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魔法書を作る人  作者: いくさや
ブラン編
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74 休暇

 74


 とりあえず、ブラン兵の負傷はすぐに解決した。

 100倍魔力による範囲と効果を増強した回復魔法で完治させたから。

 正直、100倍魔力の回復とか危険な臭いがするのであまり使いたくないけど仕方ない。


 以前、元近衛隊長の娘さんを治した時に100倍を使おうとしたところ、同伴していたリエナが不安そうにしっぽを揺らしていたので気づいたのだけど、過剰回復による自己崩壊とか起こす可能性がある。

 その時は慎重に10倍ずつで試したら40倍で回復したので、やはり60倍分が不要だったわけだ。その過剰分がどう働くか実験するつもりにはなれない。

 すごい健康になるかもしれないし、筋力ムキムキの少女が生まれたかもしれないし、細胞が死滅したかもしれないのだ。


 ともかく、ブランでは効果はあまり増強せずに、範囲の方向性を広げたので酷い結果にはならなかった。

 半壊したという戦力が復帰したので状況は少し好転しただろう。


 兵たちの手荒い感謝の洗礼を乗り切って、リエナとふたりブランの町を歩いている。

 さすがに顔が知られているのでフードを被っておいた。この町ではいっきにお祭り騒ぎになりかねない。

 今は竜を警戒せねばならない時なので、初日のような騒ぎは勘弁だ。


 改めてみればブランの人たちは活気があるように見えても、その裏にある不安の色が隠しきれていなかった。

 今まで共闘していた竜の裏切り、というのは剛毅なブランの人々にとっても衝撃的だったようだ。


 ブランの魔物の出現率は非常に高い。

 首都は城壁で囲まれているけど、どこもかしくも傷つき補修を重ねているのでボロボロだった。

 南北の城門や見回りの兵が毎日、魔物の襲撃を撃退している。

 兵の訓練なんて必要ない。実戦がそのまま訓練になっているような有様だ。

 負傷する者も、命を落とす者も多い。それだけに生き残り戦い続ける兵は精鋭が多かった。

 また、スレイアのように騎士と軍のような分け方をしていないので市街地のような場所での制圧から、極大魔法を含めた連携まで幅広く使いこなせるらしい。


(そんなブラン兵が半壊、か)


 不意を突かれたとはいえ、あの武王がいて出た被害なのだから竜の戦闘力の高さがわかる。

 最低でも魔王クラス。原書を2冊も持っているという銀竜は魔神さえ凌駕するのではないだろうか?


 さすがに竜のガキという事前情報だけでは対策も練れないので色々と話は聞いてある。


 飛竜を率いて襲ってきた原書持ちの竜は白銀の鱗を持つ若い竜だという。

 竜王の実子で名をルイン。

 勇猛果敢でやや我が強い性質だけど、責任感を誇りにする戦士。

 人語も解し、武王は何度か酒を交わした仲らしい。

 白銀の竜鱗は刃を砕き、衝撃を断ち、熱にも寒さにも強く、鉄壁の防御。

 2冊の竜族に伝わる原書は付与魔法の強化系と召喚魔法の金属系。

 それと竜族の種族特性。これは流体制御という技術らしい。主に飛行の際に使用するという話だけど、竜の秘奥にあたる技術だそうで武王も詳しくは知らないとか。


 抹殺するだけなら凝縮した『流星雨』で全て終わると思う。ルインが残っても即座に追撃で動きを止めて、『流星雨・集束鏡』でとどめだ。

 或いは崩壊魔法なら確実に仕留められる自信がある。


 でも、今回の目的はあくまでルインの捕縛、或いは無力化だ。殺してしまっては意味がない。

 あと、戦場が荒野を通り越して不毛の大地になる。


 実際の戦闘では武王との共戦になるので無力化などは任せればいい。

 僕はルインに隙を作るなり注意を引くだけだ。


「気が重い」

「……シズなら大丈夫」

「ああ。ごめん。いま、考えることじゃないよね」


 約束していたデートの最中に他の男のことを考えるとか色々とおかしい。

 とはいえ、デートと言っても普段と変わりはない。市場を覗いたり、珍しい光景に驚いたり、食べ物の屋台をはしごしたりだ。

 本当にスレイアとは違うところばかりだ。

 ただ何気ない生活の様子を見るだけでも楽しめる。


 たとえばスレイアでは基本的な考え方に力の弱い女性や子供は助け、守るものという意識がある。

 それがブランではできる奴なら誰でもいい、だ。基準が強さとか実力に重点が置かれているのでそれ以外は頓着しない。


 これだけ国民性が違うというのにもともとスレイアとブランはひとつの国だったという。

 魔族からの侵攻がある北部には戦力が集まり、南部では戦う人々への支援が続けられていた。

 それが始祖の魔法で山脈ができ、交流が難しくなったところで1000年の年月が二つの国に姿を変えてしまったわけだ。

 結果、北には武力偏重の集団が残り、南には支援に特化した人々となってしまったらしい。


 そんな2国の違いなどをリエナと楽しみながら歩いて行く。

 一般的なデートとは違うかもしれないけどなんてことない。

 もうデートぐらいで慌てるほど小心者ではないのだ。

 別にかなり意識してドキドキだったりなんか少しもちっとも全然していない。……していないったら。

 目が赤い?ちょっと眠れなかっただけだよ。


「シズは怖い?」


 デートが怖いだなんて何を言ってるの?なんて馬鹿なことは聞かずに済んだ。

 リエナが言っているのは竜との戦いのことだった。デートでの会話ではないと思うけど、頭から離れないことなので無視してもまた上の空になりそうだ。


「まあね。竜って見たこともないし強そうだし」

「大丈夫。シズが最強」

「最強なんて言えないよ」


 確かに魔力は規格外。魔法も世界を滅ぼしかねない破格。

 だけど、使い手の僕が未熟すぎる。色々と鍛錬はしていても全然足りていない。武王にはそれを痛いほど教えられた。


 でも、リエナの期待を裏切らないように頑張らないとな。

 せめて大切な人を守れるぐらいに強くならないとダメだ。


「リエナはちゃんと守るよ」

「じゃあ、シズはわたしが守る」


 なんだそれ。

 おかしくて笑ってしまった。

 笑われたリエナは少し不服そうだったけど、すぐに柔らかい笑みを浮かべてくれる。

 ああ。ちょっと緊張が解けたかな。


 改めてリエナとのデートを楽しもうと思った矢先だった。


 高い鐘の音が何度も町中に響く。

 音源は北の城門だ。

 鐘を鳴らし続ける時の警報の意味は『敵襲』だったか。


 普通の魔物の襲撃程度ではブランは敵襲なんて思わない。警備兵が蹴散らして終わりだ。

 そのブラン兵が敵襲と認識する相手。


(魔王以上か、竜だ!)


 そこまで考えが至ったところで北の空から何かが降ってきた。

 人間なんて簡単に飲み込まれそうな巨大な火の玉。

 北の城門に直撃する寸前に、結界の防御が間に合った。


 轟音と共に火の粉が町にまで降ってくる。

 町の人々は迅速だった。男たちは水や服で火の粉を消して延焼を防ぎ、女性や子供や老人は家の中に逃げ込んでいく。

 騒ぎも慌てもしない。


「いる。竜」


 リエナが北の空を睨んだ。

 確かに高空から墜落するような勢いで突撃してくる光が見える。

 結界を砕くつもりか。

 あの速度で竜の一撃を受ければ結界は破られるだろう。


「させるか。いけ。『封絶界――積層郷』」


 首都全てを包み込む赤い結界を構築する。

 いきなり眼前に広がった赤い魔力の壁に驚いた竜が急旋回から勢いを逃がして激突を逃れた。


「リエナ」

「ん。いこ」


 考えてみればデートと言いながら僕もリエナも装備はいつも通りだ。

 まだまだ僕たちには落ち着いてデートなんて早いということだろうか。


 束の間の休暇は終わりだ。

 不安も恐怖もある。

 それを飲み込んで戦うしかない。

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