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魔法書を作る人  作者: いくさや
ブラン編
82/238

71 武王

 71


「俺が武王ディン・ブラン・ガルズだっ!!」


 巨体の男が名乗りを上げると歓声が上がった。

 観客のあまりの声量に地面が震えたかと錯覚するぐらいだ。


 武王ディンは大きかった。

 まず背が高い。軽く2メートルは超えている。見上げていると首が痛くなるぐらいだ。

 そして体が太い。鍛え抜かれた鋼の如き筋肉を全身に纏い、傷だらけの赤銅色の肌もまるで装甲板みたいだった。二の腕なんか僕の腰ほどもあるんじゃないか?

 更に声も態度もでかい。地声だけで1キロ四方はある闘技場に声を響き渡らせていた。

 威風堂々と仁王立ちした姿は一流の彫刻家が巨石から掘り出した作品みたいだ。

 銀髪には白いものも混じり始めていて、今年で齢55というけどとても信じられない。


 そんな人の形をした化け物に僕は対峙している。

 コロッセオじみた石造りの闘技場の中央で。

 観客席は満席。観客の熱狂は最初から最高潮。


 僕に向かってディン王がちょいちょいと指で合図を送ってきた。

 あ、名乗れって?

 あー、これはダメなパターンだよなあ。絶対に後悔することになるんだろうなあ。

 とはいえ、ここで冷めた真似をすれば観客からのブーイングは必至。

 始祖を、師匠の弟子を名乗るものとして侮られるのは我慢ならない。


 なら、声を大にして張り上げろ!


「第8始祖、崩壊魔法のシズ!お望みどおりにやってやらあっ!!」

「その意気や良し!鐘を鳴らせえっ!」


 ガンガンガンと大鐘が打ち鳴らされ、そして僕とディン王の対決が始まった。

 どうしてこうなったぁ……。


 褒められて調子に乗ったわけじゃないけど、ブランに入ってからは僕とリエナも戦った。

 見たことのない魔物も多かったので実戦経験が欲しかったし、単純にレイア姫の練習相手に、なんていう余裕がなくなったからだ。

 おそらくブラン兵の護衛なら十分に対応できるのだろうけど、決して余裕があるわけでもないので無駄な怪我をすることもない。


 けど、ブランの魔物は厄介な奴が多かった。

 いや、別に僕の魔法が通じないわけじゃない。

 合成魔法や崩壊魔法なら相変わらずのオーバーキル。というか荒野を更なる破壊でボロボロにしてしまうぐらいだ。

 100倍どころか50倍もいらない。20倍の基礎魔法で蹂躙できる。

 だけど、体術だけでは対応できない動きをする。スレイアでも戦闘経験のある魔物でも動きが格段にいい。それでもなおリエナは槍1本で悠々と戦いぬけるけど、僕は守りに徹していても危ない場面が増えた。

 魔物の数も質も明らかにスレイアより上だった。


 で、基礎魔法とはいえ20倍を連発するので護衛に目をつけられた。

 別に敵視とか嫉妬とか「やらないか?」的なものではなくて、単純に賞賛と引き抜きの声掛けだったのだけど、それを我が事のように喜んでいたレイア姫が僕のことを始祖だと口を滑らせてしまった。

 自分の先生だと鼻高々にしているレイア姫が微笑ましくて放っておいた僕も悪いけど、やはりレイア姫が悪いので罰としてデコピンしておく。

 ついでにレイア姫も正体に気づかれて輸送隊は大騒ぎ。

 戦いながらもブラン首都まで到着したもののあっという間に僕たちの噂が拡散してしまった。


 ブランの国民性は非常に単純明快で、やはり強者は大歓迎というスタイルなのだ。

 例のドライブシュートとスレイアから流れ聞く噂のおかげで新しい始祖の話は知られていたらしく、気が付いた時にはお祭り騒ぎ。

 決して満たされた環境ではないはずなのにどこからか料理や酒が出回り始め、さらに音楽が加わって、踊り始めたらもう止まらない。まさに飲めや踊れのハイテンション。

 血の気の多い傭兵たちのケンカが始まり、周囲がどっちが勝つかを賭け始め、ようやくブラン兵が来た時には収拾がつかなくなっていた。というか奴らも止めないで混ざり始めたし。

 僕?ずっと代わる代わる食べ物や飲み物を勧められて食わされまくってたよ。

 リエナは飲み物のどれかにお酒が混ざっていたのか、途中から真っ赤な顔でフラフラし始めたままケンカに乱入していき千切っては投げの大活躍になった。

 最後は何故かブランの武王が酒樽を抱えて突入してきて、好き放題に飲みながら僕の肩を掴んで言ったわけだ。

 ちょっと仕合おうぜ?と。


 後は周りがまた勝手に盛り上がって闘技場に大移動。

 抵抗できず人波に流されていたら闘技場の中央で武王と対峙していた。


 この国のテンション、おかしいだろ……。


 流されたとはいえ受けたからには勝つ。

 郷に入らば郷に従えだ。予想以上だったけど、肉体言語になるのは想像がついていたんだ。慌てることはない。

 まずは魔法なしで様子を見てみるか。


「って、はや!」


 正面にいたのに気が付けば真横から拳が迫っていた。

 咄嗟に拳を弾き、できた僅かな隙間を潜るようにサイドを取る。

 反撃の拳を脇腹に突き立てるけど、何この筋肉。針金でできてるんじゃないの!?

 殴ったこっちの拳が痛くなった。


「どうしたどうしたあっ!」


 再び振るわれる鉄槌のような拳。

 こんなものをまともに喰らえば一撃で昏倒する。というか骨が砕けかねない。

 円軌道の動きで回避。追撃は避けて一度距離を取る。

 最初の動きは師匠に迫るものがあった。瞬きの間に接近してくる特殊な移動法。


(人間相手と思って戦ったら殺される)


 腰のバインダーに意識を向けて1枚目に用意していた魔造紙を発動させた。

 通常の強化魔法ならやりすぎということもないだろって、もうきたあ!


 僕が強化魔法の赤い光に包まれたこともまるで頓着せず、真正面から突撃をかましてくる。

 驚きはしたけど、例の不意打ち接近はしてこないなら好都合なのでカウンターに一発入れてやる。


「ふっとべ!」

「ふんっ!」


 僕が吹っ飛ばされました。

 はい。強化魔法かけてたのにですよ?

 いくら僕の通常魔力の魔法が平均程度か以下だとしても生身でどうこうできるものではない。大人と子供ぐらいの性能差ができるはずなのだ。

 それが打ち負けるとかどうかしている。


「痛……」


 しかも衝撃が防御を貫いてきた。

 あっちは岩でも殴った感触だったはずなのに、武王は拳を軽く振って来い来いと誘ってくる。ノーダメージかよ。

 僕は素直に諦めて強化を解除した。


「どうした、ここからだろう?」

「ええ。ここからですね」


 バインダーの最後のページに用意していた20倍強化魔法に意識を送る。


「いけ。『刻現・武神式・剛健』」


 先程とは明らかに別次元の強化が僕を包んだ。

 ここからは如何に殺さず手加減するかが僕の勝負になる。


「って、お構いなしかよ!」

「待ったなしに決まっておろう!」


 悔しいけど正論だ。なんだかこの人に正論で指摘されると本当に悔しい。

 とまれ、無駄に構えることはない。どんな攻撃でもこの装甲を破ることはできないのだから。


 鉄の武器同士がぶつかり合うような壮絶な音が響いて、武王が拳を痛めて距離を取った。

 そして、僕はゆっくりと前のめりに倒れて、危ういところで持ち直す。


(嘘だろ!?)


 鼻の奥から流れる鉄の臭い。鼻血が出ている。

 脳も衝撃に揺れてしまって視界が歪んでいた。

 混乱を飲み込んで、膝に力を入れた。


 負けたくない。

 失敗はある。そこまでなら仕方ない、で済ませられる。

 でも、僕は負けられない。

 負けてはいけない・・・・・・・・んだ。


「っらあ!」

「良い気合い、ではないな。ここにきて鬼気迫る顔とは。若いくせして陰気な奴め」


 直立した僕を武王が意外に冷静な目で観察してくる。

 そんなの無視だ。この男はそれこそ魔物どころか魔王や魔神の範疇で考えなければ敗北は必至。

 全力で打破しろ。


「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 全力の踏み込みで闘技場の床が割れ、砂ぼこりが舞い上がった。

 それを切り裂いて全力の一打を叩き込む。

 そして、拳を放った瞬間、熱に浮かれた頭が我に返った。


(やばい!殺した!)


 最早、止められない。

 試合とはいえ一国の王を殺害したとあってはブランと言えど笑って済ませられまい。

 レイア姫は悲しむだろう。恨むだろう。

 僕はまだ武王という人をよく知りもしないのに致命的な攻撃を放ってしまった。

 後悔に包まれかけた僕は直後に再び驚愕することになった。


 反応することすら困難なはずの僕の右拳を武王が受け流した。


 まるで羽毛をそっと掌で受け取るような滑らかさで。

 高速でありながら緩慢にも思える優雅さで。

 それでいて刹那に成し遂げられた奇跡の技法。


 螺旋から円運動に至る衝撃の変異。


 直線に突き刺さるはずだった拳が僅かに上方へ誘導された。

 打たれた空気が衝撃波となって闘技場の上空に吹き飛んでいった。武王がいなしていなければ観客席を襲っていたと気づいてますます青くなる。

 追随した衝撃波が武王を吹き飛ばしたけど、最大の被害をもたらすはずだった拳のダメージはないはずだ。


 土埃が晴れた後、観客たちが見たのは立ち尽くす僕と倒れた武王。


 盛大な歓声が上がった。

 僕の勝利を祝福する声なのに少しも嬉しくない。

 この戦いの真の勝者が誰なのか知る者がどれほどいるだろうか。


 武王はひょこっと起き上り、のしのしと僕の方に近づいてくる。

 受け流しに使った右腕はボロボロだった。裂傷と打撲。骨も折れているかもしれない。

 罵倒されても、殴られても仕方ない。僕はそれでも済まないことをしてしまったのだから。

 強化魔法を解除して武王の判断に身をゆだねる。


 武王は僕の手を取って高々と掲げ、大きな声で咆えた。


「俺を倒した強者に喝采を!」


 手を打ち、足を踏み鳴らす音が山鳴りのように響く。

 僕は呆然と武王の顔を見上げることしかできなかった。

 自らを殺しかけて、自国の民を危険に曝した男をどうして罰しないのか、理解できない。

 武王は僕の目を覗き込むように顔を近づかせてきた。


「ふむ。確かに強者。俺に手加減しないといかんのだから大したものだ」


 当然、見抜かれている。

 わかっているに決まっていた。


「だが、真の強者には至っておらんな」

「どういう意味……」

「そんなものは後だ」


 戸惑う僕を置き去りに武王が闘技場中を見回して叫ぶ。


「さあ、俺の国の民よ!今宵は良い出会いの日だ!存分に騒いで楽しめ!」


 王の声に国民が大歓声を上げた。


 僕はただ立ち尽くすことしかできなかった。

 魔法も使わずに武技と言葉で打ち負かされた初めての経験は苦く胸に残り続けた。

ブラン王は脳筋だけどただの脳筋でもありませんでした。

そして、シズ君の新しい問題点も浮上。

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