話してくれないかな。私が、未来に攫われたらどうなるのかを」

 私の言葉を聞いた水月さんは、一度大きく息を吸い込み、その息を吐き出しながら私と千寿さんたち全員を正面から見据えられる位置に移動した。

「……ややこしい話ですが、なるべく簡潔に言います。新世界教団に攫われた朱城さんは、その能力が完全に開花した状態で機械にぶち込まれ、コアにされます」

「……機械?」

「はい。……幕を下ろす者、と私たちは呼んでいます。朱城さんの能力によって、全ての未来の可能性を潰し、世界を再編成する機械。新たな世界を生み出す者です」

 水月さんは、そこで一旦言葉を切った。規模の大きな話に私の頭はついていけてないが、隣で、一人だけ話を理解したらしい人物がいた。

 彼は、大きく舌打ちした後、ため息混じりに口を開く。

「それってつまり、理想郷系のカルト宗教ってことだろ? 40世紀になって、まだそれかよ……」

「ええまあ。見も蓋も無い言い方をすれば、そうなりますね。…………いつになろうと、どうにもままならない現実から逃れて理想郷に縋りたい人はいる、ということでしょうね。ましてや、実現の可能性をちらつかされてしまえば、なおさら」

「くっっっだらねーーー」

「そう言われると、返す言葉がありませんね」

 言いながら、苦笑を湛えてまいったと言わんばかりに肩をすくめる。恐らく、もはや所属していない教団を擁護する気は無い、ということなのだろう。

 さて、疑問は解消されたが、そもそも以前攫われた私ってどうなったんだろう? 以前私を攫ったにも関わらず、また私が狙われてるのって、一体……?

「あ、あの、水月さん……」

 私が、最後の疑問を彼女にぶつけようと口を開いたのと、それは、ほぼ同時だった。

「ぐ……がはっ……」

「た、タツキチ!?」

 突然、うめき出したと思った八幡君はその場に倒れこみ、動かなくなった。あっけに取られる私を他所に、千寿さんが傍にかがみこみ、必死に揺すりながら声を掛ける。

「どうしたの!? 大丈夫!? 何なの!?」

 だが、返事は無い。膝から崩れ落ちうつ伏せに床に横たわる八幡君は、糸の切れた操り人形の如く、動かない。

 ……私があっけに取られてたのは、友人が突如原因不明の発作で気絶したからではない。幽霊が見えない千寿さんにはわからないことだが、八幡君が立っていたその位置に、八幡君が崩れるのと同時にまるで彼の身体から抜け出したような形で、男の霊が立っているのだ。

 顔を覆うように伸びた長い金髪に、東洋人のような顔立ち。歳は恐らく二十台中盤ほどだろう。着流し姿で宙に浮かぶ彼は、八幡くんと千寿さんを見下ろして眺めている。その視線がどのようなものなのかは、私の位置からはわからない。

 だが、言葉は聞こえた。低く小さく呟くように発せられた、彼の声は誰にでもなく、自分に言い聞かせるようだった。

「……最期の時を迎えるため、今こそ行動の時」

「どうゆうことです? 貴方は、一体……?」

 男は、水月さんの動転した声にも返事をせず、その場から消えた。霧が掻き消えていくように、空気に溶け込んでいった男の行き先はわからない。

 その場には、八幡君の傍で喚く千寿さんと、茫然自失とした私と水月さんが残される。そんな状態の私たちに対して、瑠璃ちゃんがさらに混乱を深めるようなことを言った。

「どゆこと? あのおじさん、そこの金髪のおにーさんだったよ」


 ***


 たまに、それが夢なんだ、ってわかるときがある。明らかにおかしな状況に、それがおかしいと認識できる状態で遭遇すると、そう思う。

 だからこんな、眩しくて回りが見えねーのか、暗くて回りが見えねーのかすらわからない空間で、意識がどんどんと空間に蝕まれて溶けて散漫になっていくのを実感しながらも、それを心地よいと感じている今は夢の中なんだと思う。

 よく考えたら、見える見えないの問題じゃなかった。身体の感覚も全く無いし、音も何も聞こえない。多分、五感の全てがなくなっている空間なんだろう。いや、空間、と認識することすら出来てないのか。

 まさに虚無だ。

 五感の無い状態で思考すらも奪われ、しかしそれを恐怖と感じる意識も既に無い。自分は考えているつもりでも、恐らくは何も考えられていないのだろう。先に待つのは虚無のみ。

 不意に、声が聞こえた気がした。耳から入った音の振動が鼓膜を揺らしたような声ではなく、もっと胸の中、脳の中の何かに響くような、そんな声が。

「――八幡様、気を確かに……」

 てけ子、か?

「はい。ここで自分を失ってしまっては駄目です。皆の元に帰る為にも」

 そうか、そうだな。

「それでこそ八幡様です!」

 俺は声を出すことは出来なかったが、どうやら、通じているらしい。気付けば、頭の上にてけ子がいる、という懐かしい感触があった。

 ……そうだ、ぐだぐだ考えているだけで何もしないのは、確かに俺らしくはない。ぐだぐだ考えるにしても、もっと建設的に計画的に前を向いて、じゃないとな。

 サンキューてけ子。……胸の中で呟いたこれが伝わったのかどうかはわからないが、足掻こうと思う。この虚無行きの夢の中で。


 ***


 八幡君が倒れて一分ほどの時間が経ったように感じる。状況はさっきと何も変わっていないが、私と違って水月さんは冷静さを取り戻したようだった。

 その証拠に今現在も、口元に手を当て真剣な眼差しで八幡君を見つめ、何かを考えている。

「……霊体剥離、ですか。さて、どうしましょうか……」

「……どうゆうこと? 八幡君は、どうなってるの?」

「言葉の通りですよ、霊体が剥離しているんです。霊子計で見ればわかると思いますが、干渉力がゼロになっているはずです」

 言われてみれば、霊子計で見るまでもなく、倒れている八幡君からは霊力、もしくは人がそこにいるという存在感のようなものを全くといっていいほど感じなかった。

「じゃあ、さっきのアレが……?」

「恐らくは。……アレが何で、あの現象が何なのかは、私にもわかりませんから、確証はありませんが」

 アレ――先ほどの金髪の男を、瑠璃ちゃんは八幡君だと言った。アレが彼の霊体、ということだろうか? でも、そうだとしたら何故立ち去ったのだろう? 最期の時、という言葉の意味もわからないし……

 それにしても、干渉力ゼロ、か……

「……霊体が無い状態って、マズイ、んだよね?」

「ええ、かなり。人間の身体は、無意識下の干渉力で上手く動いていますから。それに霊体無しの状態は、いわゆる一つの“死”です。じきに心臓も呼吸も止まるでしょうから、このままだと本当に死にますが」

「そんな! じゃ、じゃあ、どうすれば!?」

 このままだと、何が起きたのかわからないまま、友達が一人、死んでしまう。そんなのは絶対に嫌だ。

 そう思うも、なにも手段を持たない私の他所に、水月さんは難しい顔をしながら倒れている八幡君に近づくと、傍にしゃがみこむ。そしてこちらを振り向くと、難しい顔のまま口を開いた。

「……今回は、彼を優先します。朱城さんは、なんとか逃げて下さい」

「……どうゆうこと?」

「……今から、私の能力で、彼の生命を維持させるつもりです。私の霊体を貸し与える、と言っても差し障り無いでしょうね、この間私は戦えなくなるので……」

 しゃべりながら、水月さんの身体は、青白く発光し始める。それはいつか見た強大な霊力が放つ光。

 その光は、水月さんから八幡君へと移ると、彼の身体に留まったようだった。見れば、八幡君の顔色が、心なしか少し良くなったようにも感じる。

「……大丈夫?」

「はい。これで、一旦は大丈夫なはずです……」

「ううん。それもそうだけど、水月さんは……?」

 そう言って、ぐったりと膝をついている水月さんに手を差し出すと、彼女は少し照れたように目を細めると、困ったように笑う。

「私の心配をしてくれるなんて、朱城さんは優しいんですね」

 何かをごまこかすように、水月さんがそう言って私の手をとろうとしたとき、昇降口の空間を引き裂いて、何者かが現れた。


 空間を引き裂く、という表現が妥当かどうかは私にはわからないが、私と水月さん、それに八幡くんと千寿さんのすぐ傍の何も無い空中が、突如ガラスの如く割れると、向こう側から人が出てきたのだ。

 それは、茶色いフード付きのローブを着ており、すっぽり被ったフードのため顔はわからない、そんな男だった。

「……そう言えば、こんな男でしたね。なんとタイミングの悪い……」

 傍らの水月さんが呟き、それを聞いた千寿さんが、私を水月さん、そして八幡君を庇うように男と私たちの間に踊り出る。

「……狙いはそらっちなんだよね? だったら、ここは私が引き受けるから、そらっちは早く逃げて!」

「あたしもいるぞ!」

「千寿さん、瑠璃ちゃん…… ごめんねっ!」

 私は、それだけ言うと、彼女達に背を向け校庭へと駆け出した。背後では、激しい衝突音が響き、戦闘がはじまったようだった。

 だが、それもつかの間、私が校庭の半分くらいまで来たとき、不意に音が聞こえなくなった。私の胸が嫌な予感でいっぱいになり、思わず振り返るが、ここからでは何も見えない。

『ソラ、正面だ!』

 握り締めていたガラス管から声が届き、即座に正面に向き直ると、嫌な予感の的中とも言うべき光景、フードの男が立っていた。

「それが、指示を出していたのか。……ならば、消えてもらうとするか」

 男が、私に向かって手を伸ばす。長いローブの袖口から見えた男の手は、完全な機械だった。

 咄嗟に後ずさり、右手に持ったガラス管を守ろうとするが……

「う、そ……」

 ぱきぱきと音を立てて、まるで風化して砂に変わったかの如く容易く、ガラス管は、私の手の中で静かに割れた。

「そんな……」

 力が抜けた膝が、自然に折れて、砂のグランドに落ちる。残された希望も、砕かれてしまい、もう、目の前は真っ暗になっている。

「さあ、障害は全て消えた。残るは手順は一つ」

 じゃり、と、砂のグランドに音を立て近づく足音が、地獄へのカウントダウンのように、私の脳に響く。

 じゃり、じゃり、と男が数歩進んだ後、膝をついて俯く私の視界に、ロボットのように機械で出来た男の足先が写る。

 砂の地面に出来た男と私の影、男の影から私の方に腕が伸ばされていく。

 もう、ダメ、か……

 そう、諦め、目を瞑る。

 何も見えない闇の中で、まぶたにだけ力をいれ、永遠にも感じられる時間を過ごし、最期のときを待つ。

 だが、そのときはいつまで待ってもこなかった。いつまで待っても、男の腕が私に触れることはなかった。

 勇気を振り絞って薄く目を開くと、地面に映った影が目に入る。それは、私が目を瞑る前とは異なっていて、男と私の間に誰かがいて、男の腕を掴んでいるようだった。

 顔を上げると、そこにいたのは……

「ゼロさん!? なんで、ここに!?」

「ふ、知らん!」

 銀髪と黒コートをなびかせ、不敵に、憎たらしく、自信満々に、笑うゼロさんが、男の腕を掴んで立っていた。

 フードの男は、ゼロさんの手を振り解くと、一瞬で後退し距離を取る。対するゼロさんは、不敵に笑ったまま私と男の間に、私を庇うような形で立つ。

「知らん、って、え? え?」

「落ち着け。俺は知らん、というだけだ。そこでへたっている門戸にでも聞け」

 ゼロさんが指した先には、ここから遠くないグランドの隅に停められた車と、それに寄りかかるように立つ門戸先生がいた。疲労困憊といった表情の先生は、タバコを咥えてこちらに手を振る。

「……そこの眠り姫連れて学校ついたくらいで水月から連絡があって、霊力注入だっけ? なんか、それやれば一時的にはこいつ動くって聞いて、うん、なんかそんな、だよ……」

 恐らくは、先ほど水月さんが八幡君にやったことと、同じことなのだろう。でも、一時的って……

「大丈夫なんですか?」

「長くは、持たん!」

「そんな自信満々に言わなくても!」

「む、来るようだぞ!」

 フードの男は、袖口から二本の巨大なナイフのようなものを覗かせ、こちらに向かってくる。

 一瞬で距離を詰めると、太陽光で煌かせてた白刃を横なぎに振り、狙うはゼロさんの首。

「くっ……」

「完全でないAR01(アストラルリターナー)など、恐るるに足らん」

 ゼロさんは、素手でその刃を受け止めるも、押されて横に飛ぶ。

 ズザザ、と土煙を巻き上げてゼロさんが着地した時、男は私の目の前にいた。

「非力。戦うまでも無い。否、戦うに値しない。これで仕舞いだ」

 男はそう言って、再度私に手を伸ばそうとする。だが、

「そうは、させない」

 私の前に立ちはだかる一つの影があった。短い銀髪の青年、その身体は透けており、今にも大気に溶けて消えそうだった。

「ほう、死してなお、守るというのか?」

「ああ。決めたからな」

「見上げた根性だ」

 感心したように告げる男が、再度ローブの袖口から機械の腕を覗かせたとき、ゼロさんが青年の隣に、並び立つ。

「全く見上げた根性だ。だが貴様は、俺の霊体。そうでなくては困る」

「何様だよ、全く」

 機械の腕がこちらに向かって突き出され、光を放ち始めている。

「身体様だ。ふははは、この期になってようやく、貴様と“共闘”出来るのだな」

「……悪かったな。今まで逃げ腰で」

「気してはいない。これから、だ」

 機械の腕から光が放たれ、私の視界は、逆光の中に立つ二人の青年の姿を見つめたまま、白く染まる。

 直後に、轟音と衝撃。思わず尻餅をつき、そのまま爆風のような風圧で、砂の上を滑る。

 どうなったのかと確認しようにも、3m以上巻き上がった砂煙のせいで、全くわからない。

 弱っていたゼロさんと、戦える状態には見えなかった青年。あの攻撃にあって、無事だったのだろうか……

 不安に思いつつも立ち上がり、数秒間砂が晴れるのを待つ。直ぐに晴れ始めた砂煙の中からには、男が一人。黒いロングコートをなびかせ、腕を組み、高く高く笑うその声が、聞こえてきた。

「ふははははははは、はーっはっはっは! 貴様、今何かしたか?」

 こちらからではわからないが、恐らく、挑発的な視線で敵を見据えているのだろう。

「ゼロさん、無事で……!」

「いや、無事ではない。俺の……」

「その服気に入ってるって話はもういいですから!」

「ふはは、そうか? だが事実、無事どころではないぞ」

 ゼロさんが、トン、と地面を踏むと、彼を中心に風が巻き起こり、残っていた砂煙を全て弾き飛ばす。

「そう、全快を超えた全力全開での復活!」

「じゃあ、霊体は……」

「完全同調し、再起動完了した。さあ、誰が戦うまでもなくて、戦うに値しないか、再度応えてもらうぞ!」

 ビシッ! と、指を差し宣戦布告をするゼロさん。それに対し、フードの男は無言で構えると、ローブの袖から再度、二本のナイフを出す。

 そのまま無言で睨み合う両者だったが、数秒後、先にフード男が動いた。ナイフを水平に突き刺すような構えで持ち、駆け出す。それに合わせてゼロさんも駆け出し、両者は直ぐに激突した。

 男がナイフでゼロさんの心臓を突き刺そうとするのに対して、ゼロさんは拳でそれに応戦。ナイフを正面から殴り、砕いた。

 それでひるんだ様子もない男は、別のナイフでゼロさんの頭を狙い、攻撃。しかし、これもゼロさんの拳が打ち砕く。

 両手のナイフが砕かれた男は、後退するべくバックステップで距離を取ろうとするが、ゼロさんは、これに追撃をかける。ダッシュで追いかけると、握り締めたままの右の拳を、フードの中の顔面へと、叩き込んだ。

 バゴォ! と、轟音が響き、男の身体が5m以上飛び、さらに5m砂の上を滑る。

 ゼロさんは、その様子を「ふん」と鼻を鳴らし、見下ろす。

「あれ程言ったんだ、この程度ではないだろう? 教祖よ」

「そうだ、そうでなくては詰らん。初めまして、“この私を倒すために造られた兵器(アストラルリターナー・ゼロワン)”!」

 男は立ち上がりつつそう叫び、着ていたローブを投げ捨てる。その下にあったのは、首から下が完全に機械で出来ている体。メタリックな装甲が、ボディビルダーの筋肉のように貼り付けられ光を反射し、その装甲の隙間には配線や何かが見え隠れしている。

 だが、それらよりも衝撃的なのは……

「…………八幡、く、ん……? それに、教祖って……」

 教祖と呼ばれた男の顔は、私の知る八幡君からみればかなり大人びてはいるが、八幡君だった。20代中盤くらいにみえる全体の輪郭や、目に掛かるほど伸びた金髪、ゼロさんを睨みつける鋭い目つきなどが、私の知る八幡君とは違うとわからせてくれつつも、それでもやはり、八幡君なのだと思ってしまう。

「教祖は、教祖だ。新世界教団のボス、全ての元凶にして今回の件の主犯だ。まさか、五人の侵入者の内に教祖が居るとは思わなかったが、あの霊力、教祖以外に考えられん」

「なんで! なんで八幡君なんですか!」

 ゼロさんは、一瞬考えた後、教祖に向かって言葉を投げかける。

「教祖の正体や出自は謎だったが、そうか、八幡龍樹か…… 貴様、いつの時間軸から未来に行き、教祖なんてものになった?」

「貴様に話す義理は無い。だが、一つ言えば、どこからでもない」

「ふん、そうか」

 それっきり、二人して黙り込み、間合いを取り合う。

 八幡君が、教祖に……? でも、私の知っている八幡君ではないだろうし……

 そういえば、あの八幡君の霊体、金髪の青年はなんだったんだろう? 関係あるかも知れないし、ゼロさんに伝えないと。

「ゼロさん! さっき、八幡君から、八幡君じゃない見た目の霊体が抜け出してどこかに行ったんです! これって、どうゆうことなんですか」

「……何? それは本当か? ふむ、だとすると、そうだな。大体理解した」

 ゼロさんがそう返事をした直後、教祖がゼロさんに向かって駆け出す。

「おしゃべりは、終わりだ」

「チィッ!」

 ゼロさんは大きく舌打ちすると、高速で接近する教祖が突き出した拳に、拳をぶつけ、応戦する。

 拳同士はぶつかり合うと、火花でも出そうなほど大きな爆音を奏で、両者の拳を大きく弾く。すると次は、どちらともなく反対の腕で拳を突き出し、再度ぶつけ合う。

 どんどん高速化していくこのやり取りに、私の目は、すぐについていけなくなった。だが、爆音の間隔が非常に短いことから、その速度だけは、なんとなくわかる。もはや、連打とも言える速さだ。

「ふはははは、どうした? 蝿が留まって見えるぞ?」

「ふ、そうでなくてはな。だが、いつまで持つかな?」

 ガガガガガガガガガガガ!!

 音は断続的になり、もはや一つの長い音のように聞こえる。

「ふむ、そろそろしゃべる余裕が無くなるか。ソラ! 先にこいつのことを伝えておく!」

「は、はい!」

 あの速度で打ち合ってるのに、ゼロさん結構余裕あるんだ…… 驚いて上ずっちゃったよ……

「こいつの正体は、霊体移乗型自立兵器(サイコ・マリオネット)だ。教祖本人は人形を通して、未来で高みの見物というわけだ」

「影武者、ってことですか?」

「そうだ。さらにもう一つある。奴はどこかの時間の八幡龍樹で間違いない。奴はさらなる身の安全のため、この時代の八幡龍樹の霊体を乗っ取り、それを霊体移乗型自立兵器(サイコ・マリオネット)のコアとしたのだ」

「そんなことが……」

「同一人物だから、機械から情報を同期していけば簡単に乗っ取れたのだろう。……くっ、急に速度が……」

 話していたからか、どうやらゼロさんが押され始めたらしい。音は、私の耳にはもう一本に聞こえている。

「おしゃべりが過ぎるぞ」

 ドゴォ!!

 爆音が響き、ゼロさんの身体が吹き飛び、宙に舞う。だが、空中で一回転したゼロさんは、綺麗な姿勢で私の傍に着地すると、不敵に笑って敵を見据える。

「ふ、中々やってくれるではないか。だが、ふむ。十分な時間稼ぎにはなった」

「……何? 貴様まさか……」

「ふはははは! そのまさかだ! 行くぞ! 共振増幅機関と縮退炉を結合!」

 キュィィィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイ!!!

 耳鳴りのような、甲高い音がゼロさんから漏れ出す。これが、共振増幅機関、というものなのだろうか?

「同期式円形軽粒子加速器(シンクロトロン・レプトンコライダー)、起動!」

 耳鳴りの音は消え、今度はゼロさんの周囲の大気が、不自然に歪んだように見える。陽炎とは違い、空間そのものが歪んでいるように感じる。

「反霊子の重力崩壊を……」

 ドゴォン!!

 突如ゼロさんの胸元、心臓のある辺りが爆発し、火の手を上げる。

「ゼロさん!?」

「馬鹿なっ! ぐっ……」

 背中まで貫通して穴が空いたらしいゼロさんは、胸元と背中から煙を出しつつ、膝から崩れ落ち、そのままうつ伏せに倒れる。

「ゼロさん!」

 私は叫びながら駆け寄るが、返事は無い。揺すっても、いくら呼びかけても、返事は無いまま。

 じゃり……という嫌な音が聞こえ、教祖がゆっくりとこちらに向かってくるのがわかる。

「どのような形であれ、幕引きは幕引きだ」

 そう言った教祖は、私とゼロさんを見下すように見下ろして立っている。その声が聞こえたからか、ゼロさんが息も絶え絶えに、言葉を発した。

「まさか、この俺が上書き干渉(オーバーブースト)されるとはな……」

「貴様が最終動力を起動する時、それに全干渉力を使わねばならないという致命的な隙がある。通常、そこに干渉することは不可能だが、私には可能。これが力の差だ」

 教祖は勝ち誇ったように、その場で口の端を吊り上げている。

 そんな…… ゼロさんが負けるなんて……

「すまんな…… 朱城ソラ、俺は…… また、貴様(キミ)を……」

「そんな、そんなこと、言わないで、下さい……」

 頬を伝う涙が、砂の地面を濡らす。いつから私は泣いているのだろう。

貴様(キミ)には、幸せになってほしかったのだがな…… どうやら、俺の力は足りなかったらしい……」

「そんな! 嫌です! 死なないで…… お願いだから……」

 私がどうこうじゃない。この人が居なくなってしまうのは、絶対に嫌だ。

 たくさん助けてもらったのに、私はまだ何もしてない。

 あれだけ馬鹿な出来事を一緒に過ごしたのに、私はゼロさんのことを全然知らない。

 何より、私の大切な日常の一部として……


 奇跡でもなんでもいい、起きるなら、起こせるなら、今ここで!


 ***


「よし、何とか五感は取り戻しつつあるぞ」

「その意気です、八幡さま!」

 この空間にも慣れてきた俺は、てけ子の応援もあってか、身体の感覚及び自意識だけは確保することが出来ていた。

 慣れてくると不思議なもので、この空間を流れて行く意識も少しだけ読み取れた。

 それによれば、どうやら俺は十日ほど前に、俺自身とは別の意識を植え付けられたらしい。そいつは、今まで俺の霊体の一部に潜伏して、いつでも意識を乗っ取れるように準備していたようだ。

 それでもって、さっき俺の意識を乗っ取り、今はこうして俺の方が潜伏に近い状態まで追いやられているらしい。俺の方が消えなかったのは、てけ子のおかげか、あるいは他に要因があるのかはわからないが。

 さて、さっきも言ったが、俺は自分自身を取り戻しつつある。これは、こいつから自分の意識を奪い返しつつある、ということでもあるだろう。このままいけば、あるいは……

 そう考えたとき、外の光景、なのだろうか、そんなイメージがここを流れて行く意識から読み取れた。

 そこでは、朱城が泣いていた。横には、あのオッサンが倒れていて、これは、死んでいる、のか……?

 こいつが、やったのか……? そう思った瞬間、俺の中で怒りが爆発し、こいつの意識を高速で侵食する。

 俺は、なんて奴に意識を食われてたんだ! 許さねえ! こうなりゃ、一気に逆転してやる!

 燃える感情で動き出した俺は、もう止まらなかった。


 ***


 ああ、ソラが泣いている。ポタポタとこぼれる涙が、俺にもかかるが、もう皮膚感覚がなくなりつつある。

 胸に開いた大穴は、主動力の全てを持っていっており、俺の意識はもうじき無くなる。このままでは、俺は役目を果たせずに……

 何か、何か出来ることはないか、と考えても、動力無しの今の状態で出来ることなどあるはずもなく、ただただ死を待つばかり。

 そうだ、動力はないが、この残りのエネルギーで、戦うことは出来ずともソラを逃がすことは出来るかもしれない。

 逃がす場所は、と考えると思いつくのは未来しかなかった。

 だが、攫われるくらいなら、俺の同胞に保護された方がいい。博士はあんなでも頼れるはずだから。

 なるべくエネルギーを使わないように、うつ伏せのままコートから対霊体七つ道具(アストラルアーマメント)が一つ、時間牢を取り出し、ソラの方に差し出す。

「朱城ソラ…… これを、腕に……」

 ソラは突き出された鎖つきの腕輪を受け取るも、それを握り締めて泣いている。

「……これで、逃げろって、ことですか?」

「そうだ」

「……そんなの、嫌です。こんな状態のゼロさんを置いて逃げるなんて、嫌です……」

 嗚咽交じりの声は、強く拒否している。困ったものだな……と、思うまもなく、ソラは続ける。

「……それに、ゼロさんが死んじゃうなんて、絶対に嫌です。逃げるなら、二人で…… それに、まだきっと、方法があるはずです!」

 こんなことを人に言われたのは、俺が起動してから初めてだな…… 俺は、自分に存在意義を与えられている人造人間だから、こう思うのは変な話だが、生まれてきて、良かったのだな……

 俺が感慨に耽る間、ソラは力強く時空牢を握り締め、俺を見つめていた。

 しかし、状況を打開する方法か……

 …………いや、一つだけ、一厘未満の可能性に賭けるような、分の悪い方法が、俺には残されているな……

 それに気付いたとき、沈黙を守っていた教祖が、独り言のように呟く。

「……同一人物でも、なるほど、これが限界か…… 時間がない、茶番は仕舞いだ」

 教祖はソラの方へ手を伸ばし始め、その途中俺を一瞥すると、憎たらしく笑いながら再度口を開く。

「ARプロジェクト、この程度か。まあ、楽しめたさ」

 今はなんとでも言えばいい。俺には、この賭けを成功させる他は、ないのだから。

 ソラと共に握り締めてる腕輪のスイッチを入れ、叫ぶ。

「時間牢、起動!」

 それにより、時間牢の円の中に次元断層が形成され、未来への道を開く。白く白く輝くその先は、希望か絶望か……

「ゼロさん! 何を!?」

「信じろ。それが、残された方法だ」

「……はい!」

 ああ、俺の意識が薄れてゆく。ソラが信じて、奇跡――干渉力によるものではない、本物の奇跡が起きればあるいは、俺の意識は再び起動し、戦えるはずだ。


 時間牢から光があふれ出す。強い光。強力な干渉力が放つ光が。それらが、あふれ出すと同時に、俺の身体を包み込んでゆくのがわかる。

 そうか、そうだった。俺の眼球に埋め込まれた霊視計機能は、俺の瞼が閉じていようが開いていようが関係なく、周囲の干渉力の動きを俺の脳に伝えてくれるのだった。

 ああ、もうここまで思考が出来るほどに、俺に力が集まっているのか。

 どれくらい経ったのだろう? 一瞬だろうか、それとも……

 考えるが早いか、俺は飛び起きる。

「っ! 貴様、何故!?」

「ゼロさん!」

 教祖とソラが、同時に驚愕の声を上げている。それはそうだろう、動力炉が完全に大破した人造人間が動いたら、俺とて驚く自信がある。

 だが、そんなことよりも今は気分がいい。とりあえず、笑うか!

「ふふふ、ははは、ふはははははは! さて、何故だろうな! 貴様の足りない頭で考えてみてはどうだ?」

 俺にはどんどんと力が集まり、漲ってくる。

 傍らのソラが、何かに気付いたようで、ポケットから霊視計を取り出す。カタカタと震えているのは、ソラの手が震えているからではないだろう。おそらくは……

「霊視計から警告!? 測定不能って、そんな……」

 予想通り、俺の現在干渉力は一兆を軽く上回っているのだろう。カタカタと震える霊視計は、そのままピシィ! と音を立てて画面にひびを入れ、壊れてしまう。

 その様子を確認した俺は、ソラが霊視計を出すために手放した時間牢を、自分の胸に開いた穴に押し込み、新たな心臓のようにする。

 それと同時に、俺から教祖は距離を取ったようだった。

「貴様、一体何が…… それにその力、……まさか未来に霊力タンクでもあるというのか?」

「ふん、半分正解。60点と言ったところだな!」

 俺の身体を包む光は、弱くなることを知らない。そのオーラともいえる光の半径は、すでに1mを軽く突破し、周囲に突風のような空気の流れを生み出している。

 推定干渉力は……俺自身にもわからんな。だが、教祖が直感的に距離を取るほどだ、なかなかのものなのだろう。

 この、完全を超えた状態の理由は、教祖が考えたとおり、未来との扉が開き続け、そこから力が流れ込んでいるからに他ならない。

 動力無しで、干渉力による念力などで強引に身体を動かしている今の状態は、物理体を持った霊体にも似た状態だ。だが、通常のそれらとは比べ物にならないほどの出力を持つが故に、通常時を越える思考や会話も成立できるのだ。

「ARプロジェクト…… この私を倒すため…… まさか……」

 教祖は、さらに驚愕の声を漏らし、臨戦態勢を取る。ふ、どうやら気付いたらしいな。

「ふはははははは! そうだ! ARという略称に隠されたもう一つの意味、教えてやるから、その霊体(たましい)に刻み付けろ! 俺は“人造救世主(Artifical Redemmer)第零壱号(01)”だ!!」

 大気が、大地が、空間が、震える。俺の持つ、最後にして最大の機能、人造救世主としての力。

 俺は、生み出されてから、否、生み出される前から、大々的な宣伝と情報開示を繰り返し、敵すらその存在を正確に認知するほどの知名度を誇る。

 最先端科学の粋を結して造られ、幾度となくデモンストレーションを繰り返し、人々の信頼を勝ち得る、それが博士の狙いだった。

 五つの世界の人間全ての、科学に対する信頼、希望、畏怖、憎悪、他全ての感情を一心に受ける、最先端科学の申し子。それにより発生する干渉力を力に変える機構を積み込んだ、科学という信仰の偶像救世主。

 それが、この俺の最後の力だ。

 宗教という概念の無くなりつつある世界だからだろうか、テクノロジーに対する思いは反比例するかのように高く、俺に膨大な量の干渉力を与える。

 俺の中に渦巻く、世界中の人々の意思は言っている。

 人類はその叡智を持って、どんな困難も突破してきた。だから、これから先どんな苦難が待ち受けていようとも、叡智で道を切り開ける、と。

 それは決して、希望だけの歴史ではない。だが、いつの世も、最後には希望に向かい進んでいくのだ。俺たちには、希望を信じることが出来る。それこそが、最大の武器なのだから。

 ……俺は戦う。人類の叡智、その誇りのために。それを、たった一人の少女も守れないほどの、頼りないものにしないために!

「さあ、最終ラウンドだ! 一切の手加減は無い! 最初から、全力全開で行くぞ!」

「人形如きが、救世主気取りとは笑わせる!」

 教祖は駆け出し、その両手を広げ、霊子構成体――それも干渉力一兆オーバーという超高密度の刀を作りだすと、俺に向ける。

 だが、全ての動作は、今の俺には止まってすら見える。

 ふ、そちらが得物を持つのなら、こちらも武装を展開するまでだ!

高速全換装(クイック・オールアムド)!」

 叫ぶと同時に、俺を貫こうと、突進と同時に突き出された教祖の刀を、上へ飛んで交わす。

「対霊体七つ道具(アストラル・アーマメント)その一! 霊子計測眼(アストラルセンシズ・アイ)! 敵の機動の完全捕捉!」

 俺の機械で出来た眼球が限界まで稼動し、空間そのものを霊子一つまで完全に把握する。

 教祖は俺を追って飛び上がると、刀を振り上げ、追撃を仕掛けようとする。

「対霊体七つ道具(アストラル・アーマメント)その二! 霊子構成体干渉手甲(アストラルブースト・ガントレット)! 霊子光剣(アストラル・ライトソード)を形成!」

 右手に現れた機械手甲から光の剣を出し、教祖を迎え撃つ。空中で、右上段から振り下ろされる刀を、剣で受けて弾くと、左手の刀が下段から迫っていた。

「対霊体七つ道具(アストラル・アーマメント)その三! 空間跳躍腕輪(ジャンプ・バングル)! さらに上空へ跳躍!」

 左腕に現れた腕輪を起動し空間を跳躍することで、下段からの剣閃をかわす。

 すると教祖も、大気を蹴り跳躍すると、俺を追いかけて上空へと上ってきた。

「対霊体七つ道具(アストラル・アーマメント)その四! 対霊体自動小銃(アンチアストラル・アサルトライフル)! 霊子構成体干渉手甲(アストラルブースト・ガントレット)武装融合(ユニゾンアーマメント)! 霊子収束放射砲(アストラル・ビームカノン)!」

 光の剣を捨て現れた銃を右手で掴み、さらに手甲と融合させ肘から先を巨大な砲身に変える。そして間髪いれずに、下から迫る教祖に躊躇い無く、身体を包みこむほどの太さで放たれる極光の粒子砲を浴びせる。

 だが、教祖は両手の刀でこれ切り裂き受けきったようで、さらに速度を上げて俺に迫る。

「対霊体七つ道具(アストラル・アーマメント)その五! 衝気圧搾推進編上靴(ラムジェットブースター・レッグ!)! さらに、上へ!」

 チャージも無しに起動させた衝気圧搾推進編上靴(ラムジェットブースター・レッグ!)は、それでも俺をさらなる上空へと運んでくれる。気付けば、真下には雲海が広がるほどの高度に到達していた。

「対霊体七つ道具(アストラル・アーマメント)その六! 物理現象干渉手甲(イレギュラーブースト・ガントレット)! 大気を圧縮し、高電離突撃槍(プラズマ・ランス)を形成!」

 周囲の大気は俺の方に流れ出すと、左手に現れた手甲の内に集束し、一本の紫電の突撃槍と形成する。

 槍を構え下方を見れば、雲海がまるで台風のように、上空に浮かぶ俺を中心に渦巻いていた。そしてその台風の目とも言える部分に、霊子計測眼(アストラルセンシズ・アイ)で反応あり。

 それを確認するかしないかという瞬間には、教祖は飛び上がると、俺の目の前、大空の何も無い空間に着地した。

「言うだけいって逃げるだけとは、笑止!」

「笑止千万は貴様の方だ! 全武装展開(オールアーマメント・アタック)を! その霊体(たましい)に刻み付けろ!」

 教祖は、近づいただけで肌が焦げそうになるほどの干渉力の塊を、両手を広げる形で俺に振りかざしている。

 だが! 俺の心臓、最後の対霊体七つ道具(アストラル・アーマメント)が、それが俺に到達するよりも先にその真価を見せる!

「対霊体七つ道具(アストラル・アーマメント)その七! 時空間干渉牢(クロノブースト・カフス)限界時流加速(オーバーアクセラレーション)!」

 一瞬にして、全てが静止。俺の思考、行動のみが、許される世界に変わる。

 時間牢の真価。それは、膨大な干渉力により真空中の光速度を歪め、プランク時間を乱し、俺に流れる時を加速させる。

 構えた槍と右腕の銃口を重ね、あふれ出す霊子ビームを高電離体(プラズマ)に纏わせ、敵に向かって――静止した超重量の大気を切り裂きながら――押し進める。衝気圧搾推進編上靴(ラムジェットブースター・レッグ!)は、静止した世界の大気すら燃やし、少しずつ俺を運ぶ。 

 ゆっくりにも見えるがその実、音を置き去りにし、光をも超えんとする速度。……だが教祖は、これに反応していた。

 身体をひねり、槍の直撃を回避しようとするばかりではなく、左手に持つ超高密度の

 光の剣を、俺を貫かんと突き出していた。

 クロスカウンター。

 だが、敵はかすり傷、俺は直撃。動き出した俺には、もはや止まることも避けることも出来ない。この速度では、慣性が重過ぎるのだ。

 俺の槍が、教祖の服を破るだけに終わり、剣が眼前に迫る。接触する、という間際、教祖が勝ち誇ったように口の端を吊り上げるのが見えた。

 だが、甘い!

空間跳躍腕輪(ジャンプ・バングル)! 起動!」

 跳んだ先は、教祖の背面接触距離!

 槍は、深々と突き刺さると同時に周囲の金属を蒸発させ、馬鹿デカイ風穴を作り、その身を貫く!

「莫迦なっ……!!」

 それが声だったか、貫きざまに流れ込んだ思考だったのかは、わからない。

 教祖は、俺が加速終了とともに大空を焦がして急制動を掛け停止したと同時に、夕焼け如く空を染めるほどの大きな火の手を上げて、爆散した。

 轟音ととに届いた爆風に髪をもてあそばせつつ、俺はゆっくりと地上へと降りていくことになった。


 ***


「なあ朱城、あいつどうなったんだ……」

「うーん……」

 ゼロさんが飛び立ち、教祖もそれを追って飛び立った後の地上。先生とともに空を見上げるが、何も見えない。霊子計も、先ほどのせいで壊れてしまったようで、何も映してくれはしなかった。

「わかりません。けど、信じるしか……」

 言いかけたとき、空が、赤く染まった。と、数秒後、耳が弾けそうなほどの爆音が響く。

「……っー! 耳がキンキンする…… 決着、だろうな……」

 耳を抑えながら、頭まで痛そうな表情の先生が漏らす。決着。どちらが…… いや、信じろ、ゼロさんの勝利を。

 今の私には、信じることしか、出来ないのだから。

 数秒後、耳鳴りが消えて、空も元の色に戻りつつある中、一つの光がグランドん突き刺さった。轟音と土煙を巻き上げ、しかし、その中に一つの人影があるのがしっかりとわかる。

 人影は、煙が晴れるのを待つことなく、こちらに歩いてくるようだ、近づくにつれ、うっすらと声も聞こえてくる。

 それは、聞き間違えようもなく……

「ふはははははははははははははは! 無事、帰還! 完全勝利だ! ふはははははは!」

「ゼロさん!」

 一迅の風が吹き、煙が晴れた先には、アクアシルバーの髪と黒いロングコートを風にはためかせた、ゼロさんが立っていた。

 思わず駆け出し、彼の元へ行くと、両手を腰に当てた姿勢でのいい笑顔で迎え入れられる。

「勝った、んですね!」

「勿論だ! この俺が負けるわけなかろう?」

「いや、まあ信じてましたけど、そうやって自信満々に言われるとリアクションに困ります」

「むう、言うようになったな……」

 やや困り顔、という珍しい表情のゼロさんは、これまた珍しく疲れた様子で、その場にどかっと腰を下ろす。

「これで、終わったんですよね」

 私もつられて砂のグランドに腰を下ろしつつ、問いかける。するとゼロさんは目を細めて、微笑みながら返してくれた。

「ああ。終わった。俺の、この時代での戦いは、全て」

 その答えに、いつかは来るであろうとわかっていた、“そのとき”が連想されてしまう。

「……やっぱり、帰っちゃうんですよね」

「ああ。……実はな、この時間牢、ゲートが開き続けているだけでなく徐々に拡大しているのだ。だから、もう数分もしないうちに俺はゲートに飲み込まれ、強制送還される。まあ、ゲートは自身を飲み込めば消えるから、そこは安心してくれていい」

 うつむき加減にゼロさんが視線を向けた先には、心臓付近に開いた穴に納まる、光を放つ腕輪。その光は確かに、徐々に大きくなっているように見えた。

 彼に何か話すなら、もう、今しかないのか……

「……ゼロさん、私……」

 ダダダダダダダ…………!! 彼方からこちらへ向かってグランドを激走する音が、私の言葉を遮った。誰が何だよ、と思い振り返れば、全力疾走の主は水月さんだった。

 土煙を撒き散らして、おまけに息まで切らして、私とゼロさんのそばに駆け寄ると、私たちの間に手のひらを突き出す。

「ぜぇ…… はぁ…… 」

「だ、大丈夫なの……?」

 呼吸は浅く、非常に辛そうだった。そもそも、彼女は霊体を八幡君に分けていて、戦闘も行えないと言っていたし、走ったりは厳しいのだろう。

「はぁ……はぁ…………大丈夫、です」

 ようやく息が整ったらしい水月さんは、まともにしゃべりだす。それにしても、何をそんなに急いでいたのだろうか……?

「あの、水月さん、何が……」

「朱城さん、私が未来に帰れるのは、今このときしかないのですよ?」

「……え? でも、水月さんって……」

「はい。自首、します」

 私に向かって、吹っ切れたような笑みを向けた水月さんは、今度はゼロさんの方に向き直る。

「というわけで、時間牢をよこしなさい」

 それを聞くとゼロさんは「ふん」と鼻を鳴らしながら、胸の穴から時間牢を抜き取り、突き出された水月さんの手のひらの上に乗せる。

「わかっているとは思うが、それに手を通せば、貴様は晴れて牢獄の中だ。だが、いいのか?」

「むしろ、貴方こそそんなこと聞いていいんですか? まあ、わかってますよ、ありがとうございます。……そうだ朱城さん、他の皆さんにありがとうございました、お元気で、と伝えておいてくれませんか?」

 再度私に向き直った水月さんが、優しく微笑んで告げる。そうか、水月さんともお別れなのか……

「うん。しっかり伝えておく」

「それと、朱城さんも、お元気で。……月並みですが、この二ヶ月、貴方とともにこの時代の学生が出来て、楽しかったです。立場を騙していた敵でしたけど、これは本当の気持ちです……」

 彼女の目元が、キラリと光る。それは、光の帯となってほほから流れ落ちる。

「水月さん、泣いてる、の……?」

「あれ……? なんででしょうね…… ふふ、忘れてください。それでは……」

「うん。水月さんも、元気で。ね?」

 水月さんは、私の言葉に微笑みで答えると、光の粒になって腕輪に吸い込まれていった。

「……ソラを助けてくれた恩があるから、一度くらい見逃してやろうかと思っていたのだが、張り合いの無い奴だ」

「敵として認めてる、みたいな奴ですか?」

「いや…… あいつは、良くて終身刑、真っ当に行けば極刑だ。……類希なる能力者だったのに、教団などに入らなければな、と考えてしまっただけだ……」

「そうですか……」

 水月さん、わかってたんだろうな…… 元気で、なんて酷いこと言っちゃったな……

 でも、彼女は清々しい表情だった。きっと、何かを清算しに行ったのだろう。

 ……私とゼロさんの間を、沈黙が包む。

 数分、か。次はゼロさんが帰る番、だろうな。

「あと、どれくらい時間はありますか?」

「2、3分と、いったところだな」

「じゃあ、一つだけ、聞いてもいいですか?」

「なんだ?」


「なんで、ゼロさんは戦うんですか?」


「俺が、強いからだ。俺という存在を、強く、何者にも負けないほど強く造ってくれた人たちがいる。だから俺は、この強さを、何も出来ない力にしたくないのだ」


「最初に言っただろ、俺は殺されかけている少女を置いて逃げるような男じゃない、と。覚えておけ、といったはずだが?」

「ふふ、そうでしたね。ありがとうございます」

「さて、そろそろ時間だな」

 ゼロさんの身体が光に包まれ始め、包まれた部分は光の粒へと変わり、時間牢の中へ入り始める。

「あの、また、会えますか?」

「わからん! だが、約束しよう、いつの日か、必ず戻る。何故なら俺は……」


「「アストラル“リターナー”だからな!」」

「むっ!」

「さすがに覚えますよ」

「そうか、それもそうだな。……では!」

「……はい」

 ゼロさんは、爽やかな笑みを残して、帰っていった。彼の生まれたであろう未来の世界へと。


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