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魔法書を作る人  作者: いくさや
王宮編
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66 行き詰まり

 66


 気合十分で第6始祖を調べ始めて即行で行き詰った。

 失伝の魔法使いと呼ばれているのは伊達じゃないというか。

 学園中の本を探しても何も出てこない。


 名前も。

 魔法も。

 人生も。

 趣味嗜好も。

 家族も、友人も、恋人も。

 一切が不明。

 アンノウン。


 唯一、他の始祖たちの会話の中で存在が語られる程度。

 それも『我々6人の始祖』とかの程度。第6始祖のことを明確に記述したものはひとつもなかった。


 1000年。

 確かに長い時間だ。

 失われるものは数えきれないだろう。

 それでも、始祖とまで呼ばれる人間の記録がここまで残らず消えてしまうものなのか?


 答えはNO。

 少なくとも他の5名の始祖の伝承は残った。

 どこで戦った。こんな魔神を撃破した。スレイアとブランの間にある山脈は始祖の魔法の余波だとか。エレメンタルとヒルドは相思相愛なのに2人とも奥手で見ているとイライラしたとか。キレたロディが無理やりひっつけたとか。

 伝説から与太話までいくらでもある。

 同時代を生きた第6だけ消えるのはおかしい。

 ならば、そこには意図がある。

 何者かが第6の記録を消したと考えるべきだ。


 でも、どうして?

 それと、どうやって?


 始祖ほどの有名人ならアルトリーア大陸全土に伝承が残っている。

 それをひとつ残らず消去していくなんて膨大な作業だ。そんなことをすれば逆にその作業自体が伝承に残ってしまって、結局目的を叶えられなくなる。

 第一、消すのなら完全に消し切れていないところも謎だ。

 僅かでも始祖たちの発言が残っているからこそ第6始祖の名前は残っているのだから。

 大陸中から伝承を消すなんて規格外を実行しているのに対応が中途半端に感じた。


 というわけで調べようがなくなってしまった。

 王様に褒賞の代わりに協力してもらうようお願いしているけど、有用な情報は上がってこない。


「シズ……。わたしは、もう、ダメ」


 毎日、僕の隣で大量の本と睨み合っていたリエナが机に突っ伏した。

 猫耳もしっぽもだるんとしてしまって覇気がない。元々、動くのが好きなリエナは調べものに向いてないもんね。それでも頑張ってくれたのだけど限界のようだ。

 こうも成果が上がらないと僕も嫌気が差してくる。


 資料室から持ち出した大量の本の山に埋もれかけていた僕もソファーに身を預けた。

 ルネが一定のペースでページをめくる音だけが部屋に残る。

 昼下がりの暖かな日差しが眠気を誘うね。


「やっぱり原書をあたるのがいいのかな?」


 確実に第6を知っている唯一の存在の遺物。

 その周辺になら何か痕跡はあるのではないかと考えたのだ。

 王様に現在スレイアが管理している全ての原書は見せてもらったけど、具体的な進展はなかったものの無駄にはならなかった。

 原書の最初には術式と関係ない始祖の言葉が書かれていた。

 わずかな可能性ではあるけど、ここに第6のヒントがあるかもしれない。


 なのだが、現存する原書で所在が確定しているもののほとんどがブランで現役使用中だったりするのだ。

 というわけでブランに行きたいのに、スレイアと国交断絶中で気軽に行きかうこともできない。最終手段でひそかに侵入して調べるという手もあるけど、それは最後まで取っておきたい。


 で、スレイアの資料を無駄とは思いつつも確認しているのだった。


 不意にドアがノックされる。

 部屋の外に常に待機している警備さんが顔をのぞかせた。

 何度も接しているおかげか、この人たちはあまりかしこまり過ぎない様になってくれて助かる。


「始祖様、ご来客です」

「どなたですか?」

「ルミナス家の御令嬢なのですが」


 ああ。クレアか。今日は来ると聞いてなかったけどどうしたんだろう?とりあえず入ってもらおう。

 招き入れると衰弱しきったクレアが入ってきた。


「シズ……」

「クレア!?」


 倒れてきたクレアを慌てて支え、すぐにソファーに寝かせた。


「クレア、何が?」

「くん、れん。死……。風が、風が……」


 物騒なうめき声だけどなんとなくわかった。

 肩の力が抜ける。


「おじいちゃんの指導を受けたんだね」


 ルネが気を効かせて水を持ってきてくれた。

 リエナが背中を支えて補助しながらゆっくり飲ませるとようやく落ち着いたようだ。


「セズ教官のご指導、凄まじかったですわ」


 学園の生徒の間では『風神』セズの特別指導というのが話題になっている。

 1時間の個別指導なのだけど、これがかなりきつい。

 前半は生徒に攻めさせる。一撃でも入れられたら合格なのだけど、これが当たらない。

 武器は弾かれ、魔法は躱され、姿を見失って右往左往。

 威力も連打も奇策も通じずに体力だけを消耗する。


 後半になるとおじいちゃんが攻めを解禁する。

 こうなると地獄だ。剣と思えば魔法。魔法と思えば剣。両方を警戒すれば体術・心理・地形などあらゆるものを利用して崩される。

 怪我をさせるようなことはしないのだけど、立っては吹き飛ばされ、立っては打ち倒され、立っては転ばされ、立っては顔から地面にダイブするという。

 座り込んだら一喝と共に風の魔法で強制起立という充実の30分間。


 まともに1時間の稽古を超えられたのはリエナぐらいだ。リエナは既におじいちゃんから一本取って合格している。

 ルネは魔法では勝てるのだけどその他の点を突かれてしまうらしい。


 おじいちゃんの魔力量は平均より少し高いぐらいで、所持魔法も風の属性魔法は充実しているものの格別優れているほどではない。

 それを圧倒的な経験と戦闘勘で超一流の域にまで昇華する。

 威力で押し切ってばかりの僕にはない戦い方だった。


 ちなみに僕も一本は取ったのだけど、孫補正が掛かっているような気がした。

 あ、もちろん通常魔法オンリーで戦ったよ。おじちゃんに20倍魔法も合成魔法も崩壊魔法も使えるわけないでしょ。

 半端な攻撃なら防がれそうなところが怖い。

 体術・魔法は僕の方に軍配が上がると思うけど、戦術の面では引き出しの数が桁違いだ。本当は見学して勉強したいところだけど、僕が見ているとおじいちゃんがハッスルしすぎて生徒が酷い目に遭うので自重している。


 この様子だとクレアも散々な目に遭ったようだ。

 身嗜みは貴族令嬢としての意地で整えたのだろうけど、表情の覇気までは誤魔化す余裕がないみたい。

 書記士よりのクレアにはハードな訓練だっただろう。


「良い経験になりましたわ」

「じゃあ、明日も予約しとく?」

「……腕を磨き直してからにしますわ。シズ。からかわないでくださいな」


 さすがのクレアでも二の足を踏むか。

 でも、こうして経験者から話を聞くとおじいちゃんは大丈夫そうかな。

 第8始祖の肉親という肩書きがどう作用するか心配だったのだけど、今のところは問題なさそうだ。


「それで、ついでの訓練でへたへたのところ申し訳ないけど、何か用事が出来たんだよね?」

「ええ。確実なお話ではないのですが、一応耳に入れておいた方がよいかと思いまして」


 レイナードさんの手伝いで忙しいクレアがわざわざ足を運んできたのだから理由があるのだろう。単純にたまには気心の知れた人たちと触れ合いたいだけかもしれないけど。


 軍の方も大変そうだもんね。

 僕が渡した2500枚の魔造紙。

 あれはかなりの魔力が充填されているので、使用すればそれこそ壮絶な効果を期待できる。

 反面、あれはバインダーだ。原書ではない。

 使ってしまえば僕が補填しない限り失われたままになってしまう。

 ルミナス家に渡す時、僕は宣言している。


 僕は一切、補填を請け負わない。


 現時点でもルミナス家にはかなりの肩入れをしてしまっている。これ以上の優遇は他家からの嫉妬を買うだけだ。あくまで合成魔法は国家防衛のために渡したもの、というラインは崩したくない。


 というわけで、ルミナス家の現在の最優先事項が合成魔法の模写。

 当然、通常魔力になってしまうので威力は落ちるけど、それでも普通の魔法より格段に威力は上なので有用だ。

 問題は信用できる人物にしか模写をさせられないという点で、こちらも人材不足に苦しんでいる。

 抜群の魔力と書記士の腕を持つクレアは毎日のように合成魔法の模写をしているのだろう。


「ブランのことです」

「……まさか戦争を仕掛けてきたの?」

「いえ。ちゃんとシズの贈り物は届いたようですわよ」


 ああ。僕のドライブシュート、届いたんだ。

 結界が解除されるまで中から出れないし、外からも入れないというプチ監禁からも生還したんだね。よかった。

 つまり、スレイアに配備された合成魔法や僕という存在は伝わったわけだ。


「じゃあ、なに?」

「ブランからの留学生が学園に来ますわ」

「留学生?」


 実力主義のブランが研究傾向の高いこっちの学園に?

 珍しい、というか前例がないのではないか。

 それ以前に現在は国交断絶中だ。

 そんな話、通るわけがない。


「ええ。ですけど、その留学生候補が武王の第2王子なのだとか」

「……色々と考えられるけど、何とも言えないね。少しはいい方向にいくならいいんだけど」


 現在の国交断絶状態は両国にとって良い状態とは言えない。


 ブランは国土が広いものの魔物との戦いで開拓されている場所は狭い。なので、スレイアからの物資は喉から手が出るほど欲しい。

 対してスレイアは未だに王都も兵力も復興途中だ。ここでブランが疲弊して魔物に侵略されようものなら防ぎきれるかわからない。


 うん。僕がいるからには易々と蹂躙させるつもりはないよ?

 でも、僕は1人しかいない。

 この広大な国土を強化魔法で縦横無尽に動き回ったとしても守りきれるものではない。地方の村から、町から、小都市から次第に守りきれなくなる。魔物ごと『流星雨』で国土を蹂躙しては目も当てられない。


 だから、元の協力関係に戻れるなら戻った方がいいのだ。

 そのためにはまずブランが頭を下げるのが筋だろうけど、果たしてその王子様はどういう意図で来るというのか。


 まさか、重度の始祖マニアとかじゃないよね?

 実在する始祖に会いたくて敵国まで単身乗り込んでくるとかだったら、出会い頭でもぶん殴るよ、僕。

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