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第十六話『ともだち』

 目の前下方を過ぎていくのは、自分の目で追える限界近い速さの階段の段差。その段を2、3飛ばしで器用に踏みながら動く足は、まるで自分のものでは無いような、そんな気がするほどに俊敏で、そのうち、この足だけが、一人でどこかに行ってしまうのではないかと思わせるほどだった。

 ……物体の自由落下速度って、どれくらいだっけ?

 ふと、脳裏にそんなことが過ぎるほどの速さで、私は階段を下っていた。いや、この速さは、落ちている、と言ってもいいのではないだろうか?

 十数段の階段を、駆け下り、踊り場に出ると、靴底のゴムに目いっぱい負荷をかけ、小回りに、次の階段を目指す。摩擦によるゴムの加熱は、中敷越しに、私の足にも伝わってくるようで、足の裏の皮が剥けそうだった。

 どの階の踊り場も、窓がついているので、私が差し掛かるたびに、太陽からの強い日差しが、私に降り注ぐ。校内は、節電とかなんとかで、蛍光灯が消されているので、踊り場だけが明るく、その外は薄暗い。

 休日で人のいない校内は、薄暗さと静寂相まって、普段の喧騒と明るさと比べると、不気味に感じられた。そんな校内だからだろうか、何度も通過する踊り場が明るいのは、ありがたかった。

 最後の踊り場を過ぎて、階段を下ると、唯一電気のついているフロア、職員室や事務室などの、外来者も利用する部屋のある、一階に着いた。

 屋上から休まずに走ってきたせいで、見事なまでに息は上がっており、自分が、肩で息をしている状態、だということは、確認しなくてもわかる。

 電気がついていることに安心しつつも、急がなきゃいけない、そう思い、再度走り出そうと前を向いたとき、視界の端が、ぐにゃりと揺れた。

 眩暈か何かだろうかと思うより先に、揺れたのは、私の視界ではなく、一階廊下の片隅であると、直感的に確信した私は、その歪む一点を見つめる。

 私が注視した事で、向こうも勘付いたのか、歪む一点は陽炎のカーテンを引き裂くように消え、中から人が出てきた。

 その人物は、先ほど屋上で見た、深紅の長い髪に、黒いロングコートを纏った、長身の男。先ほどと違うことがあるとすれば、それは……

「言ったはずだ。無駄な抵抗は考えないことだ、と」

「……そんな、なんで……」

 腕に、鎖で絡めた千寿さんを抱え、まるで人質のようにしていることだった。

 男の腕の中にいる千寿さんは、気絶しているようには見えず、ただ黙って目を伏せている上体。

「彼女に、何を、したの……?」

「今は、何も。だが、貴様が抵抗するのであれば、安全は保証しかねる」

 男の言葉の後には、静寂だけが残り、千寿さんは目を伏せるばかりで何も言わない。

 ……どうしよ? ……どうすればいいだろう? ……あれ? この人がここにいるってことは……

「……先輩たちは、どうしたんですか?」

 孔雀先輩と、歩擲先輩は、どうしんだろう? さっき、この男と交戦し始めたのは間違いないと思うんだけど、まさか……

「あのガキ二人のことなら、殺した。嘘だと思うのなら、屋上を確認してくればいい。二人仲良く彫像になっているだろうさ」

「そ、んな…………」

 先輩達が、負けた、だなんて…… それに、殺した、ってことは、先輩達は、もう……

 ……目の前が、真っ暗になっていくような感覚に囚われる。足が地面を捉えてることも、目の前に敵がいることすらも、意識の外に消え、自分がどこにいるのかもわからない。

 ……私のせいで、人が死んだ。二人とも、優しくて、強くて、立派な先輩だったのに。私なんか、比べ物にならないくらい立派な人たちだったのに、私のせいで。私なんかのでいで……

 ……どうしたら、いいんだろう? いや、どうしようも、ないのか。死んでしまったら、もう、取り返しはつかないのだから。

 だったらいっそ、この人に掴まってしまった方がいいのかもしれない。これ以上の被害が出る前に、彼らの思惑通りになった方が、平和というものだ。私一人の犠牲で足りるのだから。

『ソラ! 弱気になってはダメだ! 亡くなった二人は、キミにそんなことを望んではいないはずだ!』

「っ……でも……」

『誰かがいなくなってキミが悲しむのと同じように、キミがいなくなったら悲しむ誰かもいるんだ! そのことを忘れてはいけない。自分を、軽く見てはいけない』

 真空霊管からの声は、こんな私に渇を入れて、励ましてくれていた。

 ……そうだった、私が諦めたら、多くの人の思いが、無駄になってしまう。それに、瑠璃ちゃんや八幡君のことも、わからないままだ。

 よし……! と、心の中で前に進む気持ちを、再度燃やし、前を見る。

 だけど、一先ずは、私より、千寿さんの安全を確保した方がいい、よね。彼女は、この件とは関係無いのだから。

「……どうすれば、千寿さんを開放してもらえますか?」

 整いつつある息で、男の方を向いて発した声にはもう、動揺や恐れはなかった。

 私の言葉を聞いた男は、目論見が成立したからだろうか、いやらしい、非常に嫌な笑みを浮かべている。

 ……しかし、私の言葉で様子を変えたのは、男だけではなかった。

 千寿さんが、先ほどまでと違い、顔をこちらに向け、何かに驚愕したように、大きく目を見開いて、私の目を、真っ直ぐに見ている。

「……う、そ。なんで……?」

 静寂に消え入るほど小さく、酷く震える千寿さんの声は、信じがたい、という一点だけを明確に表していた。

 お互いに、何が起きたらこんな状況になってしまうのか、わかるわけないし、信じられれるわけもない。

 無言の私たちの間では、視線だけが、何かを伝えようとして、失敗していっているような、気がした。

 しかし、そんな視線の会話に割り込むかのごとく、男は、口を開く。

「よし、まずはこちらに来てもらおうか。貴様の身柄を拘束させてもらう」

 現状、彼に従うしかない私は、無言で彼の方へを歩み寄る。ゴムの底が、廊下のタイルを叩く音のみが聞こえる中、目の前まで行くと、彼は満足そうな表情を浮かべていた。

「……来ましたよ。……千寿さんを解放して下さい」

 目の前まで来てしまったが、特に何か考えがあってのことではない。

 ……最初から、私に切れる札なんてない。でも、きっと、出来る事はあるはず、そう信じて、まずは無抵抗を装って、隙を探る。絶対どこかに、チャンスがあるはず……!

「くくくっ…… そんなにこいつが大事か。……だがそれは、貴様を拘束した後だ」

 男の口の端は、不気味と言えるくらいに釣りあがり、油断している、と自分で言っているほどだった。最初に見たときは、ポーカーフェイスな人だと思ったが、そうでもないらしい。いや、何かが、主に先輩達との戦闘で何かがあって、本性が出ている、という可能性もあるが。

 右腕で千寿さんを抱える男は、ジャラッ、と左腕だけで器用に、コートの中から抜き出す。それは、いつかゼロさんが使っていた、時間牢という手錠に酷似した、鎖つきの腕輪だった。

 男は、取り出した腕輪を眺めると、思案顔で誰にとも無くしゃべりだす。

「ふん、これの起動は、片手では難しいか…… 少し早いが、こいつは解放してやろう」

 ドン、っと投げ出された千寿さんは、床に倒れこみそうになるが、寸でのところで、なんとかキャッチ出来た。

「……大丈夫?」

「…………そらっち、なんで、助けてくれるの?」

 私の腕の中で目を伏せる千寿さんは、苦しそうに、そう言った。なんで、って、なんで?

「…………昨日、あんな酷いこと言ったから、もう、友達じゃないって、思われてると思ってたのに、なのに……」

「……そんなことないよ」

「…………私ね、そらっちに、見捨てられて、死んじゃうのかな、って思ってた。でも、そらっちに、酷いこといっぱい言ったし、自業自得かな、とも思ってた」

「……そんなこと、しないよ。……出来ないよ」

「…………そらっち、ありがとう。ごめんね…… 酷いこと言って、ごめんね……」

 千寿さんは、私の肩に、顔を埋めて、泣いていた。私だけじゃなくて、千寿さんも、傷ついてたんだな……

 千寿さんを抱きかかえつつ、顔を上げれば、目の前の男は、さも滑稽な芝居を見るかの如く、可笑しいような、蔑んだような、そんな視線で、私たちを見下していた。

 そして、長い髪を、右手で掻き揚げると、左手に持った腕輪を私の方に近づけ始める。

「中々笑える茶番ではないか」

「……全くだ、ぜっ!」

 バゴォッ!

 視界外から飛び出してきた何かは、叫びと轟音を持って、私に向かって突き出されていた男の腕を、力強く弾く。当然、男は腕輪を取り落とし、左腕の手首辺りを、右手で押さえ、苦しんでいる。もしかすると、骨が折れたのかもしれない。

「全く笑える茶番だぜ、美しい友情に水を差す、キモイ赤ロン毛男って構図はよぉ!」

 声の方向を見れば、トントンと、スチール製のパイプで肩を叩く、金髪をつんつんと尖らせた男子高校生。下は制服のズボンに、上は真っ赤なVネックのTシャツという、なんとも校則違反な出で立ち。それはまさしく、

「……八幡くん?」

「……え? タツキチ……?」

 一晩行方をくらませていた、八幡龍樹、その人だった。ひゅんひゅんとパイプを回す八幡くんは、私たちと、深紅髪の間に割り込むと、すばやく三回の突きを繰り出し、男を後退させる。

「チッ、次から次へと…… この時代は野蛮な輩が多くて困る」

 突きを全てかわしたバックステップの後、そう呟いた男は、5mほどの先で構えを取っている。八幡くんが来てくれたことで、状況が、少しづつ、こちらに傾いてきたように思う。

 この間に、千寿さんは、自力で立つと、八幡くんの方を向き、息を吸い込み、大きく口を開いた。

「タツキチっ! 無事だったんなら! 連絡しろっ!」

 まあ、もっともでは、ある。私と千寿さんの仲が、微妙なことになりかけたりしたわけだし。

 対する八幡くんは、パイプを構えたまま、首だけこちらに向けると、言い訳がましい視線をこちらに送る。

「いや、こっち帰ってきたの、ついさっきなんだよ」

「はあ? てか、どこいってたのよ!」

「えーっと…… 1981年?」

「………………はあ?」

「……まあ、そうなるよな。よし、そのうち話す。ってゆーか、なんでてめー捕まってんだよ」

「……いや、その、不意を突かれたといいますか……」

「そうかよ。てか、いつまで鎖に巻かれてるつもりだよ。緊縛趣味でもあんのか?」

「ちょっ! そんなわけないでしょ! か弱い乙女に何言ってんの!」

 千寿さんの叫びと同時に、ゴキッ! ゴキンゴキンッ! と、彼女の肩や腕の辺りから、くぐもった音が響いた。

 ……なんだろう、この音。耳を塞ぎたくなる……

 ……これはもしかして、忍者とかがやってたという噂の……

 私が、音の原因に気付きかけた次の瞬間には、ジャラン! と、音を立てて、鎖は床の上に落ちていた。

「ふう。久しぶりにやると、結構痛かったりすんのねー」

 そう言いながら、まるでストレッチをするかのように、腕を伸ばす彼女の関節からは、再度、バキゴキ……、という不思議な音が響いく。

「……なあ、一般常識じゃ、鎖で雁字搦めの状態から縄抜け出来る奴を、か弱い乙女とは言わねーんだぜ?」

「いやいや、ご冗談を。あ、私は、この鎖、武器にしよっかな」

 千寿さんは、自分の足元に落ちていた鎖を拾い上げると、その先端に大きな結び目を作り、フレイルのようにし、振り回し始める。

 ……ここまでで、か弱さゼロである。

 我々がこうやってしゃべっている間、深紅髪の男の方はというと、じっとしていたようだった。……心なしか、蒸し暑くなっているようにも感じることから、恐らくは、戦うための準備を進めているのだろう。

 ……私に、出来ることは…… そうだ、あの能力について、二人に伝えないと。

「八幡くん、あの人の能力だけど……」

「ん? ああ、大体把握はしてる。弱点についても聞いたし、対処法についても考えては来た。朱城はさっさと逃げろ」

「でも……」

 私が、何かを言いかけたとき、千寿さんが、八幡くんの隣に並ぶと、私に真剣な顔を向け、しゃべりだした。

「……そらっち、私たちに借りを返させてくれない? ほら、ここは私たちに任せて、ね」

「……うん、わかった。でも、死なないでね、絶対」

 それだけ言うと、私はまた、戦う大切な人に背を向けて走り出した。せめて二人は、無事でいて、と願いながら。


 ***


 気が付いたとき、目の前には、視界全面に広がるような、青空があった。……どうやら、僕は寝ているらしい。

 ……何故? と思って、記憶を探ってみれば、そうだ、あの深紅髪の男に、氷漬けにされて…… されて、どうなったんだ?

「っ…… 動けない、か……」

 上体を起こそうとしてみたが、どうやら、身体は動いてくれないらしい。思えば、皮膚感覚は、まだ戻ってきてないようだ。

「……生きては、いるのか。……歩擲、生きてるか?」

 なんとか発することの出来る声で、いるかどうかもわからない相棒に向かって、生存確認を投げかけると、すぐに返事があった。

「うっ…… 孔雀ッスか……?」

 声の方向は、僕の頭上方面。ということは、そんなに遠くない位置で、僕ら二人は伸びているのだろう。

 さて、どうしたものか。ここで僕らが伸びているということは、確実に朱城さんに魔の手が伸びている、ということだ。これは、非常にマズイ……

「……目が覚めたようですね。でも、まだ動かない方がいいですよ。具体的には、30分ほどは、回復に掛かると思って下さい」

 仰向けで伸びているであろう僕の、足元の方から不意に投げかけられた声は、女性のものだった。聞き覚えのあるその声の主は、恐らく、

「……水月さん、か?」

「はい、そうです。声だけで、よくわかりましたね」

 やはり、そうか。しかし、何故、水月さんが、ここにいるのだろう? 彼女も、霊能力者だった、ということだろうか?

「……水月さんが、助けてくれたンスか?」

「まあ、そういうことになりますね」

 察しのいい歩擲が、一つの解答にたどり着いていた。確かに、先ほどの発言は、僕らを介抱している、と取れる。しかし、この解答は、さらに一つの謎を生む。

「……すまない、助かった。しかし、何故、キミが……?」

「……ただの気まぐれですよ。もしくは、朱城さんの為、ですかね」

 どこか、遠くに向かって投げかけられた言葉からは、決して僕達のために、僕達を助けたわけではないという意思が伝わってきた。だが、それでも助かったのは事実。

「それでは先輩方、私は少し野暮用があるので、この辺で失礼しますね。ではまた」

「ああ、ありがとう。では、また」

 水月さんは、言いたいことだけ言うと、細かい説明は無しに、行ってしまったようだった。……彼女にも、何かしらの事情があるのだろうから、無理に聞いてやるのは野暮というものだ。

 彼女が去った屋上には、また先ほど通りの静寂が戻る。耳に聞こえるのは、風の音のみ、だったが、不意に、歩擲が口を開いたようだった。

「……俺達って、役に立たないッスよねー」

「……確かに、そうだな……」


 ***


「こうやって、お前と並んで喧嘩すんのも久しぶりだな」

「そう言えば、そうね」

 鉄パイプを構える俺の隣には、ひゅんひゅんと鎖を回す瑞希。こいつの面は、見飽きるほど見てきたつもりだったが、なんでだか、凄く懐かしく感じる。あんなファンタジーな出来事の後だからか?

 見慣れてるといえば、この学校の廊下もそのはずだが、昼間なのに電気が消され、五月なのに蒸し暑く、5m先に赤ロン毛黒コートがいる、というのは中々新鮮ではあった。

 しばらく、敵とにらみ合っていると、両者とも動こうとしない状況に痺れを切らした瑞希が、俺に向かって口を開く。

「それよりタツキチ! 秘策ってなんなのさ!」

「ん? ああ、それはな…… よし、瑞希、その鎖でスプリンクラー狙って壊せ!」

「……はあ!?」

 ……朱城が駆け出した後、あの赤毛野郎は、聞いていた通り、この周辺の温度を上げて始めた。本人は、廊下の端、俺達から5m程離れた位置を、キープしたままで。

 恐らくは、今アイツの元に突っ込んでも、熱の壁で阻まれて、まともに接近することは、無理なのだろう。

 だからこそ、瑞希にスプリンクラーの破壊を頼んだのだが、瑞希は、理解してない様子だった。それどころか、

「てかさ、異様に暑くない? どゆこと?」

 こんなことを言い出す始末。これは、1から説明しないといけない、んだろうな……

「……いいか、よく聞けよ。あいつは、超能力者だ。熱を操れる。具体的には、動的平衡状態にある物質間の熱伝導率に干渉して、擬似的に温度の高低差を作り出し、物質を高温や低音に変える、マクスウェル先生もビックリな能力だそうだ。OK?」

「……日本語でお願いします」

「……物の熱を、別の物に移し変えられるって、能力なんだとさ」

「……最初から、そう言ってよ」

「……へいへい。んで、あいつの弱点と対処法だが、あの能力は化学変化や状態変化による熱の移動を押さえ込むほどは強くないから、それらを利用して、熱のイニシアチブをこっちが握っちまえ、ってことらしい」

「ふーん? 水被って身体冷やせば、高温に耐えられるってこと?」

「実際、身体を冷やしてくれるのは、液体が気化するときの吸熱反応なんだが、まあ、そんなとこだ」

「おっけー、そーゆーことなら、よいしょーっ!」

 ブンッ! と振り回された鎖は、一直線に、廊下の天井にあるスプリンクラーに向かって飛んでいき、軽々と打ち抜く。

 廊下の隅で、悠々と熱を操作していたであろう男の顔に、焦りと驚愕の色が浮かぶが、もう遅い。打ち抜かれたスプリンクラーからは、大量の水が噴出し、それを待たずして、俺は駆け出していた。

「瑞希! 援護を頼む!」

 俺が叫んだの、同時だっただろうか。土砂降りの雨のような水が、俺の全身を隈なく濡らし、一気に、俺の体温を下げる。

 こうなった今の俺には、熱の壁は、あろうがなかろうが関係は無く、5mの距離は、一瞬で詰まった。

 男の目の前に踊り出た俺は、渾身の突きを、喉元目掛けて繰り出そうとするが、男もバカではないらしく、右腕で、喉元を守ろうとしていた。

 しかし、タイミングを同じくして、背後からの援護、瑞希の放った鎖が、急所を守ろうとした男の右腕を絡め、俺の狙った喉元をがら空きにしてくれた。

「オラアッ!」

 ドゴッ!

 下方から放たれた俺の渾身の突きが、男の喉元にクリティカルヒットし、鈍い音と共に、その長身を3mほど宙に浮かす。

 吹き飛んでノックダウンした男は、3m先で沈黙している。だが、まだ終わりではないはずだ。

 マコちゃんに聞いた話なら、この攻勢で身体の冷えた俺達を、能力で一気に冷やし、氷漬けにする、らしいからな。

「タツキチ…… なんか、寒くない?」

「……ん? そうか?」

 ……ほらきた。死んだ振りで、氷漬けとは、なんともセコイ奴だぜ。だが、ここは、敵に悟られないためにも、こう言っておこう。

「……さて、意外とあっさり倒せたし、朱城んとこ行くか」

 煙を感知しなかったことで、すぐに停止したスプリンクラーの元、敵からは見えない位置で、瑞希にジェスチャーを送る。瑞希もそれを理解したようで、神妙な顔で頷いてくれていた。さて、あとは軽口を叩きながら、ジェスチャー通りに、瑞希が俺の傍に来るのを待つか……

「それにしても、よえー奴だったよな」

「ほんとにねー、さすがタツキチだねー」

「おうよ。全く、発熱させるだけなんて、風邪っぴきでも出来るっつーの」

 瑞希も、なんとなくだが状況を理解してくれたようで、軽口に乗ってくれた。俺はというと、瑞希が傍まで来たところで、懐から白い粉がいっぱいに詰まった、B5サイズほどの袋を取り出した。

 そして、敵に気付かれないように、そっと袋を開けると、勢い良く、周囲の床にばら撒く。

 撒かれた粉は、床の水と溶け合い、反応し、ぼこぼこと泡を立て、水を沸騰させ始める。今、粉の温度は、数百度になっているだろう。

「チッ! 気付いていたかっ!」

「そーゆーこった。これでもう、お得意の氷漬けは使えねーぜ」

 俺達の足元にあるのは、数百度の熱源。これがあっては、動的平衡もなにもあったもんじゃない。おまけに下から上へ移動する熱の性質も相まって、この周囲を冷やすことは、不可能だ。

 そのことを理解したのは男も同じなようで、粉が反応を開始すると同時に、跳ね起きると、俺達から距離を取ろうとした。しかし、

「逃がさないよ!」

 瑞希の鎖は、男が距離を取るより先に、その腕を絡め、移動を阻止していた。

「てめーの負けだぜ、キモ赤ロン毛!」

 沸騰する床を蹴って、一気に近づくと、今度は、男の側頭部、こめかみの辺りを、腕の封じられている側から、思いっきり、殴りつけた。

 バゴォッ! と、先ほどよりも大きな鈍い音が響き、廊下の壁まで横向きに吹っ飛んだ男は、今度こそ、完全に気絶したようだった。さて、起きられても面倒だ。

 マコちゃんに聞いたとおり、男が朱城に向けていた、手錠のような銀の腕輪を、男のコートから引き出すと、男自身の腕につけ、起動スイッチらしきものを押す。

 三秒ほど、腕輪は、その側面についたランプを点滅させていたが、直ぐに対象を未来へと転送させたようで、男は光の粉になって腕輪に吸い込まれて、腕輪も、男が吸い込まれた直後に光になって消滅した。

 後ろを振り返れば、瑞希が安心したような顔で、こちらを見ている。

「いやー、意外とさくっと倒しちゃったねー」

「ま、弱点聞いてりゃこんなもんだろ。対処法を準備する時間もあったわけだし」

 パイプを肩に乗せ、トントンと、叩く。いつの間にか癖になっていた、喧嘩後の俺の動作だ。

 瑞希も、それを見慣れているからか、苦笑いを浮かべてこちらを見ている。

 直後に二人そろって緊張が解けたのか、急に足元の熱を感じるようになり、あちち、と言いながら、昇降口へと向かうことになった。熱のせいで、靴底のゴムが溶けかけて、床と引っ付くような、なんとも気持ち悪い感覚が、歩く度に襲ってくるが、仕方ないだろう。

 火渡り気分を味わえた、粉の上散歩が終わったとき、瑞希がこちらを向いて、なにやら聞きにくそうに、聞いてきた。

「……で、あの粉って、結局なんだったの?」

「ああ、あれか? 言わなくてもわかるとおもったんだが…… 酸化カルシウムだよ。俗に言う、生石灰ってやつ」

「ふーん。……前から思ってたけど、タツキチって、理科好きだよね……」

「あー、そうかもな。でも、この辺って、理科っていうより、一般常識じゃねーのか?」

「人のことを、常識無いみたいに言うのやめてよねー。タツキチの常識が一般常識じゃないんだから!」

「……へいへい」

 俺達は、そんな緊張感の欠片も無い会話を繰り広げながら、朱城を追って、昇降口へと、向かっていった。


 ***


 駆け込んだ昇降口は、節電対象外の一階に置いて、唯一電気の付いてない施設だと思う。これは、学校に来た時も思ったが、窓が無いこともあって、非常に薄暗く、物影には何かが潜んでいると言われても、違和感が無いほどだ。

 ……一度考えてしまったせいで、見えない何かが潜んでいる錯覚に囚われ、そこら中にある暗がりに、誰かが居るようにしか思えなくなっていた。

 びくびくしながら、自分の下駄箱へと向かう途中、不意に、後ろから声が掛けられる。

「……朱城ソラ、あなたは何故、戦うの?」

 その声は、不思議な響きを持って、私に届いた。懐かしい? 聞いたことがある? そんな気がするが、その声がなんなのかは、わからない。

 咄嗟に振り向くと、私の背後の暗がりに、一人の女性が居るようだった。顔は、丁度影になっているせいで、わからないが、長い黒髪の、スタイルのいい女性だった。

 身長は、165cm前後、黒いヒールのある靴に、同じく黒のロングスカート、上は普通のYシャツで、その上に研究者のような白衣を羽織っている。

「……あなたは、誰、ですか?」

 ……何故だが不思議と、敵意はわかない。なんでだろう? この人は、なんなのだろう?

 疑問が尽きない私に対して、女の人は無言で、カツカツと、こちらに向かって歩いてくる。

 そして、昇降口の弱い光の下に出たことで、その姿が、はっきりと照らし出されて、顔が、確認できた。

 それは、若干大人びてはいるが、間違いなく、

「…………私?」

 紛れも無い、私自身、朱城ソラあった。恐らくは、未来からやってきた、7、8年後の私だろう。

「ふふ、流石私。察しがいい。そう、私は、朱城ソラ、未来から来た、あなたの同一存在」

 女性、いや、未来の私は、優しく微笑みながら、そう告げた。彼女の声は、自分の声を、他人の口から聞く、というなかなか無い体験のせいで、不思議な響きだったのだろう。

 ……あの青年から、ソラは攫われた、って聞いたとき、怖くてそのソラが、どうなったのか聞けなかったけど、まさか、対面する日が来るなんてね……

「……あなたは、過去に一度攫われた、っていう、私、だよね? なんで、今、ここにいるの……?」

 相手が私なら、質問を遠慮する必要は、ないだろう、そう考え、聞きたかったが、聞けなかったことを、聞く。

 すると、未来の私は、微笑を浮かべたまま、薄く、口を開いた。

「あなたは、どこまで聞いているの?」

「攫われた、というところまで」

「そう。じゃあ、その辺から説明するね。……まず、攫われた、というのは、そもそも間違いよ」

「…………え!?」

 笑顔のまま、つらつらと語る私からは、言葉の真意は読み取れない。いや、真意どころか、普通に意味がわからない。どうゆうこと?

 ……未来の私は、私が理解していないこともわかった上で、話を続けだした。

「私はね、自分の意志で、未来に行ったの。あの教団に付いて、ね」

「そん、な…… なんで!?」

 返ってきたのは、想定の中でも、最悪の答え。今、私の目の前でニコニコしている私は、あいつらの仲間、ということ。

 今初めて、生まれて初めて、自分の笑顔が、怖いと思った。だが、私はお構い無しに、話を進める。

「なんで、って、むしろこっちが聞きたいわ。……何故、あなたは、AR01が味方だと思ってるの? 助けてくれるから? 彼らが、あなたを利用しようとしているとは、考えないの?」

「う、そ…… そんなこと…… だって、ゼロさんは、瑠璃ちゃんを助けてくれたり、そんな悪い人なわけが……」

「それすらも、あなたを欺くための演技だとしたら?」

 わからない、なにもかもが、わからない。……未来の私は、まるで演説でもするかのように、カツカツと私の周囲を歩き始めると、昇降口の、外に向かった出口側に背を向けて、私に対して、逆光になるように立った。

「最初に言ったでしょ、私は、私の意志で、教団側に付いた、って。あなたは、自分の判断を、間違ってると言える?」

 逆光のせいで、表情はわからないが、きっと、わかっても直視は出来ないだろう。それほどまでに、私は混乱していた。

 自然と視線は泳ぎ、未来の私の後方を、なんとなく見る、と、そこに人影のようなものがあった。

 昇降口から見える、グランドの端、そのさらに奥に、小さくだが、確かに、人がいるように見えたのだ。

「さあ、一緒に行こう! 私たちの未来は、AR01とその関係者の陰謀に打ち勝ってこそ、あるんだから!」

 私が、叫んでいるが、もう、その声は、頭に入っていなかった。一瞬目を離した隙に、人影は、グランドを半分ほど、こちらまで近づいてきていた。

「さあ!」

 私の目の前に向かって、私の手が、差し出されている。だが、そちらは見ずに、遠くを見るため、目を擦る。すると、再度目をあけた私の眼前には……

「はろ~、おひさ~」

 私の顔を覗き込むように浮かぶ、白いワンピースに、白いつば広の帽子を被った、八歳くらいの少女がいた。その表情は、満面の笑みで、ひらひらと手を振っている。

「瑠璃ちゃん!」

 私は、思わず、名前を叫んで抱きしめてしまっていた。触れた瞬間にすり抜けるかと思った彼女の身体は、しっかりと触れ、私の胸の中で、ぎゅっと抱きとめられる。

「お、おねーさん、くるしーよ。どうしたの?」

「瑠璃ちゃん! よかった、無事で、よかった!」

「ぶじもなにも、あたし、もう死んでるんだけどねぇ」

「でも、また会えて、ホントによかった! 今までどうしてたの? あと、なんで、ここに?」

 抱きしめていた、小さな友人を解放すると、その大きくてくりくりした黒い瞳を見つめ、姿が見えなくなっていたけど、どうしていたのか、どうして、このタイミングでここに現れたのか、聞いてみた。

 瑠璃ちゃんは、顎に手を当てる、という古典的な思考のポーズを取ると、眉間にしわを寄せて、神妙な顔つきで、語り出した。

「気付いたら、復活してた。それで、なんか、おねーさんがピンチっぽい気配を感じて、かけつけた。ところでさ、このおばさん誰?」

 しかし、内容に神妙さはゼロである。これでこそ瑠璃ちゃん。

 ……瑠璃ちゃんは、言葉の最後で、未来の私を、見もせずに指差して、おばさん、と言った。誰、ってことは、私だって、わからないってことかな。

 それは未来の私だよ、と説明しようとした矢先、瑠璃ちゃんは、再度難しい顔で続けて口を開いた。

「なんかこのおばさん、おねーさんを真似しようとして、失敗してるみたいで、見ててむなくそわるいんだけど」

「え? それって、どうゆう……? その人、未来の私じゃないの?」

「え? どうみても違うでしょ。おねーさんみたいに、いいにおいしないし。てか、むしろ、においをごまかすためにくさくなってるかんじ?」

 ……三者の間を、沈黙が包み込むが、すぐさま、一つの音が聞こえた。それは、ギリッ、という、奥歯をかむ音。音源は、間違いなく、未来の私を名乗った人物からだった。

 そして、次に、私の“振り”をしていたときからは、考えられないような、憎悪の篭った声が、聞こえてくる。

「……クソガキが、邪魔しやがって。あと一歩のところだったものを……!」

 驚くほど低く発せられた声は、地獄の底から響いてくる言われても、違和感が無いほど。

 女は、その叫びを共に、拳を振り上げると、瑠璃ちゃん目掛けて、振り下ろす。だが、瑠璃ちゃんも、女の方を見ていないにも関わらず、ぎらりと目を輝かせて、振り向きながら、両手の平を、突き出し、

「ルリちゃんばりやー!」

 そんなことを叫んでいた。しかし、女の拳は、瑠璃ちゃんの両手の間を、パキーンという小気味のいい音を響かせて通過し、

「ぐぇっ!」

 その頬を殴り飛ばした。

「きゃっ!」

 殴られた瑠璃ちゃんは吹き飛ばされ、私にぶつかる。私の身体も、その衝撃で吹き飛び、3~4mほど、後退することとなった。

 瑠璃ちゃんは、その身体を受け止め支えている私の元から立ち上がると、ぺっ、と、何かを吐き出しながら、女の方を見て、しゃべりだす。

「……また乳歯が取れちゃったよ、まったく。それにしても、あたしのばりやーを破る奴がいるなんて、おどろきだぜ」

 その後姿は、この2011年という時代において、死滅しているであろう、レディースにしか見えなかった。

 女の方もこちらを見つめているだけなので、結果的に、瑠璃ちゃんと偽私が、睨み合う、という状態になる。

 ……それにしても、あの私が偽者だったとはね。瑠璃ちゃんがいなかったら、完全に騙されてた……

 膠着を壊したのは瑠璃ちゃんの方だった。帽子を投げ捨て、両手を前に突き出し、力を溜め出した瑠璃ちゃんは、周囲に見えない威圧感を放ちながら、言った。

「めんどうだし、床におしつけて、いきうめってやつにしてやる!」

 そして、宣言通りになるかの如く、辺りの空気には言い知れぬ圧迫感以外に、帽子を脱いだ瑠璃ちゃんのショートの黒髪をばさばさと揺らす、風の流れのようなものも生まれ出す。

 空気の圧迫は、建物自体にも影響を与えているらしく、パシッ、パシッ、という家鳴りにも似たラップ音が、響き渡っている。

 しかし、女の方は、何事も無かったかのように、悠然と、こちらに向かって、歩き、もともとわずかしかなかった、私たちの距離は、みるみる縮まっていった。

「うそ、なんで、効かないの!?」

 瑠璃ちゃんが何かしているのは間違いないが、一切の効果を成していない、というのが現状なのだろう。

 やっと逆光になる区間から出た女の顔は、いやらしく歪み、見下すように醜く笑っていた。

 女は、そのまま、瑠璃ちゃんの目の前まで来ると、右腕を伸ばし、接近されてなお、力を使おうとしている瑠璃ちゃんを掴もうとする。

 だが、

「放たれた弾は、腕を貫く」

 どこからか聞こえた声と共に、高速で飛んできたパチンコ玉のようなものが腕に当たり、ガキィン! という金属同士がぶつかるような音を残して、その軌道は弾かれた。

「チッ! この攻撃は、アヴァロラか!? 糞ビッチが、寝返りやがったな!」

 女は、弾かれた腕を引き戻しつつ、私たちの、さらに後方に目をやっているようだった。

 私も釣られて振り返れば、そこには、昨日私を誘拐した張本人、八幡くんと行方不明になった中性的な女子高生、水月さんがいた。

 水月さんは、昇降口の校舎側入り口に立ち、見下すように不敵に微笑んで、偽私を見ている。その目つきや表情は、もはや演技をする必要が無いから現れた、本性、なのだろうか。

「随分とごあいさつですね。全く、全身を機械に弄らせた整形美人(サイボーグ)に、ビッチ呼ばわりされるとは、私も落ちたものです」

 しゃべりながら、カツカツ、と床を踏み鳴らして、私たちのほうに歩いてくる水月さんに対して、偽私は、バックステップで距離を取る。

 水月さんは、歩きながら、まるで舞台演劇のように芝居がかった口調で、さらに続けた。

「いやあ、私としたことが、失念していたんですよ。昨日付けで、教団をクビになりましたでしょ? 教団を辞めたら私、どーしても、やりたいことがあったんです。それを忘れてしまうなんて、どうかしてますよ、ホントに」

 クビになった? やりたいこと? 何を言っているのか、全くわからないし、味方なのか、敵なのかも、わからない。

 水月さんが近づいてきたので、私も瑠璃ちゃんも、さっ、と道を譲るように、脇に退く。すると、水月さんは、私と瑠璃ちゃんが、先ほどまで居たところで立ち止まると、不敵に笑いながら、また、しゃべりだした。

「そう、どうしても、やりたかったんです。エーシャ=アフム、貴方をブチ殺す、ということがね」

「……おねーさん、あたしたち、お呼びじゃないっぽいし、帰らない?」

「いやいやいや、ダメでしょ。確かに帰りたいけど、帰っちゃダメでしょ、この流れ」

 ……しかし、睨み合う、水月さんと、エーシャと呼ばれた女性の間に、割り込みにくい空気があるのも、事実。どうしたものか……

「ああ、そうだ朱城さん」

「あ、はい!」

 突然、水月さんは、こちらを向いて話し掛けてきた。どうやら、二人だけの世界を形成して、私たちを完全に知覚の外に出していたわけではないらしい。

 それにしても、あまりに突然だったから、返事の声が裏返っちゃった……

「そんなに怯えなくていいですよ。先ほども言った通り、私、クビになったので、もう貴方を攫ったりはしませんから、ご安心を。あと、誠意を見せるため、といってはなんですが、屋上で伸びていた二人の先輩方は、治療しておきましたので」

「え? 先輩達、生きてる、の……?」

「ええ、安心して下さい。恐らく、後遺症もないでしょうから」

「……よかった。ホントに、よかった……」

 余りの安堵感から、腰が、抜けてしまい、カクン、と崩れ落ちそうになるも、

「おとと」

 すんでのところで、瑠璃ちゃんに支えられて、持ちこたえる。

 その様子を、微笑ましいものでも見るかのような、温かい笑顔で見つめている水月さんは、表情とは裏腹に、物騒なことを言い出した。

「まあ、お疲れでしょうし、そこで休んでいてください。どうせ、エーシャを殺さない限りは、通信も復活しないので」

「アヴァロラァ! 言わせておけば、てめえ、勝手なことばかり抜かしてるんじゃねーぞ! 誰が誰を殺すだぁ? てめえを殺して、私が司教になるんだよ!」

 ジャコン! ジャコン!

 叫びと共に、エーシャと呼ばれた女性の、手首から先がスライドし、内側に落ちたかと思うと、腕の中から、機関銃の銃身のようなものが、顔を覗かせる。

 ……サイボーグと言われたときから、ある程度予想はしていたが、ここまでのものを仕込んでいるとは……

 銃を見てもなお、不敵に笑顔を浮かべる水月さんだが、瑠璃ちゃんの対応は、対照的だった。私に、自力で立つことを促すように、引き上げると、私の前に出て、両手を前に突き出し、

「おねーさん! あたしの後ろに! ばりやーで、守るから!」

 そう、叫んだ。だが、水月さんは、残念なものを見るかのように首を横に振っている。

「恐らくは無駄ですよ。あれの全身と、全ての武装は、非干材といわれる、干渉力による一切の影響を受けない、特殊加工品です。先ほど、貴方も、成すすべなく殴り飛ばされたのですから、わかるでしょう?」

「そんなものがあるなんて……」

「……私たち異能者や、霊体を狩るため、ですよ。まあ、自身も干渉力の恩恵を受けられない、というデメリットもありますがね。よっと」

 水月さんは、説明をしながらも、私と瑠璃ちゃんを横に突き飛ばし、下駄箱の陰に押し込む。その動作と同時に、制服の懐から、バカみたいに大きいリボルバーの拳銃を取り出し、片手で持ち、敵に向け構えた。

「ごちゃごちゃうっせーな! とりあえず、死んどけやあああ!」

 それは、敵が右腕の銃口をこちらに向けて叫んだのと、ほぼ同時であり、どちらがより早くトリガーを引けるか、という古典的早打ちの構図でもあった。

 私の位置からは見えないが、お互いに銃を向け合ったであろう直後、

 ダガン!

 そんな、鼓膜に穴が空きそうな、馬鹿でかい銃声が、一発分、響く。びりびりと、昇降口の内の大気を振動させた銃声は、しばらくの間、余韻を持って空間を支配したように感じる。

 ……数秒後、恐る恐る物陰から顔を出した私が見たのは、右腕の肘から先を消滅させた、エーシャの姿だった。

 抉れた腕はからは、配線や管のようなものが飛び出し、バチバチと、火花を上げている。

 しばらくその惨状を見ていると、エーシャの姿が、ノイズが掛かったようになり、その見た目が、黒髪から金髪へ、東洋人から西洋人へと、変わっていく。

 対する水月さんは、悠然と構え、銃口から漂う煙を吹き消しつつ、口を開いた。

「この時代の武器(アンティーク)もなかなかバカに出来ませんよね。五十口径マグナム弾の味はどうですか?」

「てめえ! ぜってえ蜂の巣に変えてやる!」

 変わったのは、見た目だけではなかった。私のものではない低いもの変わったエーシャの声は、それが自身の真実の姿であると主張するかのごとく、マッチしていた。

「その意気です。頑張って下さい。おっと、化けの皮がはがれてますよ。まあ、その方が殺し安いんで、ありがたいんですけどね」

 水月さんが、軽口を叩いてシリンダーを回す間、エーシャは膝を曲げたかと思うと、水月さんまで一直線に駆け寄る。

 すかさず水月さんも銃を構え、ダガン! と、もう一発トリガーを引くが、射線を読まれ、かわされる。

「私の基本スペックは、干渉力無しのAR01にも匹敵するんだよ! そんな玩具で殺れると思うな!」

「うーむ、厄介ですね。そのクソッ垂れな身体に、糞を垂れる用の穴をプレゼントしようと思ったのですが」

 二人とも、軽口を叩きつつも、お互いの銃の向いた先、射線を、完全に先読みしながら戦うので、銃弾は一発も掠らない。正直、人間のレベルを超えている。

「レズビアンの変態様に言われると、ぞっとしねえなあ!」

「性交渉すら出来ない機械に言われる筋合いはありませんよ。機械は機械らしく、ボルトとナットの濃厚な絡みでも見て、よがってればいいんです!」

 もはや二人は、完全な近接戦闘を行なっていた。お互いの銃を徒手空拳で弾き合い、射線を逸らす傍ら、残る手足で打撃を繰り出し、かわし、防ぎ、隙あらば再度銃を向けようとする、そんなハイレベルな戦い。

「……初めて見たときから、てめえは気に食わなかったな! ガキの癖に、少し能力が強いからって優遇されて、おまけに、ソラさんソラさん言ってるキチガイ! 飛んだ糞ガキじゃねーか!」

「奇遇ですね。私も貴方のこと、最初から嫌いでしたよ。他人の皮を被るしか能の無い、他人に媚びるだけの糞ババア! 媚びて媚びて、地位にしがみ付く醜さったらないですよ!」 

 二人の攻防は激化し、舌戦も激化する。今一瞬、私の名前があがった気がしたけど、気のせい、だよね。

 ……何か、見落としてる気がするな。……エーシャが、非干材で出来ている、というのはいい。それが、干渉力の効果を受け付けないのも、いいだろう。

 だからこそ、瑠璃ちゃんのバリヤーや、念力攻撃は効かなかったし、水月さんのパチンコ玉も、貫く、という部分の効果は発揮されなかった。

 ……うーん、前にも、似たような説明を受けたような……

 ……えーっと、確か、物理干渉霊体、だったっけ? 干渉力で悪さするんじゃなくて、物理的に、どうこう出来るとかなんとか……? で、瑠璃ちゃんも、物を飛ばす分には、物理的な攻撃力を持つって、言ってたような……

 ……あれ? だとすると、瑠璃ちゃんの、サイコキネシスで、援護出来る? この膠着状態を、打破出来る?

「瑠璃ちゃん、これ、念力で浮かせて飛ばせる?」

 ポケットから取り出した、百円玉を瑠璃ちゃんの目の前に出して、聞く。すると、瑠璃ちゃんは、そんなこと当たり前、とでも言わんばかりの表情で、

「え? 余裕だけど?」

 そう答えてくれた。よし、それなら、

「これを、瑠璃ちゃんが飛ばせる最高速度で飛ばして、あの金髪のおばさんの頭にぶつけて」

 百円玉を飛ばすことで、エーシャにダメージを与えられるかもしれない。ううん、ダメージにならなくても、あの拮抗した勝負なら、これが大きな一手になるかもしれない。

 そう考える私の意志を汲んだのか、瑠璃ちゃんは、初めて見せる真剣な顔で、こう言った。

「……まかせて!」

 私が固唾を飲んで見守る中、瑠璃ちゃんは、私から受け取った百円玉を、手のひら上、数センチに浮かして、狙いを定めるように、構える。

 そして、投球モーションのように、腕を振りかぶると、一気に振りぬき、百円玉を、射出した。

 飛び出した百円玉は、私が目で追えないほどの速さで、エーシャのコメカミ目掛けて飛んでいく。だが、コメカミに届くすんでのところで、エーシャは左腕をあげ、百円玉を弾き落とした。それでも、

「隙を見せましたね」

 ドゴォン!

 水月さんは、その一瞬の隙を逃さずに、エーシャの左肩を打ち抜き、肩から先を、切り離した。

「チェックメイトです、糞ババア」

 水月さんは、

 ドゴォン! ドゴォン!

 と、さらに二発の銃声を響かせ、エーシャの、心臓付近に大穴空け、頭部の上あごから上を、綺麗に消し飛ばした。当然、エーシャは、その場に倒れる。

 ……両腕を失い、心臓を貫かれ、頭部は消し飛んでいる人間、というのは、サイボーグだとしても、かなり、キツイな……

「……殺した、の?」

 思わず、しなくてもいい確認を、水月さんに迫ってしまうほどに、私は、エーシャの死体で、精神的なダメージを受けていた。だが、水月さんの返答は、私の予想外のものだった。

「まあ、殺したかったんですが、多分生きてます。こいつは、全身の99%を機械に置き換えてるんで、脳もAIなんですよ。だから多分、頭部が破壊される寸前に、どこかにバックアップを飛ばしてると思います」

「そう、なんだ……」

 生きてる、その言葉で、どこかほっとしている自分がいた。……それにしても、ロボットとかサイボーグの、死んだ、っていう判断は、どこからなんだろう……?

 さて、これからどうしようか? 確か、さっきの水月さんの口ぶりだと、これで電話が通じるようになってるんだっけか。

 そんなことを考え、私が、当初の目的どおりに、先生に連絡するべく、携帯電話を取り出そうとしていると、瑠璃ちゃんが、水月さんの回りを飛び回って、いろんな角度から眺めていた。

「おねーさん、このあぶないおねーさんは、知り合いなの?」

「えっと、まあ、そんなとこかな」

「水月マコトです、よろしくお願いします」

「ルリです! おねーさん、さっきのピストル見せて見せてー」

「ああ、これですか? どうぞどうぞ」

 女子高生が営業スマイルで、拳銃を、小学生女児の幽霊に見せている、そんな光景を背後に、電話を掛ける。

「もしもし、先生ですか…………はい、朱城です。そのですね……」

 現状を説明しようと、辺りを見回したら、サイボーグの遺体と、至るところにある銃創、そして散乱する口紅くらいありそうな薬莢が目に入り、私に諦めをくれた。

「……とりあえず、寝てるゼロさんの連れて、学校に来てもらえますか?」

 それだけ言って電話を切り、視線を、水月さんと戯れる幼女戻す。ちらっと聞こえた会話の内容は、銃の口径がインチであるという話と、マグナム弾がなんたるか、という話だった。のんき、なのだろうか?


 ……あの通信の最後に、博士から聞いた話だと、跳躍した未来人は五人いるらしい。

 水月さん、エーシャ、八幡君たちが戦っている深紅の髪の人、ゼロさんが捕まえたらしい電気使い、と、後一人。

 ……深紅髪を除いても、後一人いる。……まだ、気は抜けない。


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