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魔法書を作る人  作者: いくさや
妖精編

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87 南端の町

 87


 スレイアの滞在は1日で終了した。

 いや、急いでいるし。

 始祖の特権まで使って急ぎで王様に謁見してヴェルを紹介しつつ、一緒に事態を説明。テュール王子がやってきたから即座に離脱。あんな目をした生物が背景に満開の花のオーラを背負い、両手を広げて駆け寄ってきたら逃げる以外の選択肢を僕は持たない。

 研究室のルネに会って癒されて、クレアもやってきて、4人で昼食を取りつつブランでの出来事を報告。

 あ、テュール王子は結界でシャットアウトしたから安心だよ。

 おじいちゃんたちは希望者を募って魔の森まで臨時遠征訓練で留守だったので会えなかった。残念だ。

 学長先生にはお願いをひとつ。これからのことを考えると必要になると思うことがあったので準備を頼んだ。

 久々に研究室で一泊し、朝には何人か知り合いに挨拶だけして出発。


 もう100倍は使わないと心に決めたので50倍強化でのダッシュだ。

 リエナを背負って南へ全力疾走。

 空を跳べなかったのが残念なのかリエナは寂しそうにしっぽを揺らしていた。

 いや、今もジェットコースターみたいな光景なんだけどね。

 ところで通過した後に衝撃波で道ができてしまうんだけど、そのうち『シズ街道』とか名づけられそうで嫌だ。


 途中で休憩も挟んだからアルトリーア大陸の南端に到着するまでさすがに半日かかった。

 馬車でひと月掛かる道のりだと思えば十分に早いのだけど。


 そして僕たちはソプラウト大陸への玄関口に立っている。


 アルトリーア最南端の街、トネリア。

 トネリアは大海峡に接した漁業の盛んな町だ。

 大海峡というのはアルトリーアとソプラウト大陸を南北に分ける大河で、川幅が200キロもあるのだから圧巻の光景だった。

 当然、対岸なんて見えない。

 今が夜だからではなく、単純に水平線の向こう側だからね。

 見えるのは夜間漁業に精を出す船の篝火ぐらいだった。


 さすがに夜の海を渡るような無茶はできない。

 うん。試したことはないけど、右足が沈む前に左足を前に出して、その左足が沈む前に右足を前に出すという伝説の水上走行が実現可能ではないかとも思う。

 だけど、進行方向を見失って海上を彷徨うなんて事態も考えられる。

 それに、爆発じみた水柱がひたすら上がるだけで終るかもしれない。

 得られるのは衝撃で打ち上げられる哀れな魚たちぐらいだろう。

 きっと船も波に飲まれて沈没するだろうし。

 急いでいるとはいえ無茶をするところではない。


 まずは情報収集だ。

 視線を海峡から建物の中に移す。

 今晩の宿の食堂は飲み屋も兼ねているのでやや遅い時間でも盛況だった。多くの漁師が今日の釣果で盛り上がっている。

 リエナも大陸屈指の漁港の魚にうっとりしていた。さすが猫系。肉派の多いブランでは色々と不満もあったのだろう。ピーンと綺麗な立ち姿で嫋やかに揺れるしっぽが全てを物語っていた。

 

 その風景の中にいくつか人とは違う姿がある。

 シルエットだけ見ると亜人。リエナのような耳とか尻尾を持つ人の形。

 失礼にならない程度に観察すると顔の造作などに亜人とは違う特徴がみられた。犬のような鼻を持っているとか、全身がふさふさの毛に包まれているとか、獣の爪や牙を持っているとか。それぞれの種族の特徴も備えている。

 亜人が人寄りの外見をしているのに対して、妖精は動物や植物に寄った姿をしている。

 そういう意味では人間に近い姿を持つ樹妖精は少数派か。

 樹妖精以外にも一見すると人間と区別のつかない種族もいるらしい。たとえば小妖精とか。所謂ドワーフだと思ってもらえばわかりやすい。子供だと思ったら100年以上生きた小妖精だったという話はよくあるそうだ。


 とはいえ、この町で見るのは比較的妖精の中でもアルトリーアに出てくる動物系の妖精ばかりで他の妖精の姿は見られない。

 動物系の妖精はほんの一握りにすぎない。

 こと、種族の多様性なら妖精はどの生物よりも遥かに多い。

 100以上の種族がソプラウトにはあるという。


 そこで問題です。

 スレイアなら王都に。ブランなら首都に。

 国の中心と呼ばれる場所があったけど、妖精の大陸にはそういう場所がないみたいなのですが、僕たちはどこに向かえばいいのでしょうか?


 そもそも妖精の大陸に国は存在しない。

 いくつもの種族がそれぞれの集落で生活しているだけだという。

 人間と同盟を結んだ際は各種族の代表が話し合って協議したそうだけど、代表会議は常駐していないそうだ。

 基本的に10年に1度の開催だとか。

 寿命の長い種族の多い妖精らしく、会議のスパンが長すぎる。


 原書の回収が主目的とはいえ、バジスの解放には妖精の協力も得ておきたいので会議の開催を依頼したい。一応、ヴェルからブランの国書は預かっている。

 緊急事態のために召集の合図とかは決まっているだろうけど、それを頼むにもどこに行けばいいのやら。

 ソプラウトの7割が大森林と呼ばれる森林地帯だ。宛てもなく探索なんて事態は避けたい。

 ちなみに、スレイア国としても連絡は向こう待ちなのだとか。


 あと、人間相手なら僕の始祖という肩書は最上級として機能するけど、妖精に対してはどうなのだろう。

 魔族の侵攻を防いだのだから悪評ではないだろうけど、絶対的なものとして扱われるほどなのだろうか。


「……考え事?」

「うん。向こうに行ったらどうしようかな、って」

「樹妖精」


 そうだよね。

 僕たちの唯一知る妖精との関連から当たるべきだろう。

 師匠のことを覚悟していても不安がどうしても湧いてきてしまう。


「ん。わたしがいる。大丈夫」

「……頼りにしてるよ」


 手を握って元気づけてくれるリエナに感謝だ。

 肩に力が入りすぎていた。

 安易に歓迎されるなんて思うのは楽観過ぎるけど、マイナス方面に警戒しすぎて動けなくなってしまってもダメだ。

 あらゆる状況に対応できるよう柔軟さを心がけつつ、前向きに進んでいこう。


 大丈夫。

 たとえ周囲が敵だらけでも1人は味方がいる。

 それはとても心強く感じられた。

 気を取り直したところで、早速この場にいる妖精を中心に情報収集してみよう。

 まずは漁師の輪にいる犬妖精の男性から。


「すいません、ちょっとお尋ねしたいのですが」

「ん?人間と、猫妖精のハーフか……。なんだ?なにが聞きたいんだ?っと立ち話もなんだな、まずは座れって。飯は……あっちか。おっかさん、こっちの2人とテーブルくっつけていい?わかってるって、注文だろ。おい、追加いるやつー、手え上げろ」


 じっと僕たち2人を見つめた後、びっくりするぐらい親切に場を用意してくれる。

 はて?そういう気風なのだろうか?妖精はよそ者に厳しいなんてイメージが勝手にできていただけに意外だった。

 リエナと並んで席に着き、とにもかくにもまずはと木杯を掲げて乾杯する漁師たち。

 そこそこお酒が進んでいい感じに頭がとろけているようだ。

 そんな中、最初に声を掛けた犬妖精の男性は真剣な目を僕たちに向けてきた。


「で、どうした?」

「え、ええと、僕たちスプラウトに行きたいんですけど、あまり向こうのこと知らなくてどこに行けばいいのかわからないんです」

「そうかぁ、じゃあ、そっちの嬢ちゃんは置き去りか。こんな別嬪なのにひでえもんだよな。苦労しただろ。ほら、遠慮はいらねえから食え。たんと食え。俺たちが獲ってきたばかりの魚だ。うまいぞー」


 ちょっと親切すぎやしないか?それと何か勘違いされているっぽいんだけど。

 リエナさんは嬉々として串焼きの魚にかぶりつく。


「坊主。まだ成人にもなってねえだろ?」

「はい。もう少ししたら14です」

「こういうのは歳は関係ねえんだ。男がしっかりするんだぞ?わかってるな?」

「え?なにを」

「いい。わかってる。俺も嫁の時に苦労したもんだ。なあに、そういうのもいずれ悪くないって思えるもんだ。騙されたと思って頑張れよ」


 何の話なんだろう?

 なんだか騙しているようで申し訳ないけど、親切にしてもらう分にはありがたい。


「妖精の集落っつうても色々あるしバラバラだし定住してねえ奴らも多い。その嬢ちゃんなら猫妖精だな?あいつら気まぐれで移住するからな。俺が知ってるところに今もいるとは限らねえぞ」


 いや、個人的に猫妖精というのには凄い心惹かれるものがあるんだけど、樹妖精の集落とか教えてほしいのですが。


「わかってるじゃねえか。まずは樹妖精の所に行くのが基本だ。あいつらは大森林の守り手だ。大体の種族の位置も把握してる」


 そうなんだ。

 どうしてそんなことを王国の人たちは知らないのか疑問だったけど、どうやら貴族連中が妖精や亜人を差別的に扱ったせいで国の連中には秘密にしているらしい。貴族……根が深すぎだぞ、お前ら。


 話していてだんだんとわかってきたのだけど、この人は僕たちのことを恋仲の若者が生き別れの親に結婚の報告をするためスプラウトに向かうと勘違いしている。

 どうも、そういう境遇の男女は年に何回か現れるそうで、決まって覚悟を決めた顔をしているのだとか。

 覚悟ができてないなら追い返し、できている相手は協力するのが彼の流儀なのだとか。


 ともあれ、海峡は犬妖精の男性が船を出してくれるそうだ。

 大森林を出た者として、森に入ることは許されていないそうなので向こう岸までの案内になるけど助かる。

 樹妖精の集落は玄関口としても機能しているためか比較的わかりやすいところにあるそうなのでなんとかなるだろう。


 結局、その晩は漁師たちの手荒い歓迎と景気づけの宴会に付き合うことになった。

 部屋に戻る前に女将さんから飛び入りのお得意さんが来たので一部屋にしてもらえないかと頼まれた。


 それは仕方ない。困ったときはお互い様だ。けどな、なんでベッドがひとつなんだよ。おい、女将はどこだ!って、ふくよかなのにもう部屋の外とか早いなあ!ごゆっくりー、とか言い置いてそそくさと出ていかないで!?

 あー。さっきの話聞かれてたんだ。気を効かせたつもりなんだろうなぁ。

 ……あの、リエナさん?赤い顔してどうしました?え?僕が積極的で大胆?違うから。僕の手配じゃないから。照れ隠しじゃないって!本当に!信じて!こんなサプライズ用意してないよ!


 ひと悶着あって結局ベッドを半分ずつ使うことになった。無駄に大きなベッドが意味深だけど考えたら負けだ。

 互いに背中を向けて横になる。

 うん、顔とか見たら鼻血が出ると思うんだ。割と致死量の。

 スース―と穏やかなリエナの寝息が聞こえてくるだけで不整脈起こしそうになってるんだから間違いないね!

 いいな?僕は寝ているんだ。1ミリたりとも動くな。たとえ寝たふりが偽物だったとしても最後まで貫き通せば真実になるんだ。などと自分でもわけのわからないことを言い聞かせて硬直すること1時間。


 何かが足に巻きつく感触があった。

 細長くて、ふさふさしてて、あったかい。

 はい。リエナのしっぽ様ですね。寝ぼけちゃったのかな?

 ……僕の鋼鉄の自制心を褒めてあげたい。


(寝れるわけねーだろ)


 結局、一睡もできずに僕は夜明けの太陽を拝むことになった。

 疲れ果てている僕と、熟睡で元気いっぱいのリエナを見て女将さんがニヤニヤして、昨晩はお楽しみだったようですね?って言われたよ。

 リエナのしっぽの感触を一晩中堪能したので全否定できなかった。

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