78 目指すべきは
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「始祖は馬鹿だな」
バッサリいかれた。
今までの話を聞き終わった武王の一言だ。この人に馬鹿と言われるのはモヤッとするけど事実なので受け入れる。
「ま、そんな歪んだ理由はわかった」
「歪んだって、暴走したのは事実ですけど」
「で、まわり巻き込んで落ち込んでんだから歪んでるじゃねえか。自傷趣味でもあんの、始祖は?」
容赦ないな。でも、それぐらいの方が今はいい。
自分の何がいけないのか。
この人の偽りない直截な言葉からなら読み取れるかもしれない。
「大切なものを守りたいのはおかしいですか?」
「いいや?いいんじゃね。俺もこの国を守りてえから武王なんてやってるしな」
戦う理由は間違っていない。
「が、始祖はちっと極端だな」
「……自覚はあります」
師匠を失ってから、また大切な人がいなくなってしまうのではと思うだけで吐き気がするようになった。
普段ならそれでも冷静になって、失わないように努力してきた。
その結果がガインの始末だ。
でも、今日みたいな戦場になると冷静に戻る余地なんてなかった。
リエナにルインが向かった瞬間に、あらゆる理性が焼き切れた感覚。
「まあ、それもわからんでもねえよ」
武王は珍しく小さな声で同意した。
武王として40年も戦い続けた男の言葉は重い。
どれだけのものを守って、どれだけのものを取りこぼしてしまったのか。想像もできない。
「にしても、極端だ」
「結局、そこは変わらないんですか?」
「おう。いきすぎやりすぎ過保護過ぎ。全部、1人でやるつもりかよ」
「僕にはその義務がありますから」
師匠に命懸けで救われて、自慢の弟子と言われて、多くのものを託されているんだ。
守らなければならない。
救わなければならない。
そうでなければ師匠が命を失ってまで助けてくれた意味がなくなってしまう。
僕が立派な人間になって師匠が命を賭けるに値した存在にならないと師匠の死が無駄になってしまう。
「義務?ねえよ」
再び武王は一言で切って捨てた。
「始祖だからじゃねえよな?それなら個人の絆で守りたいとかじゃねえもんな。人間全部守るって気持ちにならねえとおかしい」
「……始祖が個人の感情で動いちゃダメですか」
「つっかかるなよ。いいと思うぜ。俺だって俺が守りたいから戦ってんだ。戦う理由を他人が責めていいわけがねえ。忠告ぐらいが精々か。だが、お前はちっと見てらんねえな」
なら、何がいけないっていうんだ。
「師匠のせいにすんなよ」
「僕が師匠をダシにしてるって?」
ギシリと頭の奥でネジが外れそうな音がする。
底冷えのする声が出て、気づけば武王の胸ぐらを掴んでいた。
「ほら。すぐに熱くなる」
「話を逸らすな。僕が師匠を利用してるみたいな言い方しただろ。取り消せ」
「お断りだ。本当のことを言って何が悪い」
拳を振るっていた。
武王は避けも受けもせずに顔面に一撃をくらって、すぐに笑って殴り返してきた。
座ったままなのに重い拳だ。衝撃に脳がぐらんぐらん揺れる。
「今の始祖を見たら師匠もあの世で嘆いてるだろうよ。自分の残した言葉に囚われて弟子が迷走してんだからな」
「知りもしない奴が師匠を語るな!」
歯を食いしばって殴り返す。
まるで壁を殴ったみたいだ。
お返しとばかりに殴られて意識が飛びそうになった。掴んだままの手を頼りに立ち上がる。武王はまだ座ったままなのに倒れてられるか。
睨みつけた僕を待っていたのは深い同情を含んだ武王の瞳だった。
「始祖が師匠を慕っていたのも尊敬してたのもわかった。話を聞く限りすげえ奴ったんだろうさ。目標にするのもいい。遠い背中だろうが追うだけの価値がある。そんな奴に認められたんだからしっかりしねえと合わせる顔がねえのも仕方ねえ。俺だってそう思うぐらいだ」
畳み掛けるような言葉に言い返す言葉はない。
全て僕の思うことと同じだから。
そして、何より言葉に実感があった。
「じゃあ、今すぐお前は完璧になれんのかよ?」
「でも、師匠が自信を持てって」
「持てよ。自信。実際、すげえと思うぜ。その歳では有り得ねえ戦力だ」
「なら」
「だからといって負けちゃいけねえとは言ってねえだろ」
それは、そうだ。
「でも、師匠の弟子が無様な姿を曝すなんて」
「何が無様だ。ガキが思い上るな。思い留まるな。負けもしねえで強い奴なんているわけあるか。本当に無様で情けねえ姿っていうのはな、負けて諦める奴だ。真の強者って奴は負けても心折られず立ち上がる奴だ。お前はなんだ?負けないように癇癪起こしてるだけじゃねえか。失敗が怖くて縮こまって、縮こまるから動きが硬くなってと同じところをグルグル回ってばかりなんだよ。そこを回ってたら師匠みたいになれんのか、お前は。何もかも守れるようになるのかよ」
確かに師匠は自信を持てと言った。
僕は師匠に認められた弟子として恥ずかしくないようにあろうと思った。
でも、無敗無敵でいろと師匠は言っていない。
だって、師匠も過去に魔神に負けて恋人を失っている。
負けるな、なんて言えなかったはずだ。
師匠は悔しさを糧に強くなって、最後に僕を守ったのだから。
「だから足りねえのに思いきれねえ」
言い返せない。
僕は武王の仕合にも実質では負けて、ルインとの戦いでも危機に陥った。
制限とかは関係ない。魔法を使いこなせていれば、武技をもっと磨いていれば、制限下でも勝てるのだから。
「修行不足なのはわかってますよ」
「ふうん。わかってる、かあ」
武王の揶揄するような目を見れない。
言いたいことはわかる。修行不足を自覚しているなら経験を積むしかない。
なら、僕はどうすればいいのかわかりきっている。
最善なんてひとつしかないのだから。
「ま、どうせ師匠はひとりだけだって意地張ってんだろ」
言い当てられた。
そうだ。僕は師匠以外の人から教えを乞うなんてしたくなかったんだ。
ただ、師匠の教えだけを大事に抱えて生きていたかったんだ。他の物を混ぜて元の形がわからなくなってしまわないように。
それが間違いだってわかっているのに。
師匠だって望んでいないとわかっているのに。
「ほら。言ってみろよ。俺みたいな馬鹿でもわかることだ。始祖もわかってんだろ」
「…………くだ、さい」
「あん?聞こえねえですよー」
むかつく。
いい大人が子ども相手に。
耳を寄せて聞こえないアピールしてきたので思いっきり大声を叩き込んでやる。
「僕を鍛えてくださいって言ったんだよ、バカヤロー!!!」
さすがに武王も耳までは鍛えられなかったのか顔をしかめている。
少しだけすっきりした。
「鍛えろ?やだね」
「えー」
この話の流れから断る、普通?
武王は器用に片手で酒瓶の蓋を開けながら、不敵に笑って僕の胸に拳を当ててきた。
「言ったろ。俺はお前の師匠じゃねえんだ。強くなりたきゃ勝手に盗めよ。相手ぐらいはしてやるがな」
そう言って武王は酒を呑み、盛大に笑って見せた。




