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魔法書を作る人  作者: いくさや
ブラン編

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73 要請

 73


 翌日、客室で目覚めた僕にレイア姫が突撃してきた。

 どうもレイア姫は僕が武王をぶっ倒したと昨日からご機嫌である。

 実際は助けられたぐらいなので賞賛の言葉はそのまま胸に突き刺さってくるのだけど、罪のないレイア姫に当たるわけにもいかない。

 師匠風にいうなら、そうなるような状況を作った僕が悪い。つまり、研鑚不足だ。


 結局、レイア姫はリエナに摘ままれて引っぺがされた。

 レイア姫は武王に頼まれて僕たちを呼びに来たという話なので支度する。

 今日は正式に武王と謁見だ。


 なのだけど、ブランにスレイアのような礼儀作法なんてない。

 武王が待つ部屋にまっすぐ連れて行かれた。入室の許可もレイア姫の『入るぞ』『おう』で終わりだから凄まじい。


「来たな。ま、座れ」


 玉座なんてない。

 1段高い台座の上に胡坐をかいた武王がいた。


 右わきに背は高いけど痩せた男が立ち、僕たちをじっと観察している。

 昨日の歓迎の際にもいた。武王の弟――ヴェル・ブラン・ガルズだ。昔から体が弱く、文官の長として武王を支えているのだとか。


 僕は武王の正面に用意されたクッションに座った。

 リエナは槍を片手に僕の背後に立っている。まさか武装解除されないとはスレイアでは信じられない光景だろう。武器ないときに襲われたらどうすんだ、ということらしい。

 ちなみにレイア姫は僕の隣に座っている。ちょっと、君はお父さんの方に行かなくていいの?ああ、いいんだ。


「テュールから始祖がここに来た理由は聞いている。原書が見たいんだってな?」


 挨拶もそこそこに本題を切り出してくる。武王らしい。

 回りくどいのはこちらも面倒なので望むところだった。


「はい。原書の表紙の裏側を見せてほしいんです」

「わけわかんねえ趣味だな。ま、それ自体はかまわねえよ」


 これまたあっさり許可が下りた。

 ただし、とすぐにヴェルが条件を追加する。


「始祖様にはある魔物との戦いに協力していただきたい」


 久々にまともな口調で話されると違和感を感じてしまうのだからブランの濃度がわかる。やっぱり毒されているなあ。

 変な感慨を抱いている場合じゃない。条件、か。


「魔物?魔王とか魔神とかではなくて?」

「ええ。魔物です」


 はい。ダウト。

 原書を使った武王なら単独でも魔神を殺せると思う。

 相性の良しあしはあるだろうけど、この国には複数の原書があるのだから切り替えて戦えばいいのでその線もない。

 それが魔物を相手に苦戦する?有り得ない。


「ヴェルは回りくどい。それに魔物じゃねえって言ってるだろ」

「そう言うのは兄さんだけだよ」


 どうも兄弟間でも見解が割れているようだ。

 結局、武王が話を続ける。


「手伝ってもらうのは竜退治だ」

「竜?」


 パッと思いつくのは甲殻竜。あとは先日の走角竜か。

 うん。武王なら素手でもダースぐらい平気で殴り殺しそうだ。


「まさか、竜族ですか?」

「おう。そのまさか、だ」


 魔物の中に竜と名付けられたものはいる。

 甲殻竜や走角竜みたいな、他の魔物と比べても巨体で強力な個体が多く、事実竜のような外見もしているけど、あれは本当の竜ではない。

 爬虫類が元となっただけで、実際は亀とかトカゲだ。


 この世界には本物の、正真正銘の竜の一族が存在する。

 強く、賢く、気高い竜が。


 人類の住むアルトリーアの西方。

 竜の棲む険しき大地――バジス。

 魔族に侵略され滅亡に瀕した大陸だ。


 1000年前、バジスの竜たちは魔族の侵攻に敗れ、バジスの多くの土地を奪われてしまった。

 辛うじて生き延びた竜は険峻な山の奥に隠れ住みながらも未だに魔族と戦い続けている。

 隣接するブランには竜の一族と協力することもあるなんて噂話も聞いたことがあるけど、その竜と戦う?


「話を伺います」

「そうこなくちゃな」


 武王が身を乗り出した。


「知ってるかもしれんが俺たちと竜の連中は同じ魔族と戦う仲間だ。あっちの全部が仲間ってわけじゃねえが、きついときは助け合っていた」


 ふむ。敵の敵は味方、よりも前向きな感じか?

 総じて竜はプライドが高いというし、素直に協力関係を結ぶわけじゃないのだろう。


「話は半月前だ。竜の一族が俺たちを襲ってきた」


 急展開だな。

 武王が向こうの逆鱗にでも触れるようなことしたんじゃないの?


「それは我々も疑いましたが、最後に共同戦線を張った際、同道していた兵が言うには普段と変わらなかったと」


 疑ったんだ。まあ、仕方ない。常識があるのかないのかわからん人だし。

 ともかく、武王の不始末ではないと。


「理由はわからねえ。聞いても何も答えやしねえからな」

「たとえ竜とあっても襲い掛かってくるなら魔物でしょう」

「ちげえって。あいつは生意気なガキだが見どころある奴なんだって」

「そのガキに我が国の兵が半壊されたのを忘れたの?竜を庇っているのはもう兄さんぐらいなんだよ」


 武王がさすがに言葉に詰まった。


「半壊?」

「おう。完全に不意を突かれた。俺も戦って撃退したんだが、飛竜が10体もいたからな。兵がかなりやられた」

「死者こそほとんどおりませんでしたが、回復魔法の使い手も足りない程です」

「ちっと国が暗くなってたんでな。昨日は派手に騒いだんだよ」


 ヴェルが頭痛でもしているように眉をひそめるけど、非難はしなかった。武王の行動に価値があったということか。

 ……ていうか僕をダシに使ったな。

 噂の始祖。そして武王を倒すほどの腕前。そりゃあ、暗かった国民が喜ぶわけだよ。


(食えないおっさんだな)


 狙ってやっているなら対処もできそうだけど、武王の場合は本能で正解に行きついていそうなので巻き込まれる身としてはたまらない。


 ふむ。ここで整理しよう。

 理由はわからないけど仲間だった竜が襲ってきて、ブラン兵が大ダメージを受けた。

 武王はそれでも竜は敵じゃないと主張し、ヴェルを中心とした大勢は竜が敵に回ったと判断している。


「つまり、武王は僕に竜の事情を聞きだす協力をしてほしい、と」

「ブランとしては竜退治を依頼したいのですがね」


 ヴェルの判断は真っ当なものだと思う。

 噂とか気配だけなら別として、実際に甚大な被害が出ていれば国を預かる者として対処せざる得ない。

 普段なら僕もそちらに賛成だ。


 だけど、この武王が気にかけているという一点で待ったが入る。


 武王が何か感じるものがあるというなら、まずは確認する必要があるのではないか。

 この人の本能というか直感は馬鹿に出来ない。


 竜との戦いに不安はある。

 昨日、思い上がりを叩かれたばかりだから猶更だ。

 でも、仮にも国家の最重要戦力である原書を見せてもらうのに何の見返りもなしというのも甘い考えだろう。

 何より、ここで見放せばブランは滅びかねない。


 前回で屈強なブラン兵が半壊したというなら次の襲撃があれば壊滅の可能性もある。

 ブランが対処できないような戦力にスレイアは対抗できるか?

 できない。

 少なくともかなりの被害を受ける。

 渡してある100倍合成魔法で倒せたとしても、余波だけで都市が亡ぶレベルなのだから。

 そして、それがなければ全て蹂躙される。


 なら、ここでブランと協力して戦うのが最善。


「……わかりました。協力します」

「おう。助かるぜ。あ、そのガキの竜なんだけどな」


 軽い調子で付け加えてくる。


「原書持ってるから」

「はあ!?」

「それも2冊」

「ホワイ!?」

「ほわい?なんだ、それ。うまいの?」


 思わず英語が飛び出た。


 僕にとって未知の生物である竜に加えて2冊の原書。

 さらに飛竜が10匹以上という敵陣。

 想定外にも程がある。

 けど、僕が原書を求める以上は避けられない戦いなのだ。

 協力者がいるだけましというのは変わらない。


「あ、それと」

「まだあるの!?」

「他の原書持ちは前線とかで戦っててこれねえから」


 竜は強敵ではあるけど、それを倒すために戦力を集中させて戦線を崩壊させては意味がない。

 魔物が大挙して押し寄せてくれば最悪だ。

 防衛線も落ちればスレイアが危なくなる。


「じゃ、よろしくな!」


 ちくしょう。

 本当に食えないおっさんだよ!

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