表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法書を作る人  作者: いくさや
ブラン編
81/238

70 ブラン

 70


 国交正常化から1ヶ月。

 ようやく僕は念願かなってブランに行けるようになった。

 おじいちゃんやテュール王子やルネにと色々あったけど旅立ちだ。


 学園は休学という扱いにしてもらった。


 師匠の研究室はルネに管理を頼んだ。ルネもかなりついていきたいと涙ながらに主張してくれたけど、グランドーラ家の嫡男を危険な旅に連れて行くわけにもいかない。それに師匠の研究室を任せられるのは信用できる人物だけだ。

 学長先生やおじいちゃんも様子を見てくれるそうなので大丈夫だとは思うけど、それでもなお合成魔法という力は大きい。

 ルネになら任せられると思って頼んだ。

 正直、泣かれたときは心臓が止まるかと思ったけど、なんとか生き残れた。


 おじいちゃんは最後までもう少し、もう少しと先延ばしするよう言ってきたけど、最終的には学長先生を含む昔の仲間たちに引っ張られてお別れした。

 おじいちゃんの知り合いの元騎士は老いてなお逞しい方ばかりで、一緒にいるおじいちゃんはなんのかんので楽しそうにしている。

 ちなみに、再会の際は例のクロスカウンターをやってた。あれは昔の騎士の挨拶だったのだろうか?年齢を考えてほしい。

 学生は鬼教官たちの指導でどんどん腕を磨いていくことだろう。入隊した段階で先輩騎士よりも強くなっている可能性が捨てきれないなあ。まあ、負けられないと先達も気合が入れば全体がレベルアップするだろうからいいか。


 テュール王子は行かないでと抱き着いてくると見せかけて、最後に僕にキスしようとしてきやがりましたよ!

 今までハグばかりだったから完全に虚を突かれて、初動に遅れが出てしまった。

 危なく奪われるところだったけど、ギリギリのタイミングでリエナの槍がテュール王子の股間を打ち付けて、最悪の事態は逃れた。

 男としてリエナの攻撃方法はいかがなものと思わなくはないけど、直前の蛮行を思えばいい気味だとも思ってしまう。

 王子は両国の国交を潤滑に流すために学園に留学し続ける。

 僕以外の強者としておじいちゃんまで狙われた時はどうしようかと思ったけど、さすがは『風神』のセズ、ちゃんと守りきったようだ。


 王様や貴族は僕のブラン行きに複雑な表情をしていた。

 国防の観点から見れば僕の存在は大きい。

 とはいえ、王様よりも上の存在がいるというのも国家運営にとって厄介な存在だ。

 僕にその気がないとしても担ぎ上げようとする人が出てくるかもしれないのだから。


 最後に話した時に少なくとも僕の大切なものが害されない限りはスレイアの味方と保証しておいた。

 もしも、があった時はどうなるかわからないという意味なので、その辺りは向こうで勝手に配慮してくれるだろう。

 星の光が降ってきたくないなら、ね?


 で、問題もある。

 同行者だ。

 王様やレイナードさんは騎士団や軍をつけようと申し出てくれたけどはっきり言って邪魔。

 仰々しい出立にはしたくないのだ。

 幸い僕の顔はブランでは知られていない。

 スレイアでのような悪目立ちは避けられるなら避けておきたい。なのに、豪勢な警備がついてしまえばどこの誰だと騒ぎになってしまう。

 それに護衛と言われてもその護衛全てより僕の方が強いのだから足手まといだった。


 唯一、怖いとすれば不意打ちだけど、それもリエナが同行してくれるので問題なかった。

 リエナ自身もう行くのが当たり前だと思っているし、僕だってリエナが来ないなんて考えもしなかったのだから同行を認めるに決まっている。


 では、何が問題かと言えば。


「オレもついてくからな、先生!」


 と薄っぺらな胸を張ったレイア姫。

 先日の1件以来、レイア姫は大変だった。


 まず、僕に辱めを受けた責任を取って結婚しろと迫ってきたのだけど、それはリエナが一蹴した。

 足払いで転がして、蹴るというよりは投げるみたいに窓の外に放り出し、戦いになったものの数手で双剣を吹き飛ばされて強烈な回し蹴りで昏倒させた。文字通り一蹴。

 かつてなく怒ったリエナを見てしまった。

 猫耳もしっぽも不機嫌にゆらゆら揺れて、全身から『何言ってるの死ぬの死にたいの誰と誰が結婚とか言ってるの責任とか調子に乗らないで』みたいなオーラが噴き出していた。

 以来、両者の格決めは確定したらしくレイア姫はリエナを姐さんと慕っている。

 ブランでは1000の言葉より1発の拳が有効なようだ。よく国家として成り立っているものだなあ。


 その後も再戦だと挑戦してくるのを相手している内に結婚とか辱めとかは飛んでしまったようだ。

 チョロい。さすが10歳。というかブラン脳か。


 結局、レイア姫は僕を『先生』と呼ぶようになった。

 何度か組手をしている内にあまりに攻撃一辺倒なので防御の技などを教えていたら勝手に呼び始めた。

 正直、僕はまだそう呼ばれる資格があるとは思えないけど、レイア姫は嬉しそうなので放っておくことにした。資格がないと思うなら努力しろ、師匠ならそう言うだろうしね。誰かを導ける人には憧れているのだから、大勢を相手にする前に1人から始めてみるのもいい機会だと思っている。


 そのレイア姫がついてくるという。

 そもそもレイア姫は留学生ではなかった。考えてみればレイア姫はまだ10歳だ。学園の入学資格を満たしていない。

 スレイアに行くテュール王子の護衛と言って強引についてきたのだとか。

 例のドライブシュート配達で使った結界を見て、偽使者の話から聞き出した始祖に会いたかったらしい。

 王族にあるまじきフットワークの軽さだ。


 それで帰国するので僕たちについてくるのだとか。


「案内もできるし、ブランなら顔も効くしな!それに先生に色々と教えてもらえるし!」


 最後のはレイア姫の本音だろうけど、まあ言い分にも一理あるかな?

 なんの頼りもなしに他国へ行くのも不安だ。なんか肉体言語で押し通れそうな気もするけど目立つのは避けたいし。

 僕としても先生と慕ってくる子を放り出すのは躊躇われる。

 もしかしたら師匠もこんな気持ちだったのだろうか?当時の僕は確実にレイア姫以上に面倒だっただろうなあ。


 最終的に同行を認めてしまった。

 ブランへの旅路はこの3人で出立した。


 今はブランへ物資を輸送する商人の馬車にお邪魔している。

 ブラン国境にもなると魔物の出現率が上がるらしいので護衛として雇ってもらった。

 1日に1度は魔物が襲ってくるけど魔の森で戦ったような相手なので軽く薙ぎ払える。リエナがいる限り不意を突かれることもないのでレイア姫の練習相手になってしまった。

 ていうか姫なのに実戦を恐れもしない。ブランでは王族でも戦うのが当たり前みたいだ。

 スレイアと武力に差が出るわけだと納得してしまった。


 そんな旅路が10日過ぎ、僕たちは国境を越えた。

 スレイアとブランを南北で分断する山脈で唯一の隙間みたいな渓谷だ。

 スレイア側、ブラン側それぞれに大きな要塞があり、武装した兵が詰めている。

 この渓谷も始祖の魔法でできた物だとか。僕が言えたものではないけど、始祖の魔法は地形を簡単に変えすぎではなかろうか。

 そのうち地軸とかが傾かないか不安になってしまう。


 国境越えも問題なかった。

 互いの国の正式な輸送隊だから当然だ。

 粛々と手続きが済み、渓谷を過ぎてブラン側の門も通過した。


 そして、その先に一面の荒野が広がっていた。


「は?」


 リエナと2人呆然とする。

 スレイア側は人が住んでいない辺りは植生豊かな草原や森などの景色になっている。

 それがブランは完全に荒野。雑草すらあまり生えていない有様で、枯れた土地ばかりが広がっている。


 渓谷と言えど数キロ程度だ。

 山脈を挟むとはいえ、ここまで風景が一変するものなのか?

 レイア姫は当然のように荒野を見回している。


「先生。これがブラン国だ」

「あー、随分、さびれ、ごふん。寂しい景色だね」

「魔物と戦ってばっかだからさ。畑とかつくれねーし、小さな村とかじゃ守れねーし。魔法使うと木も草も燃えちまうからな。全部じゃねーけどブランはこんな感じだよ」


 なるほど。

 スレイアに物資を融通してもらわないと民が飢えるというのもわかる。

 この過酷な状況で魔物との戦いの最前線を支えているのか。

 豊かなスレイアの人間では意識に差が出るのも当然だ。


「スレイアに残りたいと思わなかったの?」

「んー、父様もいるし兄貴や姉貴もたちもいるからな。それにブランがオレの国だ。スレイアも悪くねーけどやっぱりこっちがいいや」


 あっけらかんと笑うレイア姫。

 素直に感心してしまった。この年で故郷への誇りを抱いているのだから。

 我が身を振り返ってみて情けなくなった。


 あー、ダメだな。

 すぐに日和見してしまうのは僕の悪い癖だ。

 始祖として生きていくと決めたんだろ?

 人の視線が嫌だからって隠れようとしてどうする。

 自信を持って胸を張って進めばいいじゃないか。

 素直に王様に護衛もつけてもらって移動すればよかったかもな。


 ここからはブラン兵が護衛についてくるそうだ。

 スレイアレベルの護衛では心もとないのだとか。まあ、僕も正体を隠しているから仕方ない判断だろう。実際、隊列を組む馬車を前後から攻められると手が足りなくなるかもしれないし。


 ブラン兵の準備を待っていると、不意に地平線の辺りに土煙が見えた。

 リエナに視線を向けると厳しい目つきをしている。猫耳もぴくぴく動いていた。


「魔物、大きい」

「まさか魔王?」

「そこまではない」


 また甲殻竜じゃないよね?あいつらの僕への執着は普通じゃないからなあ。

 そうやっている内に土煙はどんどん大きくなっていく。土煙を上げているのが近づいてきているからそう見えるんだろうけど。


「大きい、トカゲ?10匹ぐらい」

「トカゲ?大きい?リエナ姐、どれぐらい大きいんだ?」

「甲殻竜ぐらい」

「走角竜だ!」


 確か2足歩行する恐竜みたいなトカゲだっけ。

 頭に巨大な角があって下手な門など貫いてしまうという。

 甲殻竜のように防御は固くないぶん動きが速くて集団で襲いかかってくると非常に危険だとか。魔の森にはいなかったな。

 レイア姫は門のブラン兵に大声で呼びかける


「走角竜が来るぞ!すぐに……」

「あ、いいよ。僕がやる」


 さて、決めたなら思い切ってやっておこう。

 バインダーから魔造紙を取り出して宙に放り、白木の杖で突いた。


「いけ。『氷麟蛇』」


 氷の属性魔法と召喚魔法の20倍合成。

 国境の門をも超える巨大な氷の蛇が生まれた。


「あいつらを倒せ」


 僕の目でも辛うじて見えるようになった走角竜に蛇の方から襲い掛かった。

 数キロの距離を瞬く間に移動していき、残像を置いていくような滑らかな動きで肉薄した蛇が一口で走角竜を飲み込む。

 突然の敵にぎょっとしながらも他の走角竜が蛇に噛みつくものの、蛇の鱗に触れた端から氷結して氷の彫像と化した。逃れようとした数匹も無駄だ。周囲は既に氷が覆い尽くしている。

 氷は地面に続いて周辺の大気までも凍りつかせ、その過程で全ての走角竜を凍てつかせた。

 出来上がったのは大気まで氷結した凍結空間。

 それが蛇の甲高い一声で砕け散った。

 ついでに周辺の氷結した物体も全て粉雪となって粉砕してしまったけど、不可抗力だ。

 うん。

 凍結空間が5キロ四方なのは目を瞑ってね?

 後に残るのは息を吸えば肺まで傷つける冷気に包まれた粉雪の山だった。


(かき氷、食べたいなあ)


 なんて、現実逃避はしていられない。

 また、やりすぎた。

 ただの合成魔法で十分だろう僕。

 派手にいきすぎだよ。


「リエナ、巻き込んだ人とかは……」

「ない」

「なら、いいかな?って、うわっ!」


 背後で急に歓声が巻き起こった。

 国境警備のブラン兵たちが大喝采を上げている。手を打ち鳴らし、足踏みして、雄叫びのような声で僕の勝利を祝していた。

 レイア姫が必死に僕の腕を取って上下に振っている。興奮で言葉が出てこないらしい。


 スレイアなら恐怖を抱かれたものがここでは無条件で褒め称えられる。


 なるほど。

 これがブランか。

 過酷な大地と溢れる魔物。

 そして、強者が賞賛される国。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ