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魔法書を作る人  作者: いくさや
ブラン編

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83 心折れて

 83


 リエナや武王たちがやってきたのは1時間後だった。


 ルインが敗北すると同時に飛竜は戦意を失って上空に逃げて行ったらしいのだけど、僕の『紫電峡谷』が効果を失うまで近寄れなかったのだ。

 結界を解除するのを完全に忘れていた。


 幼女ルインはうずくまったまま僕を怯えた目で見ている。

 さすがにもう泣き止んでいるのだけど、話しかけようとしただけでビクッと大きく震えて、僕の一挙手ごとにガタガタと歯の根を鳴らしてくるのだ。止まったはずの涙がすぐに溢れそうになるので身動きひとつできなかった。


 いや、ルインの言動を思えば同情の余地なんてない。

 今でもぶん殴りたいとは思っている。

 とはいえ、怯える幼女を殴れるのかと聞かれたらハードルが高すぎだ。

 や、あんだけフルボッコにしておいて言う台詞じゃないけど。

 怒りの矛先をどこに向ければいいのか見当もつかず、応援が来てくれたことは素直に嬉しかった。


 リエナが僕に飛びついてきて、思わず悲鳴を上げてしまった。

 いや、歓声じゃないよ。悲鳴。まだ、怪我も治してないから。いや、バインダーを触ると幼女の涙が決壊しそうになるんだよ……。

 僕の状態に気付いてリエナがすぐに回復魔法をかけてくれた。

 あ、リエナの魔法には怯えないんだな。


「おう。やったな」

「いや、やったにはやったんだけど」


 ブラン兵を辺りに残して、のしのしと歩いてきた武王に幼女を指差す。


「あん?どっから攫ってきたんだよ」

「人聞き悪いこと言うな。ルインだよ。銀色の竜の。竜王の子供のルイン」


 武王はルインを見ても首を傾げるばかりだ。

 この人に限って嘘とかはないので本当にわからないらしい。


「俺の知ってるルインはガキだが、オスだぞ」

「僕もそう思ってたけど……ガキって本当にこれぐらいの歳なの?」


 どうやらルインが人間でいう幼児レベルの年齢なのは間違いないらしい。

 心折られて人化の術が本来の年齢相応の姿になったというのか。


「じゃあ、本当はメスなのを隠してたとか?」

「いや、他の竜の連中もオス扱いしてたぞ?」


 謎は深まるばかり。

 解決の知識を持つ人物が到着したのはさらに30分後だった。

 ブラン兵が僕の作り出してしまった湖に飛び込んだりし始める中、やってきたのはブランの知能担当ヴェルだ。


「おそらく始祖様がルインの心を折りすぎたのが原因かと」

「折り過ぎた?」


 私も話に聞いた程度ですが、と前置きしてヴェルは続ける。


「竜は人化の術などの通り元から姿に関して自由のある種族です。その幼体は両性具有で性別は精神に依存するのだとか」

「あー、つまり、ルインは今まで確かにオスだったってことか?」

「それで僕に心をへし折られて性別転換したと?」


 さすがにヴェルも確信できないようだが、一応の説明はつく。


「竜の誇りを完膚なきまでに打ち砕かれたのが決定的だったのではないでしょうか」


 なにそれ、怖い。

 特殊な雌雄同体というやつだろうか。

 クマノミの逆パターンだった。


「さすが、シズ。すごい」

「ごめん、リエナ。僕もこの成果は受け止めきれない」


 ある意味では強制去勢だ。

 リエナを攫う罰としては男にとって死の次につらい罰を与えたということになるのではないだろうか。

 ルインへの罰として適格かどうか以前にいち男としてなんとも言えない気分になる。


 ともあれ、これで武王からのルイン捕獲依頼は達成だ。

 さすがの武王もこの事態には戸惑う様子だったものの、腕組みして少し考えるとのしのしとルインに向かって行った。


「おい、ルー」

「……武王。助けて。怖い」


 うわあ。幼女があんな台詞言ってるとか考えられないよ。

 まったく誰のせいだ。……僕ですね。はい。


「もう大丈夫だ。あいつより俺の方が強いからな」


 おい、おっさん。武技では負けるけど魔法を含めれば負けないぞ。

 モヤッとするものの今は話している最中なので黙っておこう。

 武王の無駄な頼もしさが幸いしたのかルインは武王にしがみついた。少しでも僕の視界から逃げたくて障害物を探していただけかもしれないけど。


「そろそろ話してくれねえか?なんで俺たちを襲ったりしたんだ。竜王の奴はどうした?」

「………」

「おーい。賭けのこと忘れたのか?」


 黙ってしまったので催促するとルインが悲鳴を上げた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんさい!許してくださいもう逆らいません助けて助けて助けて!嫌だあれはもう嫌だ丸焼きなんてやだ!言います!話します!しゃべりますから!約束通り奴隷になりますから!」


 うわあ。武王までドン引きして僕を見てくるよ。

 いや、幼女だから同情しているだけだろ。

 というか幼女に奴隷とか言わせるって人としてどうなんだ。


 って、リエナさん、なんですかその目。女の子になるって知らないでした賭けですから!いや、男だって奴隷はいらないよ!女ならいるのって……ちょ、リエナがなんか変な迫力で睨んでくるんですけど!


 アイコンタクトの会話を交わしている間にルインも落ち着いたのか、武王が再度話しかけている。


「なあ、話してくれよ。話してくれんと俺も何もできねえからよ」

「……話したいけど」


 あれだけ怯えていたのにルインは僕と武王を見ながら困っている。


「武王」

「あん?」


 ちょいちょいと武王を呼んで耳打ちする。


「監視でもあるのかもしれない」

「あー。それで話せないのか」


 ルインの僕への怯えは本物だ。

 それでもなお、言葉にできないのだとすればその可能性が出てくる。

 見たところそれらしきものはないし、リエナも首を傾げるばかりで監視には疑問を抱いているようだ。


「大丈夫。あるかどうかは試してみればわかるから」


 僕は呪文詠唱を終わらせて緋色の魔力を広げた。

 ブランでは初公開。

 崩壊魔法だ。

 威力よりも範囲を重視した赤い世界は周辺数十キロを完全に収めた。

 とはいえ、何かが変わるわけでもなく開始と同時に緋色は元の配色に戻っていく。


「なんだ、今の」

「僕の魔法だよ。範囲内にある人類に敵対的なものを消し飛ばしたから」

「はあ?」


 正確には範囲内にあった自然物と人間やルインに関するもの以外を消したのだけど、武王に説明しても通じないと思うので簡単な言い方にしておいた。

 意味がわからんと首を傾げる武王を引き連れてルインに近づく。

 僕の魔法行使にルインはガタガタと震えて、さらに本人が近づいてくるので今にも粗相をしかねない様子だった。

 竜のプライドはどこ行ったんだ。あ、僕が粉々にしたんだっけ。

 段々かわいそうになってきたけど放置しておくわけにもいかない。


「あー、うー、うん。反省してるか?」

「してます!だから、殺さないで……」


 ははは。幼女から命乞いとかマジで死ねばいいのに、僕。

 こっちの心が折れそうになるのを耐えて続ける。


「ちゃんと言うこと聞くなら殺さないから。今の赤いの見ただろ」

「はい……」

「あれは僕が指定したものを消滅させる魔法だ」

「あれで、俺も、消すの?」


 やばい。そろそろ1周回って新しい世界が目覚めるんじゃないの?


「消さない。消したのはお前を監視してた何かだ」

「!」


 ルインが辺りをきょろきょろと見回す。

 あー。遠いか小さいかと思ってたけど小さい方だったのね。

 この様子からしても監視の目は確かにあったのだろう。


「信じられないかもしれないけど今のが僕の魔法だ。なんなら、実際に何か消して見せてもいい」

「ううん。本当になくなってる」


 竜の目は特別性なのか。

 まあ、話が早くて助かる。

 武王に後は譲って選手交代。


「じゃあ、わかるだろ。話してくれ」


 ルインの体から力が抜けてぺたんと座り込んだ。

 そして、武王にしがみついて再び大泣きを始める。

 今度の涙は悔しさや恐怖によるものではなく、歓喜の涙だった。

幼女ルイン爆誕。

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