第十一話『フー・ファイター』
廃墟の中、一人の犯罪者を強制送還し終えた俺の脳内に、警報が響く。
「ビー! ビー! 霊子計の機能消滅が確認されました。霊子計の機能消滅が確認されました。ビー! ビー!」
俺にしか聞こえない脳内音声が告げるのは、対霊体七つ道具の機能消滅。俺の眼球の方は、生きているのだから、残りは一つしかない。
「ソラか…… こいつは、囮だった、というわけか……」
呟きつつも、即座に霊子計のロストポイントを探す。
チチチチチ……
俺の眼球の方の霊子計が、限界稼動をし、すぐに見つかった。これは、ソラの通う学校付近の、駅周辺か。
そしてそこから、視野を広げるが如く、サーチ範囲を広げていると、
「見つけたぞ! これは、空中……? チッ、面倒なことをしてくれる!」
ソラがいた座標は、空中だった。しかも、高速で移動中だ。これは、まず間違いなく攫われた、と見て間違いないだろう。
「弐装高速換装! 空間跳躍腕輪&衝気圧搾推進編上靴!」
装備した空間跳躍腕輪の座標調整と、衝気圧搾推進編上靴のチャージを並行して行ないながら、ホテルのロビーを飛び出す。
外は真上に登った五月末の日差しが、目のつぶれそうなほど澄んだ空から降り注いでいる。俺は、その空に向かって、まるで溶け込もうとするかの如く、地を蹴って飛び上がり、脚部の噴射で加速を開始した段階で、空間を跳躍した。
飛び出した先は、住宅街上空300m付近。俺の速度は、まだ音速の壁を破るに至らないが、それでも作動した各種迷彩は、地上からの俺の姿を認識させない。
駅前のロータリーや、道、線路、車、人が、小さくだが、見える高さだ。だが、そちらを見ずに、頭上に構える、厚い雲の層と、そのさらに奥にあるこの時代には存在し得ない航空機を見据える。
巧妙な光学迷彩と、あらゆる電気的レーダーから逃れられる最新鋭の機能を載せた、航空機だった。もちろん、俺の目にも見えないが、何も無いことを主張する不自然さが、逆に、そこに存在することを教えていた。
機械にも、人にも見えずとも、人と機械の中間に位置する俺だからこそ、気付けた、そんな不自然さだった。
「ふはは、面白い。飛行方法から見るに、AP製の最新鋭航空機だな。型番まではわからんが、恐らくは改造機体。正体不明の戦闘機というわけか。相手に取って、不足なしだ!」
口の端を吊り上げつつ、さらに速度を上げる。厚い雲を突き破り、同時に音速の壁も突き破り、さらに上を目指す。
眼下には、何処までも続くような雲の絨毯が、上には全方位に広がる、抜けるような青空が、存在するだけの、空間。
高度30000フィート、速度マッハ4、生身の人間どころか、訓練を積んだ専用装備のパイロットですら、気絶するような環境での、追走戦が始まった。
***
「……うーん、ここは……?」
目が覚めたとき、最初に目に付いたのは、白だった。眩暈の残る頭を抑えながら上半身を起こして見えたものは、全てが白かった。
白い壁、白い床、白い天井。まるで、ここの主が潔癖症だと強く主張するかのごとき、白さ。光源は見当たらないのに、酷く明るくて、その白さで頭が痛くなりそうだった。
広さは、そこそこあるようにも思うが、白いせいで距離感が掴めず、わからない。凄く広いのかもしれないし、実は狭いのかもしれない。
だけど、自分の声が響かない辺り、広いのだろう。こんな、白く、広く、何も無い空間は、人を発狂させるのには、最適かもしれない。
そんな怖い考えが脳裏をよぎったとき、声が聞こえた。
「お目覚めですか?」
声は、機械を通したようなくぐもった声で、年齢はおろか、性別すらわからない。頭上から掛けられたような気がして、上を見るが、声の主は見当たらない。
立ち上がり、キョロキョロと探しても、どこにも誰もいない。
「ああ。この時代の人は、姿が見えている方が、話易いのでしたね」
そんな声が聞こえた後、目の前の白い床に、黒く丸い穴が開き、一人の人物が、床と同じ白い物体に乗って、現れた。それは、
「っ! 水月さん…… なんで……」
図書委員で見知ったはずの、水月さんだった。彼女は、こんなときでも、にっこりと、爽やかな笑みを私に向けている。……だがその、潔癖なまでに清清しい笑みは、今の状況では、酷く不気味なものに見えてしょうがなかった。
「ふふ。それは、私が、この船の持ち主だから、ですよ」
笑みを崩さないまま、水月さんは、私の問いに答えてくれた。
……船? 船、ということは、私は、あの後、何処かに運ばれ、さらに何処かに運ばれている、ということか。ならば、目的地は恐らく……
「……40世紀の未来へ向けて、航海中、とか?」
「ご名答。流石は朱城さん、どんな状況でも、頭が切れますね」
これは参った。違うと、言って欲しかった。まさか、ゼロさんが言っていた、未来の犯罪組織が私を狙っている、というのが本当だったとは…… それに、
「……まさか、水月さんが、未来の犯罪組織の人だったなんて」
友達に、なれると思ってたのに…… こんなことをする、主格だったなんて……
「心外ですね、犯罪組織とは。私たちの組織には、新世界教団という名前があるのですよ」
「……新世界教団」
聞いた単語を、反芻する。教団、ということは、宗教か…… 嫌な、予感がするな……
「ええ、そうです。朱城さん、あなたは、あなたの力で、危機に瀕している世界を救えると知ったら、どうします?」
世界? 救う? 一体なんの話なんだろう…… 私は、RPGの世界に迷い込んだのだろうか……
「……一体、なんの話をしてるの?」
「あなたには、世界を救う力があるのです。我々の教団とともに、未来の世界へ来てください」
ここで、“私にそんな力が……”なんて考えに至る人間は、間違いなくどこかのネジが吹っ飛んでいると思う。だって、私が考えられたのは……
「い、嫌だ…… 怖いよ、水月さん……」
たったそれだけだった。だって、仮にも、世界が危機に瀕している、ということを語っているのに、彼女の顔は、不気味に笑顔で固定されていたのだから。
「…………ゼロさん……」
頼みの綱だった、ゼロさんは、霊子計を落としてしまったせいで、呼べない。彼が居なければ、私はいつだって無力だ…… 自分の身さえ、守れない……
「彼なら来ませんよ。例えあなたの居場所を見つけようとも、この船は今、彼の限界飛行速度以上で飛んでいるんですから!」
***
「あー、気持ち悪い……」
薄暗い、倉庫のような場所、その隅でうずくまり、辺りをうかがう。幸い、他に人は居ないようだ。
さっき、朱城が攫われたとき、間一髪で、瓶の悪魔に頼み込み、あのよくわからんゲートが閉じるのを止めた俺は、後先考えずに、てけ子だけ連れて、そこに飛び込んでしまったのだ。
そして気付くと、この倉庫のような場所に居た、というわけだ。他の奴らが居ないところを見ると、俺が通り抜けた後、あのゲートは閉じてしまった、ということだろう。
「それにしても、ワープゲートとは、ずいぶんファンタジックなものもあったもんだ……」
「キー!」
「わかってるよ、おめーみてーな奴が居るくらいなんだ。ワープもありえるってな……」
今の俺の常識を、一般の人に聞かれたら、妄想と現実の区別の出来ねー危険人物扱い間違いなし、だろうけど、今はやるしかない。
「連れて行かれた朱城の奴を探さないとな……」
「キー!」
ようやく、あのワープによる眩暈が治ってきた。さあ、行くか、と腰を上げかけたとき、監視カメラが、倉庫の出入り口を見ていることに気付いた。
「見つからない方が、いいよな」
なら、瓶で故障させるか? いや、何が起きるかわからねー瓶は、極力使いたくねー。それに、監視カメラは、アレ一個じゃねーだろうし、これから先のことも、考えるとなると……
考えているとき、自然と視線が、肩の上に居るてけ子に向いた。てけ子の長い前髪の間から覗く、小さな目を、視線があった。
「キー?」
今、俺の肩の上で、首をかしげているてけ子は、確か、機械を故障させる力があったはずだ。仮に、今の状態では出来ないとしても、瓶の力で、一時的にでも、かつての状態に戻せば、あるいは……
「なあてけ子、お前、昔の力が戻っても、俺を襲ったり、しないよな?」
「キー!」
てけ子は、強い意思の篭った瞳で、首を縦に振った。よし、これなら行ける。てけ子を信じよう。
「瓶の悪魔よ、願いがある。俺の肩の上の幽霊、てけ子を、記憶や人格は今のままで、最も霊的な力が強かったときの状態にしてくれ!」
目を閉じ、ポケットの中にある瓶を握り締めて、叫ぶ。すると、ポケットから光が溢れると同時に、肩の上のてけ子も、光を帯び始めた。
てけ子は、光ながらも、地面に飛び降た。じっと、その光を見つめるが、まぶしすぎて、何がどうなっているのかは、わからない。
そんなことが、五秒もないくらい続いた後、ふっ、と光が消えると、そこには、綺麗な艶やかな黒髪を、顔の前面に垂らした、セーラー服の女子生徒がいた。もちろん、下半身無しで。
「……てけ子、か?」
恐る恐る、俺が聞くと、目の前の彼女は、綺麗な黒髪の間から覗かせた、小さな唇を開き、
「ええ。そうですよ、八幡様」
と、綺麗な声で答えてくれた。よかった、かつて俺を襲ったときのようになっていたらどうしようかと思ったが、“てけ子”で安心した。
「……なあてけ子、その飛び出してる内臓は、なんとか出来ないか?」
安心したのはいいが、見た目が完全に戻っているため、一部が普通の人にはかなりショッキングなレベルでグロかった。
「え? あ、すすすみません。隠します隠します」
照れつつ、わたわたとてけ子が動き回ると、何故か内蔵は無くなっていた。胴の断面は、暗い闇になって、見えないようになっている。
「ふう、これでよし、と。……八幡様、気付いてたのでしたら、今度からは、もう少し早く言って欲しいです。もう、えっちなんですから……」
髪の間からわずかに見える顔を、赤らめつつ、小声で言われた。
「え? ……え?」
内蔵って、そうゆうものなの? てけ子の基準わかんねー……
「……まあ、なんだ、その、すまん。……で、力は戻ってるか? あの監視カメラを故障させて欲しいんだけど」
もしかしたら、内蔵を見られるのは、下着を見られるのくらい恥ずかしいのかも知れないと、勝手に解釈して、流れで謝りつつ、本題を聞く。
「はい、問題ないと思います。かつての私あった、狂気のパワーはもうありませんが、その代わり、今の私には、愛のパワーがあります!」
なんだかよくわからんが、大丈夫なら、なによりだ。てけ子は、ずりずりと、倉庫の物陰から出ると、カメラに向かって手を向けた。
「多分、これで壊れたと思います。ですが、一時的なものですので、早く通り抜けた方がいいかと思います」
「よし、じゃあいくぞ! てけ子、お前は俺が負ぶって行くが、いいよな?」
「え? それは嬉、じゃない、問題ありませんが、何故です?」
「お前、それだと走るの遅いだろ? いざってとき、負ぶってた方が安全だからな」
「分かりました。では」
俺に向かって、さし伸ばされているてけ子の手をとり、一気におんぶする。理由は、さっき述べた以外にもあって、実は、隣をわしゃわしゃ動かれるのが、意外と精神的にきつい、というのが大きかったりもする。
てけ子は、驚くほど軽かった。よし、これなら長時間全力で走るのにも問題なさそうだ。そう考えつつ、駆け出し、倉庫から外へと飛び出していった。
***
「くっ、まさか、この俺が追いつけない、とはな……」
最高速度であるマッハ5に到達した、俺から、正体不明の戦闘機はグングンと遠ざかっていく。一定距離離されるごとに、空間跳躍腕輪で追いついてはいるが、これでは何時まで経っても、到達することは出来ない。
……悔しいことだが、空間を跳躍する時、俺の身体に掛かる慣性エネルギーは保持されたままワープする、という性質がある。だから、機体内に直接ワープすることは出来ない。
安全に機体内に空間跳躍するためには、奴と同速度になった瞬間に、衝気圧搾推進編上靴のエンジンを切って、空間跳躍するしかない。
空間跳躍腕輪によって、奴の側面にギリギリに跳躍し、物理現象干渉手甲で物理的に張り付く、というのも考えたが、跳躍に誤差がある以上、大惨事も起こりうる。ソラが中に居る状態で、あまり危険な賭けは、したくない。
「……となるとあとは、奴の進行方向前方に跳躍し、すれ違い様を狙って張り付くしかないか……」
ほぼ見えない機体相手に、俺との最小速度差分の時速約500kmですれ違い、張り付く。なかなか難しいが、残る手段はこれしかないのだ。……やるしかあるまい。
「空間跳躍腕輪起動!」
激しい対抗気流で、俺の声は、自分ですら微かにしか聞こえないが、叫ぶ。そして、すぐさま視界が切り替わり、後方には正体不明の戦闘機が、俺を追う形で飛んでいるようになる。
俺は全力で飛んでいるが、その差はグングン縮まる。だが、時速500kmは目で追える! これならいけるかもしれない。
「高速換装! 物理現象干渉手甲! ぐっ……」
奴にしがみつくための肝である、物理現象干渉手甲を装備したとき、眩暈のような症状が、俺を襲った。……対霊体七つ道具を三つ同時に使用することは、予想以上に俺自身に負荷を掛けるらしいな…… おまけに俺の動力炉も、最大出力での稼動を余儀なくされている。このまま持久戦になれば、俺に勝ち目は無い、か……
縮まっていく差の中で、位置を修正しつつ、接触に備える。よし、これでなんとか…
『警告! 警告! 高エネルギー反応を感知! 警告! 警告!』
準備が整ったとき、視界内に緊急事態を知らせるメッセージが流れる。後方の機体から、高エネルギー反応が感知された、らしい。ということは、
「バカな、この俺の多段迷彩を、看破したと言うのか!」
言うが早いか、空間跳躍腕輪を起動し、敵機上空まで跳躍避難をする。
「粒子ビームか…… 随分と面倒なものを……」
跳躍した俺の視界下方に写るのは、正体不明の戦闘機前方に向かって伸びる、オレンジ色の直光と、その先の積乱雲に開いた、大穴だった。
……非常にマズイな。残されていた最後の手段が絶たれ、俺の存在も、ばれてしまった。
どうする? 何か、策は……
***
『本艦はこれより十分後、時空移動に入ります。乗組員は、衝撃に備えてください』
何も無い真っ白い部屋の中、頼るものも無く一人で座り込む私に、無機質な声が、そう告げた。
顔を上げれば、さっきまで白いだけだった壁の一つに、
【T-9:59】
という表示が現れている。数字は、1秒ごとに、減っていく。あれは、カウントダウンなのだろう。
どうすることも出来ないのだろうか。私は、このまま知らない世界に攫われて、どうなってしまうのだろうか。
「嫌だな……」
きっと、酷いことをされるだろう。でも、以前までの私なら、そう思っても、諦めていたかもしれない。
……両親との仲も希薄で、友達も居なくて、ここに私は必要じゃない、って思ってた。
……攫われて、どこかに行っても、誰も悲しまないのかもしれない、って思ってた。
……だから、これはこれでいいんだ、って思ったかもしれない。
でも、今は……
「……帰りたい、な」
……瑠璃ちゃんや千寿さん、八幡君や先生や、先輩達の居るあの場所に、帰りたかった。
帰りたい。帰って、またみんなで騒いでいたい。やっと、やっと高校が楽しくなったんだから。
……でも、私に、今の状況で何が出来るというのだろうか…………
……ゼロさん見たいに強いわけでも、瑠璃ちゃんみたいに超能力があるわけでも、千寿さんみたいに臆せず交渉が出来るわけでもない。
……だから、何もしないの? 私の帰りたいと思う気持ちは、その程度なの?
……いや、違う。私は本気で帰りたいと思っている、心の底から。この気持ちは、きっと軽くない。軽くしたくない。……だったら、
「……答えは、最初から決まってるじゃん…………よいしょっと、いてて……」
顔をあげ、立ち上がる。固い床の上で、結構長い時間座っていたから、お尻と腰が少し痛かった。
「……逃げなきゃ。ううん、帰らなきゃ。……絶対に」
自分自身の言い聞かせるため、この意思を揺るがせないため、決意を口に出し、誰にでもなく、自分自身に誓う。
……そう、本気で、帰りたいと思っているなら、
いつまでもいじけて、自己陶酔してる場合じゃ、ないはずだ。
囚われのお姫様を気取って、泣いている場合じゃないはずだ。
私が弱いことは、何もしないことに理由にはならないはずだ。
だから、自分で動かなきゃ。
「よし、まずは……」
カッカッカッカ……
白い床の上で、学校指定のローファーで駆ける。するとすぐに壁まで着いた。壁から壁までは、約10m前後、といったといころで、形は正方形。天井までは、わからないが、そこまで高くはなさそうだ。
ここまでわかったところで今度は、壁を連続でノックしながら、壁沿いに部屋を一周しようとする。
コンコンコンコンコン……
今まで、部屋をぱっと見た感じで、出入り口らしきものは無かった。ということは、巧妙に壁に偽装されているのかもしれない。だったら、叩いて調べるしかない。
コンコンコンゴンコン……
「……あった」
部屋を半周しかけたところで、音が鈍くなった場所を見つけた。再度、確認の為に叩いてみる。
ゴンゴン……
やはり、音が鈍い。ということは、向こう側に空間があり、音が反響している、と考えられる。
うーん、でも、どうしたらいいだろう? 向こうに空間があるのがわかって、壁を観察してみたが、継ぎ目などは、特に無い。これ、本当に扉なのかなぁ。
……わからないものは、考えても仕方が無い。とりあえずは、蹴るか!
「……よし。……おりゃー!」
ガン!
大きな音がしただけで、壁はびくともしない。代わりに、私の足の裏と膝に、鈍い痛みが走る。そういえば、物を思いっきり蹴ったのって、初めてかもしれない。こんなに痛いとは……
……しかし、フォームも何もない、ただの喧嘩キックじゃ、ダメなんだろうか? これは、助走をつけて飛び蹴りをかますしかないのか?
……うーん、スカートだけど、仕方ない。非常事態だし、誰もいない、だから大丈夫だ、そう自分に言い聞かせ、さっきの壁から、少し距離を取る。
タッタッタッ……
靴裏と床が軽い音を響かせる中、勢いをつけて走り、飛ぶ。そして、
「おりゃーーーー!!」
バーン! メコォッ!
「やった!」
壁が、少し凹んでいた。なんだ、意外と弱いじゃないか。女子高生の飛び蹴りで、凹むなんて。この分なら、あと四、五回飛び蹴りをかませば、突破出来るかもしれない。
よし! と思い、再度飛び蹴りをかましてやろうと、助走の為の距離を取ったところで、不意に、後ろから声が掛けられた。
「朱城さん、あなたは、こんな野蛮なことをする人だとは思わなかったんですけどね……」
振り向くと、例の、床に穴を開けて出てくる方式で、白い部屋に戻ってきた水月さんがいた。さっきは、言いたいだけ言って、どこかに行ったのに、戻ってきた、ということは、私を取り押さえる気だろうか?
「……何しに、戻ってきたの?」
「あなたに、その行為を止めてもらおうと思いまして」
ビンゴだった。チラッと、こちらに向けて見せた水月さんの手の中には、小さなペン状の機械が握られている。スタンガンか、睡眠薬の注射器か…… 中身はわからないが、私を無力化する機器なのは間違いないだろう。
さて、どうしよう。考えろ、考えろ私。今、私に出来ることは、会話、交渉、あとは、……脅迫? ……うーん、出来なくは、ない、のか? 試してみる価値はある、かな……
「……ねえ水月さん、私の力が、必要なんだっけ?」
「ええ、そうですよ」
「じゃあさ、私の身体って、人質になるよね? ……水月さんが何かする気なら、私は自分で命を絶つ」
もちろん、死ぬ気は一切無い。でも、こいつは死ぬかもしれない、そう思わせられれば、いいのだ。ようは、ただのハッタリ。
「……本気、ですか?」
「……本気だよ」
水月さんの表情から、余裕が消えた、気がした。……そういえば、昔からよく、朱城は冗談を言ってるように見えない、とか言われてたっけ。
グッ…… っと、水月さんが、ペン状の機械を握り締めているのが見える。私が死ぬ前に、何か起こす気、だろうか? なら、
「……そこから一歩でも動いたら、舌を噛み切る。一言でも言葉を発したら、舌を噛み切る。……それが嫌なら、この部屋から出て行って」
言った声は、自分でも驚くほど震えていた。慣れないことをして、内心ガクガクだから仕方ない。……だが、この声が、功を奏したようで、
ギリ……
そんな音が聞こえそうな程、奥歯をかみ締めて、水月さんは、出てきたときと同じ方式で帰っていくようだ。
よし、ハッタリは成功だったようだ。しかし、水月さんは、その身体が半分以上床に隠れたとき、パチンッ、と指を鳴らし、カウントダウンの表示されている壁を指差した。
つられて壁を見ると、そこには、新たなモニターが表示されていた。写っていたのは、突き抜けるような青さの空を飛びながら、オレンジ色の光を必死にかわし続けるゼロさんの姿。
「っ…… これは……」
「……答える義理はありませんが、あなたのナイト(アストラル・リターナー)の死に際くらいは、見させてあげようと思いましてね。ではまた」
それだけ言った水月さんは完全に姿を消し、後には普通の床が残るだけ、となった。
「ゼロさん……」
モニターの中のゼロさんは、凄く苦しそうに見えた。本当にこのままやられちゃうんじゃないか、と思わせるくらいに……
「……ゼロさんが戦っているのに、私は、何も出来ないんだな……」
……なんでゼロさんは、そんなになってまで、戦えるんだろう? そう造られたから? それとも、使命感や義務感?
……理由は、考えたってわからないけど、ゼロさんは、私のために戦っている。いや、違う、ゼロさんの戦いは、私のためになっている、が正しいか。
だから、私とゼロさんは、今、別々の理由を持って、同じ目的のために、共闘している。私は、ゼロさんに何も出来ないけど、だからこそ、せめて祈り、信じようと思う。
ゼロさんは、今は、苦戦していても、きっとすぐに、あの高笑いとともに苦境を打破する、と。
そして、祈りながら、私は、私に出来ることをしよう。私の戦いを続けよう。
「……さっさとこの壁をぶち破って、逃げ道を確保しないと」
ゼロさんと共に、なんとしても帰るために。
***
空中で、何度目かもわからぬ粒子ビームをかわす。オレンジの直光は、俺の真横を掠めて、彼方の雲を貫いていた。
しかし、もう限界が近い。動力炉は限界、人造霊体と感情回路の乖離も激しくなってきた。音速飛行どころか、もはや、干渉力すら、Bランクを維持出来ないだろう。
そうなれば、粒子ビームをかわし続けても、干渉力による防御を失い、空気抵抗で、空中分解する。……仮に、先に速度の方が落ちて、空中分解を免れても、海水との激突で砕け散るだろう。
「ここまでなのか……」
全ての未来と過去、そして、朱城ソラ、その存在を守るために造られたはずなのに、その役目を果たせず、俺は、死ぬのか?
万策尽き、動力すら尽きかけ、死を待つだけになった俺の脳内に、不意に、音が流れた。
ピピピピ…… ピピピピ……
電子音と同時に、視界内で、何かの受信を告げるメッセージも流れた。無視しようと思ったが、命令書のようで、勝手に開封され、内容が俺の脳に伝えられる。
『AR01の身体機能及び兵装機能の限界以上の稼動を確認。緊急事態と判断し、特例として大気圏内での最終動力の起動を許可する』
最終動力の、使用許可……? まさか、そんなことが、ありえるのか? ん……? 続きがあるな。
『ありがたく思いなさいよね(はぁと)』
……これは、博士の仕業か。……それにしても、まさか、最終動力が使えるとはな。何をしたのかは知らんが、助かったのは事実!
「共振増幅機関と縮退炉を結合! 同期式円形軽粒子加速器起動! 反霊子の重力崩壊を開始………マイクロブラックホール生成完了! 最終動力炉、起動!」
キュイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーー!
動力炉内部の音は、俺の可聴領域すら離れ、超高周波に変わった。
ホーキング放射の余剰熱の排出で、辺りの大気を歪み、気流が乱れる。
マイクロブラックホールの持つ膨大な質量は、重力場すら歪ませる。
そして、俺の身体に、エネルギーがみなぎる。
「ふはははは! いける! いけるぞ、これなら!」
乖離しかけた人造霊体を、強引に再結合する。感情回路内の電気信号を調整し、脳内の内分泌物質を充満させ、感情を劇的に高める。
これにより、俺の干渉力数は、一兆フラットの最大値にまで回復した。
「正体不明の戦闘機、そしてそこにいるであろう物理現象干渉者よ。干渉力一兆の意味を、教えてやる!」
外燃機関であるラムジェットエンジンに、ホーキング放射の熱を利用し、爆発的に速度を高める。その速度は、敵機を軽々と上回る。
一瞬にして距離を詰めようとするが、俺の前方で高エネルギー反応。だが、
「素粒子を加速し収束させ放射する程度の攻撃で、今の俺を落とせると思うな!」
俺の視界がオレンジに染まるが、気にしない。対向する粒子の波の中を、全ての粒子を“運良く”かわしながら、突き進む。
目指すは、光を抜けた先に待つ、射出口の一点。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
ガッシャーーーーン! バーーーーン!
爆音を伴いつつ、粒子ビーム砲と、それに付属する粒子加速器を粉砕し、船内に突入することに成功した。
ゴウ、っと暴風が俺の開けた穴へと吹き続ける。砲身や加速器の残骸が、暴風で機体外へと飛んでいく。立ち込めるはずの粉塵も爆炎も何もかもが、風で流れていく。
「ふむ、少しやりすぎたか。まあ、いいか」
見れば、穴周辺が、メキメキと音を立てていた。果たして、穴の開いた機体が、いつまで音速飛行に耐えられるのか、甚だ疑問だな。
カツカツと、歩みを進め、殺風景になった部屋の、出入り口と思われる扉を、こじ開ける。
バキ! ゴーーーーー…………
扉を開けたことで、さらに強まった風によって、こじ開けた扉は飛ばされていってしまった。
「……まあ、下は海だ。人に見つかって、技術が漏れる可能性は少ない、ということにして置こう。っと、こいつは……」
扉を破った先の通路から、人型の何かが風で流れてきた。スーツ姿の、年配の女性のような風貌だが、これは、
「心理操作機械人形か」
大方、あの物理現象干渉者が使用していたものだろう。ふむ、一応証拠物と、なりうるな。
そう考え、コートから時間牢を取り出し、未来へ強制送還する。それにしても、何故、機能停止状態だったのだろうか。
まさか、ソラがやったとは考えにくいし、ソラと教団の奴以外に、誰かがいるのだろうか? あれほど綺麗に、中を壊さずに、動作不良だけを起こし、機械を機能停止に追い込む、という芸当が出来る何者かが……
***
「おりゃーーーーー!」
バキィ!
「はぁ、はぁ、……やった、やっと壊れた」
もう何度目かもわからない飛び蹴りの末、白い壁はベコベコになり、多数の亀裂を生じさせた。そしてついに、私の蹴りの衝撃に絶えかねて、割れて大きな穴が開いたのだ。
チラッと見た、カウントダウンの残り時間は3分強。もう、五分以上も飛び蹴りをしていたことになる。
その下のモニターも目に入ったが、いつのまにか砂嵐に変わっていた。ゼロさん、無事だといいけど……
……不安になってはダメだ。時間も無くなっているようなので、思考を切り替え、飛び蹴りの後についてしまった尻餅から立ち上がり、穴をくぐりぬける。
「……あれ? 通路じゃ、ない?」
その先は薄暗い倉庫のような空間だった。先ほどまで明るい部屋に居たため、様子はよくわからない。だが、見渡せば、大きな箱状のものがいくつか積んであり、その先に扉の開いた出入り口がある。
部屋から出た先も部屋だったので、少し焦ったが、出入り口の先には通路が見える。これで、どこまで行けるかわからないが、進むしかない。
そう考えて、走り出そうとしたとき、
バーーーーーン!
「きゃっ!」
爆音と、激しい揺れが、私を襲った。思わず、自分の開けた穴のふちに掴まり、揺れを耐える。
……こんなことをするのは、一人しか居ない。間違いなく、あの人が、何かやらかしてくれたんだろう。
どうせまた無茶なことをしたんだろうと、考えつつも、無事であったことを嬉しく思う……も、つかの間。突風が私を襲う。
私が開けた穴から吹き荒れる突風は、倉庫出入り口の方へと吹き荒れる。水月さんが、船って行ったとき、船舶を想像したけど、飛んでる、とも言ってたし、やっぱりそうなのか……
これ、航空機なのか…… しかも間違いなく、かなりの高度だろうな…… この突風は、あの人が、機体に大穴でも開けたせいで、気圧差で、機内の空気が吸い出されてる、ってことだろうな……
……私、高いところ苦手だから、考えないようにしてたのに……
ああ、気圧のせいで、耳がキーンってしてきた。このままだと、最悪、高山病になるんじゃ……
一瞬で、いろんな考えが駆け巡って行くが、ふと、風が一際強くなった。穴のふちを、精一杯掴むが、私の身体は浮き上がっていて、長くは持ちそうに無い。
「あっ……」
というか、一瞬で手が外れ、風に流された。そしてそのまま、倉庫の出入り口まで一直線で流される。
「っーーーーー」
私の悲鳴も、全て暴風にかき消されて聞こえない。風に転がされるように、方向感覚を失いながら飛ばされて、倉庫の出入り口を出たとき、
ぼすん!
と、何かにぶつかった。そこで私の回転も止まり、流されるのも止まったようだった。
冷静になってみれば、抱きとめられている、ようだった。恐る恐る顔を上げて、周囲を確認してみると、さらさらの銀髪を風になびかせたイケメンがこちらを見つめている。
「ふはははは! 待たせたな!」
イケメンが、口の端を吊り上げ、聞き覚えのある、不敵な高笑いで、叫ぶ。その声は、暴風の中でも良く通り、私の心まで響くようだった。
今まで、さんざん聞いて、頭を悩ませていたはずなのに、どこか懐かしさすら覚える。まさか、この笑い声で安心する日が来る、なんてね……
「ゼロさん…………あんまり遅いから、一人で帰っちゃうところでしたよ?」
ゼロさんは、やっぱり、不敵に笑いながら、駆けつけてくれたのだ。 ……うん? 今気付いたけど、もしかして、これ、お姫様だっこじゃない? ちょっと恥ずかしいな……
そう思っているのが伝わったのか、ゼロさんは神妙な面持ちで、口を開いた。
「……助かったぞ、朱城ソラ。貴様が奇跡を起こさねば、俺は辿り付けなかった」
「……え? なんのことですか?」
私が、奇跡を、ってのはどうゆうことなんだろう? 確かに、普段の私から見れば、壁ぶち破ったりは、奇跡に近いけど……
「いや、なんでもない。さて、朱城ソラよ、今俺の背後に立つと、非常に危険だから、このまま進むが、いいか?」
「……え? 抱っこのまま、ってことですか? それに危険って……?」
ちらっと、ゼロさんの背後に目をやると、ぐねぐねと空間が歪んでいた。そしてそれは、まるで翼のように、背中から噴出してようにも見える。……これは、陽炎?
「ホーキング放射の熱を、背中から排出しているのでな! 俺の後ろに立つと、一瞬で焦げて死ぬ!」
「……え?」
ホーキング放射って、ブラックホールが、周囲の質量を取り込んだとき熱を放出する現象のこと? え? この人今、縮退炉かなんかで動いてるの? 怖っ!
「さあ、時間も無さそうだし、行くぞ。貴様の誘拐犯を捕らえ、生きて帰還する!」
「……えっと、あの、ゼロさんって、縮退炉で動いてるんですか?」
「ふはははは! そうだが?」
「……いえ、それだけです」
私の疑問には答えてくれたが、さも当然、といった風だった。未来は、予想以上に進んでいるらしい。まあ、40世紀にもなれば、ブラックホールエンジンも一般的なのかもしれない。私たちにとっての、ガソリン動力くらいに。
「ふむ。では、今度こそ、行くぞ!」
私を抱えたまま、ゼロさんは、走りだした。その速度は、凄まじい逆風の中で、まるで足に吸盤でもついているんじゃないかと疑いたくなる程の速さだった。
「……それで、どこに向かってるんですか?」
「ふむ、それなのだが、この状況だ。奴も必死だろう。恐らくは、中央制御室にて、機体の安定飛行と、時空跳躍を確実に行なうための制御を、手動操作で行なっているだろう。だから、中央制御室を目指す」
なるほど。機体の壁ぶち破ったのは、一応意味があったのか。と、内心感心していると、
ガシャン! ガシャンガシャンガシャン……
通路の奥から順に、金属製の扉が下りてくる。通路に対して、左右と上下から閉じる二重扉が、確認できただけで合計五つ、私たちの進路を塞いだ。
私たちの目の前にも扉が下りた直後、後ろでも音がし、どんどん遠ざかっていく。どうやら、通路全てを封鎖しているらしい。
「隔壁か。マズイな……」
「まさか、完全に閉じ込められちゃったんですか!?」
「いや、風が無くなると効率よく放熱できない、というだけだ。この程度の扉、俺の前ではペーパークラフトと変わりない」
確かに、扉が下りたことで、私たちを包んでいた暴風は、完全に消えていた。
それにしても、よかった、閉じ込められたわけじゃなくて。効率よく放熱できないだけかー。このまま密閉空間に膨大な熱が溜まるくらい……って、私死ぬじゃん!
「えっ……ちょっ……え?」
「安心しろ。熱は、貴様には行かないように調整はしてある。長時間は持たないがな!」
「じゃ、じゃあ……」
「ああ、壁をぶち破りながら、駆け抜けるだけだ!」
言うが早いか、駆け出すゼロさん。もちろん、私を抱えたまま。
「うおりゃー!」
バキィ!
そしてそのまま、隔壁に、半分位タックルな蹴りを入れる。と、本当に紙細工の如く扉は砕け散り、さらにゼロさんは駆け抜ける。
この間、1秒も経っていないだろう。なぜなら、私が悲鳴を上げ損ねるほどの、早業だったのだから。
そんな様子で、優に十枚以上の壁をぶち抜き、とうとう中央制御室前までたどり着いた、らしい。
らしい、というのは、私には壁に書いてある文字が読めないから。……あのアナウンスが日本語だったのは、水月さんの私への嫌がらせだったのだろうか。
「うおりゃー!」
通路の終着点、今までよりも少し大きい金属製の扉を、またも紙細工の様に蹴破って、中に入る。入った先は、白い部屋だった。
しかし、先ほどまで私がいた部屋とは違い、少し小さいように思う。奥には、床がそのまま盛り上がったような、白い台座状のデスクがあり、その前では、こちらに背を向けた制服姿の女子生徒が一人、何かを操作しているようだった。
「朱城ソラよ、一旦下ろすが、俺の背後に立たないよう、気をつけろよ」
「あ、はい」
まるで割れ物のように、そっと、下ろされた。床に足を付け、自分の足で立つと、ふらっと、眩暈がした。
「……っとと」
少しよろけつつも、なんとか真っ直ぐ持ち直し、今度はしっかりと、地に足をつける。
そんな姿を、直接見たのかはわからないが、後姿の女子生徒がこちらを振り向き、話し掛けてきた。
「高山病ですか? 気をつけて下さいよ? 全く、どこかの誰かのせいで、飛んだ目にあったものですね」
声にも表情にも、心配の色が出ているが、それが逆に、彼女の、腹の中を探らせまいとする演技にしか見えなかった。
「全くだ。貴様が、ソラをこの様な場所に連れてくるから、このようなことになるのだ。さあ、この罪、未来で償ってもらおうか?」
チャキッ、とゼロさんは、腕輪を半分に切ったような形状の金属をコートから取り出して、手に掴んでいた。その金属からは、長い鎖が伸び、ゼロさんのコートの中に繋がっているようだ。……これは、手錠、なんだろうか?
「……貴方がこの船に乗り込んできたときは、驚きましたがね、無駄ですよ。もうあと十秒もしないうちに、この船は未来へと、移動を開始します。もう手遅れです。今更何をしようが、無駄なんですよ!」
絶対的な勝利を確信している顔だった。遂に、本性が出てきたな…… しかし、あと十秒だったとは…… これはもう、どうしようもないのか……?
ブォン…… と、水月さん背後の壁に、カウントダウン表示が現れる。そこには、
【T-0:05】
という表示。もはや、十秒ではなく、五秒だった。
「ふははは! 貴様を倒すには、十分すぎる時間だ! 対霊体七つ道具が一つ、時間牢、制限解除! 時空間凍結牢!」
ブンッ!
ゼロさんは、そんな音が聞こえるほど高く、そして強く、長い鎖を振って、手錠を空中に放る。その手錠は、時が止まったかの如く、落ちてこない。いや、少しづつだが、落下しているようにも見える。
「さて、我々の体感だと、残り八分強か。ふはははは! 行くぞ物理現象干渉者!」
ゼロさんは、ジャラン……と、鎖をなびかせ、手錠は空中にあるままに、高速で駆けだした。その後姿には、陽炎の翼が伸び、部屋の大気を歪めている。
「……バカな。時空干渉を起こしたと言うのですか…… 貴方にそれほどの力は、無いはずなのに……」
「ふはははは! 貴様が俺の何を知っているのかは知らんが、俺に不可能は無い! 覚えて置け!」
水月さんの、ほんの目の前までたどり着き、そう叫んでいた。そしてそのまま、右手を、水月さんの方に伸ばしている。相変わらず、よくわからない便利な何かで解決してくれる超人だ。だけど、
「折れたパイプが高速で落下し、腕に突き刺さる」
「貴様、何を言って…… なっ!」
ひゅん…… ドスッ!
水月さんが言葉を発して間もなく、天井に亀裂が走り、その切れ目から、突風か何かで流されてきたパイプが、高速で飛来し、ゼロさんの伸ばしていた腕に、深々と突き刺さる。水月さんの、発した言葉どおりに。
ズブ…… カンカララン…… と音を立てて、パイプを無造作に引き抜き、床に放るゼロさん。水月さんは、その動作中に、バックステップで、距離をとっていた。
「ゼロさん! 大丈夫ですか!?」
「ふむ、1時間もあれば、ナノマシンが修復する程度の傷だな。問題は無い。しかし、貴様、霊体使役能力者ではなかったのだな……」
右手を、グーパーグーパーしながら、その状態を確認し、報告してくれた。そして、水月さんの方に向き直る。
「言霊使い(ワード・マニピュレイター)、か…… ふはは、面白い!」
どうやらゼロさんは、結構大丈夫らしかった。……それにしてもさっきから、聞きなれない単語が連発しているけど、ここらで聞いてみてもいいんだろうか? いやでも、時間が無い中での戦闘中だしなぁ…… いいや、聞いちゃえ!
「……あの、イレギュラーマスターとか、ワードマニピュレイターって、一体……?」
私が聞くと、ゼロさんは首を横に向け、視線だけこちらに向けて話し出す。
「物理現象干渉者は、干渉力の使用を、超能力に特化させた人間、もしくはAIの内、単なる超能力の域を超えて、事象干渉の域にまで達した奴のことだ。言霊使い(ワード・マニピュレイター)は、その分類。干渉力を言葉に乗せることで、その刹那、爆発的に増加させ、事象を任意の方向に歪める、そうだろう? 新世界教団司教、マコト=アヴァロラ!」
最後の言葉を発する前に、視線を正面に戻し、水月さんを見据える。司教、ね……
「まさか、さっきの一撃で、そこまでのことを判別するとは! 新統合政府の捜査官様は優秀なようですね! そうです、私が、マコト=アヴァロラです。以後お見知りおきを」
見下したような、バカにしたような、酷く演技掛かった口調は、自身の正体を認めていた。水月は、やっぱり偽名だったのか。
「ふははは! 褒められて悪い気はせんな! 若干十五歳にして、異例の司教任命。その後二年間で掛けられた懸賞金は、国家予算の百分の一にまで上る、だったか? しかしまさか、貴様が非機械移植者だったとはな!」
その言葉で、急に、水月さんの顔色が変わった。さっきまでの威勢が消え去り、その瞳には、憎悪が篭っているようにもみえる。
「……おしゃべりは、これくらいにしておきますか、機械人形。貴方を破壊して、朱城さんを未来へ連れて行きます」
冷めた目、冷めた言葉、そして、きつく握られた拳から、彼女の中の触れてはいけない部分に触れたのだと、悟る。
そして、それに同調するかの如く、ゼロさんまでもが、冷たい声で、返答する。
「ふむ、あくまで抵抗する姿勢。投降の意思は、なしか。……貴様の手配書がデッド・オア・アライブだということは、わかっているな。ここから先、俺は加減する気はない。死んでも、しらんぞ」
それは、優しさから出た言葉ではなく、事務的な確認、という風に感じられて仕方が無かった。彼は、本当に、人を殺すのだろうか……
「……貴方に出来るのでしたら」
「……なめるなよ。最終動力炉、第二段階(シフト2)始動」
ブワッ!
ゼロさんの背中から噴出す陽炎が、勢いを増し、その放出熱量が上昇したことを教えている。
「高電離双翼、形成開始」
陽炎は、一定空間内で留まり、徐々に光を帯び出す。その姿は、まるで背中から光の翼が生えているかの様だった。
「高速換装、対霊自動小銃。武装融合、物理干渉小銃」
淡々と告げながら、武器を用意する姿からは、何の感情も見えない。……コートから取り出された銃は、何時の間にか、元から装備していた手甲と融合し、ゼロさんの右肘から先を巨大な砲身に変えていた。
「風圧で外れたボルトが、心臓を貫く「ことは出来ない」
ゼロさんは、水月さんの発言に対し、語尾を被せるように呟いた。
……水月さんの背後の壁から、高速でボルトが飛び出す。が、銃の腕の一振りで、ボルトは彼方へと打ち返された。
「高電離双翼、形成完了。高電離集束砲、チャージ開始」
光の翼は、いつのまにか煌々と輝き、その光は、ゼロさんの右腕に集まっていく。
ジリ……、と一歩後退りながら、うろたえた風の水月さんが、やっと、といった様子で言葉をつむぐ。
「なぜ、私の能力が……!?」
「……貴様の干渉に対して、さらに上書き干渉しただけだ。地力なら、こちらが上なのだから」
水月さんを一瞥したゼロさんは、光に包まれながら、ただ立ち尽くしているだけだった。構えも取らず、感情も見せず、だが、一分の隙も感じられない、そんな立ち姿で。
「落下する壁面プレートで、首が落ち「無い」
落下してきた天井の板を、左手で受け止め、横に放る。
「床が抜け、下階まで落下「しない」
ゼロさんの足元床は、抜けた。だが、ゼロさんはその場に浮遊し、残り続ける。
「動力炉が暴走「しない」
何も、起きない。部屋の動きは、ゼロさんが、変わらず銃に光を注いでいるだけ。
ジリジリと後退し続けた水月さんは、とうとう壁に、その背中をつけていた。
「くっ、これほどとは……」
「チャージ完了。……最後通告だ。投降する気は、あるか?」
それが、本当に最後通告だ、と言わんばかりの声音だった。しかし水月さんは、自嘲するような笑みを浮かべたのに、
「…………またしても貴方は、私から大切なものを奪っていくのですね……………貴方に捕らえられるくらいなら、殉教を選びます」
水月さんは、きっぱりと、死を選ぶことを明言した。
……重い沈黙が、辺りを包み込む。私は、何も言えないでいる。何か、言わなきゃいけない、そんな気はするが、何も言えない。
そうしているうちに、ゼロさんが、口を開いた。
「…………残念だ」
そこからつむがれた言葉は、彼女を射殺する、という決意の篭った重さを持っていた。
……ゼロさんは、さら続けて、話出す。
「……貴様に、最後に一つ聞きたい。五月十九日に消滅したサイコゴーストを、再生させたのは、貴様か?」
「……だとしたら、なんだと言うのですか?」
「……そうか。このイレギュラー、全て仕組まれていた、というわけか…… やってくれたな」
ジャキッ! という音と共に、銃口が水月さんに向いた。……しかし、そんなことは、どうでもよかった。私の頭の中にあったことは、
「瑠璃ちゃんは、水月さんの力で、この世に、いる……?」
その一点だけだった。銃口を向けるゼロさんの顔は見えないが、その背中からは、やりきれなさが伝わってくる。
「……恐らくは、な。だが、それはこいつを見逃す理由にはならん……」
「そんな…… じゃ、仮に、水月さんが居なくなったら、瑠璃ちゃんはどうなるんですか!?」
「……わからん。が、元通り消えてしまう、ということも考えられる」
……もう、頭の中は真っ白だった。何も、考えられなかった。瑠璃ちゃんは、私の大切な親友なのに、酷く不安定な存在で、いつか、消えてしまうんじゃないか、そんなことも思ったりしていた。はたして、それは、今なのだろうか?
「……スマンな、朱城ソラ」
「……なんで、謝るんですか。嫌ですよ、そんなの…… なんで……」
銃口からは、既に、光が迸り始めていた。もう、ダメなのだろうか。水月さんは死んで、瑠璃ちゃんは消えてしまうかもしれない。そうして、ゼロさんは人殺しに、なってしまうのだろうか。
嫌だな…… なんとかならないかな…… 何か、方法は…… この状況で、私が出来ることを、必死で、考えているとき、
ガン! ガン! ガン! バン!
水月さんのいる付近の天井が、激しい音を立てて、床に落ちる。それと同時に、
シュタ!
誰かが、その落ちた天井板の上に降り立つ。その人物は、金髪を尖らせ、学校の制服を緩く着こなしている。顔を見るまでも無く、わかる。咄嗟に、理解が追いつかないが、声は、出ていた。
「八幡君!? なんでここに!?」
綺麗な姿勢で着地した八幡君は、私の声を聞きつつも返事はせず、水月さんを庇うように立つと、こちらに真剣な表情を向ける。
「……大体聞かせてもらった」
それは、私にとっては、隠しておきたかったことを、知られてしまった、ということの宣言だった。
しかし、何故彼は、水月さんを庇うように立っているのだろうか? まさか……
「……そこのクソガキ、死にたくなければ、どけ」
「嫌だね」
……まさか、水月さんを、助ける気、なの? ゼロさんは、相変わらず後ろ姿で、声からも感情は読み取れない。対する八幡君は、真剣な面持ちではあるものの、どこかしら挑発するような、そんな様子だ。
どうなるのだろうか…… この状況、私もかなり驚いたが、どうやら、一番驚いていたのは、水月さんのようだった。目を白黒させて、八幡君の後ろ姿を見つめている。
数秒後水月さんは、少し混乱が収まったようで、小さく、とても小さくだが、言葉を発した。
「……何故、あなたがここに?」
「0.8円を返しに来た」
「……はい?」
「だから、この前の礼をしに来た、って言ってんだよ」
「……あなたは、バカですか?」
「うるせーな。……てめーがどんな悪人かは知らねーけど、俺にとっては恩人なんだよ。死なれると寝覚めがわりーから、助けてやる、って言ってんだ。文句あるか?」
八幡君は、力強く、そう宣言した。……私を連れ去ろうとした悪い人の側に、友人が立っている。その意思を明言されてしまった。でも、
「そーゆーわけだから、そこのオッサン、こいつは殺させない」
彼の宣言で、安心している自分がいる。それは、私が言いたくて、言えなかった言葉を、言っているから、なんだろうか?
「チッ、クソガキが!」
ゼロさんは、銃を構えを解いて、足元に開いた穴の上から移動し、八幡君へと向かおうとしていた。機械の手甲に包まれたままの、その左手を八幡君のほうに突き出して。
「ゼロさん、待って!」
咄嗟に、口に出したのは、やっと出た言葉だった。水月さんが殺されかけても、八幡君に銃口が向いても言えなかった言葉が、やっと、言えた。
既に移動を開始しているゼロさんに、届いたかわからなかったが、ゼロさんは振り向きつつ、答えてくれた。
「安心しろ、ガキの方は殺さん!」
ゼロさんは、一瞬にして距離を詰めると、左手で手刀を作り、高速の突きを、八幡君に向かって、叩き込もうとする。それは、本当に殺さないのか、不安になるくらいの速度だった。
ガキイイィィィン!
激しい衝突音が、耳に届く。しかし、両者とも、立っているように見えた。八幡君は、何かを構えている、みたいだ。
「……貴様、それは一体……?」
「ヘッ、瓶は絶対に壊せない、って伝説、嘘じゃなかったみてーだな」
八幡君が持って構えていたのは、いつぞやの悪魔の瓶だった。オレンジ色に輝く瓶の側面に、ゼロさんの手刀が突き立っているが、瓶は損傷していないようだ。
「……二度目は、外さない」
「……二度目を放つ時間はないぜ」
ゼロさんが、バックステップで距離を取ると同時に、八幡君は不敵に笑った、ように見えた。直後、
ガコン! グラグラグラ……
激しい揺れが、室内を包む。そして、強い重力が、私をゼロさんたちが戦っている方へと、引き寄せ始める。
「貴様! これは、動力停止か!? やってくれるではないか……!」
「そうゆうこった。でも、だけじゃないぜ」
ひゅぉ…… ごーーーー……
止まっていた風、いや暴風が、また、吹き始めた。風の行き先は、重力で引っ張られる私が、すぐ目の前まで来てしまった、床に開いた穴。否応無しに、吸い込まれる。
「俺を追うより、朱城を助けた方がいいぜ。じゃあな」
「チッ!」
八幡君は、どうやら、水月さんを連れて、後方の壁を破って、逃げ出してしまったらしかった。水月さんがボルトを外したせいで、破れやすくなっていたんだろうか……
そんなことを思いながら、暴風で流される私が見たのは、私に向かって駆けてくるゼロさんの、指し伸ばされた左手だった。
***
水月の手を引いて、暴風に流されながらも、無機質な金属色の通路を走り続ける。通路の隔壁は、全て上がっていて、俺たちの進路を遮るものは何も無かった。
……さっきの奴は、なんか相当やばかったが、なんとか切り抜けられてよかった。しかしまあ、あれだけヤバイ奴なら、朱城も、多分無事だろう。
「……貴方は、バカなのですか……?」
ふと、俺の耳にそんな言葉が聞こえた。それは、俺が手を引く、右後方から発せられたようで、振り向いてみると、アホみたいに魂の抜けたような顔をした、水月が目に入る。
「……なんだよさっきから、バカバカ言いやがって。死にてーってんなら、止めねーけど」
「いえ…… そうゆうわけでは……」
「じゃ、いーじゃねーか。ほら、さっさと行くぞ。脱出艇の前で、てけ子と待ち合わせてるんだから」
女々しい会話を切り上げて、現実にしなきゃいけないことを見つめる。本当に早くしないと、本格的にこの機体の落下が始まって、身動きが取れなくなるからな……
***
暗く深く、底の見えない、まるで奈落の底に続いているような穴に、吸い込まれていく。急激な気圧の変化と重力の変化で、意識が飛びそうだった。そんな中、
パシィッ!
という、私の右手を掴む音が、私の意識を現実まで引き戻してくれた。
「脱出するぞ!」
その声に目を開ければ、左手で、私の右手を掴み、引き上げているゼロさんの姿があった。その姿は、ふわふわと空中に浮いていて、夢のような光景だった。
ゼロさんは、凄まじい怪力で、私を胸元まで引き上げると、いつのまにか元に戻っていた右腕も合わせて、お姫様抱っこするように、抱きかかえた。
そして、真剣な顔で、何も無いはずの、正面斜め上辺りを睨むと、
「空間跳躍腕輪、起動!」
と叫んだ。
直後、激しい立ちくらみと眩暈を合わせたような感覚に襲われるが、流石に三度目だからだろうか、今度は気絶せずに、意識を保っていた。
立ちくらみのような状態から回復して、ゼロさんの腕の中から辺りを見てみると、そこは空中らしかった。幸にも、落ちてはいないようだ。
上には、視界を埋め尽くしてもまだ足りない青が、下には、果てなど無いかの如く続く雲の絨毯が広がっている。そして、正面には、巨大な円盤型の飛行機が、火の手を上げながら、徐々に空中で分解している、という光景があった。
「ゼロさん、あれって……」
「……あのクソガキも、策があっての行動だろう。生きてはいると思うが、手の出しようが無い」
そう、だよね。わざわざ、自分が死ぬような、そんなことをするはずない、よね。だって、水月さんを生かすために、彼は動いていたんだから。
そう考えて、空中で分解を続ける飛行機を眺めていると、その機体が、突如、光に包まれ始めた。それは、いつか見た、成仏の光に似ているようにも思う。
「あ、あれは……?」
「マズイな…… 時空間跳躍だ…… 別動力だったとは……」
バラバラになった機体の全ての破片を巻き込んで、その空間一帯が、光を放つ。そして、一層強くなり、目を背けるほどになった直後、フッ、と光は消え、後には、何も、残っていなかった。
「……どうなったんですか?」
「……わからん。ひとまずは、帰って、本部に確認してみる他はない」
ゼロさんでもわからない、となると、そうなるのか…… 本部か、未来でゼロさんを造り、送り込んだ組織、なんだろうな。
私が、顔を上げ、ゼロさんを見ると、かなり複雑そうな表情を浮かべていた。しかし、それもわずかの間。すぐに、口を開くと、
「では、帰るぞ。空間跳躍腕輪、起動!」
そう叫び、再度、もう本日で三度目になる浮遊感と立ちくらみが、私を包んだ。だが、今回も気絶はしない。それ以上に、八幡君と水月さん、そして瑠璃ちゃんのことが、気がかりだったから。
着いた先は、学校の屋上だった。沈みかけた太陽が、貯水タンクと、出入り口の建物を赤く照らしている。
「おっとと……」
力の抜けたようなゼロさんに、やや乱暴に地面に下ろされ、ちょっとふらつきつつも、地面に立つ。そのまま、振り返りつつ、
「……あの、ありがとうございました。助けてくれ……て……?」
と、お礼を言いかけたとき、
ドサッ!
そんな音を響かせて、振り向いた私の視線の先で、ゼロさんは、倒れた。
「ゼロ……さん……?」
夕日は、赤く、うつ伏せに倒れるゼロさんを染めている。呼びかけたが返事は無く、動く様子も、無い。
「ゼロさん!? ゼロさん!」
駆け寄り、揺すりながら叫ぶも、一切の反応は、無かった。何も無い屋上に、私の声が、木霊するだけ。
「そんな……なんで……」
……それから、ゼロさんが起きることは、無かった。




