私の好きなヒト
私の好きなヒト
私の名前は須藤 悠里、身長173cm、背中まであるストレートの髪、顔立ちは親しい友人からは綺麗ね、と言われたことがある。私的には至って普通の、いやいや、地味と表現した方がいい様な顔、そんな私もこの春から近所の高校に通っているぴちぴちの女子高生だ。そんな私はただいま片思い中、相手は良くありそうで中々ない隣に住む年下の幼馴染。
彼に逢ったのはちょうど10年前桜咲くこの季節、隣に引っ越して来た時のあいさつ回りで目が遇った瞬間、私は脳ミソからつま先まで、電流を流されたみたいにビリリと痺れてしまったが、そのときの第一声は、
「か、可愛い!」
の一言。それもそうだ、2歳になったばかりの赤ちゃん相手に、たかだか6歳の子供がほかにどんな言葉を掛ける事が出来ようか。その時はそれで終わってしまい、回りに年の近い子供もいないせいもあり、遊ぶときは私と彼とで遊ぶのがほとんどで、姉弟の様に育ってきた。
ココで私の片思いの相手を紹介しよう。名前は鏑木 タケル、小学六年生。ちょっと茶色掛かった癖毛の髪、まるで子犬のようなクリクリの瞳、成長期にまだ入っていないせいか、98cmと小柄な彼。一言でいって可愛い。いや、可愛すぎる!おあつらえ向きというか何と言うか、彼の通学路の途中に私の通う高校があるため、途中まで毎日一緒に登校できるのだ。
この時間が私の至福の時間、この可愛すぎる弟分に頬擦りするのを辛うじて堪えながら、隣に住む面倒見の良い頼りになるお姉ちゃんを今まで演じてきたのだ。今日も今日で、
「ねぇ、ユーリお姉ちゃん、昨日、身体検査があったんだけど、ぼくまた一番背が低かったんだ。これで朝の全校朝礼はまた一番前だよぅ。どうすれば背ぇ伸びるかなぁ。」
などと、私のストライクゾーン直撃の声で話すものだから、冷静に言葉を返すためにやや硬い声で、
「キミも、牛乳をしっかり飲みなさい。カルシウムをしっかり取れば、直ぐに背なんて伸びるわ。」
と、そっけなく言ってしまった。しまった、この子は見た目どおり、気も弱いんだった、言い終わった後で、いつも私は後悔してしまう。するとやっぱり、
「う、うん・・・でも・・・ぼく、牛乳あまり好きじゃないんだ・・・」
と明らかに怯える様な声になってしまった。あ〜あ〜、こんな風に言うつもりじゃなかったのに、
『ふふふ、大丈夫よ、しっかりカルシウムを取れば、直ぐに背なんて伸びるわ。それにタケル君は、これからまだまだ成長するのよ。だから大丈夫!』
となって、
『そうか、そうだね!ユーリお姉ちゃん、ありがとう!』
となる筈だったのに〜!私のバカ・バカ・バカ!
と唐突に、
「お姉ちゃん、どうしたの?」
私が妄想に浸っている内に、いつの間にか前に回りこんだ彼が心配そうにこちらを見上げ、
「キャッ」
と、私は思わずその場で飛び上がってしまった。すると、
「あ、ご、ごめんなさい。驚かすつもりなんてなくて、急にお姉ちゃんボーっとしたから、どうしたんだろうと思って。」
「大丈夫よ、ちょっと目にごみが入っただけ。」
そういって、強張った表情のまま首を振った。まさか、妄想全開で、回りが見えてませんでした。と言える分けないじゃない。なんて思っていると、何か言いたそうに彼がこちらを見ていたので、首を傾げ、どうしたの?と先を促すと、
「あのさ、ユーリお姉ちゃんはさ、牛乳っていつも飲んでるよね、何か飲みたくなるようなコツでもあるの?」
そう、私は牛乳が大好きなのだ、三度のメシより・・・っと、こりゃ言い過ぎか、まぁ、とにかく牛乳好きだ、特に、回りからは断固、反対されるけど牛乳掛けご飯なんて一食3杯はいける。話はずれたが、そんなわけで、
「コツって程じゃないけど、のど渇いた時、まずは牛乳を飲んでみる事ね、匂いが駄目って人もいるから、鼻をつまんで飲んでみてもいいわね。ある日突然、牛乳の良さに目覚めるわ。」
私は自分が考える中で、最高の笑顔を付けてタケルに返すと、彼も極上の笑顔で、
「うん、わかった。ぼくも飲めるように頑張って見るよ!」
との返事が返ってきた。彼が牛乳好きなってくれれば、私もうれしい。何よりこの笑顔を今日見れたことで、今日の気分は最高潮である。私は顔がふやけた表情にならないよう、凛とした表情を保つために、
「では、こんな所に止まっていないで、行きますよ。」
と彼を置いて歩き始めた。
「あ、お姉ちゃんまって〜」
言うが早いか、私の隣に並ぶとこちらの顔をチラチラと伺いながらも、何かに決意する表情が見て取れた。さては、さっきの牛乳の件、学校行って試す気なのかもしれない。私は、ふふふ、と微笑みながら、彼が牛乳を好きになる様子を夢想するのだった。
さて、そんな姉弟の様に育ってきた彼を【男の子】として意識する様になったのは、中学に入って同じクラスの子に告白されてからだ。その子から初めて告白されたときは、ドキドキしたし、恋をしている人特有の輝きで、いつもより数段カッコ良く見えたけど、私にはどうしてもクラスの中の一人という認識しかできず、丁重にだがきっぱりと断った。そのとき、私の中に浮んだのは彼の、タケルの顔だった。
一旦、意識し始めたらさあ大変。登校の一場面のように、タケルのちょっとした仕草、表情で、私の心臓はバックン・バックンと早鐘を鳴らした様になるのだ。ならいっその事告白したらどうなのかと思うが、タケルとのやり取りを思い出すとやっぱり姉弟の関係から脱出できそうに無い・・・
『タケル君、わたし、あなたの事が好きなの。』
『うん、ぼくもお姉ちゃん好きだよ。』
『じゃ、タケルく『だから、中学になっても一緒に学校行こうね。』
『ちょっ、タケ『中学校、小学校より遠くでしょ、だから朝、今より早くないと駄目なんだ。』
そういって彼はいつものようにニコニコしながら歩いていった・・・・・・って、だ、駄目だ、妄想の中ですら、普通に近所のお姉ちゃんで終わってしまう・・・、小学校では大丈夫だろうが、中学ともなれば、タケルの良さに気づく者が出てきてもおかしくは無い。現に、商店街ではタケルは大人気だ。母性本能をくすぐらせる表情で、コレください。などと見上げられれば、八百屋のマダムなど野菜をたっぷりとオマケしてしまう。となれば、中学生がタケルに告白するのは十分考えられる。そうなったら、私のタケルが・・・、私のタケルが・・・、敵に奪われてしまう!おのれそうはさせない!だが、どうする?どうそればいい?・・・・・・ふ、ふふふ、ふふふふふ、コレだ、コレしかない、一ヵ月後のタケルの誕生日、ここに全てを賭ける!
そして一ヵ月後タケルの誕生日折り良く休日で・・・・・・、
「しまった〜、私、お誕生会はいれない!小学生だけの中に居座れるわけ無いじゃん!」
迂闊だった、無理やり参加すれば、タケルは明日からの学校生活で重大な支障を来たしてしまう。
『おまえ、姉ちゃんとつきあってるの?ひゅーひゅー、あついねぇ、こいつ、あははは!』
『ぼ、ぼく、べつにつきあってなんかいないよぅ・・・、や、やめてよぅ。』
『なんだ、なんだ、おまえ、姉ちゃんと、いっしょなのか?うわ、小学六年にもなって、ダッセー!アハハハハ!』
『い、いっしょじゃないよぅ、お姉ちゃんはかんけいない・・・よぅ・・・』
ぐわ!そこの悪ガキ、今すぐ出て来い!その腐った性根、叩き直してやる!と妄想相手に部屋の中でドタン・バタンと暴れているのを、家族に心配されているのを露知らず、私は一旦落ち着くと、タケルの学校生活安泰のため、私の精神安定のため、お誕生会が終わった後、鏑木邸を襲撃する事としたのである。
夕刻、鏑木邸タケルの部屋、そこにはガチガチに固まったタケルと、やや緊張のしている私がいた。鏑木邸には、お邪魔します。の書け声で、
「悠里ちゃんね、どうぞ〜。」
と奥からタケルのお母様の声がし、私は勝手知ったる何とやら、即座にタケルの部屋へ直行したというわけだ。さて、どう声を掛けたものやら、と思っていると、
「き、今日はどうしたの?ユーリお姉ちゃん」
むぅ、向こうに先手を取られた、ならば単刀直入に行くまでだ。
「キミの誕じ「誕生日の、ぷ、プレゼントなら、ほ、欲しいものがあるんだ!」
私の声を遮って、珍しく大きな声を出したタケルだったが、まさか、プレゼントのリクエストをしてくるとは・・・・・・、よく見れば、自分でもプレゼントのリクエストなど恥ずかしいのだろう、顔を真っ赤にしてこちらを見つめている。どこかそれが滑稽で思わず私は、微笑をこぼし、
「うふふふ、いいわよ。何でも言いなさい。お・ね・え・さ・んが叶えてあげちゃうゾ☆!」
こんな媚びる様な声で、相手が違えば、どうなっていたか分からないセリフを言うとは、自分でも言った後にビクッリしていた。
私のセリフを聞いて、目を白黒させ、口をパクパクと金魚のように動かしていたタケルだったが、
「じ、じゃ、ぼく、ぼく・・・・・・ユーリが欲しい!」
・・・・・・あ、あれ?ユーリが欲しい?ゆうりが、有利が、悠里が・・・!!
タケルが言った言葉を理解した瞬間、全身の血が沸騰したと言うか、全身の血が頭に集まって何も考えられなくなったと言うか、ただ、今分かる事は、タケルが子犬のように瞳を潤ませ、夕焼けとは違う赤さに頬を染め、私を見上げる様に、私の止まりかかった思考は、
「モウガマンデキナイ」
と言う片言を口から吐かせるとともに、タケルの顎をとり、彼を抱き寄せると女の子と見紛う程のピンクの唇に、私の唇を逢わせたのだった。
タップリとタケルの唇を堪能した後、おもむろに離し、
「貴方へのプレゼントは、私です。」
今日という日のために、毎日、毎日、妄想・夢想訓練を続けてきた成果を、今この瞬間に、完璧に発揮する事に成功したのである。
その後、恥ずかしさもあって、直ぐに離れてしまったが、改めて、告白と好きになった経過を、その夜とことん話し合ったかいもあって、よく日、二人仲良く遅刻しました。