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魔法書を作る人  作者: いくさや
ブラン編

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76 暴発

 76


 ここで問題が発生しました。


 人は空を飛べません。

 あんな啖呵を切っておいてなんだけど、空を自由に飛行する竜と戦うのに人間は向いていなかった。


 肉弾戦は不利。

 跳躍からの打撃は最初こそ効果があったもののすぐに見切られた。

 軌道は直線で到達するまでに時間もあるのだから当然だ。思いっきり跳ぼうとすると地面に亀裂が走るので予兆も簡単に読まれる。


 遠距離からの魔法攻撃も無理。

 まず不殺の制限で超威力は不可。

 周囲を巻き込めないので広範囲もダメ。

 威力を絞った砲撃系は当てられないし、直撃させても何故か無効化される。20倍の属性魔法を3発ほど立て続けに放ったのに無傷で凌がれてしまった。


 で、20倍の合成魔法で生み出した雷を纏った水晶製の巨鳥を戦わせたけど、組みついたところまでは良かったものの、どこからともなく出現した5本の刃物に四肢を串刺しにされて砕け散った。

 たぶん、話に聞いていた原書だ。金属系の物質を召喚する効果か。


 そして、現在は新たに生み出した20倍晶鳥の上に乗ってルインと対峙しているわけだけど、あまり良い戦況とは言えなかった。


 スピードは竜に負けるけど小回りなら勝てたので、すれ違いざまに飛びついて殴る蹴るを繰り返した。

 このまま小刻みにダメージを蓄積していけば捕獲できるかと勝算ができかけたのに、ルインの全身に赤い光が浮かび上がった途端に打撃が跳ね返される。

 もう1冊の原書を使ったのか。ただでさえ硬い竜鱗を持っている所に原書の強化が入れば20倍強化では効果がない。

 ふるい落とそうとする動きに合わせて退避する。

 晶鳥に戻るなりバインダーから魔造紙を用意して強化を解除。


「いけ。『刻現・武神式・剛健』」


 強化を20倍から50倍に切り替える。

 これなら全頁解放でもない強化ぐらいは打ち抜けるだろう。

 晶鳥から飛び移ろうとして失敗した。

 あまりに踏み込みに晶鳥を踏み砕いてしまったのだ。粉々に砕け散って消えていく中を無様に落下した。


「あ」

「遊んでんじゃねえよ!」


 空中でバタバタしている所をルインに突撃されて吹き飛ばされる。

 強化の障壁がぶつかり合った勢いで地面に埋もれてしまった。ダメージはないけど、進展のない戦いはやりづらい。

 時間稼ぎが目的ならいいけど、武王が参戦しても飛竜30体は容易ではないのか激戦に終わりは見えないようだ。応援は期待しない方がいい。

 なら、やはりルインを倒してしまいたいけど、お互いに様子見しながらも薄々と決定打に欠けると気づき始めていた。


 僕は戦況が全力を許してくれず、ルインは僕の魔法を上回れない。


(やっぱり、あの無効化が問題だな)


 空を飛ぶ相手ということで飛行系の召喚魔法とか射線が直進の属性魔法を用意したけど、どれも有効に働いていなかった。

 中でも遠距離攻撃が効かないのがきつい。

 2冊の原書の具合を見るに原書によるものはないだろう。

 そして、肉弾戦で竜鱗を殴った感触からしてもその防御によるものでもなさそうだ。

 となれば、残るはひとつ。


(種族特性……流体制御、か)


 飛行の際に空気や風を操作して、あの巨体が自由に空を舞う助けにしているのかと思っていたし、事実、そういう補助の効果にも使えるのだろう。

 それだけじゃなかったわけだ。


(魔法のエネルギーも制御できるのかな?)


 エネルギーの魔法は受け流されていたと考えられる。

 遠距離は完全にシャットアウトしていながら近接戦ではダメージが徹るのも納得だ。実体を持つものまでは制御できないのだろう。


 考えながらも小さなクレーターになった地面から起き上がる。

 ルインは追撃もせずに上空から睥睨してきた。


「……武王が馬鹿言いだすのはいつもだが、まじの始祖なのか?」

「手加減しているうちに降参してくれない?」

「はん。牙折ったくらいで調子に乗るなよ!」


 あ、ヒートアップしちゃった?

 背中に括り付けておいた白木の杖を抜いて、バインダーから魔造紙を抜く。

 既に10枚以上の魔造紙を消費しているから考えて使わないとな。


 ルインが大きく身を反らしたところから首を振りおろし、強烈な火炎を吐き出してきた。

 強化魔法に遮られて効かないよ、って魔造紙は燃えるか!


 慌てて火炎の下を潜るように前進。

 ルインの真下を取って直上へ跳び上がる。地面が割れる予兆を見たところで先の20倍とでは速度が違う。反応が間に合っていない。

 拳の一撃が強化をぶち破って竜鱗まで砕いた。

 続けて用意していた魔造紙を放つ。20倍『力・進弾』で割れた竜鱗を狙った。

 対処しなければ腹を撃ち抜かれる状況だ。期待通り光線がルインの腹を貫こうとしたところで光の屈折のように不自然に曲がっていくのを目撃できた。


 直近からでも防御可能かあ。

 推測は正解と判断していいかな。規模が大きすぎて肝心の瞬間を見れなかったけど、今の一発で確信できた。


(厄介だ)


 落下しながら考える。

 100倍強化魔法ならルインを殺せるだろう。今なら一撃で決まる。竜であっても捕えきれない速度で拳を叩き込めばはらわたをぶちまける結果が待っている。

 それではまずい。

 とはいえ10刻みの強化魔法は用意していない。まさか戦いながら書くわけにもいかないし、少しでもルインを放置すればブラン兵側が崩壊する。


「て、めえ、はああああっ!」


 こちらの思考を突き破るようにルインが急降下してきた。

 牙に続けて鱗を傷つけられて怒り狂ったか。

 今まで追撃はあっても常に空中で位置取りしていただけに予想外で対処が遅れた。

 強化の上から抑え込まれて地面に叩きつけられる。すぐに殴り飛ばしてやろうとして気づいた。


(強化の光が増えてる?まさか全頁解放!?)


 跳ね除けようとしても手が上がらない。

 ルインが頭に喰らいついてくる。

 牙は強化の装甲と拮抗した。

 でも、やばい。危機は継続している。僕の強化が向こうより先に時間切れになれば終わりだ。

 なんとか腰のバインダーに意識を向けて、感覚だけで魔法を発動させようと集中する。


 けど、それよりルインの追撃が先だった。


「『原書:召喚術式・金属!全頁解放!』こいつを射殺せえっ!」


 やばい!

 どちらも既に少量使用した完全な全頁解放ではないけど、50倍の強化魔法だけでは防ぎきれないかもしれない。

 不安が集中を乱す。


(慌てるな!こうなれば崩壊魔法で打ち消すだけだ!)


 問題は詠唱が間に合うかどうかだけど考える時間も惜しい。

 ルインの周囲には金属の光沢が無数に浮かび上がっていた。

 人造の鉄では有り得ない刃の群れ。 

 全ての先端が狙いを僕に据えている。


「ん。『雷・轟鳴』」


 雷光の奔流がルインの頭を飲み込んだ。

 僅かに浮き上がった足の隙間から脱出する。

 少し遅れて僕の頭があった位置に無数の刃が突き刺さった。とても50倍強化で耐えきれたとは思えなかった。

 早鐘を撃つ心臓を宥めているとすぐ横をリエナが駆け抜けていく。


「リエナ!」

「……手伝う」


 僕の危機に預けていた100倍属性魔法を使ったのか。

 リエナは走りながら投げ放った槍が空から落ちてくるのを掴みとり、その勢いのままルインへと疾駆する。


「ダメだ!今のも効いてない!」

「んだ、てめえっ!邪魔すんなあ!」


 ルインが強化された前足を振るった。

 視認も困難なその一撃をリエナは紙一重で躱し、腕を足場に舞い上がりルインの額に槍を突き立てる。


「ん。『雷・閃華』」


 近距離を超えた0距離。

 バインダーからの直接発動。

 ルインの流体制御も間に合わないのか雷が銀の鱗を舐めた。


 今度は火力が足りない。

 竜鱗の防御に加えて原書による強化は健在なのだ。

 普通の魔法が効くわけがない。


「羽虫があっ!」


 振るわれる無造作の腕。掠めただけでも致命的だ。

 それをリエナはルインの鼻先を足場にして躱したけど、衝撃波じみた豪風によって遠く吹き飛ばされる。

 僕が受け止めようと動く前にリエナは空中で体勢を整えて着地を決めた。


「……なんだ、お前は」

「シズはわたしが守る」


 ルインを恐れもせずに真っ向から睨むリエナ。

 何故かルインはじっとリエナを観察している。

 そして、不意に呟いた。


「いいな。お前」


 はあ?


「俺様を恐れないその目がいい。お前、俺様の女になれ」

「や。わたしはシズがいい」


 ルインは笑った。

 竜の顔でもはっきりとわかる笑み。


「お前の意見なんか聞いてねえんだよ!」


 ルインが猛烈な勢いでリエナに跳びかかる。

 さすがのリエナでも面を責められれば回避できない。

 その言動に僕の頭は真っ白でまともじゃなかった。


「おい」


 気づけば僕はルインの鼻先を掴んでいた。

 雪崩以上の勢いも全て受けきって、握力だけで鼻を握り潰す。

 100倍強化の緋色が全身を覆っている。


「歯、食いしばれ」


 返事も待たずに叩き込む。

 一撃の拳で原書の強化を打ち抜いた。

 周囲に地割れじみた亀裂が生まれるけど知らない。

 砕けた牙と血を撒き散らすルインをさらに反対の拳で殴りつける。


 肉を潰し、骨を砕く確かな手応え。

 吹き飛んでいくルインを静かに見据えてバインダーから魔造紙を引き抜く。

 自然と手にしていたのは最も馴染みの強く、信頼している魔法。

 跡形もなく消し飛ばしてやる。


「いけ。『流星雨』」


 20倍の『流星雨』を放った。

 ルインの直上から広大な範囲に光点が瞬き始める。

 手を振り下ろそうとしたところでリエナに後ろから抱きしめられた。何か言っている。けど、よく聞こえない。

 唇が動いている。

 みんな、いる?


 皆がいる。


 血の気が引いた。

 何をやった、僕は。

 既に合成魔法は発動している。ここから止めることは誰にもできはしない。

 大変なことになる。

 星の雨が降り注ぐ範囲にはルインや飛竜はもちろん。

 僕もリエナも、武王やブラン兵も。

 首都の町だってあるんだから!


「武王!守れええええっ!!」


 声の限り叫びながらも僕も動く。

 バインダーから防御結界の魔造紙を手当たり次第に発動させた。

 小規模な物から大規模な物まで。でも、少ない。ルインとの戦いに偏重していたせいだ。

 僕の魔法が激突するパターンなんて真剣に考えていなかった。


 そして、僕たちの上に星が落ちた。

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