67 留学生
67
「始祖様あああああっぶへりゃ!?」
ぶん殴った。
宣言通り、右のストレートを鼻っ柱に叩き込む。
捻りこむように、足先から、腰、胸、肩、肘、手首と回転を加えた渾身の一発だ。
壊れた人形みたいにぶっ飛んで壁に激突する。
しまった。
反射的に殴ってしまったけど相手がまずい。
ブラン国第2王子、テュール。
結局、ブランからの留学生がやってきたのだ。
しかも、噂通り第2王子が。
国交断絶中のスレイアとしては断ることも可能だったものの、この場合の留学生というのは建前で実際は何かしらの使者である可能性が高い。
正式な宣戦布告か、和平かはわからないけど。
まずは相手の出方を見ようとこうして学園に招き入れられ、僕にも挨拶したいと学長先生が伴って案内してきたわけだ。
僕を見るなりキラキラしたいい笑顔で抱き着こうとしてきやがった。
なので、反射的に殴って撃退したのだけど。
向こうから飛びついてきたのと、始祖の肩書のおかげで処罰とはならないだろうけど、あまり他国に第8始祖は乱暴者なんて噂は流れてほしくない。
このテュール王子。
歳は僕よりも少し上の15歳だという事前情報だ。
背は高い。190近いのではないか。体は細く見えても抱き着こうと迫ってきた動きを見るに鍛えられている。無駄のない体つきだ。
服装は意外に質素というか平凡。みすぼらしいなんてことはないものの王族の纏う服装ではなかった。旅装のままなのかもしれないけど、どことなく着慣れている感じがする。
日焼けした褐色の肌に銀髪のイケメンだ。
こっちの王様といい王族の遺伝子はイケメンばかりだな。
まあ、顔面を撃ち抜かれて今は悲惨な表情だけど。
言い訳の許可を頂きたい。
なんか、目がやばかった。言い知れない狂気というか情熱というか激情が渦巻いているの。
ほら。今だって殴られたのに恍惚とした表情で僕をうっとり見て来るんですけど!
「始祖様のイッパツ、すごかった」
怖気が走った。
絶対、語尾にハートがついてたよ、今!
世の中には奇特な趣味を持った人間がいる。
「ゲイ、なのか?」
「違いますよ、始祖様。ボクが好きなのは強い人。強いなら別に男でも女でも何でもいいんですけど」
さらに上をいくだと!
ブランのイメージが崩れていく音がする。
軍事国家とか、強者の国とか、スレイアへの恐喝とか、色々とわからないことが多かったけど、別の方向でわからないというか。
印象が違うというか。
テュール王子は鼻の具合を確かめつつも危なげない足取りで立ち上がった。かなり本気で殴ったのに頑丈だなあ。
「始祖様、先程は失礼いたしました。改めてご挨拶させていただきたい。この度、スレイア魔法学園に留学して参りましたブラン第2王子テュール・ブラン・ガルズと申します。始祖様にお会いできて光栄です」
洗練した仕草で一礼する。
こういうところは確かに王族っぽい。
ブランの体制は独特だ。
武王が治める王政なのはスレイアと同じでも、武王の統治は10年単位と定められている。
10年の任期が終了すると、次代の王を決める戦いが始まる。10の王族から猛者が集められ、勝ち抜き戦のトーナメントを制覇した者が新しい武王だ。
そんなのでは武力ばかりで満足に統治できないような人間が玉座についたらどうなるのかと思うだろうけど、そこは文官が引き継がれるので維持されるらしい。
武王に求められるのは完全に武力のみ。
兵を率いて先頭を走り、魔族を撃退する勇者というシンボルなのだ。
うちの王様と足して2で割れば丁度よさそうだけどね。
このテュールの父王は40年も玉座に座り続ける生粋の武人という噂だ。
その第2王子というのはやはり意味が重い。
「あー、とりあえず座ってください」
ソファーを示す。
僕は始祖ということで主も客も関係なく最初に座らないと誰も座れなくなってしまうので最初に席に着く。
ちなみにリエナは部屋の隅で異常な物体を目にするようにテュールを見ていた。僕もそっちに回りたい。
まあ、リエナが撃退に動かないところを見ると害意はないと判断していいのかな?
その問題のテュールが座ろうとする。
何故か僕の隣に。
いや、違う。こいつの本命は別だ。
膝の上だ。
よろけた振りまでして狙ってきやがった。
ははは。
この甘えん坊さんめ…………死ね。
体位を入れ替えて落ちてきたテュールの体を肩に担ぐ。
そして、そのまま立ち上がる勢いを使ってテュールの長身をソファーの向こう側に頭から叩き落とした。
柔道でいう肩車、というやつだ。
かなり酷い音がしたけど気にしない。
甘い顔をすれば喰われる。或いは喰わされる。
「すっごい衝撃。トンじゃいそう……」
気持ち悪い呟きは聞かなかったことにした。
さすがに頭を強打したせいですぐには立てないらしい。
「学長先生」
「勘弁してくれ。儂もさっき似たような目に遭った」
だよね。
いかにも強そうな学長先生も狙われるに決まっている。
ブランめ、とんでもない留学生を送ってきやがった。宣戦布告でも和平でも関係なく斬り捨ててしまいたくなるなんて罠をしかけるとは。
非公式の場だからよいものの、明日の王との謁見を思うと頭が痛くなりそうだ。
「兄貴!」
戦慄していると部屋に誰かが走り込んできた。
人影は素早くテュールに駆け寄ると悔しそうに唇を噛んで僕を睨みつけてくる。
「兄貴の負けだ。それは仕方ねえ」
いや、何の勝ち負けだよ。
そんな喰うか食われるかの瀬戸際だったのか。それだったら僕は勝っても負けても心を折られるのだけど。
僕の心の突込みは届くわけもなく、その子は拳を握りしめている。
「けど、兄貴の名誉はオレが守る!第8始祖、様!オレと勝負だ!してください!」
ブランはこんなのばかりなのか。
どうやらこの子、テュールを兄と呼ぶのだから弟、つまり王子なのだろう。何番目かは知らないけど。
歳は10歳ぐらいだろうか。
兄と同じ褐色に短めの銀髪。
歳の割に鍛えられた肢体。
幼いながらも将来を期待できる綺麗な顔立ち。
こちらは動きやすそうな革製の防具に、腰の後ろには双剣という装備で完全に戦いを意識した格好だった。
もう、いいや。面倒臭い。
ブランは実力至上主義というんだから実際に上に立ってやれば話も聞くのだろう。たぶん。きっと。そうであってほしいなあ。
よし。なんか久々だけど。
「上等だ。表に出ろ。相手してやる」
あ、でも、最近は崇められてばかりだったからちょっと嬉しいかも?
なんかブランの空気に毒されてきたのかな……。




