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魔法書を作る人  作者: いくさや
ブラン編
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82 決着

 82


「武王に聞いたんだけど、人間の姿にもなれるんだよね?」


 以前、酒を酌み交わしたという話を聞いていたのだけど、あの巨体とどうやって?という疑問が浮かんだ。

 率直に聞いてみたら竜は色々と姿を変化する術を持っているらしい。

 で、人間の姿を取ることも可能だとか。


「それ、が、どう、した」


 最早飛ぶ力も残っていないのか、湖を泳いでやってきたルインが切れ切れの声で答える。

 僕は白木の杖を地面に突き刺して、手招きした。


「最後は魔法もなしの拳で決着をつけよう」

「はあ?」


 20倍の強化魔法を解除する。

 今なら力尽きかけのルインでも僕を簡単に押し潰せるだろう。

 ただし、それをしてしまえば竜のプライドは地に落ちる。

 挑戦的な目で見れば、ルインは歯軋りして小さな鳴き声のような音を絞り出した。


 軽い白光を纏ってルインの巨体が縮まっていく。

 10秒ほどで竜の姿は消え、残ったのは僕と同じぐらいの背格好の少年だった。

 銀髪に黄色い目の精悍な姿だ。

 やはり人化しても鍛えこまれた逞しい肉体をしている。

 とりあえず、裸でなかったのには安心した。決着を目前に男のストリップなんて見たくないからね。


「大男にでもなるかと思ったよ」

「はん」


 鼻を鳴らしてルインは近づいてくる。

 ここまで追い詰められても対等は守るのか。少しだけ見直した。

 だいぶ、僕の考え方も馬鹿になっている。確実に武王の影響だ。

 一過性のものであると信じたい。


(まあ、治療はこれが終わってからでいいか)


 始まりの合図はなかった。

 僕とルインは歩いて行く。

 ゆっくりとした歩みは次第に早足に、すぐに駆け足になる。

 あっという間に距離は0になった。

 初撃は意表を突くつもりで頭突き。

 なのに、向こうも同じ頭突きで返してきやがった!


「がっ!」

「あぐ!」


 目の後ろで火花が散った。


 互いの額が激突して危なく意識が飛びそうになる。

 というか1秒ぐらい意識を失っていたかも。


「ぐう!」


 倒れそうになっていると自覚した途端に勝手に左手がルインの手首を捕まえていた。

 掴むと同時にルインまで僕の手首を掴み返してくる。男と手を繋ぎ合う趣味はないけど手を放したら倒れそうなので我慢。


「真似すんじゃねえよ!」

「こっちの台詞だ」


 言葉と同時に拳を叩き込み、叩き込まれた。

 互いの頬を貫く衝撃に歯を食いしばり、止まれば押し込まれるという本能の警告に従って連撃を見舞う。

 あれだけ消耗させていてもルインの拳は重い。

 どんなに殴っても倒れそうな気配がない。

 それでも、ルインの心を折るならここが最後の踏ん張りどころだ。

 魔法で上回っても脳筋は本当のところでは納得なんかしないのだ。魔法なしなら俺が勝っていたとか必ず思っている。

 なら、敢えてそっちの舞台で勝負してやろうじゃないか。

 何せ僕はルインの自信をベキベキに叩き折ってやりたいのだから。


 どれだけの拳を交わしたか。

 回避も防御も思考から消え失せていた。

 足を止めて、腰を落とし、互いの左腕を左手で掴み合い、後先考えない全力の拳の応酬。

 思い出してみれば僕は結構負けず嫌いだった。リエナとのランニング勝負が懐かしい。あれ?これ軽く走馬灯ってる?これ以上は巻き戻すな。現実に戻れ、僕。


 どうやら互いの肩に頭を預けたまま立ち尽くしていたようだ。

 気持ち悪いなあ。

 向こうも気が付いたのか顔を上げてきた。

 だいぶルインの顔面も愉快な造作になっている。

 僕も似たようなものになっているだろうけど、まだまだ余裕ですよ?

 膝が笑ってる?武者震いだっての。


「おい、もう。あきら、めろ、よ」

「うっせー。おめ、こそ、くたば、れ」


 うん。どっちも聞き取りづらいね。

 口の中もボロボロだからしょうがない。

 だいぶ、視界も狭くなってきたところだ。

 もうダメージの蓄積とか技術のラインは通り越している。

 ここから先は月並みだけど根性の勝負だ。


(我慢強さで僕に勝てると思うなよ)


 ルインがふらついていたので右ストレートを叩き込んだら、同じように返してきた。

 は、いいじゃないか。

 なんだか楽しくなってきた。確実にどこかやばいスイッチが入っているけど、オフになったら倒れそうなのでこのまま続行だ。

 さあ、どっちが先に力尽きるか試してみよう。


 どんなに疲れ果てていても僕の体は師匠と武王から得た拳打を忠実に再現する。

 なるほど。これが身に着ける、ではなくて身に刻んだ技術という奴なのか。極限状態になって初めてわかることもあるらしい。

 ルインはもう手を振り回しているだけだ。

 拳も半開きで、僕の頬に当ててるだけになっている。


「おい」

「……んだ、よ」


 反応も鈍い。声も掠れて、ちょっと涙ぐんでいるのではないだろうか。

 はは。厄介なのに絡まれたと思っているだろ。

 ちゃんと学んでおけ。人の大切なものに手を出すとこういう目に遭うんだってな。


「終わりだ」

「………」


 返事がない。

 でも、弱々しい目が僕を見ている。

 さあ、あの傍若無人で馬鹿な王様みたいに笑ってやれ。

 憎らしげな、でも、心底楽しそうな、笑顔だ。最近、嫌というほど見てきたから簡単に真似できるだろ。


 ルインが最後の力を振り絞って殴りかかってくる。

 それを真正面から顔面で受け止めて、押し返すように1歩前に踏み出した。

 右の爪先をルインの足元に置き、全身を沈めながら踵をねじりこむ。

 左手でルインを引き寄せながら、最後の右肘を高く突き上げる。


 魔法の補助のない純粋な武技の一撃。


 右肘がルインの脇腹を捉えた。

 竜の時とはまた違う骨を砕く感触。

 ぐらりと、大きくルインが傾く。

 首がもげるのではないかと思うほど反り返って……


「ああああああああっ!!」


 咆哮と共に頭突きとなって返ってきた。

 でも、僕は最後まで気を抜いてなんかいない。残心なんて師匠にどれだけ叩き込まれたと思っているんだ。


「寝てろ」


 カウンターのチョッピングライトがルインの顎を打ち抜いた。

 左腕を掴んでいた握力がなくなる。

 僕が手を放すと、ルインは糸の切れた操り人形みたいに崩れ落ちた。


 魔法・種族特性・そして、心と体。

 全部、完璧に超えられたかな?

 うん。こんなものだろう。

 これで最後だ。もう少しだけしゃんと立ってろよ、僕。


 倒れ伏したルインを指差して宣言する。


「僕の勝ちだ」


 ルインに反応はない。完全に気絶してしまったか。

 いや、殴られすぎて耳も聞こえづらいけど、なんかすすり泣く様な音がしている。

 というかすすり泣きそのものだった。ルインが倒れ伏したまま泣いている。


 まあ、完膚なきまでに叩きのめしたからな。

 アイデンティティ辺りが大変なことになっているのだろう。

 などとのんきなことを考えていられたのは最初だけだった。


 ルインの体が淡く白い光に包まれていく。

 これは竜から人化した時の光景だ。


(まさか、プライドを投げ捨てて竜化してくるか?)


 そうとなれば崩壊魔法で手足ぐらいは消し飛ばしてやることになる。武王には悪いけど、殺さないだけましと納得してもらおう。

 そんな、心構えは甘かったと言わざるを得ない。

 僕は勝利宣言姿のまま硬直することになった。


 ルインを包む光は段々と小さく縮んでいったのだ。

 白い光が消えた後に残っていた姿は僕の想像を絶していた。


 銀髪の幼女が泣きじゃくっていたのだから。


「…………………………………………………………………………………………………………は?」


 いや、ルインはオスだろ。

 レイア姫みたいなことはないはずだ。

 ルインって男性名だよね?え、そうでもない?もしかして、女性名でもいける?

 いやいやいや、だったらどうしてリエナを奪おうとかしたんだよ。

 百合なのか?竜は百合趣味なのか!?しかも、この幼女姿で、略奪風味だと!?


 混乱しきった僕は不意に現状を思い出す。


 ボロボロの姿で泣きじゃくる幼女を前に勝ち誇ったままの僕。

 人間失格という単語が脳裏をよぎった。


「どうしてこうなるんだ……」


 大泣きになり始めた幼女を前に僕は気力も尽きて座り込んだ。

ただでは終われないのがシズ君クオリティ。

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