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魔法書を作る人  作者: いくさや
妖精編

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88 ソプラウト

 88


 大海峡を船で15時間。

 早朝に出発したのに着いたら夜になってしまった。

 途中、暗くなってきたので50倍の『力・浮漂』を照明代わりにしたら巨大な魚の魔物が襲い掛かってきたりなどしたものの、無事に渡航完了する。

 あ、魚の魔物はリエナさんが瞬殺しました。

 珍味なので高値で取引されるらしい。氷の属性魔法で氷結しておいたので、お礼としてお持ち帰りしてもらう。遠目には氷山を曳航している船みたいな姿になってしまったけど、まあこれで数か月分の稼ぎになるというのだから喜んでもらえてよかった。

 魔法を使うところはかなり驚かれたけど。やはり、王都でもなければ魔法は珍しいよね。


「本当に迎えは大丈夫なのか?」

「はい。ここまでありがとうございました」


 翌朝、帰る間際まで心配してくれたので笑顔で答えた。

 実際、強化ジャンプや強化水上走行という手段もあるし、大海峡を氷結するなんて派手なものから、穏便に3種合成魔法で持続時間強化した晶鳥とかでも呼び出すなど方法はいくらでもある。

 船旅を選んだのは派手な移動で妖精に警戒されたくないからだった。


 人の好い犬妖精の青年(まだ20過ぎらしい)に別れを告げて、僕たちは大森林を目指す。

 といっても、1時間も歩けばすぐに大森林に到着してしまった。


 同じ森系でも魔の森とは雰囲気が違う。

 あちらは鬱蒼と茂った魔境という感じだったけど、こちらは森林浴が楽しめそうな管理された森だった。

 植生が管理されているのだ。森が最適なバランスでいられるように木の1本1本から雑草に至るまで。


「これが大森林」


 500年前に1度魔神の侵攻を受けた時は初代学長との戦いで半壊したというけど、こうして眺める限り戦いの傷跡は見つからない。

 当然か。500年も経てば傷は塞がる。

 誰かがちゃんと世話をしていれば元に戻る。


(師匠の故郷)


 手の中の白木の杖に視線が落ちた。

 師匠はここを守りたかったのか。それとも恋人のシエラさんを守りたかったのか。

 いや、違うか。シエラさんを含めたこの世界を守りたかったのだろう。

 魔神に奪われた光景はもう元に戻っているみたいですよ、師匠。

 500年ぶりの帰郷を師匠はどう思うだろうか。杖となった今では思考能力があるわけではないので、僕の思い入れに過ぎないけど。

 それでも良いことだとは思う。

 僕までラクヒエ村が懐かしくなってしまった。


 感傷を振り切って前を見る。

 森には蔦や茂みに覆われていない比較的歩きやすそうなルートが存在した。

 昼であっても厚い木々の天幕が日を遮って薄暗い道。


 樹妖精は森の番人であり、管理者だという。

 集落まで無理なく歩いても2日程度だとか。

 こういうわかりやすいルートを用意しているのは自分たちの集落へ侵入者を誘導しているのだろう。

 これを無視すれば森が傷つく。そんな相手は客ではなく敵なので排除に動く。

 ルート通りに進めば自然と自分たちの有利な位置取りをできる。客を装った不埒者でも対応できるというわけか。


「行こう、リエナ」

「ん。シズ、待って。誰かいる」


 踏み出そうとしたらリエナが槍で前方を遮った。

 ぴくぴくと耳を動かして前方を見つめている。


「……誰?」


 返事がなくてもリエナが間違えたとは思わない。

 バインダーに片手を当てて白木の杖を構える。出来れば穏当にいきたいんだけど。


「そ、それ!」


 木の陰から高い女性の声と一緒に声の主が飛び出した。

 長身の女性だった。平均よりやや高いリエナよりも明らかに上。スレンダーな体つきの引き締まったシルエットでモデル体型という奴か。

 肌を見せない長袖のシャツにパンツ姿というシンプルな出で立ちに、上着に丈の長いコートみたいなものを羽織っている。いや、元日本人としてならコートではなく、着物と言った方がイメージしやすいか。着こなしこそ羽織っているだけでも、膨らんだ袖に華麗で繊細な柄などはよく似ている。

 人間では見ることのない薄桃色の髪色をしていて、その間に長くとがった耳が見える。そして、芸術作品みたいに整った美人。おそらく、樹妖精だろう。

 年の頃は20過ぎぐらいに見えるけど樹妖精に人間の基準は当てはまらない。


 その人はかなりきつめの視線で僕たちを、いや僕を睨みつけてきている。


「その杖、どこで手に入れたのよ?」


 そうか。これを見て出てきたんだな。

 樹妖精の杖の出自を自分たちが知らないわけがない。

 仲間以外の人間がそれを持っているという意味も。

 アルトリーア大陸に出ていた誰かが死んだということだ。

 気になって当然か。


「僕の師匠にあたる人です。名前はレグルス」

「レグルス様!?」


 杖を奪い取らんばかりの勢いで飛びついてきた。

 がっしりと杖を握りしめて子細に杖を観察していたけど、不意に「嘘でしょ」と呟いてポロリと大粒の涙を零した。


「レグルス様の、気配がする」


 同族だとわかるものなのか。

 押し殺すような声で泣き続ける女性を前に戸惑うしかない。杖を手放すわけにもいかず、なんと声を掛ければいいかわからず立ち尽くしていた。


 女性が落ち着くまで30分ぐらい必要だった。

 赤くなった目のまま涙の跡を拭いつつ女性は再び僕を睨みつけてくる。


「あなた、レグルス様の弟子って言ったわね」

「はい」


 たとえどんな状況でも僕は師匠の弟子であるということを偽るつもりはない。

 ますます目つきが険しくなるけど真っ直ぐに見つめ返すのみだ。


「その杖に触れるんだからレグルス様に認められたのは間違いない、か。そっちは猫妖精の亜人ね?いいわ。樹妖精の里に来なさい」


 一方的に言い捨てて背を向けるなり早歩きで森に入っていく。

 ついて来いという意味だろう。

 用意してあるとはいえ森の中には変わりない。整備された道ではないのだ。木の根や枝が所々で出っ張っているので慣れていないと大変だ。

 とはいえ、森の悪路であっても散々鍛えている僕とリエナは遅れることなくついていけた。

 だから、偶に振り返ってはついてきているのを確認して舌打ちするのやめてくれませんか?


 歓迎されていないのは間違いないようだ。

 人間全体に対するものなのか、師匠の弟子であることに対してなのかはわからないけど。

 空気が重いままもつらいので少し話しかけてみよう。


「あの」

「なに」


 うわ。不機嫌な声。

 と、ここで負けては話が進まない。


「僕はシズ。彼女はリエナです」

「そう」


 えー、名乗り返す流れではないでしょうか。

 それとも樹妖精にはない慣習なの?

 さすがにここで沈黙が落ちては自分が悪者になるとわかってか、しばらくしてから彼女も答えてくれた。


「……リラ、よ」

「リラさん。ひとつ聞いてもいいですか?」


 名前を呼ばれるのも嫌なのかリラが渋面で視線を向けてくる。

 拒絶はされていないから許可は下りたものと話を続けた。


「いつもあそこで見張っているんですか?」

「そんなわけないでしょ。見張りなんて里の入り口だけよ。勝手に入ってくる奴がいたら森が教えてくれるもの。見張る意味がないわ」

「え、じゃあ、どうして?」

「あなたたちが来たからよ」


 なんでもないことのように言われて驚いた。

 森に入る前から気づかれていた?


「どうして驚くのよ。あんなに目立っていたんだから当然じゃない」


 目立っていた?

 今回は船で渡航したし、ソプラウトに入ってから魔物に襲われてもいないので戦闘もない。

 目立つ要素なんてなかったはずだ。


「おかしい。何も吹っ飛ばしてないし、クレーターもできてないのに……」


 不必要に刺激しないため今回は静かにするよう意識していたのだ。

 なのに、何故目立つ?

 こういってはなんだけど僕たちの見てくれだけならそこまで目立たないはずだ。確かにリエナは美人だけど、美形の集まりである樹妖精からすれば寧ろ日常の一部だろうに。


 いや、そうか。

 樹妖精の種族特性は植物を操ることだ。

 思い返せば師匠も偵察などにも使っていたのを見ていた。


「つまり、ソプラウトに足を踏み入れた時点で既に樹妖精のテリトリーの中だったわけか」

「馬鹿じゃないの?そんな所まで警戒してないわよ。疲れるし、戦時中でもないのに」


 変なものを見るような目で見られた。

 僕が本当に戸惑っているとわかったのか、リラは溜息をひとつ吐いて教えてくれた。


「……あのさ。夜中にとんでもない赤い光が発生したり、あんなでっかい氷の山ができれば馬鹿でも気づくでしょ。普通」


 あ、昨夜の50倍『力・浮漂』から魚の冷凍の一幕?

 ……あれって派手なの?


 僕の普通と世界の普通が仲違いしているようなのですが、どうしましょう?

 きっとブランのせいで価値観が狂っていたんだ。そうに違いない。武王め。今度会ったらぶん殴っておこう。いや、どうせ簡単には殴らせてくれないのだからフェイントを混ぜてこう、抉りこむような角度で!


 心の内で決意を固めつつ具体的なビジョンまで模索している間に道が段々と険しくなっていく。というか所々、木の枝を飛び移ったりするんだけど、この道で合ってるの?

 人が通ることを想定していない道をリラはすいすいと進んでいった。

 遅れては大変だとリエナと2人で追いかける。中には1人ではとても跳び越せないような断崖もあったけど、協力すればなんとでもなった。

 とはいえ、話している余裕はさすがにない。


 気が付けば枝葉の隙間から降っていた日の光がなくなっている。

 もう半日近く歩き続けていたのか。

 途中で昼食のために小休憩を挟んだ以外、リラは歩みを止めていない。

 夜でも発光性の苔みたいなもののおかげで視界はそこまで悪くないので、僕たちも歩行に問題はなかった。


 そうして更に3時間が経過した頃、ずっと前を見据えていたリラが肩で息をしながら振り返った。


「はあ、はあ、ついて、きた、わね」

「ええ。まあ、ちょっと、つかれ、ましたけど」

「ん」


 僕もさすがに疲れた。持久力には自信があるけど、途中で回復魔法で体力を回復してなければ置いて行かれていただろう。

 リエナだけは余裕の表情で僕の隣に立っている。


「はあ、まあ、はあ、レグルス、様の、はあ、弟子なら、これぐらい、はあ、当たり前、よね」

「ええ。当然、です」


 師匠の名前が出た以上は負けられない。

 呼吸を整えて背筋を伸ばす。リラのきつい視線も受け止めた。

 リラはしばらく息が整うのを待ってから再び前方に視線を戻した。


 今度はゆっくりした歩調で先導する。

 緩やかな上り坂を超えると、そうして木々の開けた空間に出た。


「うわぁ……」

「きれい……」


 自然と声が漏れた。

 そこには1本の巨大な大樹があった。

 もう遠く感じられる前世の記憶が呼び起される。


 桜だ。

 いや、日本の桜は幹が白く薄っすらと光ったりしないし、こんなに大きくはならないだろうけど。

 でも、薄紅色の花弁が舞うように降る光景は似ていた。


 その大樹に無数の足場が設けられ、枝の所々に家のような建物が見えた。

 目を凝らせば人影が歩いているのが見える。


「ここが樹妖精の里よ」


 息をのむ僕たちに勝気な笑みを浮かべたリラがどこか誇らしげに告げた。

 光景に思考を奪われていてスルーしそうになったけど、疑問がある。


「2日は掛かるんじゃなかったっけ?」

「…………近道、したのよ」


 2日の距離を半日に短縮できるルートを近道とは呼ばない。ただの直線移動だ。

 本気でおいていくつもりだったんじゃないだろうな。


 ともかく、早く着く分にはありがたい。

 こうして僕たちは樹妖精の里に到着した。

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