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魔法書を作る人  作者: いくさや
王宮編

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65 おじいちゃん

 65


「そうか……」


 おじいちゃんは話し終わるまで1度も口を挟まず聞いてくれた。

 始祖とか正気かと疑われれば実演するしかないので訓練場は開けておいてもらっているけど、見学者が殺到するから遠慮したいなあ。


 冷めてしまった紅茶で喉の渇きを誤魔化す。

 正直、家族に始祖のことを話すのには勇気がいる。王都での始祖への敬意は尋常ではない。家族からもあんな扱いをされたら、と想像するのも怖い。

 でも、いつまでも避けられる問題ではないのだ。


「シズ、レグルス殿はあの杖なのかな?」


 窓辺に立てかけてある師匠とシエラさんの白木の杖をおじいちゃんは見た。

 頷くとその前まで歩いていき、深々と腰を折って頭を下げた。


「孫が大変お世話になりました。レグルス殿の御指導の賜物です。ありがとうございます」


 杖に対してとか誰も思わなかった。

 今の僕があるのは間違いなく師匠のおかげだ。

 おじいちゃんは頭を上げるとこちらに向き直り、なんとも言えない苦笑いを浮かべる。


「しかし、始祖とはまたえらい話になったもんだ」

「信じられない、よね?」

「以前のシズなら冗談だと笑っておったが。今のシズを見れば笑うことなどできんよ。この1年で大変な経験をしたんだな」


 少しは成長できたのだろうか。自分ではわからない。ただ師匠の弟子として恥ずかしくないようにとはいつも思っているけどね。


「おじいちゃんも魔の森で活躍したんだよね」

「シズとは一緒にできんよ。儂の時は精々2000ぐらいだったからなあ」


 そうなんだ。

 確かに僕も20倍とか100倍とか合成魔法を駆使してギリギリだったからね。戦い方とかでどうこうできるレベルじゃなかった。


「合成と崩壊の構成魔法、か。途方もない力だ」


 しみじみと呟きながらも僕を見る目は今までと少しも変わらない。

 あくまで家族として僕を見てくれている。想像していたよりも大きな安堵と、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。

 人から特異の目で見られる覚悟はできていても、家族から仰々しく扱われるなんてたまらない。

 自然に話してくれるおじいちゃんに応えるべく、僕も感謝しつつもいつも通り話を続けよう。


「合成のことに関しては」

「他言無用だな。心得た。さて、そろそろ本題に入ってくれて構わんぞ?儂に会いたいだけで呼んだわけじゃないのだろう?」


 鋭い。

 おじいちゃんの言う通り、お願いがあって呼んだんだ。

 けど、それに関しては僕ではなくて学長先生が話を切り出す。


「我が学園の教官になってほしい」

「学園の?儂がですか?」

「セズもこの国の問題は知っておろう」


 戦力の弱体化。

 いやあ、ガインの残した毒の多いこと。


 軍はガイン直属の部隊以外は練度が低すぎて使い物ならないという実情。

 学園ではガンドールとの優等生の争奪戦に紛れて生徒潰し。

 騎士団には近衛隊長のジレットにしていたような脅迫や買収で内通者だらけ。

 王国の魔法研究のいくつかがブランに高値で売られていた記録。


 王国から報告に来た担当官が哀れで仕方なかった。この報告が終ったら僕の怒りを買って殺されると覚悟しきった顔だったもん。

 ご苦労様と帰るように言った時、泣きながら祈られたからね。


 結局、王様の宣告通りケンドレット家は取り潰された。

 スレイアへの損失は計り知れず、2親等まで処刑され、あらゆる家財は国庫に取り押さえられた。

 ケンドレット家に協力していた貴族も度合いにより処罰され、ようやくガインの影響を取り除くことはできたのだけど、今度は圧倒的に人手が足りなくなった。


 政務に関してはガンドール家が中心になって取り組んでいる。

 アランは今までの僕への不敬の責任を取って自主的に引退して弟に当主の席を譲った。

 あの家は王家への忠誠心だけは疑いようがないので任せていいだろう。


 問題は軍事方面。

 騎士団も軍も戦力が欲しいのに指導者が足りない。


「ひとつひとつ立て直していかねばならん。軍はレイナード殿に任せる。騎士団も内通者を除外した分に関しては各方面から実力者を集めて対応した。だが」


 その各方面というのが問題で、優秀な魔法使いを集めようとすると学園の教師が真っ先に候補に挙がったのだ。

 無論、強制ではないけどかなり良い条件が用意されているので申し出を受ける者が多くなってしまい、今度は学園が教師不足に陥る事態。

 困り果てた学長先生が僕に教師をしてもらえないかと話を持ってきたのが発端。


 学長先生には申し訳ないけど僕にも第6始祖の研究があるし、何より教師のしようがない。

 僕の魔法は無尽蔵に近い魔力による力技オンリーで、師匠から写させてもらった魔造紙も全く綺麗に書けていない。

 合成魔法はルミナス家に選任した以上は拡散できないし、崩壊魔法なんて危険物はもっと拡散するわけにいかない。

 何よりいずれは僕も誰かを指導できるような人間になりたいと憧れはあるけど、今の僕はその器じゃない自覚ぐらいある。


 で、思い出したのだ。

 ラクヒエ村の長老を引退したおじいちゃんはどうか、と。

 『風神』のセズならネームバリューとしても戦技指導にしても問題ないどころか望みえる最高峰だ。

 おじいちゃんを邪魔者扱いしたケンドレット家も今はない。

 別の懸念はあるけど、まあそこは何とかしてもらおう。


「なるほど」

「セズには魔の森で命を救われた。騎士団を去る時も助けにもなれず、恩も返せぬうちに重ねて頼みごとなど汗顔の至りだが、全てはスレイアのため。頼めぬか」


 学長先生が床に膝をついて頭を下げた。土下座までするとは。学長先生の本気が伝わってくる。

 おじいちゃんは黙ってその姿勢を受け止めて、学長先生を助け起こした。


「頭を上げてくだされ。シズのために尽力してくださったのだ。感謝こそすれ恩に着せるつもりなどありません」

「だが、騎士団を去る時も儂は」

「それこそ今さらでしょう。あの時、故郷に帰ることで家内と結ばれ、娘も生まれ、こうして孫にも会えた」


 ぐ。そんな優しい目で見られると照れてしまうな。

 というかおばあちゃんの話ってあまり聞いたことがない。僕が生まれた時に亡くなったと聞いていたけど。今度、聞いてみよう。


「では、セズ」

「喜んで引き受けましょう。この老骨が後生大事に抱えていた戦いの術でよろしければいくらでも伝授して差し上げましょう」


 がっしりと握手を交わす両者。

 うーん。こういう男同士の友情っていいね。


「よろしければ知己にも当たってみましょうか?騎士団を除隊した後も連絡を取っているものもおりますよ」

「おお。ありがたい。セズの推薦ならすぐに面接しよう」


 どんどん話が進んでいくね。

 細かい取り決めは今度しっかり話し合うとして、今はおじいちゃんの王都復帰を喜ぼう。


 と、チラチラと僕を見てくるおじいちゃん。

 なんだろう。


「これでまたシズの顔を見れると思うと嬉しくてなあ」

「ごめん。僕とリエナは近いうちに旅に出るんだ」


 うわ!

 おじいちゃんが『!!?』みたいな顔になった!

 隠すつもりはなかったんだけど、言うタイミングがなかったんだよ。


「たたた、たび、旅?旅、だと?どこへ?」


 壊れたテープレコーダーみたいになったおじいちゃんにはっきり言ってしまってよいものか迷うけど、やっぱり隠し事はよくない。


「ブランに行きたいんだ」


 絶賛、国交断絶中の隣国にね。

おじいちゃん涙目。

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