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魔法書を作る人  作者: いくさや
少年編
9/238

8 決意

今回はまじめです。


 昼間、一緒に訓練した猫耳の少女。

 あの子が村長の孫娘だったらしい。

 僕は村長さんとおじいちゃんに教えられて初めてそれを知った。

 村長のお孫さんは体の具合がよくないから一緒に遊べない小さい頃から聞いていたので、完全にその存在を失念していた。

 考えてみれば会ったこともない子供で、外部の人間でないなら該当者は村長の孫娘しかいなかったのだから迂闊と言われても反論できない。

 まあ、あの子が誰かと知っていても関係ないけど。

 問題は彼女が行方不明ということだった。田舎村の夜は早い。外灯なんてないし、家の灯りも燃料費がかかるので早々に消してしまう。ラクヒエ村の人は日の出と共に起床して、日の入りと共に就寝につく。

 精々が夕食後の一休みぐらいまで。現代日本の8時には眠って、4時ごろの起床が生活サイクルになっている。

 既に時刻は8時過ぎ。子供が戻っていないというのは大変なことだった。

 家の外は村長さんについてきた青年の持つ松明の灯りがあるだけで、完全に闇に閉ざされている。

 せめて、月が出ている日ならもう少し視界も効くけれど、灯りから離れてしまえば自分の手でさえも視認できなくなってしまう。

 現代日本では体験できない原初の闇が漂っている。


 この中に、あんな小さな女の子が一人でいるなんて。


 最後に見た時のことを何度も聞かれたけど、僕が知っているのは猫耳を目撃した夕方前。

 どうして追いかけなかったのかと後悔する。

 お父さんとお兄ちゃんが狩りの時と同じ装備をしていた。

 村長さんとおじいちゃんが村の大人たちが村内を探して、狩人と自警団で村の外を探すという話をしている。


 お前にできることはない。

 蒼白になっている僕にお父さんは厳しい口調で言った。

 知っている。転生したところで今の僕は少し足が速くて、平均的の魔力はあっても肝心の魔法は使えないただの子供だった。

 1人で松明も持てないし、大人の歩調についていくだけでやっと。

 ついていきたいと願ったところで足手まといにしかならない。下手すれば2次遭難の可能性まで出てくる。

 お父さんの言葉は僕が無謀なことをしでかさないように釘を刺すための厳しさだった。

 1度だけお父さんは僕の頭に乱暴に撫でて出ていく。お兄ちゃんが『任せろ』と言って肩を叩いてついていった。

 僕には二人を見送ることしかできなかった。

 お母さんとお姉ちゃんが抱きしめてくれる。慰めの言葉は耳を素通りしていく。

 よほど酷い顔をしていたのか今晩はそのままベッドに寝かされた。或いは勝手に家から抜け出さないようにしていたのかもしれない。

 眠れるわけがなかった。


 捜索は翌朝まで続いた。

 お父さんとお兄ちゃんは夜半過ぎに帰ってきた。

 起きていたお母さんに話しているのを盗み聞く。

 彼女はまだ見つからない。村の中はくまなく探し終わったが見つからないので外に出てしまった可能性が高いという結論になっていた。

 村の外の捜索になると時間がかかるだろうと判断して交代制になったらしい。二人は翌朝から山に入るため仮眠に戻ったようだ。

 再びお母さんとお姉ちゃんに挟まれる。

 お姉ちゃんは完全に寝ついている。お母さんはなかなか眠らなかったけど、丑三つ時も過ぎた頃には眠りに落ちた。

 僕はずっと起きていた。寝たふりは得意だ。高校から休み時間はずっと寝たふりしていたからね。ほら。話しかけられたりしたらどもっちゃうし。これが大人の気遣いってやつだよ。

 ……くそ。笑えやしない。


 二人を起こさないよう慎重にベッドから抜け出す。

 そのまま音を立てずに家を出た。時には数日間、山に籠ることもある狩人のお父さんに気づかれるかもしれないと警戒していたけど大丈夫だった。別の部屋で助かった。

 おじいちゃんの魔筆と台所から黒パンと水袋を持ち出した。

 時刻は夜明け前。山あいの向こう側が明るくなってきている。

 これなら松明はなくてもなんとかなる。

 村は獣除けの木製の柵で囲われているけど、子供の小さな体なら抜け出せる場所がある。前世を思い出す前の記憶でそのポイントは知っていた。

 無理をするつもりはない。

 村中の大人が総出で探しているんだから僕が手伝ったところで高が知れている。

 でも、子供の視点で気づけることがあるかもしれない。それなら僕は村の中で一番体力がある子供で適任だ。

 また、事態を防ぐ機会を持っていたのも自分だけだ。その責任を取らないといけない。

 なにより単純に彼女を心配する気持ちがある。

 なら、今は動く時だ。


 村から出て自由に行動できるようになったけどどうしようか。

 彼女のことを想像してみよう。


1、事情は分からないけど家からあまり外に出ない。

2、身体能力は並の子供より高い。

3、いなくなる前、かなりパニックになっていた。


 村の中にいないなら混乱したまま走って外に出て迷子になったという可能性が高い。

 では、外と考えてどこへ向かったのか。村の周囲の地理は北は山。東は畑。西は果樹園。南は踏み固められただけの街道。

 あまり理性が働いてはいなかっただろうけど、無意識ならそれこそ無自覚の傾向が読み取れるはずだ、なんて都合のいいことを今は言い聞かせる。


1、パニックの原因である僕から距離を取ろうとする。

2、体に任せて走るなら普段から馴染みのある方向になる。

3、耳を見られた時の怯えた目から察するに猫耳を気にしている。


 僕の家から見て村長の家は北側。そちらに向かって行って、人に会うのが嫌でそのまま山へ入ってしまった?

 山麓は深い森になっている。

 昼間でも木々が生い茂った森は太陽の灯りが遮られて暗く冷たい。

 何度かお父さんとお兄ちゃんに連れられて狩りを見学した時に感じたけど、管理されていない森は人間が立ち入ることのできない異界だった。

 加えて森の動物は子供にとって危険なものが多い。猪や鹿でも突き飛ばされれば死んでしまうかもしれないし、熊なんて出会った時点でアウト。

 少ないけど魔物だって出てくる可能性もある。

 8歳児の体でそこに入ると考えると恐怖が足元から這い上がってくる。

 けど、彼女は一人でそれに耐えているんだ。僕がビビって竦むのは情けないだろ?お守り代わりの魔筆を握りしめる。


 自分がダメな奴なんて誰よりも僕が知っている。

 いじめられて心を折られて、そこからは無難で波風の立たない選択ばかりしていた。

 社会人になってからも流されるまま働くだけの孤独な日々。

 そして、突然で無為な死に方。


 あの時の悔しさを忘れていた。

 得られたチャンスに浮かれて忘れていた。


 きっと何もしなくても結果は変わらない。

 僕が都合よくヒーローにはなれたりしない。

 ウ〇トラでもラ〇ダーでもないし、女の子の顔面にグーパンいれる度胸もないからね。どうせ壊すなら僕の幻想をぶっ壊してくれよ。

 きっとお父さんたちがあの子を見つけてくれる。

 僕は勝手なことをして迷惑をかけたと怒られるだけ。

 それでも、だ。それでもこのままだと僕はきっと前世と同じ道を歩くことになる予感がある。

 彼女のため、なんて見栄えのいい理由づけ。

 後悔したくないだけなんだ。

 でも、ダメな奴でもダメな奴なりに意地を張りたい。

 僕は苦痛を知っている。

 僕は後悔の味を知っている。

 僕はどうすればいいか知っている。

 なら、今やるしかないんだ。


「猫耳のためならなんだってやってやる」


 強がり?

 さてね。僕にもわかんないや。

 一目惚れってことにでもしといて。

 僕、これが終わったら彼女に告白するんだ。

 かかってこい。死亡フラグ。今度はへし折ってやる。


 決意なんて格好いいものじゃなくて、逃げ出さないよう自分を追い詰めるために意思を言葉にした。

 そうして僕は暗い森を目指して歩き始めた。

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